推しのピンチ
夕食のあと、私は一階のリビングのソファでゴロゴロしていた。
お母さんがお風呂に入っているから、順番を待ちだ。
お母さんはさっき入ったばかりだから、しばらくゴロゴロできる。
ああでも、お母さんが「しばらくしたら換気扇のスイッチ消しておいてね~」って言ってたっけ。
今日の夕食はカレーだった。
作った後も換気扇をつけたままにしておかないと、部屋がカレー臭くなるから。
小さい頃は甘口だったけど、最近はずっと中辛。
はじめのうちは中辛なんて絶対ムリだと思ってたのに、今は平気。
「うーん」
私は寝返りをうちながら、スマホを眺める。
ホーム画面には、トワの顔。画面の中のトワは、元気いっぱいの笑顔で笑っている。
そんなトワが、今日からお隣さん……。
私はリビングの窓から隣の様子をうかがう。
トワの家はカーテンがぴっちり閉められていた。お家にいるのかも分からない。
──私のことは、いないものだと思って
私はトワの言葉を思い出す。
「会っても挨拶とかしないほうがいいのかなぁ……」
でも挨拶は学校でもしたほうがいいって先生も言ってるし。
お母さんだってお父さんだって言うし。
いないもの扱いって、幽霊とかおばけ扱いってこと……?
「う~ん」
私は唸りつつ、スマホを操作する。
いつもこの時間、ネットでスタパル公式アカウントを見ていたから、今日も無意識のうちに開いてしまった。
スタパルは、グループ全体の公式アカウントと共に、メンバーたちのアカウントがある。もちろん、トワのアカウントもある。フォロワー数は、33万人‼
隣に住んでいるのにアカウントを見るのは、悪いことをしている気分がする。
でも友達のアカウントだってフォローしてるし。
それとも、外したほうがいいのかな?
トワのアカウントを見ていると、新しい呟きがパッと出てきた。
『カレー大好き‼ 小学校の頃、給食がカレーの日は、四時間目からソワソワしてた‼ 余ってたらおかわりもしてたよ‼ みんなはどう?』
え?
トワ、カレー好きなの?
今までトワがカレーについて何か言ってることはなかった。
それにさっき、カレー断ってたし……。
なんかこだわりとかあるのかな?
中辛じゃ物足りない‼ とか。
トワの呟きには、早速コメントが来ていた。
『私もトワちゃんと同じでおかわりしてた‼ 一緒だぁ‼』
『給食のカレー、自分もおかわりしてましたよ。懐かしいです笑』
『トワ、カレーはご飯? ナン? どっちが好き? 醤油かける? それともソース?』
いいなぁ。
私はコメントを眺める。
トワの呟きに、コメントしたことは一度もない。
だって緊張するから。
変なこと言っちゃったら嫌だし。
だから、いいねを押して好きだよって伝えてる……つもり。
──私のことは、いないものだと思って。
トワの言葉を思い出す。
いいねもダメなのかな?
「……ん?」
悩んでいると、焦げ臭い臭いがしてきた。
この感じ、お隣から⁉
私は慌ててリビングの窓に向かう。隣の家のカーテンは全開になっていて、トワが急いで窓を開け、すぐにまた部屋の中に戻っていってしまった。
火事だったら早く逃げなきゃいけないのに!
「トワ‼」
ここは一階。私は窓のそばにあるサンダルを履いて、大急ぎでトワのリビングに入った。
中は私の家のリビングと違って、何にもモノが置いてない。
きょろきょろ辺りを見渡すと、キッチンにトワの姿を見つけた。