第12話 無力
「火柱が消えていきます!」
暗闇を照らしていた炎が全て消え、街は本来の明るさを取り戻していった。
「終わったみてーだな。どっちが勝ったかは分からんが……」
火柱が上がっていた場所まではまだ距離がある。私たちは完全に出遅れてしまったのだ。
「リリカ、連絡を」
戦いが終わったのなら、連絡しても問題ないはず。
――お願い……取って。
「繋がるんだけど、取ってもらえない」
念のため業務用の方もかけてみたが、どちらも応答はない。最悪の展開が頭を過ぎる。彼女たちは母に敗れ、殺されたのだろうか。
それとも……負けたのはお母さん?
母の敗北は確実なる死。母が生き続ける限り、これから何度も同じようなことが起きるだろう。
耐えられない……。
胸が締め付けられるほどの苦しみに、呼吸すらままならない。
私は覚悟が足りなかったんだ……。
人と関われば関わるほど、これから同じ思いをするだろう。私はこれからも執行者であり続けるべきなのか。様々な思いが交差し、身体が震える。それを見たリリカがそっと抱きしめてくれた。
「降りろ。この先だ」
茅間の指示で車を降りると、私は誰よりも先に駆け足で現場へと向かった。燃え跡が残る歩道には、横たわっている紅露さんと、俯き立ち尽くしている二人の姿があった。
母の姿は何処にもない。
「紅露さんっ!」
必死の思いで少女の元へと駆け寄ると、彼女は腕で目を覆い泣きじゃくっていた。特に目立った外傷は見られない。しかし、心に傷を負ったのだろうか、私に対しての反応は無い。
「お母さん……御代真奈は?」
ククミンは言葉を発さず、首を横に振った。すると、不意に茅間に肩を叩かれ、車に戻れと指示される。
「コイツらは借りてく。落ち着いたら戻れよ」
茅間は彼女たちにそう告げると、そのまま黙って踵を返し、来た道を引き返す。静寂の中で紅露さんの嗚咽だけが聞こえるその空気は、母と彼女たちの無事を知り安堵した私を遠ざける。ここに居てはいけない。これ以上彼女たちに話しかけることはできず、私も静かにこの場を去った。
そこから車に乗り込んでから研究所に着くまで、誰一人として口を開かなかった。
――。
「おや、またまたお会いしましたね、マキナさん。まあ大体予感はしてましたが」
研究室へ入り、調子の変わらない博士の声を聞くと、張り詰めていた感情が緩和される。
「俺もいるぜ」
「ああ……あなたですか。メンテの予定はありませんよ」
私の背後から現れた茅間が目に入ると、彼は表情を隠すことなくゴキブリでも見た様に嫌悪感を現す。
「露骨に態度が違げえ……」
茅間は嫌われているのだろうか、その理由を特に疑問には思わない。
「聞きてえことがあんだが」
「私にはありません」
背を向け、博士は拒絶の意思を示す。
「すみません、私からもお願いします」
私がそう伝えると、急に振り返り――。
「ええ、良いですとも!」
「んだよ畜生ッ……!」
ここまで露骨だと逆に可哀想になってくる。
「魚路のおっさんは、御代真奈の能力を間違って認識していた。あんたの仕業か?」
博士は首を傾げた。茅間の言葉を聞く気が無いみたいなので、私が補足する。
「『デスサイズ・オブ・リベリオン』のことです。能力のコピーは、武器ごとコピーするのではなく、能力そのものを模倣すると認識違いを起こしていたみたいなのです」
「確かに。表向きには奪い取り、コピーするとだけ伝えています。ですが、詳細はあえて伝えませんでした」
「そのせいで魚路のおっさんが死んだんだぞ! アンタはあの女と組んでんじゃねーのか!?」
博士は再び首を傾げている。
「このやり取り毎回やんのかよ!」
茅間はストレスがピークに達し、資料の箱を蹴飛ばし当たり散らす。
「博士は母が有利になるように誘導しているのかと問いかけています」
「いえ、少々違いますね。『デスサイズ・オブ・リベリオン』は私の最高傑作。優秀な我が子を贔屓してしまうのは親としての性でしょう」
やっぱり。博士はこういう人なのだ。『S-Pad』第一主義者なのである。
「と、いうことらしいです。博士は母と協力関係ではないみたいです」
茅間は深く溜息をつき、「じゃあもういい」と言って部屋を出た。
「短気な人ですねぇ」
あなたのせいなのだが。
私たちは会釈し、疑惑も解消できたので早々に切り上げることにした。「それではまた明日」と博士は冗談交じりに言う。この人が敵か味方かは今も判断はつかないが、嫌いじゃない。
急に訪れて散らかしてしまったし、今度来る時は菓子折りを持って行かなければ。
――。
「やっぱあのおっさん苦手だわ」
車に戻ると、茅間がそう呟く。きっと向こうもそう思っているだろう。
「とりあえず、同至川市に送っといてやる」
「テレビ局には行かないんですか?」
「謹慎中だからな、流石に入れねーよ」
入ったところで何かできるわけではないが、人づてに報告を受けただけなので、未だに実感がわかない。魚路さんが亡くなったことを……。
「てめーの母は何がしてーんだ? いったい何が目的で執行者を狩りやがる」
「マキナのお母さんは良い人ですよ。あたしは昔から知っています」
リリカ……答えになってないよ。
「良い人は人殺ししねーよ。……ま、俺も人のことは言えねーか」
再び沈黙が続く。カーオーディオから流れるバラードが、よりセンチメンタルな気分を際立たせている。それから車を降りるまでどんよりとした空気が、変わることはなかった。
「俺は別視点から切り込んでみる。とにかく……お前らはゆっくり休め」
私たちを降ろし、車窓からそう言い残すと、静かなエンジン音が遠ざかり、常闇の道路に飲まれていった。あの茅間に気遣われるなんて、私はどんな顔をしていたのだろうか。
宿舎の部屋に辿り着き、荷を下ろす。高柳さんが案内してくれた部屋だ。あの時はこんなことになるなんて思わなかった。あれからの全てが一日の出来事だったのだ。
「マキナ……」
「ごめん、ちょっと一人になりたい」
リリカは何も言わず、自分の部屋へと戻っていく。彼女は今、何を考えているのだろう。不甲斐ない私についてよかったのか。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今回はお母さんと顔を合わせることすら叶わなかった。己の未熟さと無力さに打ちひしがれる。紅露さんの涙を見た時、胸が張り裂けそうだった。
これからも本当に母を信じていいのだろうか。いや、信じるしかない――信じると決めたんだ。
もう後戻りはできない。母にばかり頼っていては駄目だ。自分から動かなければ。こうして1級の人たちと関わることができたんだ。母が見逃したあの人を信用して、全てを話してみよう。
それで何かが変われば、私ができることに繋がるのかもしれない――。




