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第23話 復讐刑

 復讐刑――同じ痛みは、同じ痛みによって返す。

 みずしまさんが生きて執行者を続けるためには、この復讐刑で処罰するしか道は無い――。


 こうさんからの助言を得ると、リリカの手を引っ張りながら食堂を出た。そこから人通りの少ない廊下に差し掛かると、私はくるりとリリカの正面を向き、両手で彼女の手を握った。

「リリカ、あなたなら何をすればいいか解るはず。私は何も指示してあげられないけど、過去事例を参考にしながら法に基づき、あなたなりの答えを出して。それが……執行者としての務めだから」

 真っ直ぐ彼女の瞳を見て訴える。

 私と同じ道を選んだ以上、処罰の執行は避けては通れない。

 第五級だからと言って、サポートだけに徹するという訳には行かないからだ。

「うん。ありがとう……マキナ。あたし……やるよ」

 リリカはうつむいたまま応えた。

 

 ――彼女は、処罰に対して重いトラウマがある。

 八歳の頃、弟と立ち入り禁止区域に足を踏み入れたことで処罰対象になった。

 そこで運悪く第一級執行者に見つかり、その者の特権によって処罰対象選択の権限を譲渡されたという。

 罰を受けるのは自分か、弟かの二択。

 二人分の罰則を一人で受けさせるというものだ。

 処罰内容は死刑。

 第一級執行者であっても情状酌量以外で罪を軽く出来ないが、重くする事は第一級ならば気分で可能なのだ。かやがそうしているように。だが、あの茅間ですら子供相手に処罰した記録は無い。

 ――リリカが選択したのは自分。立ち入るきっかけを作ったのは弟だが、責任感の強い姉であったリリカは、幼いながらも我が身を犠牲に弟を護ろうとしたのだ。

 にも関わらず……実際に処刑されたのは弟の方だった。その理由は、やはり執行者側の気分であり、正当な理由の説明は無かったらしい。

 この時のリリカの気持ちを……私には想像できない。

 あの日から彼女は変わってしまった。

 底抜けに明るく、自分のことをリリカと呼び、よく私の手を引っ張ってくれた女の子。だけど、今となっては逆の立場になってしまった――。

 選択への恐怖を植え付けられ、親や私に選択を委ねるようになったのだ。

 それが例えどんな小さな選択だとしても――。

 余りにも残虐な執行をしたこの第一級執行者は、既に第(ゼロ)級へと昇格したためもういない。今頃記憶を消されて兵士にされていることだろう。


 ――執行者へのトラウマがありながら、私と同じ執行者の道を選んだリリカ。

 それは決して、私と同じ道がいいという理由だけではないはず。でなければ私の反対を何度も押し切り、執行者試験に挑むことなんてできない。自ら変わろうとする決意が、彼女には少なからずともあったはずなのだ。

 「頑張れ」なんて言葉は掛けられない。

 私はそっと手を離し、黙って踵を返してその場を離れる――。

 ふと振り向くと、いつも追いかけてきた彼女が……そこには居なかった。


      ◇


 翌朝、珍しく独りで宿舎を出た。

 あれからリリカとは会わなかった。訪ねてくることも。

 水嶋さんを救いたい――。

 それは、彼女自身が選んだ選択。本人はきっと選んだ自覚が無いのだろう。だけどもそれは無意識の選択。私はそんな彼女の気持ちを尊重したかった。

 弟の告白の件を抜きにしても、水嶋さんの嫌がらせは度が過ぎている。それなのに、リリカは許そうとしているのだ。リリカは優しい子だけど愚かではない。そこには、私の知らない彼女達の事情があるのだろう。

 だから私は……リリカを信じる――。

 

 支部の明るいエントランスから地下室への階段を降りると、小さな電球だけで明るさを保つ陰鬱な通路へと出た。夜中の学校より雰囲気のあるそこは、執行者でなければ恐怖を覚えるだろう。

