第19話 第一級集合
同至川市から高速で軽自動車を走らせること一時間。本部の地下駐車場内でエンジンを切ると同時に溜息をつく。
やっぱ一人旅はつまらんな……。
たまには一人になりたいと願うことはあったが、あの騒がしい連中のありがたみを身をもって痛感する。
高柳やクミミンに出会ってからは常に彼女らと一緒に行動していた。時には寝る間ですらくっつかれたのは参ったが、なんだかんだ言っても安心していたのだ。
これが帰りも一人だと考えると気が滅入る。それなのになぜ一人で来たのかというと、それが本部からの命令だからだ。
……隠したい情報でもあるんか?
物思いにふけるウチが車を降りようとした時、喧しいバイク音が駐車場内にこだまする。
面倒なヤツが来やがった……。
無視して先に行こうとすると、そんな馬鹿から先に声をかけて来やがった。
「おいチビ! まだおセンチか!?」
「ブンブンうるせーんだよ騒音謹慎野郎! 存在騒音罪で処すぞコラァ!」
ウチの怒声も鳴り響くと、何故かあの馬鹿は嬉しそうにニヤつきながらこっちに寄ってくる。
「吹っ切れたみてーだな。俺もちょうど謹慎が解けたんだよ」
「聞いてねぇよカス。ついてくんな」
「目的地が同じなのに無茶言うんじゃねーよ」
さっきまでの心細さが吹き飛ぶ。認めたくないが、こんなカスでもいるだけで安心してしまう。絶対に口には出さんが。コイツは万年ソロ野郎だから、ウチの気分は一生分かんねぇだろうがな。
「テメェもあの才神ってヤツに呼ばれたのかよ」
「ああ。アイツらは元気にしてっか?」
カスなりに気を使ってんのか。マキナたちのことが気になるらしい。
「元気に遊園地ではしゃいでたよ。――あっ! マキナはウチと義兄弟の契りを結んだからな。アイツらはもうウチの妹分だ」
「んだそりゃ?」
馬鹿は呆気に取られているようだ。
悔しいか? マウント取ってやったぜ。
しかし相当顔が緩んでたらしく、「お前キショいぞ」と言われたので表情を戻し、踵を返す。
「るっせー! 先行くぞ!」
照れ隠しで駆け抜けるウチは前を見ていなかったらしく、曲がり角で誰かとぶつかってしまった――。
「テメェ! ボケっと突っ立ってんじゃねぇよ!」
衝撃で尻もちをついた情けない状態で怒声を散らす。
どう見てもウチが悪いのだが、考えるよりも先に言葉が出てしまう。
「あ、申し訳ございません――あっ!」
「あ」
その相手は見知った男だった。
――第一級執行者『中野清一郎』四十八歳。通称『部長』。
年相応の顔つきだが、髪は薄め。普段は私服勤務らしいが、今回のような時はスーツをキメている。何故それが制服でないかはよく判らん。
ウチとは真逆で、四十代という社会経験を積み重ねた年齢で執行者へ転職し、去年一級に昇格した男だ。
「これは失礼しました、紅露先輩!」
ウチの目線より下になるよう土下座し、薄い髪を見せつけられる。
ウチはコイツが苦手だ。年上のクセに妙に腰が低い。あの高柳とはまた違った怖さがある。
「いいよ、ウチが悪かったし。土下座なんかすんなよ」
腰を上げ、尻についた土埃をポンポンと払う。
「いえいえ、そんなことありませんよ」
部長は笑顔で腰を低くしたまま立ち上がる。
「部長も来てんのか? 珍しいな!」
「茅間先輩! お久しぶりです!」
またしてもこの男は、年下へ深々と頭を下げた。
「また飲みに行こうぜ、部長!」
「ええ! 是非ともお供します!」
奴らは打ち合わせたように同時に手を差し出し、握手を組み交す。
……何でコイツら仲良いの?
