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真実の『家族』に気が付いた王妃の時戻り ~王妃エリスは賭け続ける~  作者: 野菜ばたけ
【第二章】第六節:エリス様に関する報告 ~ウィルター・ジェイス視点~
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第19話 お母君を彷彿とさせる姿



 ルティード様の事も、王妃エリス様の事も、子どもの頃から知っている。



 俺の家は代々スイズ公爵家に仕える領地のない伯爵家で、騎士の家系だ。

 その家の次男に生まれた俺は、一つ年下の我が主、エリス様の兄・ルティード様の乳母兄弟として育った。


 そんな俺の目に見えるルティード様は、冷静で、少し冷めた方でもある。


 常に色々な事を考えていて、一の情報から十知るような人だ。

 そこにご両親が仕事や自分事に忙しくしていた事も重なったせいか、子どもの頃からえらく達観した人だった。



 対してエリス様はというと、――正直な話、同じ屋敷で育ったものの、あまり親しくはないのだが――言い方を取り繕わなければ、凡人の部類に入る人だ。


 飛び抜けて書類仕事が得意な訳でもなければ、一人の令嬢として目立つ訳でもない。


 ルティード様は、先程言った通り。

 それは父親の血筋が強く、お母君は社交の方面に強い。


 皆がそれぞれに自分の才を生かし公爵家の地盤を固めている中、どちらの親の才も受け継がず、血縁に対する割り切った思考も持てず、いつか愛される日を願っている。

 周りの顔色を常に窺い、「せめて嫌われない」というなけなしの成果を手から取りこぼしてしまわない様にするあまり、その場から一歩も動けない。


 そんな人のように、俺には見えていた。



 俺は、それを哀れに思っていた。


 他人の目から見ても、彼女が欲しいものを手に入れる事は、叶わない。

 なのに健気に努力し続ける姿が、痛々しかった。



 しかし、俺は彼女に手を差し伸べなかった。


 俺は、ルティード様の騎士だ。


 主が妹君を煩わしく思い、自分の側に寄せ付けないようにしている。

 それは分かり切った事だった。


 主の元を離れる事も、主の意に沿わない事をする事も、俺が目指す騎士には程遠い。


 俺はおそらく俺のために、非情である事を選んでいたのだと思う。





 そうでなくともエリス様を見かける回数はそう多くなかったが、彼女が王族に嫁いで以降は、更に彼女を見る事がなくなった。

 

 彼女がルティード様を訪ねてやってきた事はなかったし、ルティード様も愚鈍――とよくご本人が口にしていた――な妹君に、さして興味がないようだった。


 側妃が新しく後宮に入り、エリス様の立場に陰りが出てきた事は何となく聞いて知っていた。

 しかしそれでもルティード様はまるで気にした様子もなかったし、俺も「主人に関係のない事ならば」とやはりあまり気に止めなかった。



 そんな状況に変化があったのは、エリス様が後宮に入って初めて宰相補佐執務室――ルティード様の王城での仕事場を訪れた後の事である。


「妹が、三週間後のエインフィリア公爵家の夜会に参加するらしい。その時の、エスコート用の騎士の用立てを頼まれた。特に何もしなくていい。一般的なエスコートをし、妹が夜会で何をしたのか、報告しろ」


 エリス様が訪ねてきた時間、俺はその部屋にはいなかった。


 二人の間に、どんな会話があったのかは分からない。

 しかし来訪から数日後、部下から届けられた調査報告書を片手に、ルティード様にそう命じられた。


 もちろん即答で「畏まりました」と答えた。


 主人の命令は絶対だ。

 社交場を嫌って、夜会になど滅多に顔を出さない。


 しかし俺がそうである事を知っていて、駆り出されるのだ。

 おそらく相応の理由があるのだろうし、「何もしなくていい」らしい。


 ルティード様は、俺に嘘を言わない。

 元々時間効率を考え何事も簡潔に成したい人だ。

 嘘を言う必要もないだろう。



 ーー俺の仕事は、現場に行き、実際に見たものを帰って報告するだけ。

 俺は、ルティード様から受けた命を、そう解釈した。


 一応夜会へ向かう馬車の中で「何もしない事を厳命されている」とエリス様に伝えたが、彼女も最初から承知済みだったらしい。

 密かにホッと胸を撫で下した。



 そうして夜会会場に到着し諸々すべて終えた今、俺はルティード様の元に、事の報告をしに向かっている。


 夜会も後半の時間に差し掛かるような時間だが、ルティード様は例に漏れず、王城の宰相補佐執務室で仕事をしている。


 扉をノックすると案の定、中から「入れ」と声がした。

 中に入ればほんの一瞬、入室者の確認のためだけに向けられた視線が、ルティード様とかち合った。


「早かったな、ウィルター」


 既に視線は机上に落としたルティード様が、言う。


「エリス様が夜会から、途中退席しましたので」

「何だ、何かあったのか」

「いえ、そもそもその予定だったと」


 会話とは関係のない書類仕事をこなす姿は、やはりいつ見ても「器用だな」と思った。


「では予定通りに推移したという事か」

「おそらくそうだと思います」

「それで、あいつは何をした」


 彼の声には、何故か「妹は必ず何事かをしてきた」という確信が籠もっていた。


 実際にその予想は当たっているけど、何が彼をこんな確信に導いたのか。

 疑問に思いつつ、報告を始める。


「エリス様は、私と共に会場入りをしました。まず妊婦を美しく彩る新作ドレスで周囲の目を引き、次にエインフィリア公爵夫人たちを見つけ会話に加わり、すぐに会話の中心となりました」

「ほぉ?」


 机に向かっているルティード様の目が、僅かに驚きに見開かれる。



 その表情と声色から、少なからず感心しているのが伝わってきた。


 頭のいい人は、大抵他人の行動予測に長けている。

 言わずもがな、ルティード様もそんなお一人だ。

 そんな人がこんな反応をするのは、かなり珍しい。



 しかし、ルティード様が驚くのも無理はないとも思う。


 既に多くの談笑の輪がある中で、周りの目を集め話題を掻っ攫う。

 それが言葉で言うほど簡単なことではないのは、貴族であれば誰だって、大なり小なり知っている。


 それをあの方は、滑らかにやってみせたのだ。

 

 普通なら「公爵家の姫で現王妃なら、自分から働きかけなくても、周りが勝手に囃し立て会話の中心に祭り上げるだろう」と思うだろう。

 しかし彼女に至っては、その論法は通じない。


 そういう事が、まるでできない人だったのだ、エリス様という人は。


 そういう凡庸で控え目な人だったのだ。

 それが、何故あんなにも堂々とあの場で立ち居振る舞う事ができたのか。


 あの姿は、そう。

 まるで彼女のお母君を彷彿とさせるような姿だった。



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