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第1王妃「毒殺」第2王妃「断頭」第3王妃「腹裂き死」した王の元へ、第4王妃として嫁ぎます。

作者: コロン

いつも有り難うございます。


ヘンリー8世の第4王妃として嫁ぐ事になった「クレーフェのアン」の物語になります。


ヘンリー8世の第2王妃のアン・ブーリンの姉、メアリー・ブーリンの物語、公式企画「秋の歴史2024」参加作品「ざまあはすぐにやってこない。女王になるよりも、私は彼と一緒にパンを乞う。夫は私を見捨てませんでした。」https://ncode.syosetu.com/n9716jm/

の続編的なお話しになります。


そちらと併せてお読み下さると、第1王妃、第2王妃、第4王妃、第5王妃の関係がざっくりとわかります。

2話読んでもざっくりです。



お時間ありましたら是非「ざまあはすぐにやってこない」もお楽しみ下さい。


史実に準えてはありますが、完全なフィクションとしてお楽しみ下さい。


よろしくお願いします。

 








「……つまり、そちらの落ち度だ。よってこの結婚はなかったこととする」



 陛下が放った言葉のナイフが胸を貫き、私は意識を失った。






 。。。




「……。…アンナ?」


 フランツ様の呼びかけにハッとする。

「大丈夫かい?心ここに在らずのようだけれど、心配事かい?」


 柔らかな日の差し込むティールームにて、いつものように私とフランツ様は読書をして過ごしている。

 ページを捲る音が心地良い、穏やかに過ぎる二人だけの時間。

 言葉を交わさずとも、フランツ様は私のわずかな異変を感じたようであった。

 優しく微笑む瞳には、私への気遣いが見てとれる。


「いえ…なんでもございません…」

 ぎこちなく笑みを返してみたものの、納得していない様子のフランツ様。

「そんなふうには見えないけれど。もし何か悩みでもあるのなら…僕たちは夫婦になるのだから隠さずになんでも打ち明けてくれると嬉しい」


 フランツ様はそっと手を伸ばし、私の頬を優しく包んだ。

 私の事をいつも気にかけてくださる暖かくて大きな手。

 私はその手にスリスリと頬擦りをする。指先からはフランツ様の香り。


「わたくしが生涯愛するのはただ1人。フランツ様…貴方だけです」

 誓う様に溢れた言葉。

 そして私はその愛おしい指先にキスをした。


 さようなら。

 何も言わずに去る私を許さないで下さい。

 憎しみでもいいから…あなたの心の片隅に私を住まわせて。





 。。。



 少し前の事。

 イングランドのヘンリー8世より使者が我が家へ訪ねてきた。


 宮廷画家であるハンス・ホルバイン。

 私と妹のアマーリエの肖像画を描くために我が国クレーフェへ、はるばる海を渡ってきたという。 


 ハンス公とは三日ほど前に顔合わせを済ませていて、今日から本格的に肖像画の制作に取り掛かる。

 肖像画を描くために用意された豪華なドレス。

 シックな赤のベルベット生地の胸元や袖などには、レースと金糸による花の刺繍。黄金に輝く花の中央にはルビーが埋め込まれている。

 ヘッドドレスは真珠や宝石で装飾され、ドレス以上に豪華な刺繍が施されているものを選んだ。



「大国イングランドの宮廷画家に肖像画を描いていただけるなんて、素晴らしい事ですね!」

 ドレスの着付けのために侍女たちに囲まれる私の横で嬉しそうな妹。


 何も知らないアマーリエ。

 ヘンリー8世お気に入りの画家に肖像画を描いてもらえる事をとても喜んでいた。


「…そうね。なるべく美しく描いてほしいわね」

「あら、そのまま描くだけでお姉様はお美しいですわ」とぼけた調子のアマーリエと、顔を見合わせ笑い合う。




 ヘンリー8世……

 一番目の王妃は毒殺されたと噂があり、2番目の王妃は斧による断頭、3番目の王妃は早く子供を手にしたい王が王妃の腹を切り裂いたと聞いている。


 キャサリン第一王妃と婚姻関係にあったヘンリー8世(陛下)は、愛人のアン・ブーリンと結婚したいが為に、離婚を禁じるカトリックから無理矢理離脱してしまった。


 離婚を頑なに拒否し続ける第1王妃。邪魔になったとはいえ、スペイン王の末娘の第1王妃を殺すことは出来ずにキンボルトン城に幽閉してしまう。衰弱した第1王妃はそのまま生涯を閉じた。一部では第2王妃が毒殺したと囁かれている。

