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9. 例のアレはあったんだ


 慌しかったランチタイムを無事に乗り越えたことで私のアルバイトも無事に終わった。

 疲れた。すっごい疲れた。

 正直に言えばちょっと舐めてました。うちで働いてるからカフェのお仕事ぐらい余裕だと思ってたけど、全然違った。お客さんの数と密度が違う。ほんの数時間だけなのに一日中働いた気分。

 これがほぼ毎日だなんて、エレシアさんたちってすごいなぁ。

 でも頑張ったおかげか、みんなから「お疲れさま」「頑張ったね」と褒めてもらえた。離れたところで小さく手を振ってくれていたリズさんがすっごく可愛かった。

 ピークは過ぎてもお客さんはやってくる。邪魔にならないように早く帰ろうとしら、エレシアさんに止められた。

「一人で帰らせるわけには行かないわ」

「坂を下りたらすぐだから大丈夫ですよ」

「いいえ。そんなわけには行きません。みんな、ロッテを送ってくるからしばらくの間お願いね」

 エプロンを外すエレシアさんにみんなが「いってらっしゃい」と返事をする。ピークは過ぎてもお客さんはいるのに、なんだか申し訳ない。

 再度挨拶をして、エレシアさんと外へ出た。

 通用門へと歩く途中で重厚感のある鐘の音が聞こえた。

「二時の鐘よ」

 そう言ってエレシアさんが仰ぎ見た先には、赤い三角屋根の時計台が見えた。

 くりぬいたような壁の中に金色の鐘が見える。よく見れば、鐘の付近の壁がゆっくりと動いていた。

「動いた……。ええ!?動いた!?なんで!?」

「あら、知らなかったの?あれは一時間毎に九十度回転する魔道具の時計台なのよ」

 時計盤のある壁がゆっくりと九十度回転し、今は大きな時計盤がこちらを向いている。

「知らなかった、です」

 私の部屋からじゃ見えないし、店からは赤い屋根と時計盤がちょっと見えるだし、そんなまじまじと時計台なんて見ないよ。

「ちなみに、九時と三時になると下の方にある扉からカラクリ人形が出てくるのよ」

 ……その機能いるのかな。でも、どんな人形なのか見てみたい。いつか機会があるといいな。

 回転を終えた時計台を見上げていると、ふと花びらが舞っているように見えた。ピンクの花弁が風に乗って舞い散る向こう側に聳え立つ時計台が。

 驚いて周囲を見たけれど、ピンクの花なんてどこにも無くて、見間違いだったのかと首を傾げる。疲れたのかな。

 なんだろう。この既視感は。

 知っている時計台なのに、どこか別の場所で見たような気がする。いつ?どこで?

「どうかしたの?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 エレシアさんの問いに首を振って時計台に背を向ける。

 生まれた時から見ている時計台だから、そんな気持ちになったのかもしれない。そんな奇妙な違和感はエレシアさんとおしゃべりしている間に綺麗に消えてしまった。

「今日はありがとう。レジも間違えないし、本当に助かったわ」

「私もいい経験になったので良かったです。あんなに忙しいなんて思わなかったんで、びっくりしました」

 お客さんが走ってくるなんて、うちの店じゃ絶対に体験できないもん。六人でもギリギリじゃないかな。でも、ランチタイム以外はそうでもないみたいだから、人をたくさん雇っても赤字になるもんね。それに思ったよりも値段が安かった。うちの仕入れ値を考えると利益ってそこまでないような気がする。経営大丈夫なのかな。

 とりあえず、売れ筋商品も分かったから、市場調査としてはまずまずかな。

 でも、気になったのがひとつある。

「あの、ヴィムティエ校って女の人が少ないんですか?」

「そんなに少なくはないわよ。男の人が多いけれど、教師も生徒も三割ぐらいかしら」

 どうして?と目で聞かれる。

 三割って簡単にいえば十人中三人ってことだよね。………多いの、かな。うちの通りじゃ女の人もかなり働いてるから少なく思えるけど、学校だと違うのかも。

「えっと、今日あんまり女のお客さんを見なかったので、少ないのかなぁ、と思って……」

 正直に話すと、エレシアさんが分かりやすく肩を落として俯いてしまった。

「あ、いえ、今日だけですよね。午前中に男の人いっぱい押し寄せたから来にくかったんですよね」

 あんなに暑苦し……熱気のある男の人がたくさん来る日だと女の人は来にくいよね。

 だって、カフェだもん。カフェっていったら軽食とデザートと女の子じゃない?夢でもベーカリーカフェのお客さんはほとんど女の人だった、はず。

 そんな考えはエレシアさんの低く沈んだ声に打ち砕かれた。

「違うのよ。あれが日常なのよ」

「え……うそ」

「そう。あれが日常なのよ。ヘルメスパンを求めて走ってくる男性のお客さんの勢いに押されて、少なかった女性のお客さんが減ってしまったのよ」

 心なしかエレシアさんの周りだけ木枯らしが吹いてるみたいだ。哀愁漂ってる。

 ヘルメスパンの人気がそこまでとは……。もしかしなくても、女のお客さんが減ったのってヘルメスパンのせい?

