ほんもののトワ
私はトワが落ち着くまで待った。
トワはわんわん泣いた後、ソファに座り頬を膨らませ、私を上目遣いでじっと見ている。
さっきは煙とか臭いで分からなかったけど、部屋の中のお引越し用段ボールはひっくり返っていたりぐちゃぐちゃだった。
片付けしないと駄目って怒られるかも……なレベルじゃない。
関係ない私が、絶対怒られるって怖くなるくらい。
「お部屋……ど、どうしたの? け、煙で焦っちゃった?」
「違う。片づけてたらこうなった」
「え」
驚くと「だってこうなっちゃったんだもん!」とトワは顔をぐしゃぐしゃにする。
開きかけの段ボールの中は丸めた洋服や、教科書が混ざって、何が入ってるかよく分からない。
トワ、完璧アイドルってイメージだった。
普段ステージに立ってないときだって、お片付けとか料理とか皆より上手く出来るっていうか。
だって一番だし……。
でも、今目の前にいるトワは違うみたいだ。
「お料理とお片付け苦手なの?」
トワに聞くと、彼女は首を横にブンブン振った。
でもお部屋はぐちゃぐちゃだし、料理だって黒こげ。
「え、でもこれ、苦手な気が」
「全部」
トワはもう一回「全部」と言う。
「全部ってなに?」
「全部できない! だから……いないものだと思ってって言ったんだもん。本当の私がダメダメだってバレたら嫌われちゃうからぁ‼」
「え」
──いないものだと思って。
あれって、私が嫌いって意味じゃなかったの⁉
色々苦手なことがあって、私に嫌われちゃうのを心配してたの⁉
「うぅ~こんなことになんてぇ~……ねぇ、ねぇ、絶対ネットにあげないでよ? 絶対だよ? 約束取り消さない? うええええん!」
トワは半泣きで私の手を握る。
推しとの、握手!
でも嬉しいドキドキより、トワの泣きそうな顔に不安のドキドキが勝つ。
「だ、大丈夫。学校で……人のこと勝手に書いちゃダメって約束があるから……」
「本当に? トワ全然ダメじゃん‼ とかネットに書かない?」
「もちろん。そ、それに、トワのこと応援してるし……す、好きだよ?」
「え!」
トワは私の言葉に目を丸くした。
そして「もしかしてもしかしてもしかして私推しなの⁉」と、早口で話す。
勢いがすごすぎて、素直に「うん」って言いづらい。
「……う、うう、う……ん。トワ、推し」
「ええええええええごごごごごごごごめんねてっきり別の子応援してると思ってたっていうか引っ越してきたとしても、トワじゃなくて別の子が良かったのにってガッカリされてたら悲しいなーと思ってて、うえええええ」
トワがいっぱい喋り出した。さっきの勢いもびっくりだったけど、どんどん勢いが増している。
「えぇ」
「うわあ、うわああああああ、私推しだぁ……⁉ 生きてる……‼ すごい……‼」
トワは目をキラキラさせながら私を見つめる。
逆じゃないかな?
というかトワ……ファンいっぱいいるし。
センターだし。
「トワのファンはいっぱいいるんじゃ……」
「この姿で気付かれたことないもん‼ 名前言っても漢字とカタカナで違うって言われるだけだし、スタパルのトワと名前いっしょですね~って馬鹿にされるだけだもん。」
名前とカタカナで違う?
不思議に思ってると、トワは段ボールからぐちゃぐちゃのテスト用紙を取り出した。
科学と書かれたテスト用紙には『星森永遠』と書かれている。
「永遠って書いてとわって読むの。これが本当の私の名前。アイドルの名前は、小さい子でも読みやすいようにトワってしてるんだ」
「へぇ」
推しの本当の名前。
こんなすぐに知っちゃっていいのかな?
ちょっと心配になっていると、名前の横の数字に私はびっくりした。
13点。
なにこの数字。
「トワ……これは……何点満点のテスト?」
そう言うと、トワは「う……」と冷や汗をかきながら目をぎょろぎょろ動かした。
「トワ、これ、満点は、100点だったり……」
「う~知らない知らない‼ ヤダ‼ 私お腹すいた‼ 夕食作るから出てって‼」
トワはまた首を左右にブンブン振って立ち上がると、ドンドン足音を立てながらキッチンに向かう。
ものすごーく嫌な予感がする。
フライパン、真っ黒だったし。
今度は、家が燃えちゃったりして……。
このまま、トワのこと放っておいていいの?
「私、なんか作ろうか?」
そう言うとトワはくるっと振り返り、目をキラキラ輝かせた。
「い、いいいいいいいいいの?」
その目の輝きはやっぱりアイドルのトワだ。
私は緊張しつつも、うんと頷いた。