第17話 豹変
拠点の同至川市に隣接する八宮市。ここは工業地帯で数多くの就業者が市外からも集まる場所。今は通勤時間を過ぎているようで、交通量も穏やかだ。三台の執行者バイクが優雅に疾走する中で、先頭を走る女が叫ぶ。
「ちょっとそこのコンビニ寄る!」
駐車場にバイクを停め、私とリリカは談笑しながらコンビニに入った水嶋さんを待っていると、ビニール袋を引っ提げて戻って来た。その中身はジュースやお菓子。勤務時間なのに、あろうことか呑気にタルトを頬張りだす。
……周囲の目が痛い。
駐車場でバイクに跨り堂々とサボっている姿が目立ってしまっているのだ。ただでさえ執行者は目を引く存在なのに。
「水嶋さん。勤務中ですよ。食べるのなら何処かに隠れて――」
「私は第三級執行者。会見観たでしょ? 誰が逆らえるって?」
人に執行者としての自覚を問いておいて、自分はどうなのか。しかし、思い返してみると私が今まで出会ってきた中で執行者らしかったのは魚路さんのみ。
もしかして……私が間違ってるの?
彼女は嫌悪の眼差しを向ける通行人を片っ端から睨みつけて返すと、みな我関せずと目を逸らしだし始めた。そんな中、飽きもせず更にマカロンをつまみだす。
その姿を見て、ひょっとしてそんなに危険な任務じゃないのか――と思えてしまい、先程までの緊張感がどこかへ行ってしまった。
「あの……任務の詳細は?」
「見て判断しな」
「それはいくらなんでも無茶苦茶では……」
「行くよ!」
水嶋さんはバイクをふかし、公道へと出て行く。人の迷惑を顧みないその姿に、ふと茅間を思い出す。深いため息をつきながらも、私たちは後を追った――。
辿り着いたのは、雑木林に囲まれた廃工場。外壁の焦げ跡から火災により放置されたと推測される。所々に草木が生い茂り、手入れがされていないため人の気配は無い。ここに目標が潜んでいるのだろうか。
「この辺で『薬師寺』が出たって通報があったらしいよ」
「ちょっと! そんなこと一言も聞いてない!」
それが真実なら、ここはとてつもなく危険地帯だ。さっきまで緩んでいた緊張が一気に走る。
「話は最後まで聞きなって。私の狙いはそっちじゃない。薬師寺へは他の連中がとっくに向かってる。あんな金の卵、取り合いになるに決まってるでしょ。しかも、三級は優先度低いから振っても貰えない」
「だけど……」
「ビビってんじゃないよ。もし向こうから来たら返り討ちにすればいい」
どこからそんな自信が湧いてくるのか。
私達はまだ執行者になったばかりの新米だというのに。彼女はまだ能力者同士の戦いを知らないんだ。
「今回の目標はこれ」
そう言って、水嶋さんは黒い封筒の中から手紙を差し出した。
そこには――。
『御代マキナへ。八宮市の廃工場へ一人で来い。時間は何時でも可。詳細な場所は裏面に記す。』
「わ、私宛て!? どうして水嶋さんがこんなものを!?」
「偶然受付が拾ったのを横取りしたの。こんな美味しい話、あんただけに譲るなんて勿体ないじゃない」
無茶苦茶だ。執行者同士の手柄の取り合い。それは、私が思っていた以上に深刻な問題だった。
処罰対象の罪が重ければ重いほど評価が上がる。ただ、そんな相手は滅多に現れることがないため、こうして横取りする人間が出て来てしまう。
「一人でって書いてあるのに」
「ペナルティは書いてないでしょ」
そんなの何が起こるか分からないってことじゃないか。これを書いたのがもし、『薬師寺』だとしたら……。
そんな私の心配などお構いなしに、水嶋さんは無警戒のまま廃工場の中へと入っていく。
私はこの隙に、高柳さんに現在地を送信した――。
「誰かいるー?」
大型トラックが入るほどの大きな入り口。工場内は割れた窓から僅かな光が差し込んでいる。
水嶋さんの声に反応したのか、奥で座っていたと思われる男がゆっくりと姿を現す。
でかい……。
身長は2M近くあるだろうか。スキンヘッドでタンクトップ姿のその男は、筋骨隆々。『S-Pad』が無ければ逃げ出したくなるほどの威圧感があった。
「これ書いたのアンタ?」
全く物怖じしない水嶋さんが例の手紙を見せつける。
「お前が御代マキナか?」
「さあ?」
「御代マキナは私です!」
「ちょっと!」
はぐらかしても意味は無い。何の要求も予告も無い手紙を出しただけでは犯罪ではないのだから。向こうの意図が分からないと、こちらも動きようがないのだ。
しかしその返事に対して男は何も言わず、スマホをワンタップしてその場に投げ捨てた。
――誰かに連絡をしたのか?