 早く魔道具できたらパックパンができるのに。そうしたら女の人もヘルメスパンを食べやすくなるよね。……でも、それだけで大丈夫かな。もっと女の人が喜ぶようなメニューがあるといいのに。

「でも、ヘルメスパンのおかげで売り上げはかなり伸びてるから、気にしないでね」

 私が考え込んでるのを落ち込んでいると思ったのか、エレシアさんが明るく励ましてくれた。

 「デザート系を増やしてみたんだけど、どうしてもレストランには敵わないのよ。あちらには専属のパティシエもいるし、焼き菓子ぐらいじゃ勝てないわ」

「パティシエ?って、えっとお菓子を作る専門の人ですよね。どんなお菓子を作るんですか?」

 専門職が作るお菓子って気になる。うちはパン屋だから売れ残ったマフィンとかクッキーとか食べることはあるけど、普通は家で作る焼き菓子とか蒸し菓子が多い。お店のお菓子は祭事など特別な時ぐらいしか買わない。お金持ちのところは知らないけどね。

「校内のレストランでは、ケーキが提供されているの。隔週で種類が変わるのよ。最近はシューアラクレームが人気なのよ。薄くて丸い生地に生クリームが詰められているの」

「生クリーム……」

 え?生クリームってあるの?それどこで買えるのかな。生クリームがあれば幅がグンッと広がるよね。カフェもパフェとかクレープとかできるし、欲しいっ。

「あ、そっか。生クリームなんて知らないわよね。白くて甘くてなめらかなのよ」

 知ってる。でも夢で見ただけで、味はぼんやりと甘いことしか知らない。なめらかなんだ。

 うぅ、想像が追いつかない。食べてみたーい。

「ごめんなさいね。食べさせてあげたいけれど、レストランの食事はテイクアウトできないのよ」

「ふあっ!」

 あんまりにも食べてみたくて声に出してちゃってたみたい。両手で口を塞いでからエレシアさんを見上げたら笑われてしまった。

 食いしん坊な自覚はあるけど、ちょっと恥ずかしい。エレシアさんもそんなに笑わないでほしい。

「カフェでも生クリームが使えたら良いのだけれど、生クリームはある貴族が独占しているから契約されたお店でしかし取り扱えないのよ」

 だから見たことが無かったんだ。貴族が独占してたら、平民が食べられる可能性なんてほぼ無いよね。無理寄りの無理ってこと?えー、食べたかった。

「だから女性客はほとんどレストランを利用しているの」

「レストランって安いんですか?」

「校内の飲食店は補助が入るから、一般のお店よりも安く提供ができるのよ」

 なるほど。だからあの値段でも利益がでるんだ。

 食事とデザートの平均的な値段を教えてもらったけど、カフェより値段は高め。でも食事とケーキがセットならお得感のある値段かも。お金持ちなら問題ないだろうけど、平民には手痛い出費といったところ。

 レストランよりもカフェのほうが営業時間は長いらしいから、その辺で女性客の取り込みをしたい。華やかなケーキを見慣れた人たちが目を引くような商品が必要だよね。

 うーん。何かないかな。

 夢にヒントが無いかと記憶を探ってみるが、パンしか出てこない。生クリームたっぷりのフルーツサンドとか作れないからっ!

「それにしても、テオベルト様と知り合いだなんて、本当に驚いたわ」

 考え込んで無口になった私を気遣ってか、エレシアさんが話題を変えてくれた。

「エレシアさん、テオお兄ちゃんを知ってるんですか?」

「もちろんよ。有名だもの」

 有名?優しいし、カッコいいから?

 首を傾げる私にエレシアさんが驚いたように目を丸くした。

「テオベルト様はカルヴィン侯爵のご子息よ?知らなかったの?」

 エレシアさんが告げた内容に、目と口が丸く大きく開いたまましばらく戻らなかった。

 テオお兄ちゃん、貴族だったの⁉︎と、いうか、侯爵って偉いんだっけ。

「えっと、六公三侯……じゃなくて、公侯伯子男だから、えっと、えっと、上から二つ目に偉い人」

 歴史の時に教えてもらった覚え方で指を折って数えてみる。何回数えても上から二つ目。

「テオお兄ちゃん、偉い人だったんだ……」

 びっくりした。

 この学校に通ってるなら貴族の可能性は十分高かったのに、忘れてた。普通に街で遭ったし、うちの店にも気軽に来て話してくれるし、全然偉そうじゃないのに。

「侯爵令息というだけではなくて、今年入学されたシュテファン王子の護衛も任されているのよ」

「王子さま⁉︎」

 王子様って、王様の子どもで、つまりは偉い人の一番上。そんな人の護衛って偉いのかな。偉いんだよね。

 そんな人に普通に話しかけて良かったんだろうか。無礼者!って怒られる?怒るテオお兄ちゃんとか想像できないけど、でも、もしかしたら?

