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真実の『家族』に気が付いた王妃の時戻り ~王妃エリスは賭け続ける~  作者: 野菜ばたけ
【第二章】第三節:後宮からの脱出(対騎士、メイド)
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第9話 苦手を克服する事の意味



 息子の苦手な食べ物さえ、知らなかった自分が悔しい。

 そんな気持ちを心の奥底に閉じ込めて、私は今皿の上の甘いニンジンと対峙しているロディスを見守っている。



 好き嫌いなく、食べなさい。

 それは一国の王子なら、必ずしも強要されるべき事ではない。


 王城でなら、王子なのだから別に「苦手な物は残す」という我儘も当然許されるし、誰かに招かれての食事なら、余程の事がない限りは、接待する側の人間が何かを「食べろ」と強要したりもしないだろう。


 何でも食べられるに越した事はないが、栄養の心配をするのなら、他の食べ物で補えばいい。

 だから特定の苦手を必ずしも克服する必要はない、と言える。


 ――そう、普通なら。



 涙目のロディスに、私は笑顔と首肯で食べるよう促した。

 

 もちろんロディスに意地悪がしたいからではない。

 簡単に言うならば、私たちが普通の王族ではないからだ。



 私たちには、政敵がいる。

 それも、人としての尊厳も命も、奪ってくるような政敵が、である。


 もちろん私は全力で、ロディスを時戻り前と同じような目には合わせないように動くつもりだ。

 そのためにも、もうすぐ行われる夜会に出席するし、陛下と側妃とも対峙する。

 負ける気はない。


 しかし、万が一の場合も考えなければならない。


 万が一、私があの状況を覆せなかった時は。


 時戻り前の時のように、すべてが私たちの敵になる。

 側妃がまた自分の優位を維持するために、嫌がらせを仕掛けてくるだろう。



 いや、あの女の事である。

 時戻り前のようにうまく私を下に置けなかったところで、嫌がらせはしてくるかもしれない。


 ……考えれば考える程、してくるように思てきた。



 彼女が仕掛けてくる嫌がらせの大半は、『私たちが嫌いな事・嫌な事をさせる』だ。

 あの女は、相手の付け入る隙を見つけるのが上手い。

 

 実際に私も一度目で、側妃が主催したお茶会で私が苦手な酸っぱい食べ物を出された事がある。


 それに無言のまま手を付けなかった私を、あの女は目敏く見つけて言った。


 ――せっかく私が貴女のために特注で用意したものに、まったく手を付けてくださらないなんて、酷いですわ!

 私が陛下からより多くの寵愛を受けている事が悔しいのは分かりますけど、だからってこんな小さな嫌がらせをするなんて。


 わざとらしく肩を震わせ、涙ぐんで。

 そして取り巻きたちの同情を買い、その後この話を誇張した噂を流された。


 すべては側妃の演技で、策略だ。

 十中八九、私が嫌いな食べ物を調べ、敢えてそれを出し事に及んだのだろう。



 次のお茶会でも、同じものを出された。

 彼女の取り巻き以外も多く参加していたこのお茶会で、私は注目されていた。

 そこには陛下の参加もあった。


 あの噂は果たして本当なのか。

 そんな好機と疑惑の圧力に、私は勝つ事ができなかった。

 そんなつまらない嫌がらせをしたと思われて、陛下の心象を損ねるのが怖かった。



 皆の前で、私は出されたソレを食べた。


 そんな私を見る側妃の満足そうな笑みが、今も目の裏にこびり付いている。


 忘れられない。

 それほどまでに、自分が惨めで仕方がなかった。

 

