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第16話 同期

「――来やがったか」

 クミミンの膝上に乗せられたこうさんが、リモコンでテレビの電源を切る。私たちは本部からの通知に従い、会議室で会見を視聴していたのだ。

「『さいがみ』か。……んな名前、一度見てれば覚えてるんだが」

「記録にもありませんね。いったい何者でしょうか?」

 第二級上がりではない。たかやなぎさんが専用端末で検索していたみたいだが、ヒットしなかったみたいだ。現状で執行庁以上の権限を持った公的な組織は存在しない。つまり、その男は『らくえん』の管理者側の人間である可能性が高いのだ。


「この『やくきょうめい』ってヤツに心当たりは?」

 私は首を横に振る。母と共謀しているらしいが、子である私も見たことがない。

 ふと三年前に母に会っていた男を連想するが、断言はできない。実際に会えば思い出すかもしれないが――。

「マッキーのママは無理でも、コイツならいけるんじゃない?」

 クミミンが猫でも撫でるように、少女の頭を優しく触れながら提案する。

「んな簡単にいくかよ。この件、ウチらは降りるからな」

「何故ですか? それでは誰かに先を越されてしまいますよ」

「いいんだよ。危険な橋は渡らん」

 クミミンと高柳さんは言葉を詰まらせ驚いているようだ。無理もない。彼女らしくない弱気な発言だから。

「ヒナぴよどうしちゃったの? やっぱりマッキーママがトラウマに?」

ちげぇよ。割に合わんだけだ!」

 彼女は真実を知ってしまっている。会見で提示された報酬は、記憶を消された兵士になるだけのチケットでしかない。それを危険を冒してまで取りにいく意味はないのだ。

「とにかく、テメェら。暫くは通常業務だ。ウチはこれから出るけど、大人しく留守番しとけよ」

 少女はクミミンの膝上から降り、入り口の扉に手を掛ける。

「私たちもですか!? まさか一人で!?」

「んなわけねぇだろ。ちょっと本部へ挨拶に行くだけだ」

「でも、ヒナぴよ迷子になるし……」

「ならねぇよ! いいか、絶対ついてくるなよ! 本部からの命令だからな!」

 そう気になる言葉を残して、紅露さんは颯爽と会議室を出て行った――。


「心配ですね。私達もつけましょう」

 早速命令に背こうとする高柳さんが立ち上がる。

「処されるよ」

「望むところです!」

 クミミンの忠告にも耳を傾けず、意気揚々と目を輝かせている。

 望んじゃ駄目でしょうに。

「やめときなって」

「どうしたんですか、クミミン。貴女もらしくないですよ」

 クミミンは察してくれたのだろうか。何だかんだで良いお姉さんなのかも。

「ヒナぴよはね、成長してるんだよ。少しずつ、大人の階段を昇ってくの。こうやって、姉から離れてくのかなぁ」

 遠くを見つめる彼女は笑顔を浮かべる。前言撤回。何も判ってなかった。

「駄目ですよ! それじゃあ処して貰えないじゃないですか!?」

 目的が変わってる。駄目だこの人達。

「それでは、私達は通常業務に戻りますね」

 またののしり合いが始まりそうなので、私とリリカは会議室を後にした――。

 