一級の三人は中央のエレベーターホールへ向かう。誰一人として制服を着ていない異色なパーティ。あれが執行者と指差されても誰も信じないだろう。悔しいけど、それを一層際立たせているのは多分ウチだ。
既に地下に止まっていたエレベーターに乗り込み、部長は最上階のボタンを押した。
「一級が集まるってことはアイツも来るんか?」
こうして本部に三人も集まることは珍しいことだ。そもそも一級同士で顔を合わせることは滅多に無い。基本的に管轄を離れることは無く、全員が会うとすれば年度末の昇進査定会議くらいだ。
「そうでしょうね。皆さんも才神氏に?」
「ああ。あいつと面識は?」
「ありませんね」
「俺もねーよ」
恐らく、才神はマキナが言っていた『楽園』の管理者だろう。その場合、奴は遠隔操作でウチらの命を奪えると考えていい。
特に、この馬鹿が下手なことしないように制止しなきゃなんねぇな。
「それにしても、魚路さんの件は……残念でした。葬式は行われないのでしょうか?」
「そもそも死んでんのか? テレビは中断、現場にも入れねーんじゃ分かんねーよ」
それはウチも気になってはいた。能力も奪われていなかったし、その辺も含めて聞く必要があるな。
エレベーターが最上階への到着を告げると、重い扉が開く。指定の会議室前に歩みを進めると、金髪の色男が一人で佇んでいた。
「全ての女は僕の物。君の女も僕の物。紅露ひな子は誰の物? 久しぶりだね、君たち」
「いきなりウチをディスってんじゃねーよクソホスト!」
――この色男は『白川奏真』。
たぶん二十代。ウチらと同じ第一級執行者だ。ホスト上がりのクソ野郎で、いつも違う女を連れ回している不埒者。あろうことか支部をホストクラブに改装しており、ホストと執行者を兼業している。何故そんな横暴がまかり通ってしまうのか、それはウチにも解らん。一部では凄まじい女性人気のためと囁かれている。
「相変わらず口が悪いね。だから君はいつまで経ってもひな子なんだよ」
「うっせ! 余計なお世話だカス!」
コイツは苦手ではなく単純に嫌い。さっさと殺されてしまえばいい。
「白川先輩、お久しぶりです」
「部長! またウチに来てくださいよ。飲み交しましょう」
又もや打ち合わせたように握手を組み交す。
だから何で仲良いの……?
「――そろそろ、時間ですね」
部長が腕時計を確認し、そう呟くと――会議室の扉が勝手に開いた。扉を開けたのは眼鏡を掛けた女。確か第二級執行者の……誰だったか。
「彼女は元第二級執行者の『北上美都』さんだ。この度、私の秘書に任命した」
そう奥の席に座りながら説明したのは、あの会見をしていた『才神渦悪棲』。一見して解った。魚路の後任として第一級になりながら、制服ではなく白のスーツを着こなし、ウチらを前にしても全く動じないその姿。コイツが『楽園』の管理者で間違いない。
「急に呼び出してすまない、私が才神渦悪棲だ。一度顔を合わせておきたくてね。君達も私に聞きたいことがあるだろう。よって、この場を設けさせてもらった」
「第一級執行者『中野清一郎』です。周りからは部長と呼ばれております。宜しくお願い致します」
部長は胸ポケットから名刺を取り出すと、奴に近づきそれを差し出した。
何やってんのコイツ……!?
「これは……ご丁寧にどうも」
対する男も懐から名刺を取り出し、丁寧に交換した。
お前も持ってるんかい。もしかして――ウチも真似した方がいいのか? 名刺なんか持ってないぞ!?
「第一級執行者『茅間我煉』だ」
「同じく『白川奏真』」
「ウ、ウチは『紅露ひな子』」
あんなことしたのは部長だけだった。
「よろしく。では、こちらから本題に入らせて頂く。察しているだろうが、『御代真奈』と『薬師寺狂命』の件だ。君たちにはこの二人の内の一人、『薬師寺狂命』を抹殺して頂きたい」
抹殺という言葉が出るところから察するに、やはり外の人間だな。
「御代真奈は?」
茅間が問う。
「そちらは私が独自のルートで追う。気を悪くしないでほしいが、この二人はどちらも君達より実力は格段に上だ。単独ではまず勝てないだろう。もう既に対峙した者はよく分かると思うがね」
その言葉に反応し、眉をピクリと動かす。それはもう嫌と言うほど思い知った。茅間も同じ気持ちだろう。
しかし、それがもう一人増えると言う。予想はしていたが、改めて現実を聞かされるとキツいな。
「で、俺らに協力して当たれと?」
「ああ。君達は相当我が強いらしいからね。こうでも言わないと協力しないだろう」
「随分と上からの物言いだな。何様だよおめえ」
