第23話 メイドも敵
しかし私は、何も感情的な理由だけでこんな事を言っている訳ではない。
「こんなのは、一般的な貴族王族の常識でしょう? それを守れない王が、周りから一体どう見られるか」
「そ、それは……! 陛下は何も皆にこのような事をなさる訳ではありません! 王妃様相手だからこそ!」
「なるほど、私相手なら軽んじてもいいと」
「違います! 親しい者同士の間の話であれば!」
「そうね、たしかにそれならそうでしょう。でも」
私は、微笑んだ。
苛立ちを押し殺して、なるべく綺麗に。
「私と陛下は、果たしてそれ程親しいのかしら。私が二人目を身籠った途端に、急に訪れを絶ち、早八ヶ月。後宮メイドたちがしきりに『陛下は、最近訪れの多い側妃様に鞍替えされたのでは?』と嗤って噂する程の仲なのに?」
これはある種の皮肉である。
対外的に仲がよく見せようという努力を怠った陛下への。
私を、日々退屈しのぎのための嗤い者にしているメイドたちへの。
そして、それが私の耳に届くほど大きな声なのに、それを知っていて止めさせなかった、肩書だけは私の筆頭メイドである、監督不行き届きの彼女への。
私の言葉に、彼女は歯噛みして答えない。
反論はおろか、謝罪も出てこない。
結局のところ、配置換えをしてもこの人は陛下のメイドなのだ。
それは、彼女のこれまでの仕事を見ていても明らかだった。
たしかに彼女は、卒なく仕事をこなしてみせる。
少なくとも私の知る限りでは、失敗を見た事は一度もない。
しかし、同時に必要以上はしない。
例えば私の好みや気分を察し、先回りして少しばかり心付ける。
そんな仕事をした事はない。
一流のメイドは、皆それができる。
できるからこそ、一流なのだ。
陛下のメイドだったのだから、本来の彼女も、それができる筈だった。
なのにしないのは、私を「尽くすべき主人」だと思っていないからか。
私だけならいい。
でも、もしこの先ロディスやリリアにも同じ事をするのなら。
それこそ時戻り前の時のように、私の不在中に幼いリリアを部屋から「散歩に行こう」と連れ出す騎士を、止める事なく見送ったりするのなら。
その散歩の先でリリアが階段から落ち、彼岸と此岸を間を彷徨っていた時にも知らん顔で、その事実を私に報告しなかったりするのなら。
私はそんな人間に、それでも尚いつまでも頼る愚は犯さない。
「それで? 陛下はどちらに?」
「……既に、王妃様のお部屋に」
「あぁ、貴女はとことん私を軽んじるのね」
どうやら私の私室で待っているらしい。
夫婦とはいえ女性の部屋――応接室ではなく私室に、私の断りもなく入れ、悪びれも申し訳なさもなくそれを報告してくるなんて。
そんなため息が、言葉になった。
それでも時戻り前の私なら、まったく気にしなかっただろう。
それどころか、下手をすれば「気を使う必要がないと思っているくらい、私に心を開いてくださっているのだわ」だなんていう、斜め上の思考に行きついていたかもしれない。
しかし今は、そうではない。
あぁもう本当に、時戻り前の私がどれ程周りから軽んじられていたのか。
分かっていたつもりではあったけど、こうしてまた目の前に突きつけられると、最早「時戻り前の私、これに気づかなかったなんて凄いな」と逆に感心してしまう。
「まぁいいわ。対応します。一緒に部屋に入室しても構わない。ただし私と陛下の間の会話に、何があっても口を差し込まない事。それができない無礼者に、――陛下の命で私を監視する資格はないと思いなさい」
無意識のうちに、声が低くなる。
本当ならば、「私付きのメイドをクビにする」と言いたかったところだけど、そんな事を脅し文句に使ったところで大した効果はないと見た。
だから陛下の名前を使った。
彼女は陛下を敬愛している。
ならば陛下から言い渡された仕事ができなくなり、陛下から失望されると想像させた方が、少しは抑止力になると思った。
彼女の答えを聞く前に、私は陛下がいるらしい私室へと歩き出す。
やはり、私の側の人間は総入れ替えしよう。
子どもたちの身を守るために、早急に。
そのためには、陛下に配置換えの許可を取らなければならない。
そう思えば、陛下がここまで来てくれてちょうどよかった。
予定を聞いて、事前に約束をして、わざわざ出向いて許可を得る。
そんな面倒な事を、せずに済んだ。
私はそう思うことにした。




