推しがお隣さん⁉
放課後、私はクラスの子たちと一緒に真っすぐ家に帰った。
部活や委員会は、最初こそ入らなきゃ駄目かもと不安だったけど、委員はやりたい子が多かったし、部活は夢中になれるものを見つけたら入ることにした。
そして私が今一番やりたいのが、推し活。
推し活といっても、まだ中学生だからライブを見に行くんじゃなく動画で見たり、お小遣いを貯めてCDを買ったりだけど……。
でも高校生になったら、ライブに行って生でトワを見てみたい。
握手会っていう、アイドルと握手できるイベントで少しだけお話しできるらしいから、そこでトワにありがとうって言いたい!
「あれ」
ちょうど私の家が見えてきたところで、玄関の前に誰か立っているのが見えた。
怖い人だったらどうしよう。
家にいるお母さんにスマホで連絡したほうがいいかな?
ちょっと様子を見てみると、私の家の前にいるのは高校生くらいの女の子だ。
だぼっとした黒いパーカーを着て、大きな黒い眼鏡と真っ黒なマスクをしている。
長い前髪もあって、顔はよく見えない。
女の子は手には紙袋を持ち、唸っている。
怖くなった私は、鞄につけているスタパルのキーホルダーをぎゅっと握った。
「うぅ~ん……よし、いける、だいじょうぶ……だいじょうぶ」
女の子は呪文のように繰り返し、私の家のインターホンを押そうとして顔を上げた。
前髪に隠れていた女の子の顔がよく分かった私は思わず彼女を通報する手を止めた。
横顔がトワに似てる──いや違う、信じられないけど、多分本人だ。
あまりの驚きに動けないでいると、トワらしき女の子が、クルっとこちらに振り返った。
トワが眼鏡をかけているのを見たことがない。
でも、多分絶対トワだ。
だって目の形鼻の形も口の形も全部同じ。
「なに」
じっと見つめる私に、トワらしき女の子は困った顔で問いかけてきた。
私はさっきから彼女を無言で見ている。不審者みたいだ。
「いや、えっと、あの、わ、私、真昼ここなです。あの、その家に、住んでて」
私は自分の家をさした。指さした。
女の子は私の家の表札と私の顔を交互に見返す。
「まひる……?」
「はいっ! 真昼ここなって言います!」
私、つい2回も名前言っちゃったけど変じゃないかな?
っていうか、これ、なにかのドッキリでは?
ファンの前にアイドルが現れるドッキリ、テレビで何回も見たし。
慌てて周りを確認するけど、カメラマンさんらしき人の姿が見えない。
不思議に思っていると私の家のドアがガチャッと開く。
家から出てきたのは心配そうなお母さんだった。
「おかえりここな~どうしたの~?」
「え」
「そこの窓から見えたから~。ず~っと立ってたから心配したのよ~?」
どうやらお母さんは、私が立ち尽くしているのに気付いて、家から出てきてくれたらしい。
「あれ、あなたは……?」
そして、トワに向かって首をななめにする。
「私、今日から隣に引っ越してきた星森トワと言います。よろしくお願いいたします」
トワはぺこりとお辞儀した。
隣に引っ越してきたって……今日から、お隣さんってこと?
「え……」
今日から、推しが隣……!
叫んじゃいそうになったけど、あまりにもびっくりしすぎて、何も言えない。
「そうなの~? 嬉しいわぁ~! じゃあよかったら、お茶でもどうかしら~?」
お母さんはトワを誘う。
いやいや、そんな簡単に誘っちゃ絶対だめだって。
言いたいけど声が出ない。
だってトワに会えるなんて思わなかったし。
会えるなんて知ってたらなんかもっといろいろ違ってた!
「あ……」
「どうぞ~あがって~? ふふふ、これからよろしくね~」
どうしていいか分からなそうなトワに、お母さんは玄関のドアを開いて、「どうぞ~」と微笑む。
トワはペコッと頭を下げて、私のお家に入っていく。
これからどうしよう⁉
私はいつも住んでいるお家のはずなのに、すっごくドキドキしながら、家に帰ったのだった。