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第1話 審問

「マキナ……大丈夫?」

 不安げに問いかけるポニーテールの内気な少女は、幼馴染の『ゆずはらリリカ』。私と同じ中学を卒業してすぐ執行者となった同期生だ。

「うん、私は大丈夫。お母さんがやったことは……私には関係ないから」

 三日前の執行者殺害事件。私の母、しろが執行者一名を殺害し、指名手配犯となったのだ。殺害後は頭部を持ち去り現在も逃亡中。

 私は母との関連についてしんもんにかけられることとなり、ここ……執行庁本部の審問控室にいる。


 私が心配なのは審問内容ではなく、審問官。その役目を担うのは普通の執行者ではない。

「第1級執行者。誰が来るんだろうね? 優しい人ならいいなぁ」

 甘い。優しい人なんかいない。

 第1級執行者はこの国の中で五人しかおらず、誰もが秀でた実力とじゅんぽう精神をね揃えている。

「例の人なら……マズいかな」

「だ、大丈夫だよ。あたしも参考人で来てるし、それに――」

 言葉を遮って控室の扉が勢いよく開いた。思わず視線で反応を示すと、目に入ったのは見知った男の顔だった。

 

「よお、模範解答。上手くいったらデートヨロ」

 ノックもせず私に指を差している馴れ馴れしいのは『なが大翔はると』。

 この見栄っ張りで、中身も薄いオールバックの男も私たちと同じ中学の同期生。私が執行者試験トップの成績で合格してからは、ちょくちょく声を掛けてくる。ちなみに、この男が呼んでいる模範解答というのは在学当時の私のあだ名。受け答えを淡々とこなしていたら、このあだ名がついてしまった。

「ごめんなさい。貴方には興味がないので」

 普段通りに断りの文句を述べる。

「振り方も模範解答! だがそれがいいッ!」

 何故か全身で歓喜を表わしている。

 誰がコレの模範解答を教えて……。

 参考人は二人まで許可されているのだが、私は他者との交流が薄いので仕方なく暇そうなこの男に声を掛けた。こんなのでも居ないよりマシか。


「にしても金魚の糞と一緒か。他のヤツ連れてきた方がよくね?」

「そんなことない。あたしはマキナのこと何でも知ってるし」

 ムッとして答えるリリカ。

 

 彼女は中学では男子から金魚の糞と呼ばれ、女子からは思考停止女と呼ばれていた。

 何故そうなったのかというと、いつも私に引っ付いていて、何をするにしても私と同じ選択をするから。食堂に行っても常に私と同じメニューを選び、私服を選ぶにしても私が選んだものを何着も買い、それを着回している。

 人生の選択は全て私依存。執行者試験だって私が受けるからと言ってついてきた。しかもそれで受かってしまうのだから大したものである。年に百人しか合格できないというのに。余計なことに脳を使わないようにしているからか、記憶力だけは優れているのだ。


「もしこれでマキナが死罪になるんなら、あたしも死ぬからね」

 こんなことを言いだす始末。

「イカれてんな、お前」

 この小長谷ですらドン引きしている。仕方がない、これが柚原リリカという人間だ。

「で、審問はお得意の模範解答で切り抜けるのか?」

「別に。私はただ事実を話すだけだから」

 そう。下手な子芝居や嘘はこちらの不利になりやすい。執行者の一人として、何事もありのままを話すだけでいいと私は信じている。

 

 ――ここでノックが三回。

 緩やかだった場に緊張が走る。第1級執行者である審問官の準備が終わった合図だ。

「失礼します。御代マキナ様、審問室へとご案内致します」

 案内担当の女性がそう告げると、私たちはいちべつし、無言のまま案内人の後を追う。

 控室から審問室への距離は短い。出てすぐ先の扉だ。

「審問官がお待ちです。失礼と偽りなきよう」

 案内人は会釈してこの場を離れた。私がこの扉を開くことで審問会議が始まるのだ。

 悩むことはない。恐れることも……。

 私は一呼吸おいて扉を開けると、真っ先に審問官の席に目をやる。

 そこにいたのは――自分が恐れていた人ではなかった。


 ――第1級執行者『うおぎんぺい』。

 第1級執行者の中で最高齢であり、誰よりも厳格で法に忠実。試験や会見などで最も目にしたことのある第1級執行者だ。

 

 しかし、ここで安堵してはいけない。受け答えを誤れば、私はこの場で罰せられるだろう。

 私は当事者の席に立つと目を閉じ、悟られないよう軽く深呼吸をする。リリカと小長谷が参考人として後列に座ると、目の前にいる初老で大柄な男が口を開いた。

「これより、御代マキナへの審問を開始する」

 次いで、進行役の眼鏡の男が審問規則を読み始める。

「――なお、審問の終了については審問官が進行役である私に終了を告げることで閉会とします」

 進行役が審問規則を読み終えると、発言権を審問官へ譲渡した。


 ここから審問会議が始まる……。


「私は第1級執行者の魚路銀平。先日亡くなった第2級執行者、かかりしんとは旧知の仲であった」

 ピクリと体が震える。それは母が殺した男の名だ。

「反逆者の御代真奈は、その掛の首を持ち去り現在も逃亡中。加えて、『S-()Pad(パッド)』を使用している可能性が高い」


 ――『S-()Pad(パッド)』。

 超小型の特殊処罰武装機器。通常は第3級以上の執行者にのみ与えられる。

 私は近々これを与えられる予定だったのだが、母の一件があって一時保留となっている。

 

