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真実の『家族』に気が付いた王妃の時戻り ~王妃エリスは賭け続ける~  作者: 野菜ばたけ
【第五章】第三節:王城にて(対兄)

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第47話 呼び出し



 王城内を歩きながら、私は小さくため息をつく。


 時刻は昼下がり、ちょうど子どもたちのお昼寝の時間。

 兄に諸々任せて以降はスヤスヤと眠る天使たちの様子を愛でながらティーブレイクを送る時間になっていたのに、今日はそれも潰されてしまった。


 とはいえ、必要な外出なのよね……。

 そんなふうに内心で独りごちる。



 向かっているのは、兄の執務室。

 先日兄から手紙が届いたのだ。


―――

 事は済んだ。

 王城内にはびこる病魔は、しっかり滅菌処理してやった。

―――


 と。



 しかしそれだけなら、わざわざ足を運ぶまでもない。

 そうなのね、で終わりである。


 兄の手紙には、更に続きがあったのだ。


―――

 何かまだ頼みたい事があるのではないか?

 時間の都合はつけてやろう。

―――


 そんな内容で。



 こちらに心当たりがなければ、半ば無視でもよかったのだけど、残念ながら兄の読みは正しい。


 こう考えると今にも「こちらから申し出てやったのだ、感謝しろ」というような事を言われそうで嫌なのだけど、わざわざ面会都合を用立てる手間が省けた事には変わりない。


 だから反論はしなかった。

 速やかに日時の候補日をあげ、面会の日はすぐに決まり、今こうして兄の部屋に足を向けている。





 執務室の前に到着し、扉を軽くノックした。

 開いた扉の向こうから、一人の文官が顔を出す。


 私を見つけると、彼は驚きに目を見開いた。

 すぐに引っ込み向こう側で「宰相補佐殿! 王妃様がお越しです!!」と声を上げる。


 扉を締め切らないものだから、半開きの声が丸聞こえだ。

 その後に続いた兄の「そんな事如きで騒々しい」という声も同じくで、流石に少しムッとする。



 相手は、成果主義の人である兄だ。

 そして今回あくまでも成果を上げた――つまりは実際に調査をし処した人間は、彼自身。

 だから彼の中では今回の件の殆どが彼自身の手柄になっていても驚きはしない。


 今更兄に、労いも優しさも求めてはいない。

 せっかく不正を正す事、すなわち彼の仕事の取っ掛かりを与えたのに、その私に対して手紙の中にお礼の言葉一つなかった事も、多少は不服に思っても怒る程ではないと思っている。


 しかし、頼む前から呼びつけられたようなものである身としては、「そんな事」扱いされる筋合いまではない。

 もう少し言い方があると思うのだ。


「そんな事如きで申し訳ありませんが、入室しても?」

「聞こえていたのか」


 言葉に棘を忍ばせて、扉に向かって微笑んでみせる。

 すると中から、ため息のような、一息のような声が返ってきた。


「こういう時は、外に聞こえないように扉はきちんと締め切るものだ」

「すっ、すみません!」


 自分だって、手元から目を上げずに話していたから、半開きの扉にも気が付かなかったのだろうくせに。

 聞こえていようがいまいが、きっと似たような言い草になっていただろうくせに。


 そんな思いが込み上げてきたけど、一応執務室には文官がいるし、私も騎士を連れている。

 流石に喉の奥に飲み込んで、腹の内に封じておいた。


「今日は家族として話すか? 立場で話しをしてもいいが」

「お兄様にお任せしますわ」


 私にこんなふうに選択肢を与えるような事は、今まで一度もなかった筈だ。

 唐突に与えられたソレに密かに動揺したけれど、王妃教育の賜物と時戻り後以降に培ってきた胆力とで、どうにか平静を装う。


「そうか。なら、人払いをしよう」


 そう言うと、彼は文官たちに合図をした。

 兄が人払いをするのならと、私も騎士に外に出ているように告げた。

 不服げに騎士が外に出る。


 最後に兄の文官にしては珍しく要領の悪そうな者が一人、少し遅れながらも慌てて部屋から出て行った。

 それをそれなりに目で追っていると、仕事の手を止めた兄が、驚くべき事に、私のソファーの向かい側にわざわざ腰を下ろす。


 視界の外で、パタンと扉の閉まった音がした。


「一体何の風の吹き回しですか?」

「何がだ」

「先程の、家族と立場を天秤にかけた選択肢の話です」


 そもそも最初から少なからず、そこを突かれる可能性を考慮に入れていたのだろう。

 私の短い言葉の示唆するところを正しく受け取った彼は、白々しくも「あぁ」思い出したように声を上げる。


「側妃と陛下の件、エインフィリア公爵家の件、そして今回の不正の件。最近作った成果を鑑みて、たまには『妹』に決めさせてもいいかと思っただけだ」


 つまり、気まぐれをする気になったと。


「そのようなものを貰うくらいなら、もっと実質的で実用的な物を貰った方が、幾らか役に立ちますのに」

「中々に俺好みの答えだな」


 別に兄を喜ばせたくて言った訳ではない。



 気まぐれである以上、今ここで彼とこの話をする意味はない。

 そう思った私は早々に話を切り上げる。


「それで、手紙で端的な顛末に関する報告は受けましたが、今日はもう少し詳しくお聞かせいただく事ができるのでしょうか」

「必要か?」

「今後の参考までに」


 ただの経理部長の横領というだけであれば、今後べトナー卿に彼からの、仕事の妨害を警戒するだけで事は済む。

 それなら必ずしも兄から、この話を聞く必要はなかった。


 しかし先日何の因果か、この件に側妃が関わっている兆候が見えたのだ。

 側妃の案件となれば、話はまた少し変わってくる。


 あの女は、言わずもがなロディスとリリアに危害を加えようとしている筆頭株だ。

 それが関わっているというのなら、知れるだけ、より深い情報を知りたい。


「いいだろう」


 兄はそう言うと、机の脇に避けてあった資料を持ってきてテーブルに滑らせてくる。


「陛下に提出する予定の報告書だ。簡単に言うと、ある告発者からの情報を元に、文官職全域に対し調査を開始。その結果、経理部以外からの不正の兆候は見られなかった」


 という事は、べトナーが調べてくれた通り、各部署が保管している書類と経理部が保管している書類との間に明確な差異があったのだろう。


 実態調査もしたのだと思う。

 その結果、間違っているのは経理部の書類の方だと分かった、と。

 おそらくはそういう事である。



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