 第1王妃が亡くなったと知った陛下と第2王妃は、歓喜を示す黄色いドレスに身を包み朝まで踊り明かしたという……

 そんな思いをして手に入れた第2王妃への愛情は、第2王妃が男児を流産した事で跡形もなく消えてしまう。

 その時すでに陛下の寵愛は、第2王妃の侍女であったジェーン・シーモアに移っていたのだ。

 その後第2王妃の浮気が発覚し、第2王妃は処刑されてしまう。

 刑施行の翌日、陛下はジェーンとの婚約を公表し、その2週間後に2人は正式に結婚式をあげた。

 すぐにご懐妊された第3王妃。臨月になった時、お子の誕生を待ちきれない陛下は…あろうことか王妃の腹を裂いて子を取り上げたと聞く。

 まるで悪魔の所業である。


 待望の自分の血を分けた後継者。

 しかし、エドワード王子は体がとても弱かった。陛下としては、1人でも多くのスペアを用意したかったのだろう。

 第3王妃が亡くなってしばらくすると次の妃選びが始まった。


 カトリックを離脱したせいでヴァチカンから破門され、国際社会で孤立しがちな状態に陥っていたイングランド。

 ヘンリー8世の側近トマス・クロムウェルらは、プロテスタントの有力勢力から妃を選ぶ事にしたらしい。

 そして選ばれたのは、ユーリヒ=クレーフェ=ベルク公の娘で未婚の私か、妹のアマーリエ。



「お姉様…?」

 深く考えに入り込んでいたせいで、気づけば固く握りしめた私の手にそっとアマーリエが手を添えた。

「何か心配事ですか?」

 アマーリエの優しい温もりが冷え切った心を和らげてくれる。

「いいえ…その…少し緊張してしまって…」

「ではキャンディでも口の中に隠しておきますか?」


 どこから出したのか、アマーリエの手にはキャンディが一つ。

「それでは片頬が膨れた肖像画になってしまうわ」

「キャンディを左右の頬に隠しておけば大丈夫ですよ」

「ではアマーリエの時にそうしてちょうだい」

 そう返せば頬をぷっくりと膨らませてみせる可愛い妹。



 私が断れば…アマーリエが悪魔に嫁ぐことになるかもしれない。



 準備が整い、鏡の前に立つ。

 豪華なドレスに身を包み、強張った顔の私と目が合う。


「まだ気に入られると決まったわけではないわ…」


 自分に言い聞かせるようにそっと呟く。


「お姉様、本当に素敵です…」

「ありがとう。さあ、偉大な画家様をお待たせしてはいけないわ。行きましょう」




 。。。




 アマーリエの肖像画が完成する前に、ヘンリー8世は婚姻相手として私を指名してきた。


 肖像画の私に一目惚れし、毎日眺めていると聞く。

 そして一日も早く迎え入れたいと。


 クレーフェが大国との利害の一致に逆らえることはなく…

 英語も話せない私が、ヘンリー8世に娶られることが決まった。





 。。。




 イングランドに向かう途中、嵐に足止めされ予定より大幅に遅れて到着。


 1539年1月1日。初顔合わせの夜…

 陛下は…私の顔を見るなり大袈裟なほどに顔をしかめた。

 話そうにも言葉が通じない。


 イングランドに嫁ぐ事が決まり、詰め込むように英語を学んだ。

 なんとか聞き取り理解は出来るが、話すまでは追いついていなかった。


 苛立つ陛下が捲し立てるように放つ言葉。

「肖像画の鼻より実際はもう少し長かった」「肖像画より大女」「体臭がきつい」「肖像画より老けた顔」英語に慣れない私でも…気に入られていないということだけは理解できた。


