アイドルの時と違う推し
「わぁ~お仕事の都合で一人暮らしなんて~……すごいわねぇ~」
リビングでお母さんがトワと話をしている。私はトワ、お母さん、自分のぶんの麦茶をグラスに入れながら、二人の話に耳をすませる。
「まぁ……仕事なので」
トワはクールに話す。
ライブの時とか動画の時と全然違う。
いつもなら全部言葉の最後に「!」がつく話し方だけど、今日のトワはすごく静か。
それに早口だ。
聞き取るのもちょっぴり難しい。雰囲気が違い過ぎてトワじゃないみたいだ。
だからかもしれない。最初はドキドキでいっぱいだったけど、今は不思議だと思うほうが大きい。
「でもぉ、まだ学生さんよねぇ~? 何歳? どんなお仕事してるの~?」
ママ、アイドルだよ!
言いたいけど言えない。
私はトワの麦茶を注ぐのに必死だから。
こぼしちゃったりしたら大変だ。
「17歳、高校二年生です。仕事は……テレビ関係です」
トワは言う。
やっぱり公式サイトに出てるトワのプロフィールと同じだ。
「そうなの~! 高校生のうちから独り暮らしもお仕事も、いっぱい大変でしょぉ~。何かあったらいつでも言ってちょうだい?」
ママはトワがスタパルのトワだって気付いてないみたい。
一緒にテレビを見ているし、私の部屋にポスターだって飾っているのに。
トワがメガネをかけているからだろうか。
「ご迷惑はおかけしないようにします」
あと、話し方が違うからかも?
「迷惑だなんてとんでもな~い! 大丈夫よ~。それにほら、うちの子一人っ子だから~お姉ちゃん出来て嬉しいと思うし、ね~」
お母さんがこっちに振り返る。
トワを見ると、彼女は冷たい目で私を見ていた。
なんか悪いことしちゃったかなと不安になる。
というか、これトワのプライベート? 私生活? ってやつだよね?
芸能人とか有名な人にも、自由にしたい自分の時間があるって聞くし、今ってよくないことなのでは……。
私はうつむくと、お母さんは私を見て優しい笑みを浮かべた後、トワを見た。
「今は緊張してるみたいだけど~優しい子なの。困ったことがあって、私がいないときはあの子に聞いてみて。ね~、ここな~」
「う、うん……」
お母さんに話をふられて、私は一生懸命頷いた。
トワが困ってたら……いや、トワじゃなくても助けたい。
困ってる子がいたら助けてあげてって、トワ、動画でいつも言ってるし!
トワは「どうも」とお母さんと私に会釈する。
「あ、そうだ~! よければ一緒にお夕食はどうかしら~? 今夜カレーなの」
「カレー……」
トワの雰囲気が、少し変わった気がした。
さっきまで落ち着いていて静かな感じだったのが、氷みたいに冷たい気がする。
「大丈夫です。お引越しの片付けがあるので、私はこれで」
そうやって立ち上がるトワは、仕草も声も全部、動画で見る姿と違っていた。