 帰り着くまで頭がいっぱいで、エレシアさんとなんの話をしたのか全く覚えていない。


 テオお兄ちゃんが貴族だった。それも、かなり偉い人だった。

 その事実はまだ家族には言えていない。

 だって、絶対にびっくりするもん。王子様とか侯爵とか身分の高い人に会うことなんてないから、腰抜かしちゃう。

 今度テオお兄ちゃんに会ったらどうしたらいいんだろう。貴族の作法なんて知らないよ……。丁寧に話せばいいのかな。丁寧ってどんな感じ?うぅ、分かんない。

 働いて体を動かしている間はいいんだけど、こんな風にお客さんが減って暇な時間になると色々考えちゃう。

 頭の中のぐちゃぐちゃを吐き出すように特大のため息をつくと、店のベルが鳴った。お客さんだと顔を上げると、そこには笑顔で私に手を振るテオお兄ちゃんがいた。

「いらっしゃ……り、ませ、です……ございましゅ」

 緊張のあまりなんか変なこと言った気がする。いや、そんなことよりも、頭を下げたほうがいいのかな。頭を下げるのにも決まりとかあるのかな。

 手も足もどう動かしたらいいかわからなくなって、なんか変な動きになってしまう。

 そんな私を見てテオお兄ちゃんはおかしそうに笑っていた。

「面白い動きをして、どうしたの?」

「いえ、なんでもないです。大丈夫でございますです」

「……もしかして、僕のことを誰かから聞いた?」

 私の奇妙な態度に何かを察したのか、テオお兄ちゃんが少し寂しそうに眉を下げた。

 寂しげに微笑む姿が妙に可愛く見えて、すごく申し訳なく感じてしまう。

「恐るべし、無自覚キラー……」

「え?なに?」

「な、なんでもないっ!」

 無意識に呟いてしまった声は幸いにも聞こえなかったようだった。危ない、危ない。

 あんな寂しそうな顔させるつもりはなかった。どう接したらいいのか分からなかっただけで。

 知らなかった時ならともかく、知っていて同じような態度は取れない。でも、偉い貴族の対応なんて知らないし。

 …………いいや。聞いちゃえ。

「あのね、テオお兄ちゃん…様が、侯爵様の子ど……ごしそくって聞いてね。まして。えっと、どうしたらいいかなぁって、思っていて、じゃない。いるのでございます」

 気をつけながら話したのに、テオお兄ちゃんは聞き終わる前に噴き出して笑っていた。

「ロッテ。その言葉遣いはやめよう。おかしくて内容が頭に入ってこない」

「ひどぉい!すっごい気を遣って話したのに!」

「そうそう。そんな感じで話してよ。変に畏まられると寂しいじゃないか」

「……いいの?」

 探るようにそろそろと見上げると、笑顔が返ってきた。

 いいのかな?でも、テオお兄ちゃん笑ってるし、良いって言ってくれたからいいよね。……いいよね?

「友達に距離を取られたら寂しいでしょ?」

 友達。テオお兄ちゃんとお友達っ!なんかいい。それ、すごく嬉しい。

「あのね、えっとね。ヘルメスパンは完売しちゃったけどね、このコッペパン私が作ったの。最初から最後までぜーんぶ私が作ったんだよ」

「すごいじゃないか。見た目も美味しそうだね。じゃあ、コッペパンを五個もらおうかな」

 テオお兄ちゃんはコッペパンを見て褒めてくれて、他にも何個か買ってくれた。ありがとうございます。

 パンを詰めた紙袋を渡す時に手招きをすると、顔を近づけてくれた。他にお客さんがいないことは分かっているけど念のために小さな声で話す。

「型崩れしちゃったヘルメスパンをおまけしてるからね。形はちょっと悪いけど、味は美味しいよ」

「いいの?」

 内緒話の声のテオお兄ちゃんにうひひと笑い返す。

「いいよ。お友達だもん」

「そっか。ありがとう、ロッテ」

 バイバイと手を振って帰るテオお兄ちゃんを見送る。

 その後、閉店までいつもより二割り増しな笑顔で接客していたら「良いことあったの?」と色んな人に聞かれた。

 良いことあったの。

 新しいお友達がね、できたんだよ。


お読みくださりありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
投稿感謝です^^ 目指せ!玉の輿! ↑女性転生者に多そう(偏見) とかならない辺りにロッテちゃんの堅実さがにじみ出ていますね♪ でもそれよりもテオお兄ちゃん、ロッテちゃんの平民的なフランクさに馴染…
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