 夜伽のつもりでいらしたはずなのに、テーブルから離れず用意されたワインや肉を食べ続ける陛下。

 その様子を、私は朝まで黙って眺めている事しか出来なかった。



 翌日「肖像画と違う」という理由でクロムウェルは叱責された。


 。。。


 1540年。予定通り1月6日に結婚式は行われたが…

 初めての顔合わせ以降、陛下が私の部屋を訪れる事はなかった。




 6月25日。


「かつてロレーヌ公フランソワ1世と交わした婚約をきちんと解消していなかったことがわかった。つまり、そちらの落ち度だ。よってこの結婚はなかったこととする」


 突然の離婚通告。


 陛下が放った言葉のナイフが胸を貫き、私は意識を失った。



 。。。


 この結婚はなかった。

 陛下は、クレーフェとの関係悪化を避けるため、慎重に離婚理由を探し…

クロムウェルと相談した結果、フランツ様との婚約が解消されてなかったという事にしたようだった。


 全て手放してイングランドに来た私に、陛下から与えられたのは「王の妹との称号」であった。


 その他に責任を課せられて処刑されたクロムウェルの領地の一部と、ヒーヴァー城を含む2つの邸宅、及び4000ポンドの年金。



 。。。




 趣味の刺繍。

 時間を忘れて夢中で一針一針進める。

 ふと窓から聞こえた鳥の声に手を止めた。


 外に目を向けると突き抜けるような青い空が広がっていた。


 ここはヒーヴァー城。




 先日、第5王妃が処刑された。


 キャサリン第5王妃。

 気さくでとても可愛らしい彼女とは、陛下も交えて3人でよくお茶会をしたのが懐かしい。


 若い彼女の心が陛下から離れるのは早かった…陛下の側近を好きになり関係を持ってしまう。

 関係者は酷い拷問され、それを聞いた彼女は心を正常に保てなくなっていたらしい。


 処刑の日。王妃として断頭台を背に、観衆の前で彼女の放った最期の言葉は素晴らしいものだった。


「王妃として処刑されるより、彼 (愛人)の妻として死にたかった」


 心は王にない事を宣言して、この世を去ったのだ。


 とても彼女らしい…。

 彼女のその一言が私の心を救ってくれた気がした。



 私にあたえられた物の中のひとつ、ヒーヴァー城は第二王妃の実家であった城。

 アン王妃とその姉メアリーはここで育っている。

 メアリー・ブーリン。

 私の背後に控えるキャサリンの母親である。


 私はキャサリンが入れてくれたお茶を一口含む。

 ローズヒップの酸味と少し加えられたはちみつの甘さを味わうと、彼女に声を掛けた。


「キャサリン…少し昔話をしましょう。ここはあなたのお母様が幼少期を過ごした場所と聞いています。お母様について…それとあなたの叔母のことを聞かせてほしいの。いいかしら?」


 キャサリンから聞くブーリン姉妹の物語。

 キャサリンが幼い頃にすでに処刑されていた第2王妃のことは覚えていないそうだ。

 その代わりに繰り返し母親から聞いた思い出話を語っていく。


「読書が好きな母は、日の当たる窓際で本を読むのを好んだと聞いております。幼い頃は叔母ともよく遊んだそうです。幼い頃の話をする母は…穏やかな笑みを浮かべ、その思い出を慈しんでいるようでした。母を平民に落としたのは叔母でしたが、困窮した母に唯一手を差し伸べてくれたのも叔母だったそうです」


