第28話 約束と報復
「そう難しい事をお願いする訳ではありません。まず、私は『このドレスの発案者である』という事実まで手放すつもりはありません」
「それはもちろん。作り出す流行の立役者が殿下である事は、大々的に宣伝させていただきますわ」
「そうである以上、私の名に傷がつくような手段を用いる事のないように」
「間違いなく清廉潔白な商売を行わせていただきます」
即答で私からの条件を呑む。
まぁ実際、当たり前の事しか言っていない。
ここで躓くようならば、私の名を冠してドレスの流通を委任する相手として相応しくないだろう。
だから、次からが真の踏み絵である。
「このドレスの流通の障害になるような事案を起こさない限り、どんな立場や身分の人間にも平等に流通させてください」
「それは派閥や敵味方に関わらず、いかなる優遇もしない……という事でしょうか」
「えぇ、その通りです」
私の名を冠した商品である以上、彼女の人脈や事情によって私的に商品を融通させる事は、すなわち王妃の意志の元、夫人が選別し優遇しているとも取られかねない。
この状況で、私は敵を作りたくない。
敵を作らないようにするために最も有効なのが、『特定の誰かを優遇しない事』だ。
優遇しないという事は、冷遇しないという事でもある。
子どもたちのために、これは譲れない。
「貴女はこのドレスの流通で、新たな人脈を作ったり、特定の相手に恩を売ったりしたいと思っているかもしれないけど、そんな事をしなくても『王妃から流行と商売を任された』という冠だけで、十分周りにその優位性は伝えられるでしょう?」
欲張るな。
そして、でしゃばるな。
私はそう彼女に言葉を返す。
「……ドレスの流通に関する妨害、たとえばドレスを貶めたり風評被害を与えたような者たちに対しては、例外で対処してもよろしいでしょうか」
「それは許可します。その場合は、事前に私にも報告してほしいけど」
私の言葉に、彼女は静々と「分かりました」と頭を下げた。
ならば、最後にもう一つ。
「今後貴女が、私の敵にならない事。貴女が私と私の大切な人――これから召し抱えるメイドや騎士、子どもたちに、直接的・または間接的に被害を齎すと分かっていて、その行動する事を許しません。これは公爵家を縛るものではない代わりに、貴女が見聞きした情報も含みます。きな臭い動きはすべて教えてください。私の名を出さない限り、それに対する解決的行動をこちらから縛る事はしないから」
つまり、早い話が「決して裏切らない情報屋になれ」という事である。
彼女が私や子どもたち、これから身辺に置く者たちを脅かす毒を売らないように、行動的制約を付けるだけではなく、同時にこの国一番の情報網をも掌握する。
そんな欲張りな手であり、これらをすべて呑ませる事ができるかが、私がした本命の賭けでもある。
「断ってくれても構いません。その事で貴女を遠ざけるような事もないと誓います。ただその時は、もちろん今回のドレスの生産と流通・宣伝の権利は、他の方にお譲りするけど」
誰に任せるかの心当たりは、ない。
しかし今ここでは、目の前の機会を取りこぼすという危機感を与えられさえすれば十分なのだ。
具体的な第二候補を上げる必要もないだろう。
最悪、一刻も早くと考えなければ、自分ですべてを行ってもいい。
幸いにも私は、時戻り前の記憶として成功例を知っている。
彼女ほどの人脈も流通網もないから、それを得るためのアレコレをするところから始める必要はある。
それでも今これを吞めないような相手に私の名を冠して私の名で名声を築かせるくらいなら、どんな手間をも惜しまない。
「それなりの事を言っている自覚はあります。すぐに決めるのも難しいでしょう。回答はいつでも構いませんよ? どちらにしろ、私は当分、何かと忙しくてドレスの件は進められないので――」
「いえ、そのお話、承りましたわ」
驚いた。
まさか即決するなんて。
「時間はまだ十分にありますが」
「『時は金なり』。これは商人の間でよく使う文句です。あぁ、『チャンスの神様には前髪しかない』という文句もありますね。大枠で捉えれば、どちらも『今を逃せば損をする』という意味です。私は生粋の商人ではありませんが、貴族や国家を相手に似たような事を生業にしているという自負があります」
「その自負に相応しい行いをしたい、と?」
「えぇその通りですわ。私に与えられる制約と、それを代償に得られる富と名声。それらを天秤にかけた結果、絶対に逃してはならない好機だと感じました」
それにしたって……、と思った。
しかしすぐに「あぁ、もしかして」と思い直す。
「率直なお返事、嬉しいですわ。約束が守られる限り、私もドレスに関しては可能な限りの協力をさせていただきます。が」
口の端で小さくクスリと嗤った。
私のこの予想が正しいのだとしたら、本当に随分と軽く見られている。
「もし今の約束を違えたと私が判断した時は、お覚悟くださいね?身体的でも精神的でも関係ない。私は私の大切な『家族』を害する者を、決して許しません。まだ王妃である事以上の力は大して持ち合わせていない身ですけど、刺し違える気で行動すれば、公爵家一つの屋台骨くらいは、揺るがす事も可能でしょう」
目の前の夫人を見据えて、告げる。
「肝に銘じておいてください。裏切りの代償は、いつだって大きいものだという事を」
裏切りの代償は、必ず払わせる。
今度こそ、絶対に。
その覚悟はできている。
そう告げた私を見た夫人の顔は、すっかり真っ青になっていた。
無言のままにただ頭を下げる夫人の姿は、ここにきて初めて心から王族に対する礼を尽くしたように見えて。
自分の表情をすぐに確認する術を持たなった私には、その時の私が真実どのような顔をしていたのかは分からなかった。
それでも畏怖を抱いてくれたらしい様子に、今回の賭けにも勝ったのだと、静かに確信したのだった。




