第20話 隠し事
本部へ出張していたウチは、昼食も済まさずにとんぼ返りした。
その理由は、寂しかったからとかではない。高柳から信じ難い連絡を受け、血相を変えて戻ってきたのだ。
そうしてウチの拠点に併設されている病棟へ駆けつけると、病室内から廊下まで響くほどの怒号を飛ばした。
「テメェら何やってたんだ! マキナが薬師寺に攫われただと!? どうしてくれるんだコラ!」
妹分が攫われたという事実に激怒し、付き添い用の丸椅子を蹴飛ばした。
その様子に、クミミンと高柳は口を開けたまま驚きを露にする。
アイツはウチの生命線だ。奪ったのが管理者どもの敵対勢力とはいえ、失うのは非常に不味い。
「しかもよりにもよってあの薬師寺だと!? 何考えてんだ、このバカ共が!」
「……ヒナぴよ落ち着いて!」
自責の念があるのか、その場で慌てふためくクミミンは力ずくで抑えようとはしなかった。
――何でこうなった!?
ウチが居れば回避できたか? いや、自発的に行かれたらどうしようもないだろ。
コイツ等に責任が無いことは判ってる。今は責任どうこうより、これからの対処をどうするかだ。
髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱しながら思案していると、誰かがこの険悪な空気に言葉を放った。
「申し訳ありません。全ては私の責任です」
そう言い放ったのは高柳ではなく、ベッドで上半身を起こしている見慣れぬ女だった。
その胸元には包帯が巻き付かれ、頭を少し下に傾けたまま長い髪を下している。こちらを見るその眼は、生気がなさそうに曇っていた。
「誰だ?」
「第三級執行者の水嶋翠です。私が……御代さんと柚原さんを唆し、現場へ連れて行きました……」
「あ?」
ベッドへ飛び乗り、この女の膝上に跨りながら胸倉を掴むと、その腑抜けた面へ睨みを効かせた。
「どういうことだ? 返答によっては処すぞ」
声のトーンを限りなく落とし威圧するが、全く動じる気配は無い。
それはこのナリのせいではなく、この女自身の覚悟が決まっているように見える。
「私が二人を殺す為に連れて行きました」
「は?」
――さっきまでは本気で怒っているつもりじゃなかった。ああしていれば事の重大さを理解できるだろうと、多少の怒りを過剰表現していただけだった。
だけど――その言葉を耳に入れた途端、体中の血が一気に吹き上がり、ウチは冷静さを完全に失った。
「テメェ! 覚悟は出来てんな! 今すぐ火炙りにしてやる!」
両手で胸倉を掴み、服ごと持ち上げる。病人だろうと容赦せず、壁へ打ち付けた。
「違うんです! 水嶋さんのせいじゃありません!」
「柚原さんは黙ってて!」
隣のベッドで横になっていた柚原が珍しく声を荒げたことで、血の気が少し引いていった。そして、救いの手を払いのけるように、この水嶋という女は俯いたまま声を荒げる。まるで庇い合うようなやりとりに、ウチの熱が冷めていく。
よくよく考えれば、死罪が確定するようなことを第一級のウチ相手に自白するのは不自然だ。
「柚原。詳しく話せ。嘘は入れるなよ」
「はい……」
――柚原リリカの証言はとんでもないものだった。
この水嶋という女は二人を罠に嵌め、手柄を独り占めにしようとするだけでなく、あろうことか濡れ衣を消して殺そうとした。動機も下らねえ。
そんな死罪確定のコイツを許すとか正気か? 思考停止女とは聞いていたが、ここまでアホなのか?
しかし、最後に改心した素振りを見せたのが気にかかる。それ故に、マキナが戻る前にウチが処してしまったら後味が悪い。
「マキナが無事に戻ったら処罰については考える。だが……何かあった場合、テメェは死罪だ」
「今すぐ処して下さい」
「何を言ってるの!? 駄目だよ!」
ウチの脅しにも怯むどころか処罰を望むこの女を、柚原が必死に庇う。
話を聞いてもコイツらの気持ちは全く理解できん。しかし、解ったところでウチがしてやれることは変わらない。第一級執行者として、判断を下すまでだ。
「テメェに選択権はねぇよ。アイツが帰るまで祈ってろ」
ベッドを飛び降り、やり場のない怒りをぶつけるように扉を勢いよく閉め、病室を後にした。
――何てこった。
マキナが居ないとこの先の手が打てねぇ……。
不幸中の幸いなのは、薬師寺が関わっている事を高柳がウチへの報告だけに留めてくれた事だ。本部に伝われば、即緊急召集からの救出命令。今の段階でそれを行われると非常に不味い。頭の爆弾を抜きにしても、味方を増やさねぇと手の打ちようが無い。
アイツらに真実を伝えるべきか――?
