第11話 紅露チーム VS 御代真奈
本部からの通信。助手席にいる高柳が魚路の訃報を告げる。
「盗られたか……」
魚路の死は、そのまま能力が敵に渡ったと捉えていいだろう。
「マズいですね。予定より目標への処罰が困難になりました」
「関係ねぇよ、ウチが焼き殺す!」
これは願ってもないチャンスだ。長年居座っていたあの男の席が空いたことにより、ウチの夢が一歩近づいた。それに、敵は無傷であっても能力の使用で消耗しているはず。今この時こそ、この上ない好機。
けたたましいサイレンを鳴らしながら、テレビ局周辺の道路を走行中、高柳に『S-Pad』の使用を命ずる。
「やれ」
「かしこまりました。ドローン・オブ・ドミネーター」
両手を広げた高柳がそれを唱えると、無数の小型ドローンが車内からすり抜け、空中へと拡散した。
――『ドローン・オブ・ドミネーター』。
プロペラ型の一般的なドローンとは違い、目玉のような丸型の索敵用小型ドローンだ。脳波でコントロールし、使用者の脳内に映しだされる映像は壁などの遮蔽物の透過も可能。更に熱源探知や暗視機能まで備え、半径2kmまで遠隔操作できる索敵に特化した『S-Pad』なのだ。
情報を制する者は戦を制す。高柳はウチを立たせるために敢えてこの能力を選んだ。
「見つけました。ここから遠くはありません。先回りしましょう」
高柳の指示に合わせて車を走らせる。攻撃能力は皆無とはいえ、情報戦においてはチート級。如何なる敵でもウチらから逃げることは出来ない。
目標付近に到着すると、状況を俯瞰できる高柳を車内に残し、骨伝導イヤホンを装着してクミミンと二人で夜の市街を駆ける。魚路によって緊急外出禁止令が出されているため、街は既に閑散としており、人っ子一人いない。敵の進行方向へと先回りし、路地裏で待ち伏せだ。
『そのまま手ぶらでそちらへ向かっています』
ククミンを持ち場に着かせ、ウチは仁王立ちで待ち受ける。
『間も無く視界に入ります。3……2……1……』
その女は闇に紛れそうな漆黒のドレスを纏い、建物に影から現れた。横目でウチを確認するとクスリと笑い、何の警戒も抱かず静かに歩み寄る。その佇まいから、只者ではないことが理解できた。
これが御代マキナの母親か。アイツには悪いが、ここで滅す!
「へーい! 御代真奈! ビックリだろ!? ウチが誰だか分かるかな!?」
「こんな時間に外に出てたら危ないよ?」
「ああ、言われると思ったよクソがッ! お約束だもんな!」
毎度毎度、子供扱いされる自分の身体に嫌気が差す。
「ウチは第1級執行者の紅露ひな子だ! 聞いたことあんだろ!?」
すると女は空を仰ぎ、人差し指を頬に当て考える仕草をする。
まさか知らんのか……。
「もしかしてヒナぴよ?」
「何でそれ広まってんだよ!」
女は口元を抑えながらクスクスと笑う。
「あなた面白い子ね」
舐めやがって……このクソババア!
まだコイツは発現させていない。ウチは先手を取るため、我先にと胸元に両手でハートを形づくり、発現条件のポーズをとる。
「それって朝やっていた魔法少女アニメ?」
クソがッ! 知ってやがった、流石母親。こちとら『S-Pad』付けたの12歳なんだよ! 後から変えられなかったんだ、仕方ねぇだろ!
「ガンズ・オブ・インフェルノ!」
羞恥心を押し殺し、発現させる。両の掌の中から赤い閃光と共に拳銃が出現。更に二つの拳銃の上部を合わせるようにドッキング。
「最大火力だ、食らえや! クソババアッ!」
――『ガンズ・オブ・インフェルノ』。
二丁拳銃の『S-Pad』。小型の火炎放射器になっており、二つ合わせることで更に威力を増すことができる。脳波によって炎の威力や向きをコントロール可能。
ここは一本道の路地裏。逃げ場が無くなるほど広範囲の炎がドレス女を覆う。炎が放たれる直前、大鎌が見えたので発現は間に合ったらしい。これを防げるとしたら、魚路の能力を使うしかないだろう。
「高柳、見えたか?」
――反応が無い。
「おい、返事しろ!」
『あ……防がれてます』
想定の範囲内だ。これで終わるなんて思っていない。
「使ったか?」
『いえ……鎌を回転させただけで』
「はぁ!?」
周囲に纏った炎を、ドレス女は二度大鎌を振り抜き消し去る。その風圧はこちらにまで届き、ウチの髪をなびかせた。
こいつは想像以上だな……。
『S-Pad』は共通能力として、身体能力を引き上げる効果がある。地の能力が高ければ高いほどその恩恵は上がる仕組みだ。奴の基礎能力は相当なものだろう。茅間や魚路が敗北するのも頷ける。
だがウチだって、パワー以外ならトップレベルなんだよ。そのパワー不足をこの銃で補う。
「死角の刃は?」
『注視してますが、まだ何も』
まだ子供扱いしてんのか? だが、それがテメェの命取りだ。
「本番はこれからだ!」
二丁の銃を連射する。ヤツに向かってではなく、空へ。
「何をしてるの?」
「余裕ブッこいていられるのも今のうちだぞ!」
空に向かった炎が弧を描き、地上へ向かって火柱となり降り注ぐ。真っ昼間のような明るさが、市街を彩っていく。ウチとヤツとの間には炎の壁が燃え盛り、わざと退路を残すように不規則に連なる壁が周辺を覆う。
「炎の迷路の完成だ」
当然こんな壁など、あの女なら先程のように鎌を振って抜けられるだろう。が、その瞬間にもう一度最大火力をブチ込んでやる。奴の動きはこっちに丸わかりだ。情報と地の利はウチらにある。
『北上してます』
「オッケー!」
迷い無く炎の壁に飛び込む。火傷を負うことはない。発現時は耐性がつくからだ。もう一つの策のために、更に注意を引かせるか。
「おいおい、逃げんなよ! 正面からかかって来いよババア!」
更に上空へ向かって撃ち、火柱を増やしながら距離を詰めていく。こちらは正確な位置が分かっているのだ。
「こっちだコラ!」
一瞬、奴の目の前に飛び出して撃ち、結果を見ることなく直ぐさま炎の中へと逃げ込む。恐らく防がれただろうが、もう一度見舞ってやる。
「次だ。同時に行くぞ」
今度はクミミンに合図し、再び炎へと飛び込む。
よし! ヤツはこっちを見ている!
