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真実の『家族』に気が付いた王妃の時戻り ~王妃エリスは賭け続ける~  作者: 野菜ばたけ
【第四章】第一節:後宮にて(第四賭:対後宮メイド)

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第30話 転落メイド




「お母さま!」

「なぁに? ロディス」

「おはようの、ぎゅーっ!」


 柔らかな陽光が窓から差し込む、穏やかな朝。

 そんな可愛らしい掛け声と共に、彼の体温と柔らかな感触と石鹼の優しくていい香りが私の胸に飛び込んできた。


 抱きしめた小さな子から、体に浸透するような幸せを感じて、私は「あぁ今日も生きていてよかった」と、心から思う。



 朝起きたら、おはようのぎゅーっ。

 夜寝る前には、おやすみのぎゅーっ。

 時戻り後に幾つか作った、息子との触れ合いルールの一つが、これらだ。


 それをこうして律儀に守ってくれる我が子が、可愛くない訳などもちろんなく、いずれ成長すれば恥ずかしがってしてくれなくなるだろう事も考えれば、毎日やったって足りないような気持ちになる。


「おはよう、リリア」


 コソコソ話でもするかのように両手を口元に添えたロディスが、私のお腹に向かって言う。


 ロディス曰く、時戻り後に始めたこの挨拶は『お兄様の練習』なんだとか。

 兄の声に応えるように、内側からトンッという軽い衝撃が返ってくる。


「リリアも『おはよう、お兄様』って言っているわ」

「リリア、最近よく返事してくれるようになったね」

「もしかしたら、リリアも『妹の練習』をしているのかもしれないわね」


 私がそう言うと、彼は嬉しそうにはにかんだ。



 メイドたちの手で着替えさせられ、いつものように朝食を摂る。

 今日もしっかりとご飯を食べたロディスは、どうやらその後は庭に出るようだった。


 対する私は、今日はロディスとは別行動。

 例のメイドと接触する――予定だったのだが。


「お母さまも一緒がいい!」


 俺の手を引き、むぅーっと頬を膨らませる。


 とても愛らしい。

 愛らしいけど……。


「ごめんなさいね。お母様、リリアがお腹の中にいるでしょう? 毎日日の下にいるのは、体調にあまりよくないのよ」


 可愛い息子に、苦笑交じりに謝る。



 これは実際に、医者から注意されている事でもある。


 曰く「適度な運動は大切です。が、過度にならぬようご注意を。日の光の下に長時間いるのも、あまりよろしくありません。なさるのなら日を置いて、無理をせず。熱中症になりやすい時期です。連日や全日外に出るような事は、特に決してないように」、だ。


 だからこれは別に、今日用事があっての事ではない。

 たしかに「昨日外に出ていたから、今日は室内でお休み」という予定になるように行動したものの、もし今日一緒に外に出るのなら昨日は室内で休んでいただろう。


 どちらであっても結局のところ、ロディスの要望に応えてあげられる回数は変わらないのだ。



 しかしそれはまだ幼いロディスには、理解するのが難しい話なのだろう。


「わかった! じゃあ今日は俺もお母さまと一緒にいる日にする!」


 ロディスはそう言うと、ヒシッと私の足に引っ付いた。



 ここまで好かれて、嬉しくない筈がない。

 本当は、彼を連れて行くつもりはなかったのだけど……。


 諦め交じりの思考回路で「仕方がないか」と苦笑して、私は彼と「絶対に手を離さない事」を条件にして、共に後宮内の散策をする事にしたのだった。





 時戻り前の調査書は、メイドの『事故死』の場所をきちんと書き記していた。


 後宮の踊り場、階段の下。

 メイドはそこに倒れていたという。



 時戻り前のこの日の私はまったく気が付かなかったけど、どうやら後宮内ではそれなりの騒ぎになったらしい。


 お陰で時刻までなんとなく分かったのは、身重で張り込みをする訳にもいかない私にとっては僥倖だったと言っていいだろう。




 朝食を終え、少し休憩を挟んでから、私はロディスと部屋の外に出た。


 たとえ後宮内であっても、流石に王妃と王太子だけで歩かせる事はない。

 今日も護衛騎士とメイドが一人ついている。


 しかし騎士は、夜会に出席する際に一悶着あってから目に見えて仕事をおざなりにしている。

 今やあからさまにやる気なさげに、形だけ護衛としてついてくるだけの存在だ。


 対するメイドは、先日私に無断で陛下を部屋に通した人間。

 いつも通り、私が何か言えば動くだろうけど、そうでない限りは単についてくるだけの、ただの『陛下の目』でしかない。


 どちらも居はするが、よくも悪くも働かない。

 だから実質、二人も同然だ。

 せっかく親子水入らずなら、この散歩も楽しまなければ損である。


「楽しいね! お母さま」

「そう?」

「うん!」


 私と手を繋いで歩くロディスの嬉しそうな表情に、私も癒され、朗らかな気持ちになる。

 しかしそれが「これまでの締め付けの裏返しだったのだ」と気が付いたのは、すぐの事だ。


「ここまで出てきたの、初めてだもん!」

 