「呼び出したのは俺じゃねえ。ただ、大人しく待ってろとも言われてねえ」
男はサイドチェストのポージングをとり――。
「マッスル・オブ・アイアンウォール!」
筋肉が――弾けた。
「『マッスル・オブ・アイアンウォール』。筋肉を増大させ、鉄をも砕く力と、鉄壁の筋肉。弾丸すら弾くらしいよ」
リリカの記憶にヒットしたようだ。
つまりこれは……破棄された『S-Pad』!
「へぇ、やるじゃん。ちょっと見直した」
しかし、この能力は……。
「私と相性抜群♡」
水嶋さんは口の端を吊り上げる。獲物を見つけた獣の様な鋭い眼光に変わり、天に手をかざす。
「違法に『S-Pad』手術を行った罪により、お前を死刑に処す! ウィップ・オブ・ペイン!」
――この先の光景は、まさに地獄絵図。
奇声と悲鳴がこだまする。絶え間なく続く鞭打ちの連打。この状況を楽しんでいるのか、女の笑い声も止まらない。一方、打たれている方はのたうち回り、言葉にならない程の悲鳴。
この状況は何? 私たちは……正しいことをしているの?
「も、もうその辺で――」
「そうだね。お前はそこでのたうち回ってな! 後でまた相手してやるから!」
男に追い打ちの一発を見舞った後、振り向きざまに放たれた鞭は私の頬を掠め――リリカの頬に当たった。
「リリカっ!」
打たれた勢いのまま地面に倒れるリリカ。私は状況がまるで理解できず立ち竦む。
どうして水嶋さんが……。
「鈍いね。私の狙いは最初っからあんた。あれはついで」
彼女は親指で蹲っている男をさす。
「どういうこと!? 水嶋翠!」
「覚えてないの? 『水嶋』。この苗字に聞き覚えは?」
「は?」
リリカが何かしたの? そんな記憶はどこにも――。
「弟の……『水嶋良太』さん」
頬を押さえたままリリカが、消え入りそうな声で呟いた。その声は震えている。
――思い出した。
それはリリカが、振った男。告白を受ける時、私も傍にいたのだ。
「私が何に怒ってるか分かってるよね?」
心当たりはある。あれは私も居た堪れなかったから。
「ただ振るだけなら良かった。それを……この女はあろうことかこう言った!」
――ごめん、どうすればいいか分からないの。マキナが決めて。
「こんな振られ方があるか!? 弟は今でもショックで引き籠ってる!」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
地に伏せながら謝るリリカ。その目には、涙が浮かんでいる。
「柚原リリカ! お前を、犯罪幇助で処刑する!」
「なっ、そんなの完全な冤罪じゃない!」
「だからアイツを生かしてるんだよ! アイツを庇ったとみなして!」
最悪だ。あの会見での特権付与から、彼女はこうなることを狙ってたんだ。
「そんなこと、私がさせない!」
抜刀の構えをとり、あの女へ狙いを定める――。
「あんたって鈍いよね~。今まで気づかなかったの?」
先程まで張り上げられていた声が落ちる。
その小馬鹿にした態度に、左腰に添えようとしていた右手が止まった。
「何の話……?」
「あの時からずっと……嫌がらせを続けてきたのに」
「え?」
何を言ってるの?