再び発砲。同時に、ククミンのレイピアがヤツを貫いた。
――『レイピア・オブ・クワイエット』。
炎を消すレイピア。それまでセーブしていたウチの能力を最大限に活かすためククミンが選んだ『S-Pad』。ウチが出した炎は解除しても消えないため、事後処理が面倒だったのだ。街中で遠慮なく炎をぶっ放せるのは彼女がいてこそである。
ククミンは炎を消しながら迷路をショートカット。正確な位置を伝え、姿を見せることなく炎の中から突き刺す。更にそのレイピアは、刺した相手の闘争心を消すオマケ付きだ。
『やりました、ククミンが当てました!』
「ごめん、手応えがないっ、多分服を掠めただけ!」
「下がれククミン! 深追いは禁物だ!」
ククミンはウチのアンチ能力になる。奪われたら負けだ。
これ以上の深追いは危険だが、まだ手はある。クミミンが消した炎。その軌跡は、ウチが解除するまで消えない。
『K点に入りました!』
「ファイアッ!」
予め消してあった炎の軌跡から火柱が龍のように飛び立つ。これがウチらの十八番。この三人だからこそできる戦法なのだ。
「仕留めたか!?」
『いえ、すんでの所で躱されてます!』
畜生、しぶといな……。だが、フィナーレまでもう少しだ。
ウチが撃ち続けた炎が全域に及べば、もう逃げ道は無い。狙いを悟られないよう、クミミンと連携し迷路を切り替えている。当然ウチには撃った炎の軌跡が頭に入っているため、高柳の指示がなくとも状況を把握できるのだ。
――もうすぐ……テメェの火葬場の出来上がりだ!
しかし、あまりにも上手くいきすぎていることに違和感。反撃も不気味なほどに全く無い。
「まだ何もやってこねぇのか!?」
『はい、それどころか他の能力さえ』
どうなってる? 魚路との戦いで弱ってるのか? それとも……。
『伏せてっ!』
漸く来たか。元々背が低いので躱すのは簡単――。
「うおっ!?」
大鎌を投げやがった!
回転しながら向かってくるそれは、余裕でウチの上空を通り過ぎ、キンッと背後の塀へと突き刺さる音が響く。
しめたっ! 大鎌が離れた今がチャンス!
「ククミン!」
合図を出すと共に地を蹴り、大鎌の出所へと駆けだす。
この機を逃す手ねぇっ! 再発現させる前に至近距離でブッ放す!
『違いますっ、ひな子様!』
――しまった!
判断を誤ったと、脳に過った時には既に詰んでいた。炎の中から現れた下着姿の女に馬乗りにされ、小さな両手は両膝で抑えつけられてしまう。そして、ウチの首元には大鎌の先端が突きつけられていた。壁に突き刺さっていたのは大鎌ではなく、ドレスを絡めた小鎌だったのだ。
魚路の能力は……継がれていなかったのか。
ドレス付きの小鎌を投げ、同時に自分も飛び出す。大鎌だと思ってたそれをウチは勝手に勘違いして次が見えていなかった。怒涛の攻勢から一転、一瞬の油断が勝敗を分けたのだ。
ウチが押し倒されて間もなく、立ち昇っていた炎が次々と消えていく。
「何やってんだククミン!」
消えた炎の先から出て来たのは、クミミンではなく待機させていた高柳だった。
「バカ! 何で来た!? 早く逃げろ!」
「私の能力は索敵に特化した『ドローン・オブ・ドミネーター』です。コピーすれば、必ず役に立つかと」
「何言ってんだバカっ! いいから逃げろ!」
「私の命でどうか……ひな子様をお見逃し下さい」
高柳はその場で正座し、首を差し出した。
「お前……」
血の気が一瞬で引いていく。絶望とはこのことだ。
「殺せ! ウチを殺せよクソババア!」
「ひな子様っ!」
「ウチの夢はテメェらを外へ連れてくことだ。そこにウチは要らねぇんだよ! 早く殺せっ!」
両手を封じられ、拭うことが出来ない涙が留めなく溢れてくる。
――ずっと勉強付けの日々だった。
飛び級なんてしたせいで友達もいないし、作ってる時間もない。全てを犠牲にし、親の目標だった第1級執行者になってからは、それまでの鬱憤が爆発した。全てから解放されたウチは態度が一変。親に反抗し、周囲には当たり散らかし、口調も次第に悪くなった。犯罪者以上に身内から畏怖の対象となっていたウチは孤高の存在となり、誰も寄せ付けずにいたのだ。
そんな下らなくてどうしようもない自分を、あの二人は受け入れてくれた。外の世界なんてウチにはどうでもいいけど、二人には見せてあげたかった。
ウチはただ存在意義を……証明したかっただけなんだ――。