 そういえば、時戻り前の私はロディスに、「外に出ないように」と言い含めていた。


 理由は色々あったけど、外の定義は自分たちの居住区と、そこに面した庭以外。

 時戻り後も、思考とロディスを愛でる事に忙しくて、特に撤回していなかった。



 しかしそれは結果的に、ロディスの行動範囲を著しく狭める理由になっていた。


 でなければ、今この子はこんな顔をしてはいない。

 可哀想な事をしていたのだと、今更ながらに気付かされた。



 周りが信用ならなくても、私が一緒に外に出れば……。

 いや、時戻り前から行動を変えた今、何がどう影響して変化したか分からない。

 後宮内で側妃やその子飼いに会ったとして、そこで突発的に危害を加えられないとは言えないだろう。


 なら、結果的にはよかった?

 何が一番子どもたちのためになるのか、考えれば考える程難しい――。


「お母さま?」


 素朴な疑問百パーセントの声に、思考の海から引き戻される。


「……リリアを産んだら、たまにこうしてお母様とロディスとリリアと三人で、後宮内をお散歩しましょうか」

「いいの? お外出て」

「えぇ、お母様と一緒になら」


 過去の反省よりも、今は今のこの子の煌めく笑顔を大事にしたい。

 考えた結果、そう思った。


 私の声に、ロディスは目を輝かせて喜ぶ。

 その笑顔がまた、可愛らしくて、眩しくて、愛おしくて、もう。


 きっと私のこの選択は、間違っていない。

 そう噛み締めながら、例の吹き抜けの踊り場に差し掛かった――瞬間。


 両手で抱える程の大きさの花瓶を持ったメイドが、今正に二階の階段の最上段で足を引っかけて宙を舞っていた。


「う、うわぁぁあああ!!」


 ゴロゴロゴロゴロ、ドサッ。

 メイドが一人、そのまま階段を豪快に下まで転げ落ちた。

 最後に聞こえたガッシャーンという音も含めて、忙しいというか、けたたましいというか。


 メイドの手にあった筈の、床に叩きつけられ、今は粉々に砕け散った花瓶。

 階段の下でうつぶせになって動かないメイド。


 突然の事に、私は内心で「えーーーっ?!」と叫ぶ。




 私が今回した賭けの一つ目、それが『つい最近まで知らなかった『書類上の名前でしか知らなかったメイド』の姿を、事が起きる前に見つける事』。

 そして二つ目が、『そのメイドを命の危機から救う事』。


 今まで何だかんだと賭けに勝ってきた弊害か、漠然と「今回も一つ目と二つ目の賭けには勝てる」という確信じみた思いがあった。


 しかし今思えば、すべてが私の思い通り、望みどおりに進むのならば、私は時戻り前の私の時点で、求めた愛を享受し幸せに暮らせた筈である。

 つまり、何が言いたいのかというと。



 すべて事が済んだ後じゃあ、どうにかしようもないじゃない!


 止める暇もなければ助ける暇もなく、見事な階段落ちを披露したメイドに、そう叫びたい衝動に駆られる。



 そして、一拍置いてハッとした。


 本来はここに連れてくる筈のなかった、今回もう一つのイレギュラー。

 純粋なロディスの目を隠す暇もなかった事に気が付いたのである。


 こんな衝撃映像を見せてしまうなんて。

 これは時戻り前の私より、最低な母親なのではない……?!

 このせいで、この子が心的外傷を負ったらどうしましょう!


 酷いわ、神様。

 時の神・ウール。

 色々な意味で、あまりにも無体な事を――って、お、起き上がった?!


 地面に伏していたメイドが、思い出したように体を起こす。



 「時の神は、私の事もあのメイドの事も見放してはいなかった」という気持ちと、命を落としたと思っていた人間が起き上がった事への驚きで、最早脳みそが「えぇーっ?!」としか言わなくなってしまった。

 

 

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