「これまで執行者以外に『S-Pad』が渡ることはなかった」

 脳内に埋め込む仕様上、他人に譲渡することはできないのだ。

「それゆえに、あの掛も無警戒だったのだろう……」

 男の目は滲み、声は震えていた。

「あの卑劣な犯罪者は、必ず我々の手で処さなければならないのだ」

 男は拳を握りしめ、終始私から目を離さないまま本題を切り出した。

 

「御代マキナに問う。御代真奈との関係を述べよ」

 想定通りの質問。私は間髪入れずに答える。

「御代真奈は私の母です。三年前、国家反逆罪で処刑された父の死後、私が執行者試験を合格するまでたった一人で支えてくれました」

 母には感謝している。それは今でも変わらない。

「合格後は宿舎に引っ越したため、その後の母の様子を知り得ることは出来ない状況にあります」

 私は今、研修中のため執行庁本部付近の宿舎に住んでいる。もちろん、それはあちらも承知の事実だろう。

「それを証明するものは?」


「はいっ!」

 元気な声が審問室に響き渡る。

 リリカだ。馴染みの声が今はこんなにも頼もしく思える。

 審問官は無言で彼女へ向けて手を差し出し、発言を促した。

「私は御代マキナのルームメイトであり、四六時中付いています。彼女が無関係であることは私が証明します」

 私が予め伝えていた内容をそのまま話す。そうでないと、あの子はまともに発言できないからだ。

「私との関係性は調べて頂ければ直ぐに分かります。また、同じ執行者として不正に目を背けることは絶対に致しません」

 魚路さんは「執行者としてか……」とつぶやき頭をかく。それだけ執行者という存在は信用が大きいのだ。

 ふと後ろを振り向きリリカと目が合うと、彼女はニコリと微笑んだ。頼もしいのだが、そう言った行動は不信感を持たれるのでちょっと控えてほしい。いや、細かいところまで伝えなかった私の責任か。

 一方、隣の小長谷に目を向けると、俯いて小鹿のようにプルプルと震えている。

 ……何しに来たの?

 

「では執行者としての御代マキナに問いたい。今の母をどう思う」

「犯罪者として裁くべきです。重ねた罪の大きさから死罪は免れないでしょう。……しかし、親近者は私情に挟みやすいことから、私自ら処罰することは法によって禁じられています。ですので、同じ執行者の方々に対応を委ねることになるでしょう」

 これも用意していた答え。法に則って淡々と答えていけばいい。

「ふむ……残念だな。非常に」

 何か間違えていたか……。一瞬脳裏に不安がよぎり手に汗がじわりとにじみだす。

「噂に聞く模範解答だな。君が優秀な執行者であることは知っていたよ」

 気が緩みそうになるが、まだ緊張を解いてはいけない。終わりの合図まで審問は終わらないからだ。


「次は軽い質問を行う。気楽に答えてみてくれたまえ」

 男は顎髭を触りながら表情を和らげる。こういった前置きがある場合、大抵軽くはない。

「御代マキナに問う。母親との仲は良好であったか」

「はい、母のことは今でも尊敬しています」

「……ほう」

 また男の表情が険しくなる。事実とはいえ、今の発言は自分でもマズいと思う。

 けど……ここで嘘はつきたくなかった。


「では、最後の質問だ。と――その前に失礼」

 男は胸ポケットから小型の銃を取り出し、銃口を私に向ける。

「対象、御代マキナ。真実の腕輪を装着せよ」

 男が引き金を引くと、私の右手首に光輝く腕輪が装着された。

 

 ――その小型銃の名は『へクス・ガン』。対象の拘束など、六つの機能が備わっている。

 この腕輪はその機能の一つで、平たく言えば嘘発見器だ。心音、脳波によって真偽を判定。もし嘘を言った場合、腕輪によって千切れるほど強く手首を締め付けられるらしい。


「同僚にこのようなことはしたくないのだが、規則なのでな。許せ」

 男は申し訳なさそうに語る。審問時の腕輪の使用はたった一度のみ許されている。つまり、この先の質問こそが本命なのだ。

 

「御代マキナに問う。君は国に対して不満を抱いているか?」

「いえ、全く持ってありません」

 間を置かずに答えると、場の緊張が一気に高まり私以外の全員の視線が腕輪に集中した。一分間、腕輪の反応が無ければ腕輪は自動的に消える。

 私はそっと目を閉じ、その時を待つ――。


 腕輪は――静かに消えていった。


 ふぅ……と、最初に溜息をついたのは審問官の魚路さんだった。

「腕輪の精度は完璧というわけではないが……。これが嘘なら大したものだ。私とて多少なりとも国に不満はあるものだが……若いというのはうらやましいな」

 男は表情を緩ませ、腕を組みながら緊張を解くと、辺りもそれにつられて緊張を解いていった。私を除いて。

「私とて優秀な執行者をもう失いたくない。だが――もしも今後君が母にくみするのであれば、私が直々に君を処刑しに行くだろう。よろしいかね? あ、これは審問ではないぞ」

「はい。私が道を踏み外した時には、厳正な処罰を求めます」

 私は即答する。ここまで想定の範囲内だった。


「うむ、では――」

 魚路さんが進行役に目を向けた刹那、パリンッとガラスの割れる強烈な音が鳴り響いた。考える間も無く音の発生源に目をやると、左上の傍聴席からガラスの破片が照明を反射させながら飛び散っている。


「おっちゃんよぉ、流石に甘くねぇか?」

 割れたガラスの向こうにいたのは――恐れていた例の男だった。

 

やま、私は法に則って厳正に対処しただけだ。貴様の方こそ、今の行為は審問妨害と器物損害だぞ」

「は? 俺らには関係ねーだろ?」

 そう言い放ち、親指を顎に向けこちらを見下ろすこの男は、私が恐れていた第1級執行者『かやれん』。


 三年前、私の父を処刑した男だ。

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