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第22話 おかえり

 朝日が顔を出し始め、赤く薄い光が木漏れ日となって差し込む。この可愛らしい鳥のさえずりりともお別れだ。

 業務用端末のバッテリー残量が切れてしまっているので、連絡が取れない上に正確な時間も分からない。日の傾きから察するに、時間は五時を過ぎているのだろうか。これから下山開始だ。

 この山に登山道は無い。草木をかき分け、手を使いながら急斜面を降りつつ、何とか進める道を探しながら道なき道を進んでいく。

 師匠は私を担いでここまできたのか……。

 隠れるにはもってこいの場所だが、常人が散策できる所ではない。下山し始めて、早くも心が折れそうだ。

 リリカはちゃんと食べているだろうか。こうさんは怒っていないだろうか。私が孤独だったら、もう心は折れていたのかもしれない。皆の顔を思い起こしながら下っていく。

 『S-()Pad(パッド)』を使えば多少は楽になるが、それは規定違反。ただし、緊急時はその限りではないという緩和措置もあるが、緊急性は低いしこれも修行だと思って頑張ることにした。

 訓練のせいか、動きが少し軽やかになっているのを実感する。転びそうになって手をつき、土埃を振るい落としながら駆け抜ける。山頂で汲んだ湧き水を飲み干す頃には急斜面がなくなり、平坦な道が見えてきた。

 師匠から受け取った汚い手書きの地図を確認しながら、最短ルートで目的地のバス停へと辿り着く――。


 ……もう無理。足が痛い。

 懸念事項があるが、仕方がない。現場のバイクは引き取られているだろうし、歩いて帰るには無茶な距離だ。それに、勤務時間に間に合わない。

 バスに乗り込むと、乗客の視線が一斉に集まった。きっと執行者が乗っているのが珍しいのだろう。だから決して匂いが気になる訳ではないと思う。そう。そうだと思い込みたい。当然ながら洗っていないのだ。あんな場所で洗えるわけがない。帰ったらすぐにシャワー浴びなければ。

 有難いことに、このバスは目的の執行庁支部に停まる。執行者でなくても、そこで勤務する人は沢山いるのだ。


 ――支部のバス停前で停車し、何人かと一緒にバスを降りる。庁舎入り口を見ると、制服を着た二人の女の子が待っていた。

 あれはまさか――。

「マキナー!」

 私を発見すると、リリカは駆け出した勢いのまま抱き着いてきた。久々に感じた人の温もり。やっと帰って来たんだと実感する。

「おかえりっ!」

 美少女に満面の笑みを向けられる。嬉しいけど、周囲の目が気になって目が泳ぐ。

「た、ただいま……。ごめんね、心配かけさせちゃって。それと、私……臭くない?」

「ん? 全然大丈夫だよ」

 ……意外と大丈夫なんだな。

「いや、普通に臭いから早くシャワー浴びてきなよ」

 そう強烈な棘を差してきたのは水嶋さんだった。そっか、リリカにはみずしまさんがついててくれたのか――何で?

 そんな疑問が一瞬頭を駆け巡ったが、今はどうでもいい。悦びに満ち溢れるリリカをすぐさま引きはがし――。

「洗ってきます!」

 全速力で自室へと戻り、慌てて替えの下着と制服のスペアを雑にカゴに入れ、共用のシャワー室へと向かった。

 リリカごめん……。


 ――タイルに弾かれるシャワーの人工音が懐かしい。久しぶりに浴びた温水は心地よく、文明の利器のありがたみを再認識する。

 汗と共に疲れも流れていくようで、私は普段よりも長く水を浴びていた。

 戻ってきたんだ……やっと。

 この一週間の出来事が、一ヵ月以上に感じるほど長かった。それだけに得られた物は大きい。


 ――着替えを終え、憑き物が落ちたような笑みのままシャワー室を出ると、二人が再び出迎えてくれていた。リリカはともかく、水嶋さんは何故一緒にいるのだろうか。

「ごめんね、待たせちゃって。水嶋さんって、リリカと仲良かったんですね」

「あんた……記憶大丈夫?」

「……? あっ」

 なんということか……完全に忘れていた。野生に還ったことで、ここ一連の出来事が頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。