 廊下に出ると、待ち伏せしてたのだろうか。見覚えのある顔のツインテールの少女に声をかけられた。

「御代さん? 久しぶり」

「……みずしまさん」


 ――『みずしますい』。

 同じ中学で同期なのだが、三年間クラスが違っていたため交流もなく、ほぼ遠くから眺めるような存在だった。なので、彼女のことはあまり詳しく知らない。

 ただ、彼女も今年の執行者試験に合格したので顔と名前は覚えていた。同じ中学ということもあるが、意外にも次席で合格したため、より強い印象を残したからだ。

 階級は第四級スタートのはずだったが、私と同じ三級の制服を着ているのは何故だろう……。

 庁内で堂々とピアスをしているあたり、気の強そうなイメージを持たせる。

 別にそれは禁止されてもいないのだが、この女性の多い庁舎で新人が色気づいている――なんていびられそうなので私は着けていない。まあ、そもそも空ける気ないんだけども。


「良かった……同期がいて。私、ここに来たばかりだから案内してくれる?」

「ええ、いいですよ。――リリカ?」

「あ、うん……。いいよ」

 どうしたのだろうか。リリカの反応がにぶい。

 初対面の相手でも、ここまで目が泳ぐことは珍しく、普段より私との距離が違いのも気のせいだろうか。

「相変わらずだね。まだくっついてるの?」

 表情は明るいが、何か棘のある言い方をする。

 そういえば、学校でリリカはあまり好かれていなかったな。主に女子から。快く思われないのも、仕方がないと言えば仕方がない。その辺は交流を深めなかった私の責任でもある。

「御代さんはそれでいいの?」

「はい。でも、最近は他の人とも関われるようになったので」

 特にクミミンには慣れ始めているようで、自分から話しかけることも見かけられた。

 少々問題のある人だけど、なんだかんだで良い先輩だ。

「ふ~ん」

 興味がなさそうに相槌を打っている。

 彼女とは同期で同所なため仲良くなってほしいが、この調子では難しいのかもしれないな。

「私ね、最近三級になったの」

「もう昇格したんですか!?」

 まだ一年も経っていないのに、このスピード昇進は極めて異例だ。

 通常ならば所属の支部長(ここの場合だと紅露さん)が年度末に本部と連携しながら考慮する。もしくは、重罪犯を処罰することで昇進を促すこともできる。

 後者だとしても、どれほどの功績を積んだのか。それは優秀という言葉だけでは片づけられないほど有能なのかと、彼女に対して畏怖を覚える。

「最近執行者が殺されたりで物騒でしょ。任務に消極的な人も増えてきてさ、対策として三級以上を増やすために緊急昇格されたの」

 なるほど。敵が『S-()Pad(パッド)』を使用する以上、対応策としてはそうするしかないか。

 とんでもないライバルが現れたと身構えてしまったが、杞憂だったようだ。

「ということは『S-Pad』も?」

「うん。手術済み」

 水嶋さんはこめかみをトントンと叩く。

「御代さんの活躍は聞いてるよ。模擬戦をお願いしたいんだけどいい?」

 活躍というほどの活躍はしていないけど、第一級執行者に同行しているから目立っているのだろうか。模擬戦といえばかやと一回行っただけだ。紅露さん達とは遊んでただけで、何もしてなかったな。

「いいですよ。私もまだ不慣れなので、お願いします」

 自分の力を見つめ直すいい機会だと、私は彼女の誘いに乗り、リリカを引き連れ屋外の修練場へと移動した――。


 そこはフェンスに囲まれた砂地の運動場。最近はよく使われているようで、整備が追い付いていないのか、所々に戦いの傷跡が残る。特に目立つのは、紅露さんがやったであろう焼け跡だ。一級の立場でも慢心しないその努力には感服する。

 これまで模擬戦は支部長の許可が必要だったのだが、テレビ局の事件以降その条件は緩和されている。事後報告で済ますようになったのだ。

「――ウィップ・オブ・ペイン!」

 水嶋さんが早速『S-Pad』を発現させた。発現方法は私と同じ現実タイプで、手を掲げて呼び出しと同時に地面に鞭を叩きつける。それはまるで生きている蛇のように、しなやかにうねり、強烈な音を発生させた。