「おい、茅間!」
この馬鹿は相手を分かっていないから普段通りに強気に出る。子声でそれとなく伝えようとするが、ウチの制止なんか聞きやしない。
「そうだな。まず先にそこを言わなければいけないか……」
才神は椅子から立ち上がると、見下すように威圧感を放ちながら語りだす。
「私は執行庁より上の存在……つまり、この国の管理者だ。魚路君が亡くなったため、第一級執行者の地位を借りているが、実際はそれ以上の権限を持っている。君達が昇格できるかの判断も、私がするんだよ」
その言葉を聞き、さっきまで威勢のよかった茅間が黙りこくってしまった。
……やはりコイツで間違いないねぇな。
「私のことは『チーフ』と呼んでくれたまえ。その方が、お互いの立場が分かりやすいだろう」
「あの……ではチーフ、失礼ながらお聞かせ下さい。魚路氏は本当に御代真奈に殺害されたのでしょうか」
いい質問だ部長。それはウチも気になっていた。
「ああ。彼は自害したよ」
周囲に動揺が広がる。
自害……だからコピーしていなかったのか。
「御代真奈に能力を奪われまいと対処したのだろう。彼は素晴らしい執行者だった。しかし、彼は私情に任せ単独で立ち向かってしまった。相手を甘く見過ぎたのだよ」
才神は残念そうに手のひらで目を抑える。単独どころかウチは自慢のチームでも勝てなかった。それだけ相手は強大なのだ。つまり、薬師寺を討つには一級同士で力を合わせなければならない。
「どのように薬師寺を抹殺するかは任せる。だが決して単独では立ち向かわないでくれ。奴らに唯一勝っているのは数だ。配下をどのように使っても構わん。必ず薬師寺を討ってくれ。私からの願いは以上だ」
熱意がひしひしと伝わる。それだけ薬師寺を討ちたいのか。
コイツにここまで言わせるって、薬師寺ってのは何者なんだ――?
「質問します。薬師寺について知っていることを共有させて下さい」
恐る恐る小さく手を上げるウチに対して、茅間が「えっ?」と言いたげな顔をしている。
ウチだって敬語を使うっての。
「薬師寺は国際テロ組織『CHAOS』の幹部だ。武道の達人で、こと戦闘において彼の右に出る者はいないだろう。長年国際指名手配犯として追われているが、誰にも捕まえられなかったのがその証拠だ。奴についての資料は後ほど送っておくよ」
おいおいおいおい! とんでもねぇヤツ連れて来てんじゃねぇよ! んなもんどうやって処せばいいんだよ!? 渦悪棲ちゃんよお!
――と、叫び出したいのを必死で堪えた。
「奴も『S-Pad』を?」
「それについては不明だ。もし身につけているとしたら、相当厄介だろう」
他人事だな、おい!
「……質問」
色男が控えめに挙手をする。
「白川君だね、どうぞ」
「協力して薬師寺を討った場合、誰の手柄になるので?」
「全員だ。君たち全員を第零級に昇格しよう」
「なるほど。それなら十分協力するメリットはありますね」
最悪だ。コイツらは強制的に兵士にされることを知らない。勝っても負けても、良いことは何一つ無いじゃないか。
「他に質問は?」
他の連中は甘い誘惑に満足している。ウチは下手なことを言って目立ちたくないため、この後は質問も無くお開きとなった。
「――それじゃ、僕は一階から失礼するよ」
白川は女を引っかけて帰るらしい。いいご身分だな。
エレベーターが白川を降ろした後、地下へ進む。
とりあえず、まずは使えそうな人材を集めて、改めて作戦を練ることになった。
他の連中からは緊張感が感じられない。この帰路も行き路と変わらぬ様子で別れを迎えた。
「俺はソロだから、適当に呼んでくれ」
茅間はそう言い残し、自慢のバイクで去って行った。
……いい加減なヤツらだな。
「紅露先輩、お疲れ様でした!」
薄毛を見せつけ、深々とお辞儀をする部長。
テメェも早よ帰れよ……と思ったが、とっさに閃く。
もしかしてコイツ……使えるか?
「――部長は外に出て何がしたいんだ?」
すると顔を上げ、駐車場内に響くように声を張り上げた。
「世に蔓延るブラック企業を撲滅したいです!」
言ってる意味がまるで解かんねぇ……。 マキナなら解かるか?
「少しばかり、部下をそっちで学ばせてもいいか?」
「勿論ですとも! いつでもご歓迎致します」
「じゃ、準備が出来たら連絡するわ」
「かしこまりました」
見た目の所為で忘れるが、コイツは一級の中で一番の新人だ。長年同じ会社に勤めていた経歴も信頼できる。
もうウチだけでは止められん。一級の中で、誰か一人でもこちら側に引き込まなければ――。