いや、今さら言ったところでどうなる?
せめてマキナの安否を――。
「ひな子様……」
廊下で思案に耽っていると、高柳がクミミンと共に病室から出てきた。その表情を見るに、事の深刻さを理解してくれているみたいだ。
「ドローンは?」
「すでに使いました。今日はもう――」
「そうだよな……」
高柳の『ドローン・オブ・ドミネーター』は脳への負担が大きく、一日一時間しか使えない。それでも十分だが。今回のような大規模で長期的な探索には向いていないのだ。
「私の方から何度も電話をかけてみたんだけど、繋がらなくて……。ヒナぴよの方には何か来てない?」
手持ちのスマホをチェックするが何も来ていない。改めてかけてみても――やはり通じない。打つ手無しか――いや、そう言えばアイツ……。
「ちょっと自室に戻るわ――」
足早に自室へ駆け、充電ケーブルに差しっぱなしの端末を手にする。つい持っていくのを忘れた業務用のスマホだ。画面をタップし、御代マキナからの着信通知が――あった。ちょうど五分前だ。ウチはすぐさま折り返しの電話を入れる。
アイツ、よりにもよってこっちにかけるのかよ……。
『もしもし? お疲れ様です、御代です』
「んな挨拶はいい! 無事なのか!?」
『紅露さん、あまり――その……』
「あっ」
そうだ。盗聴の危険。この端末が奴らに管理されている可能性がある。それに万が一疑いをかけられた場合、後でこれを調べられてもまずい。言葉は慎重に選ぶか――ってか私用にかけろよ、このバカ。
『暫く休暇を頂きます。一週間くらい』
「体調不良か?」
『いえ、体調は万全ですのでご心配なく』
「そっか、解った。届出はこっちで処理しとくわ」
とりあえず、身体は問題ないみたいだな。声も普段通りで違和感はない。
柚原の報告では悪いようにしないと薬師寺が言っていたようだが、それは本当みたいだ。だが、目的が解らん。一週間ってどういう事だ?
「彼氏と旅行か?」
『彼氏はまだできたことはありませんが』
察しろよテメェ! 薬師寺の事だよ! 聞いたウチがバカみてぇだろ!?
「休暇理由は?」
『修行です』
修行? 何かの隠語か? 頭の中で似た言葉を探すが、何も浮かんでこない。
「何の?」
『武術の』
……?
「誰と?」
『師匠と』
「え? ガチ?」
『ガチですが』
「――そうか、解った。頑張れよ」
必要な情報は得られたので、通話を切った。意味が解らんが、そのままの意味で捉えると薬師寺に鍛えてもらってるのだろう。
御代真奈といい、ヤツらは何がしたいんだ?
どの道、薬師寺が討たれるとウチは記憶を消されちまう。抵抗しようものなら頭の爆弾がボン……だ。今のウチにできることは薬師寺と対峙しないように、できるだけ作戦を引き伸ばすことだけ。
しかし、これは好機でもある。マキナが薬師寺から有力な情報を引っ張って来ることができれば、この状況を打破できるかもしれない。せめて奴らの目的さえ知れれば――。
「ヒナぴよ?」
背後からヒョコっと顔を出すクミミンに驚き、体がピクリと反応する。画面にだけ目がいっていたからか、背後の気配と足音に全く気づかなかった。
「……おい、ビックリさせんなよ」
「ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど……マッキーから連絡あった?」
「ああ、一応無事らしい。捜索を打ち切るから、一週間の休暇届を出してやれ」
クミミンは口を半開きにしてポカンと呆けている。まあ、この説明じゃ不十分だよな。ただこれ以上の事は言えない。
「ヒナぴよ……隠し事してる?」
ドキッと、体が震えそうになった。
「……遊園地の時から変だった」
マジで鋭いな。そんな所から感づかれてたのか。
「してたら何だ? 悪いんか? ウチだって言いたくないことくらいある」
不意に普段のように喧嘩腰に話してしまう。クミミンの不安げな表情を見て、言葉を間違えたと後悔。
何でウチはいつもこうなんだ……。
不器用な自分が嫌になる。傷つけるつもりなんかない。だから謝って言い直そうと決めた時だった。