 どの部屋も鉄の扉で仕切られており、それが何の部屋なのかは私はまだ知らない。

 できれば踏み入れたくない部屋だが、今日は右から二番目の扉を開かなければならない。そこは既に鍵が開いており、ギギギ――と金属音を立てながら冷たく重い扉を引いた。

 壁に掛けられ、机にも無造作に置かれている処罰用の道具達。床には血の跡や傷が残ったまま放置されている。

 処罰というよりも拷問部屋に近いだろう。処罰する側でも身の毛がよだつ程、足を踏み入れたくない空間だ――。

「おや、お久しぶりですね御代さん。審問以来ですか。第四級のつきかずひこです、よろしくお願いします」

「どうも。こちらこそよろしくお願いします」

 先に足を踏み入れていたこの眼鏡をかけている男は、私の審問会議で司会を行なっていた人だ。今回の処罰を見届けるために本部から出張して来たらしい。

 彼が処罰内容を不服とすれば、自動的に処罰権限が紅露さんに渡ってしまうという。

「ウチが呼んだんだ。ま、多少は柔軟に対応してくれるだろ」

 後からその紅露さんが入って来た。今回、取り巻きの二人は連れていないみたい。

 彼女は入るなり、カチャカチャと処罰道具を触っては戻している。

 よくそんなの触れるなぁ……。

「あれは作り物なんですよ」

「え?」

 私の考えを察してくれたのか、築地さんは淡々と語った。

 どうやら恐怖を煽るためだけに、年季が入っているように見せかけた作り物を置いているらしい。

「実際に使用するのは厳重に保管された消毒済みの道具を使います」

 なるほど。管理はしっかりと行き届いているようだ。

 私が感心していると、リリカが水嶋さんを連れて入ってきた。

 初めて入る処罰室に対し、罰せられる方は眉ひとつ動かさない一方、執行する側の表情は暗い。

 

 役者が揃ったので、扉がゆっくりと閉められる――。

 窓の一つ無いこの部屋は、小さな電球だけの薄暗い光だけが照らしている。外からの光が無いため、これを消してしまったら真っ暗になって何も見えなくなるだろう。

 リリカは細長い長方形の入れ物を床に降ろし、そこから鞭を取り出した。水嶋さんの『S-()Pad(パッド)』と違い、片腕の長さ程度の短い鞭だ。

 彼女は一呼吸すると、意を決したように口を開いた。

「それでは、これから第五級執行者『ゆずはらリリカ』が罪人『みずしますい』への処罰を執行します。罪状は『S-Pad』による執行者への殺人未遂。被害者の私が復讐法を適用し、鞭打ちの刑を執行します。罪人は罪を自白し、態度から反省が見られるため情状酌量の余地を認め、鞭打ちの回数を軽減。更に私自身の力を考慮し、鞭打ち回数を十二回とする。――この判定に不服がある方はいますか?」

 予め決めていたであろう台詞を淡々と吐くリリカ。

 十二回とはかなり多い方だが、彼女の力を考慮すれば妥当だろう。

「では、罪人は上半身裸になって壁に手をつき、背を向けて下さい」

 水嶋さんは躊躇いもなくそれに従い、無造作に制服と下着を脱ぎ捨て白い素肌を露にする。

 壁に手をついて堂々と魅せつけるその背中は、思わず手の平で触れたくなるような美しさだった。

 しかし、そんな背中より目に入る部位が私を困惑させる。

「あの、何か隠すものは……」

「……アホ」

 紅露さんに助けを求めたが呆れられる。

 男性がいるので気になったのだが……。

「そんなの要らないから。つくづく馬鹿な女」

 要らぬ気遣いだったのか、本人にも悪態をつかれてしまった。

 更に築地さんには「そういうものですから気にしないで下さい」と小声でフォローされてしまう。

 何とも情けない自分。暫く発言は控えようと萎縮する。


「――それでは、刑を執行します」

 水嶋さんに震えは無い。その振る舞いから、既に覚悟を決めていることが解る。

 傷一つない見惚れてしまうほど綺麗な素肌。だがそんな背中はもう見納めになるだろう。

 鞭打ち刑は痛みも凄まじいが、痕として残るのが特徴だ。人前で背中を見せられない罪人の刻印として刻まれるという。

 ――ん?

 リリカは鞭を振りかぶったまま硬直している。両目を瞑りながら戸惑う様子は、彼女の中で葛藤を起こしているのだろう。

 こうなることは予測できていた。自ら人を傷つける行為は彼女にとってこれが初めて。あまりにも優し過ぎる心が悲鳴を上げているに違いない。

 向いていないとはいえ、執行者になるのも水嶋さんを救いたいと選んだのもリリカ自身。そんな彼女に対して、私が手を差し伸べるのは覚悟を踏みにじる行為。胸が締め付けられながらも、見届けるしかないんだ。

 しかし、業を煮やしたのか、罪人の方から言葉が発せられる。

「何してんの? あんたの覚悟はそんなもの? 弟があの世で泣いてるよ!」

 ――バチン! と、部屋中に鳴り響くが――思ったより小さい。

 水嶋さんはビクともせず、背中には今にも消えそうな微かなあとが残るだけ。

「そんなんじゃ罰にならないっての! 舐めてんの!? やっぱあんたはクズね! 悔しいならやり返せよ、金魚の糞が! それとも言った方がいい? 私は御代さんも――」

 バチンッ――!!

