第24話 利己的で傲慢な思考の至る所 ~国王視点~
王妃エリスに、特別な感情はない。
エリスがスイズ公爵家の令嬢であった事。
立ち居振る舞いも外聞も、国王の伴侶として問題なかった事。
それらが理由で婚姻を結んだ。
完全なる政略だが、そもそも王家の婚姻とはそういう物だろう。
公務を常に共にして、子作りも国王の義務としてきちんと成した。
エリスも王妃の義務として無事に子を産んだ。
ただそれだけの事である。
それ以上でも、以下でもない。
そんなのは公然の真実だ。
そしてそれは、側妃ミーナも同じ事。
ミーナと初めて会ったのは、とある夜会会場だったと思う。
こちらの不注意でぶつかって、令嬢を一人転ばせてしまった。
それがミーナだった。
ミーナは愛のない婚姻に愛を囁いてほしがるエリスとは違い、サッパリとした性格の女だった。
楽しかったら笑い、つまらなかったらそういう顔をする。
彼女には周りの顔色を窺わない強さがあり、それが彼女に人としての華の根幹にあるように見えた。
エリスのように貞淑な妻は、常に俺をよく立ててくれる。
ミーナのように芯が強い妻は、常に俺の隣に立つ。
俺にはどちらも有用だ。
有用な物はうまく使うべきだ。
この国のすべては、王のためにある。
どう使おうと、俺の自由だ。
俺はどうにも、相手の欲しいものを感じ取る力があるらしい。
昔からの特技だが、相手が欲しい物を与える事程、他人を思い通りに操れる物もない。
だからエリスには「愛の言葉」という名の見返りを、ミーナには「側妃」と優遇感を渡した。
それぞれが最も欲しいだろう物を、事前報酬として渡したのである。
それもここ半年、側妃に見返りの比重の偏りには自覚があったが、それにはきちんと理由がある。
国を二分する派閥の片割れ――ダンドール公爵率いる侵略派が、最近宰相だけでなくその息子の後継者教育として、息子も城に上がった事。
それを追うようにスイズ公爵家の娘エリスが後宮に上がり、そうでなくとも「国王率いる和平派が、近頃権力を握り過ぎだ」として水面下で騒いでいた事。
そこに更に、エリスが二人目を身籠った事が重なったからだ。
エリスをある程度冷遇しなければ、侵略派が動く口実を作りかねない。
そうなれば、俺の生活に支障が出る。
一番困るのは俺だ。
そういう意味では、侵略派に属する家の娘であるミーナを側妃に召し上げたのは英断だったと言わざるを得ない。
ミーナに寵愛の比重を置く事で、遠回し的に侵略派に便宜を図る事にした。
それでこの半年間、事なきを得ている。
俺の思惑はうまくいったのだろうと思う。
この事は、エリスには話していない。
スイズ公爵家には、宰相にもその息子にもよくしてやっている。
公爵家への厚遇はそれで十分だろうし、この辺の政治向きの話をしたところで、エリスにはきっと理解できまい。
そもそもエリスは、俺の決めた事にとやかく言うような女ではない。
万が一下手に説明してゴネてきたらきたで、機嫌を取るのがまた面倒だ。
早い話が、説明して俺が得られる利はない。
だから何も言わない事にしたのだ。
それで、すべてはうまく行っていた。
なのに、何故今目の前のエリスは、こんなにも機嫌が悪いのだろう。
「ご要件は何でしょうか、陛下」
久しぶりに部屋を訪れた俺に、エリスはめかし込むような事もなく、部屋着で出てきてそう言った。
そんな事は、初めてだった。
彼女の後ろにいた俺がエリスに付けたメイドが、今にも反論しそうな勢いで一歩前に出て、エリスに睨まれ口を噤ませられていた。
エリスは、こんなふうに誰かを強くけん制するような女だったろうか。
面食らいながら、そう考える。
機嫌を損ねる理由として思い当たる事があるとすれば、先日ミーナにねだられて、ある夜会のエスコートをした事だろうか。
いやしかし、あの時には既に今までのエリスとは違っていた。
あの日のエリスには、今までにはなかった『たしかなカリスマ性』というものがあった。
一体今までどこにその力を隠していたのか。
そう尋ねたくなるくらいには、堂々とした立ち居振る舞いの『王妃』で。
俺は迷わず、俺により利を与える方――エリスを選んだ。
俺が忙しい執務の合間に、わざわざ後宮を訪れたのは、今後有用になりそうなエリスに、今後の働きの見返りを先払いするためだ。
見返りの先払いは、人に借りを作る。
相手は勝手に義務感や使命感、恩を感じて動くようになる。
見返りの内容は、今までと同様。
言葉一つで見返りになるのだから、随分と安上がりで、楽で助かる。
そう、思っていた。
つい先程まで。
「用事がなければ、来てはいけないような場所ではない筈だが」
「そうでしょうとも。後宮のすべては、陛下のため。そう考えれば、たしかに。しかしお忘れかもしれませんが、私も人間なのですわ」
そこに少し前までの「俺の来訪に喜び、目一杯めかしこんで、頬を緩め、嬉しそうに『ようこそ陛下』と言って迎え入れてくれていたエリス」はいなかった。
「どのような人間にも少なからず、予定や私事というものがあります」
歓迎とは正反対の、拒絶にも似た反応を示すエリスがそこにはいた。




