第15話 始動
時を遡り――御代真奈による電波ジャック事件の日。
魚路銀平の死が確認されたことにより、『楽園』の管理者たちによる緊急のリモート会議が開かれていた。モニター内で議論している者達は、何れも世界中で名を馳せた日本の大富豪たちだ。この私も含めて。
『S-Padの管理体制が杜撰過ぎる。廃棄品とはいえ、横流しなどあってはならん』
『そもそも博士を自由にさせ過ぎでは? どこか代わりになる人間はいないのか?』
『そんなことより、魚路銀平の代わりは誰に?』
下らん議論だ。誰も解決策を提示しない。どいつもこいつも二世三世で富や権力を継いだ者ばかり。『楽園』創設当初とは違い、管理者の質も劣化している。
「では、私が行きましょう」
モニター越しに動揺と不安が広がる。当然だろう。管理者が直接『楽園』へ行くなど前代未聞だ。
『才神君。正気か? 今行けば命の保証は無いぞ。奴の狙いは私たちの命だ』
「それは重々承知しています。なので『S-Pad』を装着しようかと」
またも動揺が広がる。被験者以外を手術した事例も無いからだ。
「博士に『デスサイズ・オブ・リベリオン』に対抗しうる『S-Pad』を開発させます。無論、余計な機能は省きますが」
『それはいかん。貴様はそれを機にS-Padを悪用する気だろう。父親が父親だからな』
「確かに私の父は国際指名手配されているテロリストです。しかし、私は違います。父に『渦悪棲』という、ふざけた名前を付けられながらも単身でここまで伸し上がってきました」
お前たちとは違い、ハンデを背負いながらも二十九歳という若さでこの地位を築いてきたのだ。
「ターゲットの御代真奈は、あの『CHAOS』のメンバーと接触している可能性が高い。『S-Pad』の横流しも、奴らが関係していると私は見ています。そしてその『CHAOS』は、父が組織したテロリスト集団であり、私がその撲滅に心血を注いでいることは既にご存じでしょう。私は父と違い『秩序』を願う者。悪用する気など毛頭ありません。心配ならば、貴方がたも『S-Pad』を装着して同行してみては?」
――反応は無い。
こいつらは自分の身が第一。他人任せでリスクを取ることをしない屑共なのだ。
「沈黙、ということは『S-Pad』の装着を認めると判断します。では、兵隊を二人ほどお借りしていきますよ。いくら強力な『S-Pad』といえども経験不足なのでね」
――私が楽園へ行く理由は三つある。
一つ目は『秩序』を理念としていることは言わずもがな。
二つ目は父を含めた『CHAOS』の撲滅。
三つ目は――。
◇
「やあ、渦悪棲くん。お待ちしておりました」
私は独自ルートで『楽園』の研究所へと足を運んだ。兼ねてより要求していた『S-Pad』の手術に来たのである。
「貴方は父よりの人間だ。妙な小細工をすれば――」
「『S-Pad』に関して手は抜きません。私は『S-Pad』に誇りと命を懸けていますからね。それは貴方もご存じのはず」
この男は秩序とは無縁の存在だが、『S-Pad』に関しての執着心だけは評価できる。その言葉に偽りは無いだろう。
「『デスサイズ・オブ・リベリオン』との性能差は?」
「概ねありません、が。彼女はとても優秀な使い手なので、勝てるかどうかは貴方次第ですよ」
「勝つさ……。始めたまえ」
手術台の上に乗り、その身を預ける。不安は無い――むしろ、期待の方が増している。
漸く、君に逢えるよ――。
◇
時を戻し明朝。会議場の壇上に立つスーツ姿の男女を囲うよう、カメラや機材を携えた男達や記者が群がっている。
「何もここまでしなくても……」
秘書として任命された執行者の女が、ひっそりと彼に聞こえるように呟く。
「いいんだよ。彼女は大胆にも放送局を乗っ取り、自ら姿を晒したのだ。それに応えてあげなきゃフェアじゃないだろう。さあっ、カメラを回してくれたまえ」
カウントダウンの声が響き、会場の空気が一瞬で張り詰める。スーツ男に緊張は全く見られない。場慣れしているようだ。
『皆様、初めまして。私は『才神渦悪棲』と申します。あ~変な名前だが気にしないでくれ。この度、魚路氏の代わりに特例で第一級執行者の任に就くこととなりました。もう皆様もご存知のことでしょうが……彼のことは非常に残念でした。私も心を痛めております。その彼を殺害したのがこの――未だ逃亡中の指名手配犯『御代真奈』です』
テレビ画面に御代真奈の顔写真が映し出される。そしてもう一人、無精髭を生やした中年の男――。
『隣のこの男は『薬師寺狂命』。国外で暗躍する国際テロ組織『CHAOS』の幹部。非常に危険な男です。私はこの男が『御代真奈』と関わっていると予想しており、彼に対する情報提供も募っています』
国外の人間が紛れ込んでいるという事実。密入国者はもれなく死罪であるため、執行者も躍起になって探すのだ。
『さて、この放送を見ている執行者諸君。このテロリストの内どちらかの処罰に成功した場合、特例として第零級への昇格を認めよう。よって、私の権限により全ての第三級以上の執行者へ、第二級以上と同じく死罪の執行を可とする。また、彼等に与する者や庇うものがいた場合も同罪として処理すること。私が言いたいことは以上だ。では、続いて質疑応答としよう――』
◇
「――いいの? 顔バレしてるけど」
カフェでコーヒーを嗜みながらテレビを視聴する男女。髪を束ね、眼鏡をかけている女が、向かい側に座る顔写真の男に尋ねた。
「ここまで泳いで来れるのは俺くらいだ。それに、三年もあっちに顔を出してなきゃ疑われるだろ」
「そうじゃなくって。皆がこっち見てる」
周囲のサラリーマンや老夫婦などがこぞって視線を向けている。中には既にスマホを手に取る者もいた。
そんな状況に女は不機嫌そうに視線を動かして注意するが、男は気にも止めず煽り出す。
「おう、俺が『薬師寺狂命』だ! 通報ヨロシク!」
隠れも変装もしない男は、大声で周囲に呼びかけた。
唖然とする客たちは戸惑いつつも、スマホの操作を始めている。
「巻き込まないでくれる?」
「友の言葉を借りると、『それもまた混沌』だ」
自慢げに話す男に対し、女は呆れながら深い溜息を漏らす。
「じゃあ、私はお暇するから。例の件はよろしく」
「ああ。どんな結果になっても後悔すんなよ」
女はコーヒーを最後まで飲み干し、鞄を手に取り立ち上がると、その場から離れて行った――。
「やべえ、無銭飲食になっちまう。おっちゃん悪ぃ、サツに――じゃなかった、執行者にツケといてくれ」