 今度は耳を塞ぎたくなる程の音が鳴り響いた。

「――ッ」

 水嶋さんは悲鳴を挙げずに堪えている。その背中にはジワリと縦一文字の痕が浮かび上がった。

 彼女は、私に対して鞭を振るったことを築地さんの前で自白しようとしたのだ。リリカはそれを予測したのだろう。もし自白されたら、私と紅露さんの立場も危うくなる。それを察してか、本気で鞭を打ったのだ。

「その程度……? そんなんじゃ復讐にもなってないから! ってか執行者辞めたら? あんたみたいなクズには――」

「黙れや水嶋!」

 紅露さんの怒号が響く。

「舌噛むぞ。それともテメェ……あえて何もしない方がいいか?」

 水嶋さんは苦虫を噛み潰した顔をし、口をつぐんだ。

「二人とも執行者なら、黙って続けろ」

 リリカは覚悟が決まったのか、先程と同様の力で鞭を振り続ける。

 水嶋さんは声を押し殺し、痛みに耐え続けた。

 ――私を庇った時のリリカのように。

 その背中は皮膚が裂け、血が滴り、あの美しい背中の面影はもうどこにもない。

 凄惨な痕に思わず目を背けたくなる。

 何故だろう――鞭を打つ方が苦しそうな表情をしている。心の中で「ごめんなさい」と、何度も謝っている声が聞こえるようで、どっちが罪人なのか判らなくなる。

 額の汗を拭いながら、それでも打ち続ける。今にも泣き出しそうなのに、それを必死で堪えていた――。

 計十二回。それが終わる頃、リリカの瞳には涙が滲んでいた。

「刑は執行されました……。私の執行に……不服がある方はいますか?」

 その震えた声に対して、名乗り出る者はいない。

「では、これにて執行完了とします……」

 緊張が解けたのか、その言葉を放った後、リリカはペタリと床に座り込んだ。

「柚原さん、お疲れ様でした。……そして水嶋さん、貴女は第三級であるから降格処分とならないものの、給与は第五級と同等まで減給となりますことをご理解下さい。ただ、今後の活躍次第では昇給も望めます。他の人よりもハードルは高くなりますがね。……では、私はこれにて本部へ報告に戻ります。皆様お疲れ様でした」

 築地さんは形式の言葉のみを告げ、一礼し去って行った。

 ひとまず、水嶋さんの命は救われたようだ――。


「おい、処罰対象への手当は違反だぞ」

「知ってますよ。手当はしません」

 膝をつき、痛みに耐える水嶋さんへ近寄った私は、持っていた薬を床に置く。

「これ、結構効くんですよ。使って下さい」

 これは私が作った塗り薬で、せめて私にも何かできることは無いかと昨日のうちに作っておいたのだ。師匠から学んだのはなにも戦いだけではない。

 しかし、彼女はそれに反応しなかった。反抗する気力も無いのだろう。


「――急だが、今からテメェら三人に重要な仕事を与える。休んでる暇なんかねぇぞ」

「ま、待って下さい! 水嶋さんは傷を治してからでも――」

「いちいち庇わないで」

 水嶋さんは立ち上がり、薬と衣服を手に取った。

「問題無いから、この程度の傷」

 表情は涼しいが、流れる汗がそうは言っていない。今も痛みに耐え続けているのか、瞳が揺らいでいる。

 一方、リリカはそんな水嶋さんを見て心を打たれたのか、容赦ない紅露さんの命令に臆することなく、涙を拭いながら立ち上がった。

「いい根性だ。それじゃあ、テメェらで第一級執行者である部長……なかんトコに出張しろ」

 またも第一級と関わるのか。


 ――第一級執行者『なかせいいちろう』。確か去年、第一級に昇格した人だ。私はその人のことをあまり詳しくは知らないので、知っているのはそれだけだ。

 

「それと、テメェらチームを組め。ウチらみたいに常にスリマンセルで行動するように」

「は? 常って――ずっとコイツらと組まされるんですか!?」

 処罰対象と組ませるなんて何を考えているんだこの人は。

「何か文句あんのか違反者。テメェに拒否権はねぇぞ」

 水嶋さんはその言葉に口籠る。自ら立場を悪くしてしまった以上、反論は通せない。

「チームリーダーは実質階級が上のマキナだ。チーム名はそれぞれの頭文字を取って『マリスチーム』でどうだ?」

 マキナ、リリカ、すいでマリスか。悪くはないのでは。

 ……いや、待って。これからずっと水嶋さんと行動するのか。

 しばらくは気まずい空気が続きそう……。

 

 紅露さんは下から見上げながら水嶋さんの肩を叩く。

「マキナはウチと義兄弟の契りを交わしている。チームになるってことは、テメェもリリカもウチの妹分だ。胸を張っていいぞ」

 異様なドヤ顔に対し、怪訝な顔をして反応する水嶋さん。

 この人は妹を増やしたいだけなのだろうか?

「そんじゃ、後の手続きはクミミンにやらせとくから、準備ができ次第行ってこい。場所は送っとく」

 そう言い残した彼女は、満足げに処罰室を出て行った――。

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