第13話 流行を作る
夜会に来ていくために作っているドレスだという事がバレては困るので、その話は裁縫師たちすらしていない。
彼女たちには、あくまでも『少し付属パーツを付ける事でお洒落をする事ができる部屋着』を注文した。
そして彼女たちは私の注文通り、『生地と縫製が上等な、妊婦でも楽に着ていられる上に最上級に体のラインが美しく見えるシンプルな部屋着ドレス』と、『社交界に出しても恥ずかしくない、最上級のパーツ』を作ってくれた。
記憶で補完できない部分は、妊婦である私自身の体を使って、体の負担にならない程度の試着と、手直しを繰り返し作り上げたので、私の手間も少なからずかかっている。
それだけに、おそらく半年後にできる筈だった型と同じくらい素晴らしく、それでいて取り付けパーツを作った分より可変性のある、いいドレスに仕上がった時は私も嬉しかった。
「優美なドレスで、うっとり致しますわ! 王妃様の母性が際立っているというか」
「えぇ! 特にお腹の曲線が美しいといいますか!」
「妊婦の象徴たるお腹のラインが美しいのは、『これぞ妊婦のドレス』という感じがしてとてもいいですわぁ!!」
先程までは公爵夫人上げ一辺倒だった夫人の取り巻きたちも、ドレスの詳しい話になればそちらに意識が向いたのか。
ドレスへの賞賛が増えてきた。
私自身への賞賛が主ではないところが、またいい。
純粋なドレスへの賞賛は、ドレスの価値を引き上げる。
嘘か本当か分からない、それどころか状況が変わればすぐに手のひらを返されるような人への評価とは違い、物への評価は比較的純粋で不変のものである事が多い。
特に本心から物に魅了されている人の目は、分かりやすい。
私自身への賞賛よりも、余程信頼に足る声だ。
「いいですねぇ。コルセットから解放されたドレス。私も着てみたいですわ」
「あら、何を言っているの? これは妊婦のドレス。きっとそれ特有の体形であればこそ、最もその美しさが強調されるのよ。ですわよね? 王妃様」
夢見がちな目で呟いた取り巻きの中の令嬢に、おそらく彼女の友人なのだろう。
同じく若い令嬢がそう言い、聞いてくる。
「そうですね。このドレスを最も美しく着るためには子を身籠るか、お腹の周りにたくさんの布を巻くしかないでしょう」
「布……」
「ちょっと、本気にしないでよ? そもそも『コルセットから解放されたい』っていうのが本音なら、コルセットが布に変わっただけで締め付けはあるし、下手をしたら布の分体が重くなるわよ」
「あっ」
指摘されて初めて気づいた、と言わんばかりに、令嬢がハッとし、周りが笑った。
和やかなそのやり取りに、興奮に加速していた会話の速度が少し落ちる。
ついでに私も、程よく肩の力が抜けたのを感じた。
あまり自覚はなかったけど、やはり大一番へ赴くとあって、それなりに緊張していたらしい。
これを機に、ふぅと密かに深呼吸。
ちょうど気持ちが落ち着いたところで、まるでその隙間を縫うような絶妙なタイミングでこんな問いが投げかけられた。
「それにしても、斬新なデザインもそうですが、縫製も丁寧でいい仕事です。そちらのドレスは、どちらでお作りに?」
エインフィリア公爵夫人だ。
すました微笑を崩していないけど、流石は商人気質の彼女。
商機は逃さないし、そのために時を待つ事の意味をよく知っている。
彼女は、このドレスの出元を知りたいのだ。
それも、なるべく詳しく。
社交に関する母の言葉を思い出す。
――相手から情報を引き出したい時には、まず褒める事。
そうする事で人は自尊心を満たされ、得意げになり、気分が緩み、いつもより少々口が緩くなる。
情報収集の場において、その少々がすべてを変える。
そういう事がままあるのだから、情報の引き出し手としても、引き出され手としても、これは忘れると損をするわよ。
母の外面の笑顔によく似た作り方の顔を見て、今正に、この言葉に通づる事を仕掛けられていると、気が付いた。
密かに気を引き締めて、口を開く。
「ノイマン縫製店、という店ですわ」
「ノイマン……聞いた事がありませんね」
すまし顔の端にほんの少し見えた怪訝な色から、彼女の『商売に関する人間の情報は網羅している筈だ』という自信が感じられた。
しかし、知らないのも当然だ。
「最近親店から独立したばかりの、王都にある小さな店なのです。たまたま縁がありまして。斬新な発想とまだ見ぬデザインへの挑戦心、それを支える事ができる確かな技術力のある店ですよ」
「……そうですか」
それにしたって、私が知らないなんて。
そんなどこか解せない雰囲気を感じるが、私は嘘は、言っていない。
言っていない事はあるけど。
たとえば、「彼女たちを見つけたのは、私ではない」という事。
見つけたのは、時戻り前のエインフィリア公爵夫人。
――そう、彼女自身であるという事とか。