私はずっとリリカと一緒にいた。そんな素振り、一度も……。
「唯一、離れている時間があるでしょ?」
女は不敵な笑みを浮かべる。
中学時代の何気ない一日。登校から部活――下校まで辿っていくが、思い当たらない。
どこ? 私と、離れている時間――あった。トイレだ。
そんな……たったそれだけの時間で……なんて陰湿な。
だからリリカは彼女に会ってから、ずっと気分を落としていたのか。気づかなかった。気づいてあげられなかった。
「何をしたの? リリカに……何をした!? 答えろ水嶋っ!」
普段出さないような口調で声を張り上げる。
「怖っ。別に〜。ただ……雑巾で顔拭かせたり、便器舐めさせたり、虫食わせただけ」
何を言ってるの? コイツは……何を言っている?
「大丈夫! 全部自分から進んでやってたから。私はただ……『御代さんも巻き込んでいい?』って聞いただけだだし」
私は今日……初めて殺意を抱いた。
「水嶋ッ!!!!」
喉が掠れるくらい荒げる声。全身が熱くなり、目には血が迸る。
今までに持ったことのない感情。それが、私の意識を一色に染めた。
――絶対に許さない! この女は、今ここで殺す!
「ソード・オブ・ヒロイック!!」
止まっていた右手が動き出し、光と共に刀が発現。
私は柄をとると、違和感に気づく――。
抜けないっ!? 何で!? ……構うもんか! 鞘で撲殺してやる――!
刀を強く握りしめ、奴の懐へと駆け出そうとするが、更なる違和感が襲った。
そんな……。
足が鉛のように重たい。この能力を選んだことに後悔する。まさか逆作用があるなんて思いもしなかった。
怒りや殺意は――私の力にならない。
「――甘いって」
水嶋の鞭が、私の右内腿を叩いた。あまりの激痛に、言葉にならない悲鳴をあげる。先程までの怒りが一瞬で消え入るほどの激痛。そのまま叫びながら足を抱え込み、蹲ってしまう。
「痛いでしょ。私はね、人が最も痛がる部位を熟知してるの。そしてもう一つ――」
今度は私の両手首両足首に鞭を打つ。不思議なことに痛みは無かったが――。
打たれたところが……麻痺してる!?
「能力を全部バラす馬鹿がいる? これはもう一つの能力。打った部位を麻痺させることができるの」
「麻痺? 何のために……」
水嶋は私を足で蹴り、仰向けに転がした。
「御代マキナ。あんたを犯罪幇助で鞭打ちの刑に処す」
こめかみ、右脇腹、左足の脛と次々と打たれる。血は出ない。アザもない。ただ痛みだけが襲う。今度は私の悲鳴が、廃工場内に轟き渡った――。
終わりの無い苦痛に意識が消え入りそうになった時、鞭打ちは止まった。だが鞭の音は止まっていない。リリカが私に覆い被さっていたのだ。
「リリ……カ……」
リリカは悲鳴を上げていなかった。鞭を打たれる度に体は跳ね上がるも、声は殺され、響き渡るのは鞭の音のみ。両手と唇からは血が流れ、涙を流しながらこの激痛に抵抗している。
「マキナ……水嶋さんを……許してあげて」
何で……どうして……あんな奴なんか。
「あたしのせいだから……ごめん……お願い……。あたしはどうなってもいいから。マキナ……ごめんね」
消え入りそうな声と頬を伝う涙が、私の燃え広がった殺意を弱まらせた。
私は何もリリカのことを理解していなかった。ごめん……。何も気づいてあげられなくて。
リリカは後悔してたんだ。そして、水嶋さんの嫌がらせも自ら受けにいっていたんだろう。
その献身的な行為に、私の中の怒りと恐怖は消えていった。いや、消さなければならなかった。ここで私が復讐で返してしまったら、リリカの思いを踏み躙ることになってしまう。私のやるべきことは一つ。
この理不尽な鞭を止めなければ――。
リリカの首筋に向かう鞭。その音は私の手の中で止まる。そして、横たわっていた刀の柄と鞘の間からは、刃が顔を出した――。