背後からクミミンにそっと抱きしめられ、その暖かさに触れる。
「大丈夫。……いつでも待ってるからね」
目に熱いものが込み上げ、泣き出しそうになるも、唇を噛み締めて堪える。言えないのは、ウチの弱さのせいなのだ。
今すぐにでも言いたい。でも、巻き込みたくはない。そんな正反対の感情が入り乱れ、拳を震わせる。
――情けない。
身なりの所為で忘れるが、相手は年下なのだ。そんな年下に、心の内を見透かされ、その好意に甘えている。
あの時もそうだった――。
生意気な新人。いや、図々しいが正解か。
上司を勝手にあだ名で呼び、屈辱的とも言える過剰なスキンシップを躊躇いなく行い、いくら罵声を浴びせてもケロッとしている。
高柳に次ぐ変人の出現に、ウチはどう接していいか判らず、常に嫌悪を剝き出しにしながら命令していた。そう、俗に言うパワハラ上司だ。
度々サボるのが玉に瑕だが、仕事の容量は文句のつけようが無かったため、細かいことを指摘しては怒鳴りつけていた。
そんな横柄なウチに対して、その新人は笑顔を絶やすことは無かった。
「可哀そうに……」、そんな陰口が聴こえるようになっても、ウチは責め続けた。コイツもドMなのかと、無敵の相手に最早成す術もなく、同じような日々を繰り返す――。
そんなある日のこと。日付を跨ごうとする時間に、ウチは執務室の席で項垂れていた。
普段と違う所は、特別な日だったにも関わらず、度重なる残業で一日を潰してしまったことで苛ついていたんだ。
『ヒナぴよ、お疲れ様』
帰れと命令したのに、この馬鹿はウチが終わるまで残り、ホットミルクとケーキを差し入れて来た。
それを机の上に置かれると、ケーキにくっついていたある物を目にした瞬間――手で振り払い、床にぶちまけた。
『こんな時間にケーキなんて食えるかボケ!』
パリンと、皿が割れる音。無残に散るケーキ。机の上から流れ出すホットミルク。
その光景を見て、ハッと我に返る。とんでもないことをしてしまったと気付くのも、もう遅い。
クミミンの表情に、初めて影が差した――。
『あ……、ち、ちがっ……』
急いで言い訳を並べようにも、言葉が見つからない。
やってしまった……何でウチはいつもこうなんだ……。
謝りたいのに喉が詰まる。ゴミのようなプライドがそれを拒んでいたんだ。
『ごめんね……回りくどかったかな……?』
ケーキに刺さっていたのは、ホワイトチョコで『お誕生日おめでとう』と書かれていた長方形のチョコレート。
残り数分で終わるその日を、仕事だけで終わった事実を否定したくて手が出てしまったのだ。
違う……仕事は関係ない……ウチは……。
『ウチ……祝われたことなくて……こんなの初めてで……ごめん……』
俯きながらでも、漸く言えた謝罪の言葉。
あまりの情けなさに、涙がこぼれると、クミミンはウチをそっと抱きしめた。
抱きしめられるのはいつものことだから慣れていた。だけども、違っていたのは――彼女が嗚咽を漏らしていたことだ。
泣いていた理由は、ウチにケーキを台無しにされたことではないと理解できた。
その暖かさと優しい感触が、それを物語っていたのだ――。
親からも祝われたことが無かった。孤独に過ぎる生誕祭。
毎年その日は苦痛だった。ただ年をとって、書類に書く年齢を一つ上げるだけで何も変わらない。だけどもそんな日は、もう訪れることは無かった。
あれから毎年、クミミンはウチの誕生日を欠かさず祝ってくれた。自分だけ祝ってもらうのも悪いので、ウチも高柳に手伝わせて彼女の誕生日を祝う。そうやって徐々に――打ち解けていったんだ。
あの頃と何も……変わってないな……。
ウチは年齢だけ重ねて、中身は子供のまま。
そんな不甲斐ないウチの髪を、クミミンはそっと撫でる。更にその手でもう一度抱きしめられると――心の中で縛っていた糸が遂に切れた。
……もう無理、限界。
堰き止めていた涙が溢れ、頬をつたう。
「ごめん……」
嗚咽混じりの声でそう伝えたら、彼女は言葉を発さず、ウチが落ち着くまで抱きしめてくれた。