 今思い返せばあの時が、おそらく精神的な力関係が生まれた、決定的な瞬間だったとも思う。



 あんな思いはもう二度としたくないし、してしまっては私と側妃の間の力関係が、また暗黙のうちに生まれてしまう。


 子どもたちを守る手札を一つ失ってしまう。

 今世ではそれだけは、避けねばならない。


 故に私は今、苦手な物を平然とした顔で食べられるように練習し始めている。

 それを同じように小さな息子にもさせる事には、もちろん罪悪感もある。


 それでも私は、彼が身も心も健やかに成長していく事を願っている。

 あの時の私のように惨めな思いをする可能性を少しでも減らすための努力は、いずれ始まる『耐性を付けるための服毒』と同じくらい、今の彼に必要だと思っている。


 将来、この嫌な思いが役に立つ日も来ると信じて、母として彼を見守る。



 目をギュッと閉じたロディスは、フォークで刺したニンジンをパクリと一口で食べた。

 私の言いつけの通り、しっかり三度噛み、それからすぐにお茶で喉の奥に流し込む。


「ロディス、よく頑張りました」


 彼の頭を優しく撫でながら、彼の頑張りを労った。

 本当ならこの子の嫌な事は、すべて私が肩代わりしてあげたい。


 しかしそれは彼のためにならない。

 だから私にできる最大で、きちんと彼を見て褒めてあげる事で、せめて少しでも「頑張ってよかった」と思ってほしかった。



 嬉しそうに撫でられてくれたロディスは、こちらを見上げて頭の上の私の手を取った。


「お母さま、がんばったので、約束通りごほうびをくれる?」

「えぇもちろん。一緒に庭をお散歩しましょうか」

「やったぁ!」


 椅子からピョイと降りた彼が、小さな手で私の手を引く。

 それに従い庭に出ると、メイドが横からサッと日傘をさした。



 長時間の直射日光は肌に悪いため貴族の女には敬遠されがちだけど、妊婦の体にもいいものではないらしい。

 時戻り前は『妊婦は熱中症になりやすいから』と医者から注意された事もあり、お腹の中の陛下の子に万が一があってはいけないと、ロディスとの庭での散歩を断っていた。


 結果として、妊娠中、ロディスを一人にさせる事が多かった。

 しかし医者に改めて聞き直すと、よくないのは《《過度な》》直射日光であり、妊婦には適度な運動も大事との事だった。


 だから今は、こうしてたまに庭の散歩を再開している。

 身籠る前と比べると時間と頻度こそ落ちたものの、またロディスと穏やかな時間を共有できるようになって、とても嬉しい。


「お母さま! このお花、さいたよ!」

「あら、本当ね」


 二日前には蕾だった花が、新しく花開いている。

 そんな小さな気付きに目を輝かせながら共有してくれるロディスが愛おしく、私も自然と笑みが零れた。



 ロディスと繋いでいる手の反対側で、大きなお腹に撫でるように触れる。


 リリスもお腹の中で、順調に成長している。


 彼女が生まれるまで、あと二月ふたつき

 あと一月ひとつきもすれば、いつ生まれてもいいように自分の部屋で安静にしているように医者から言われている。


 その前にあの夜会があるのは、僥倖だ。

 この子が生まれてきた時に少しでも安全な環境を用意できるように、体調的な無理はし過ぎずに頑張りたい。


「王妃様、先日ご注文されたドレスが届きました」


 メイドからそんな報告が届き、私は「そう」と言い振り返った。


「ありがとう。これで急な来客にも急いで着替えずに済むようになったわね」


 そう言って笑った私に、メイドの反応は薄い。



 メイドにも周りの人間にも、このドレスの本当の用途は話していない。


 私は監視されている。

 今はまだ、彼女たちの元の主人である陛下にあの夜会への参加が漏れる事は避けなければならないから。



 コソコソと行っている、三日後の夜会出席の準備。

 それが本当に秘匿的に行えているかは、当日に分かるだろう。


 真に信用できる相手がないに等しい現状では、あらゆる事が賭けになる。

 それでも尚やると決めた事だから、子どもたちを守るためにしなければならない事だから、私はあまり分がいいとは言えない賭けをする決意をしていた。

 


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