第38話 仲良しに和む
柔らかな日差しが、室内に射している。
私は多少寝不足ではあるけど、体調を崩すような事はなく、無事にリリアの子育てをし始めていた。
時戻り前は生まれてすぐにリリアを乳母に預けたけど、今回は「自分でリリアを育てる」と言った。
たとえば、自分の母乳を飲ませる。
泣けばもちろん自分であやし、笑うリリアに私も微笑む。
前は乳母にすべて任せきりだったそういう事を、自分でしたいと思ったのだ。
理由は色々とあるけど、一番は私が傍に居たいから。
この子の成長を、一番近くで見ている大人で在りたい。
そういう気持ちからである。
そうすればきっと前よりも、色々な苦楽を共にできる。
きっと大変な事もあるけど、『家族』のための大変さになら耐えられるという自信があった。
それに、だ。
これはロディスに対しても言える事だけど、この子たちの一番近くでこの子たちを見ている大人が、もしこの先この子たちに待ち構えている危険を知っている私だったら。
きっと何かがあった時に、いち早くその事に気が付ける。
実際に何かがあった訳ではなくとも、予兆を掴めるかもしれない。
きっと王妃としては、子を産んだ後は今まで休んでいた社交に勤しみ、顔を出せなかった間の社交界での変化に順応し、遅れのようなものを取り戻すべく必死になるべきなのだろう。
少なくとも歴代の王妃たちは、子どもを乳母に任せてそういうふうに、産後の時間を使っていたという記録がある。
王妃教育の時にもそう教え込まれていたし、時戻り前の私自身、実際そのようにもしていた。
子どもの事は二の次で、国のために動く事こそが、きっと理想的な国母の在り方だ。
しかし、私は国母になりたい訳ではない。
私がなりたいのは、『家族』の母だ。
だって、気が付いてあげられなかった事が、時戻り前の私の最大の後悔だったのだ。
だから少なくとも時戻り後からは、確固として揺るがない信念を、私はそこに置いている。
だからこれだけは譲れなかった。
そんな私に、アンはいつも通りの素直さと元気のよさで「全力でサポートさせていただきます!」と言い、ルリゼは「それでも最低限の社交には、参加せねばなりませんよ……?」と、否定というよりはそれによる私の体力面を心配するような言葉を掛けてきた。
彼女としては、陛下の妻であり王妃である私が他人に任せる事が通常である育児によって疲れた結果、本来の仕事を疎かにし、陛下に迷惑をかける事こそを懸念しているのだと思う。
本心からまっすぐに私の体調を気遣っている訳ではないのだろうけど、それでも以前までのように否定から入る事をしなくなっただけ、煩わしさは随分と減った。
そのように外面だけでも取り繕ってくれるのならば、私だって同じように返しましょう。
そう思い、ルリゼにはニコリと微笑み覚悟を持って「心配してくれてありがとう。育児と最低限のすべき事、絶対に両立してみせるわ」と言い切った。
それならばと納得してくれたルリゼが一つだけ出した条件は、「夜中はきちんと寝てください」だ。
夜の六時間。
それだけは、リリアを気にせずにしっかりと寝る。
夜中でも関係なくお腹がすけば起きるリリアには、事前に取った私の母乳をルリゼがあげる事で同意した。
その間のリリアが気にならないといえば、噓になる。
それでもその日の睡眠が、翌日のリリアと、私を心配したりリリアを可愛がってくれているロディスのための使える体力の充電時間だと思えば、割り切る事は可能だった。
時戻り前にルリゼがリリアに何も悪さをしていなかった事も、一つの安心材料になった。
そうして過ごしてきて、三か月。
赤子も生まれてそのくらい経てば、小さな体もプックリとした、健康的な乳児に育つ。
最近はよく、丸い目で周りの様々な物を見ては、驚いたり笑ったり、小さな手で目の前の物を手当たり次第に掴もうとしたりしていた。
お陰で私や、私の代わりに日中リリアを抱っこするアンなどは、髪をツンツンと引っ張り弄ばれるのだけど、私はもちろんアンだって、むしろそうされて嬉しそうなのだから、きっと皆が幸せだ。
「リリア、ほら見て! リリアに似合うお花!」
庭師に頼んで摘んでもらったのだろう。
ロディスがリリアを抱いている私のところに、手に春咲きのコスモスが握ってやってきた。
百合や薔薇のように、ぱっと華やかな感じではないけど、素朴で可愛らしい花だ。
少なくとも赤子であるリリアに似合う花としては、適切かつセンスのいい花だろう。
「ロディスは花を選ぶのが上手ね」
私の言葉に少し照れて、彼は「お母さまに似合うお花も持ってきてあげる!」と言いすぐに踵を返した。
そうして彼が持ってきたのは、白い花弁の先に紫色が入った花。
たしかこの花は、カトレアという名前だった筈。
そんなふうに、花の辞典を見た時の記憶を思い起こす。
毒性がなく、食用にもできる安全な花だ。
花言葉は、幾つかあった筈だけど、その中には『優美な貴婦人』というものもある。
自分ではいまいち『私に似合う花かどうか』は、正直に言って判断が付かない。
しかしその花言葉に相応しく、とても淑やかで、控えめでありながら美しい花である。
彼が私を選んでくれたのがそういう意味を持つ花だった事が、何だか無性に嬉しかった。
「ありがとう、ロディス」
そう言うと、彼は嬉しそうに「へへっ」と笑う。
そんなロディスが可愛らしいくて、思わずギュッと抱きしめた。
突然の事に驚いたロディスは、それでも嬉しそうに私の成すがままに抱きしめられてくれる。
一方私が抱っこしていたリリアは、目の前にやってきたロディスの髪を、例に漏れず掴みツンと引っ張る。
「ちょっ、リリア?」
「うー!」
「どういう返事?」
握った髪をどこか誇らしげに掲げてきたリリアを見て、クスクスと笑い出してしまうロディス。
今日も二人は、仲良しだ。
その様子に私も大いに和んだ。
§ § §
昼食を摂れば、リリアもロディスも昼寝の時間だ。
揃ってベットでグッスリの二人を、少しの間眺めて、子ども特有の柔らかな髪をすくように優しく頭を撫でる。
それから私は、二人が寝ているベッドから腰を上げた。
「アン。少しの間、二人の事をお願いしてもいいかしら」
「いいですが、王妃様もお休みになりますか?」
「いえ、少し外出してきたくて」
「外出、ですか?」
一体どこに。
何をしに。
そんな疑問が、彼女の表情からはありありと見て取れる。