「退院してからも水嶋さんが一緒にいてくれたんだよ」

「あんたが帰るまでの間だけ……だけどね。じゃ、もういいでしょ。これで私の役目は終わり……」

 そう言い、暗い顔を覗かせながら水嶋さんは踵を返し、どこかへ向かっていった。リリカの表情から察するに、もう嫌がらせはしていないみたいだ。

「マキナ、水嶋さんのことなんだけど……」

 彼女は不安気な顔で、私の不在時に起きた出来事を話し始める――。

 

 それは廃工場での一件が露呈して、水嶋さんが処罰を受けるということだった。リリカがそれを望んでいないのなら、私がそれを望む理由も無い。紅露さんに直訴しなくては。

「紅露さんは?」

「たぶん食堂だと思う」


 ――リリカの予想通り、彼女は食堂で朝食を食べていた。いつもの二人も一緒だ。

「おはようございます。ご心配をお掛けして申し訳ありませんでっ――」

 私が一礼する前にクミミンが抱き着いてきた。

「マッキー! 心配したんだよ~」

 思わず呼吸してしまうほどの心地よい香りに包まれると、ちゃんと臭いが取れているか心配になってきてしまう。容赦のない水嶋さんにもう一度確認してもらうべきだったと後悔。

「本当ですよ。外出する際は出る前に連絡して頂けないと。危うく私が僻地へ飛ばされるとこだったんですよ」

「申し訳ありません……」

 飛ばされるって、紅露さんにか。確かにそれはたかやなぎさんに効きそうだ。

「デートは楽しかったか?」

 どうやら紅露さんは怒っていないみたいだ。幸せそうにパンケーキを頬張っている。言い方は少し引っかかるが。

「おかげ様で。これ、報告書です」

「用意がいいな。後で読んどくわ」

 電子媒体だと記録が残るため、山中で書いたのだ。師匠から得た情報と、その一週間の出来事を。

 リリカもクミミンも高柳さんも、師――やくについては触れてこない。それについて、また紅露さんと二人きりで話す必要があるな。でも、その前に――。


「水嶋さんの件ですが、彼女を不問にして頂けないでしょうか?」

 紅露さんは眉を顰め、深くため息をつく。

「できるわけねぇだろボケ。あいつがやったことはウチでも庇いきれない程の重罪だ。模擬戦でもないのに仲間に『S-()Pad(パッド)』を向けるなど御法度なんだぞ。しかも殺人未遂だ」

「それなら私だって」

「テメェのは正当防衛だろうが。それくらい解るだろ?」

 言葉に詰まる。理解してはいたけど、他に言葉が見つからない。

「処罰は避けらんねぇ。それに……三級以上の執行者は免職もできない」

 執行者の免職――彼女は第三級で『S-Pad』を手術している。その秘密保持のため、三級以上の辞職は許されていない。つまり、それはそのまま――死を意味するのだ。

「では、どうすれば……」

「死罰を免れたいのなら、ゆずはらに処させるしかねえ」

 処す? リリカが?

「幸か不幸か、テメェは薬師寺に攫われたから痛めつけられた記録は残っていない。対して、柚原は治療を受けてしまってるから記録が残ってる」

 そうか。私が被害を受けたと記録があれば、級の高い私が処すことになってしまう。私は死罪の適用を許可されてしまっているから、それを選ばなければ不自然だ。更に二人分の殺人未遂となると、もはや情状酌量の余地を認めさせることは厳しい。

「法に則れば処罰権限があるのは被害を受けた柚原か、その直属の上司であるウチだけだ」

 ――処罰権限。執行者に対しての処罰は特例だ。

 彼女の言う通り、現状で権限があるのはリリカと紅露さんのみ。だけど彼女の立場上、死罪以外の選択肢は無い。それだけ反逆者の罪は重いのだ。

「悪いが、この件は第一級執行者として見逃せねぇ。どうしても死罪にしたくねぇのなら、テメェらでどうにかしろ」

 リリカは第五級であるため、死刑の適用は認められていない。今回はそれを逆手に取るというのだ。

 つまり今回のケースだと、直接の被害者となった執行者が執行できる『復讐刑』というものが存在するのだが――。


 それを、あの心優しいリリカ自身の手で行わせなければいけないなんて……。

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