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プロローグ 反逆の死神

「今日はツイていないな」

 とある女性がテロ活動を企てているという匿名の電話があった。どうせイタズラだとは思うが、仕事である以上無視するわけにはいかない。本来なら部下を行かせるべきだが、あいにく出向けるのが自分しかいなかった。

 その女性宅の前で歩みを止め、袖を捲り腕時計を見つめる。12の位置で短針と長針が重なろうとしていた。

 とっくに深夜手当が入る時刻だというのに、この不気味な平屋はまるで手招きしているかの様に明かりを灯している。

 職業柄人には言えないが、私はこういった雰囲気が苦手なのだ。

 ……怖気づいていても仕方がない。手早く済ませて一杯やるか。

 私は躊躇ためらいなく呼び鈴を鳴らすと、軽快な効果音が辺りに鳴り響いた。

 

「は~い」

 何とも気の抜けた返事だ。警戒心がまるで無いのだろうか。

 私はえりを正し、落ち着いた足取りで向かってくる声の主を待つ。


「こんばんは~」

 引き戸が開いた瞬間、私は絶句した――。

 それは漆黒のドレスをまとう美女。目を合わせると、美しさと劣等感のあまり一瞬で無意識に視線を逸らしてしまう。思わず服従したくなるような優しさが混じった凍てつく眼差しだった。胸のあたりまで伸びた巻き髪は綺麗に整えられ、その高い身長は漆黒のドレスを映えさせている。しかし何故こんな時間にドレスなのだろうか。色々と疑問は残るが、頭の奥に沈みかけた己の職業を引き上げ出し、誇りを胸に抱きながら弱気な視線を彼女の両眼へと戻す。


「――こんばんはマダム。夜分遅くに失礼」

 震える手で胸ポケットから手帳を取りだし、女の眼前に差しだす。その後は噛みそうになりながらも、いつもの決まり文句を口にする。

「私は第2級(しっ)こうしゃ、『かかりしん』と申します。貴女は『しろ』さんで間違いありませんね?」

「はい」

 はにかみながら即答する女。どうやら事は早く進みそうだ。

「今は御一人ですかな?」

 女は静かにうなずく。

「貴女がテロ活動を企てているという匿名の電話がありましてね。まあ、イタズラだとは思いますが、念のため執行庁本部への同行をお願いできますか?」

 女はほほに人差し指を当て考えるような仕草をとり、困った表情を見せる。

 

 ――『御代真奈』36歳。

 三年前、国家反逆罪で処罰された夫を亡くし、以後は単身で一人娘を育てているようだ。

 夫の件があるとはいえ、娘を持ちながらテロを企てているとはにわかに信じがたい。しかし、これほどの美人なら嫉妬やえんこんの線もあるだろう。

 嫌がらせにしては度が過ぎているとは思うが……。

 

「ご存じかとは思いますが、執行者のめいは絶対です。命に背けば有罪が確定し、この場で刑を執行しなければなりません。テロ活動による国家反逆は大罪、死刑はまぬがれないでしょう。こちらも心苦しいのですが、ご自身の無罪を主張するため大人しく従って頂けますか?」

 この国の犯罪は、その場で刑を執行できる。第2級以上ならば死刑執行も許されているのだ。

 ――にも関わらずこの女はニコリと笑い……。

「……嫌」

 通常、第2級執行者の前ではどんな屈強な男も足がすくむほど恐れられ謙虚になるというのに、どんな神経をしているのだこの女は。この私を懐柔できるとでも思っているのだろうか。

「貴女には娘さんがいるのでしょう。しかも最近、15歳という若さで執行者試験に合格したばかりではないですか。執行者への道のりが如何に困難か……貴女は当然ご存じのはず。娘さんを想うのであれば、ここは大人しく従って下さい」

 すると女は意にも介さず、姿勢を低くし上目遣いで答える。

「嫌」

 舐められているな……。

「仕方がない。不本意ではありますが……」

 本来ならここで処罰するべきだが、流石の私も女性を直接手にかけるのは抵抗がある。私は胸ポケットから小型の銃を取り出し、女に銃口を向け――。


「国家反逆の罪により、『御代真奈』を拘束せよ」

 

 それは執行者にのみ扱える汎用の特殊小型銃。殺傷能力は無く、主に拘束目的で使用する。非武装の相手、まして女であればこれで十分。引き金を引くと銃口から光の鎖が出現し、拘束を始める……が。周囲の鎖は一瞬で弾け飛んだ。

「……は?」

 一瞬思考が停止するが、私はすぐに状況を理解し銃を投げ捨てる。拘束が効かない理由はただ一つ。

 有り得ないことだが……奴は確実にあれを持っている!

 

「スピア・オブ・デターミネーション!」

 

 右手の人差し指と中指をこめかみに押し当て、それを唱える。これは先ほどの銃とは違い、第3級以上が扱える特殊武装。決められた仕草と共に名を唱えることで発現し、その能力を使用できるのだ。

 ……もはや疑いの余地は無い。あの電話はイタズラでも、嫌がらせでも無かった。

 右手に光と共に槍が出現すると同時に、貫く構えに入る。

 

 ――奴も持っているのならば、発現させる前に仕留めるッ!


 心臓目掛けて突進する槍に対して、女は半身になってかわす。髪とドレスが宙を舞い、その足運びは見とれてしまうほど無駄がなく、場慣れしていると確信させるには十分だった。

 

「デスサイズ・オブ・リベリオン」


 女は人差し指を唇に当て、静かに唱えた。暗闇から身の丈以上のまが々《まが》しい大鎌が出現し、女は向こう側の手でゆっくりとそれを取る。

 死神をほう彿ふつとさせるその姿に背筋が凍り付く。だが、この狭い場所ではあの大鎌を満足に振り回せまい。地の利はこちらにあるのだ。私は槍を引き直し、力を緩め多段突きの姿勢に入る。


 ――次は外さんッ!


 腰に力を入れた瞬間――背後から違和感。と、同時に腹部から強烈な痛みを感じ、辺りの景色がひっくり返る。

「ば……馬鹿な」

 上半身が斬り落とされた……。

 力を振り絞り背後を確認すると、そこにあるのは血を流し倒れた私の下半身があった。自分のものとは思いたくないほどの凄惨な光景に絶望する。

 鎌は振り下ろされていないはず――なのに斬られている。あの鎌による何らかの特殊能力なのは間違いない。

 甘かった……。舐めていたのは……私の方だったのだ。

 意識がもうろうとしていく中、絶望と走馬灯を振り払い、私はいまの際で最善の選択を取らなければならない。


 ――執行者として。


 耳元の通信機に電源を入れ、伝えなければならない。

 最期の言葉を……。

 まるで死神のように、女がゆっくりとこちらに向かってきている。あの鎌を振り下ろす気だろう。


 その前に――。


「『S-()Pad(パッド)』所持……、警戒を……」


 言葉は届いただろうか。もはや目を開ける力もない。何かが空を斬る音だけが聞こえた。


 

 ――。



 第2級執行者『掛信次』死亡。

 この知らせは、国中をしんかんさせる前代未聞の大事件へとなった。

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