 キャサリンを出産した後に陛下の愛人になったメアリー。

 キャサリンの下に男児を出産した後未亡人になり、その後陛下の護衛と恋愛結婚。しかしそのためにブーリン家から切り捨てられ、平民に。

 平民生活は困窮したが、第2王妃はこっそり少しの金銭援助と自身の金杯をキャサリンに渡したらしい。


「…その事を何度も話し、母は叔母にとても感謝していました。晩年の母は…病により夢と現実の間を漂っていたようで…時折、王妃となった後の叔母の夢を見てうなされることがありました。けれども最期は穏やかに…少し微笑んでいました。最期は…幸せな夢を見れたのだと思います」


 母を思い出し、優しく微笑むキャサリン。


 同性でも見惚れるほどの美貌は、母親譲りだろう。


「そう…。ありがとう。下がっていいわ」


 すっかり冷め切った紅茶に手を伸ばした時、まだその場にいたキャサリンが新しいものを入れ直してくれた。

 暖かい紅茶の香りに包まれながら、ホッとしている自分がいた。



 あの日、フランツ様へ愛を誓った心のカケラはまだ持っていても良いのだと。




 私も、彼女の母親も、第二王妃のアンも、第5王妃も…。


 刺繍と同じように何本もの糸が集まり模様を描いていく。

 私も、彼女たちもその一刺しに過ぎないのだ。


 彼女の話を聞いて、ようやく心のつかえが取れたような気がした。




 やわらかい光が部屋いっぱいに差し込み、開け放たれた窓から入る風がレースのカーテンを揺らしているこの部屋で、私は大好きな刺繍に手を動かす。





 静かで心地良い時間が穏やかに流れるこの時に、感謝している。














《 参考 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%BA

Wikipediaより》


★ 第3王妃は産褥死です。当時は「腹を裂かれて亡くなった」という噂がヨーロッパ中に広がっていました。

★ 第5王妃は第2王妃アン・ブーリンの従姉妹になります。

★ なろうで言う、ピンクブロンドの男爵娘。浮気して「なんでダメなの?」で処刑されます。

『まともな教育を受けずに育った少女は王との出会いからわずか半年後、イングランド王妃となった。贅沢な食事がテーブルに所狭しと並べられ、ドレスや宝石など、欲しいものは何でも与えられた。少女の身に突然訪れた夢のような暮らし。しかし結婚からわずか1年後のある日、結婚前の奔放な性生活ぶりを暴露する密告文が宮廷に届いたのであった。。。』続きが気になるね。

(https://www.japanjournals.com/feature/survivor/17302-catherine-howard-2.htmlより一部抜粋)


★ 第5王妃キャサリンは第2王妃アン・ブーリンと同じロンドン塔で処刑にされました。

★ 処刑前夜に断頭台を部屋に持ち込み、台に頭を乗せる練習をしたそうです。

★ 第5王妃の浮気相手を探すための拷問が怖いです。


★ フランツ様は、デンマークのクリスティーン様と結婚しています。

★ クリスティーンにもヘンリー8世は結婚の打診をしていますが断られています。

★ クリスティーンと結婚したフランツ様はすぐに亡くなってしまいました。1541年6月結婚。1545年死去。


★側近のクロムウェルが処刑された事を知った画家、ハンスは自分も処刑されるんではないかとびびっていましたが、処刑されませんでした。たぶんヘンリー8世はハンスの事を忘れてたんだと思います。(落馬による後遺症じゃないかな)



拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございます。


感想などくださればとても嬉しいです。




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うっわ~。 この時代の王室はホント、伏魔殿だな。こんなのがまかり通るのが恐ろしい。 ヒドイ目にあってるのが女性だけだから中々変われなかったんだろうな、男尊女卑の歪みだ。
 責任ってなんだろうなぁと考えてしまいました。  呑むしかないことは、もちろん今でもあるのでしょうけど。  責任を伴わない権威は、あちこちに軋轢を生じるのでしょうね。  そんな中でも彼女はまだ穏やかに…
タイトルからとてもインパクトがあり、さらに読み進めていくと、主人公と妹のアマーリエが直面したことがとても丁寧に描かれているのが印象的です。 次々と入ってくる悲しい知らせの中を、逞しく生きていく主人公…
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