 ギターより痛そう……。

「この鞭は処罰用でね、衣類――鎧の上ですら貫通して痛みを与えることができるんだよ。しかも、痛みを増幅させるオマケ付き」

 なんて物を選ぶんだ。完全なるドSじゃないか。そんなものを当てられるなんて冗談じゃない。

「大丈夫、痛みの強弱は操作できるから。子供のビンタ程度に抑えるよ」

 私の心情を察してか、補足してくれた。

「ソード・オブ・ヒロイック」

 抜刀の構えに入り発現、刀を抜き刃を反す。

「能力は速度上昇。声援などで感情が高揚すると身体速度を上げることができます」

 相手も能力の詳細を言った以上こちらも返すが、模擬戦としてはよろしくない。彼女は連携を想定しているのだろうか。

「ふ~ん。その声援はゆずはらさんからの? 一応役には立ってるんだね」

 一言多い。やはりあまり良い印象はもたれていないみたいだ。

「その役目、私が代わってあげようか? 戦えないんじゃ足引っ張るだけでしょ」

「そんなことない」

 反論はしたが、少し心が揺らぐ。リリカを危険な場所に連れて行かなくて済むからだ。ただ、彼女の声援を受けるより、リリカから受けた方が効果は高い。同期とはいえ、ほぼ初対面と変わらないから。

 

 水嶋さんは空へ手を掲げると――鞭は虚空へと消えた。

「模擬戦は?」

「戦えそうか判断したかっただけ。一応合格かな」

 何だか立場が逆転しているようだ。一応ってどういうことなのか。

 やる気があっただけに落胆してしまう。完全にペースを飲まれてるな……。

「これから行く任務についてきて欲しいの。知らない人だと連携しにくいからさ」

 ここで漸く合点がいった。彼女は私を試していたのだ。しかし、この言いぶりだと危険な任務であることが伺える。

「では、たかやなぎさんやみなみぞのさんも誘っていいですか? あの人たちは二級なので心強いかと」

 たぶん暇してるだろうし、誘っても大丈夫だろう――。

 

「馬鹿なの?」

「え?」

 不意に罵倒の言葉をぶつけられる。私も、この人は苦手なのかもしれない。

「やっぱりクソ真面目の模範解答ね。二級なんて連れてったら手柄がそっちに入っちゃうでしょ」

 久方ぶりに聞いたそのあだ名。しかし、明らかに昇進を狙う発言だ。

「水嶋さんは、そんなに国外に出たいのですか?」

「当たり前でしょ! あんたは違うの?」

 先程までとは別人のように態度と声色が豹変する。何となく感じてはいたけど、やっぱりこういう人か。

「私は別に……」

 最初は目指していたが、紅露さんと組み、更に上の人間が下りてきた以上その地位を得る必要はほぼ無くなった。経験を積むことは賛成だが、わざわざ危険を冒す必要は無い。

「あんた、うおタイプね」

 聞きなれない言葉に口を開けたまま困惑する。

「知らないの? 第一級という地位に長年就きながら一向に世代交代しない。一級の枠はね、限られてるの。外を目指す人にとってあんた等みないなのは疎ましい存在なんだよ」

 言われるまで気づかなかった。確かにその通りだ。それなら上にとっても魚路さんのような人は疎ましいのではないのか。

 いや……まさか。

 一瞬、脳内で疑惑が過る。彼が上と繋がっていた可能性。しかし、あくまで疑惑の域。次に紅露さんに会ったら相談してみよう。


「わかった? だから私は三級以下のあんたを連れて行くしかないの。もうこっちで手続きをしたんだから、ついてきて!」

 なんて強引な……。

「その二級には連絡しないでよ。手柄を横取りされたくないんだから」

 本来は良くないんだが、手続きを済ませているのならばもう断れない。任務の詳細が判ったら、こっそり連絡を入れておこう。

 私は渋々承諾し、リリカの方に視線を向ける。

 しかし、終始(うつむ)いており元気がない。やはり彼女とは合わないようだ。

「ごめん、私は行かなくちゃいけないみたいなの。リリカは気分が悪いのならここで休んでても――」

「大丈夫、行けるよ。ごめんね、別に気分が優れないわけじゃないから」

 リリカは笑顔を見せる。しかし、何年も一緒にいる私には――その表情がどこか張りついているように見えた。

「あんたも行きなよ。この任務のリーダーは私で、五級のあんたは部下。拒否権は無い」

「ちょっと、そんな言い方は――」

「あんたも甘やかし過ぎ。自分たちは執行者って自覚してる?」

 執行者……そう、私たちは執行者なのだ。その正しすぎる言葉に、私は反論できなかった。

 

 一抹の不安を抱きながらも、私たちは水嶋さんと行動を共にし、任務を遂行することになった――。

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