5.コッペパンの作り方
3/31 3話でヘルメスパンのパンをフィセルとしていましたが、コッペパンに変更しています。
ヘルメスパンの新バージョン開発は一時中止になった。
ダンさんがお父さんに話してくれて、その後試作品をみんなで試食したまでは良かったんだけど、やっぱり手間がかかるから今は無理ということになった。
量産するなら四隅を一気に密着させる道具が欲しいな。四隅をプレスするだけなら魔法が付与されていない普通の道具でも可能だと思う。その方が安いのは分かってるんだけど、プレスしちゃうと四隅を潰した部分が硬くなるし、何より見た目が良くない。夢でみたあのパンは潰したというよりくっつけた感じで、綺麗な四角形だった。
あれ、どうやってくっつけてるんだろう。押し潰した部分を切っちゃったら開いちゃうし、ギリギリを切り落とすのも難しそう。魔道具なら、切る部分を最小限にしたり、上手くくっつけたりできるんじゃないだろうか。
発注したらいくらかかるか分からないのが難点だなぁ。とりあえず、道具の形をノートに書いておいて、パンの研究でもしてみよう。
ほかのパンも試作してみようかな。実は、一個作ってみたい菓子パンがあるんだよね。
夢の中でも人気商品だったメロンパン。たしか、丸パンにクッキー生地を乗せるんだよね。パンがふわふわだったから強力粉を使って、発酵に気をつけないとね。酵母はどれを使おうかな。今度ダンさんに聞いてみよう。
着々と新しいパン作りの準備をしていたある日。配達から戻ると、お母さんの様子がちょっと変。どこが?と言われると困るんだけど、そわそわしてるというか、厨房を気にしてる感じ。
「ただいま。……どうかしたの?」
「お帰り。まぁ、ちょっとね」
聞いてみても言葉を濁して接客に戻ってしまう。仕事中だから仕方ないんだけど、これはなにかあったんだろうなぁ。店内に変化はないから、厨房かな。
「先にご飯食べておいで」
「はぁい」
家に戻ると、カールが宿題らしき紙を前にうんうんと唸っている。覗き込むと文章問題だった。
読めない単語があるのか、もしくは意味がわからないのか。文章問題ってちゃんと読まないと間違えるよね。
「なんだよ。見るなよ」
ジッと見てたら下から睨まれた。そんな目をしても全然怖くないもんね。
「教えてあげようかぁ?」
「自分でできるっ!」
ニヤニヤしたのが悪かったのか臍を曲げられてしまった。八才の男の子はたまに扱いづらい。
「求めているのは羊の数だよ〜」
去り際にヒントを言うと「分かってるよ!」と強気な返事が背中から聞こえた。あとは自力でがんばれ。
台所に行くとコンロに鍋が置かれていた。蓋を開けるとまだ温かそうなスープが入っている。これなら温め直さなくてもいいかな。
「ねぇ、お昼は食べた?」
「さっき食べた!」
食べた形跡はあったけど、念のためにカールに聞いたら元気良すぎる返事が返ってきた。
お椀にスープを注いで、テーブルに置いてあったパンを一枚ちぎってスープに浸す。
今日のパンはブール。バケットと同じ材料をこんもりと丸く成形して上にクープを入れて焼いたパン。あ、クープって切れ目のことね。大きく丸く成形するから、中身はバケットよりも柔らかい。
焼きたては表面がカリッとして最高だけど、冷めても美味しいんだよね。さすがお父さんのパン。
浸して柔らかくなったブールをスプーンで崩してスープと一緒に食べる。中身はスープが染みて柔らかくなるんだけど、皮がちゃんと残っていてパンだと主張してくる。
具沢山のスープとよく合うわ。うまうまですよ。お母さんの料理最高。
あー、この具とチーズを乗っけて焼いて食べたい。カリカリのパンにとろとろチーズ、その下から出てくる野菜たち。あー、よだれ出そう。
「ロッテがまた変な顔してる」
「変な顔ってなによ。それにお姉ちゃんでしょ」
「ロッテはロッテだろ」
「なっまいきー」
生意気なカールにそっぽを向いて食事を再開する。カールはコップに水を入れて飲むとまた宿題に戻った。
ああは言ったものの、実際にカールから「お姉ちゃん」と言われると違和感を感じるかもしれない。話し始めた頃は舌足らずな言葉で一生懸命に「ロッテ」って言おうとしてるのが可愛いかったんだよね。あの時に「お姉ちゃん」って教え込んでおけば良かった。
小さな後悔をしているとカールがひょっこりとやってきた。
「そういや、ダンさんが怪我したの知ってる?」
「はっ!?」
「配達先の学校で手を怪我したって」
「うそぉ!やだ、大変じゃん」
そういうのは早く教えてよ、もぉ!
だからお母さんも厨房を気にしてたんだ。もぉ!言ってよー!
うちはお父さんとダンさんでパンを焼いてるから、どちらかが怪我をすると戦力が減っちゃうんだよ。大変。
残りを急いでかきこんで食べると、食器を片付けて一階へと駆け降りる。「落ちるなよー」と呑気な声が聞こえてきた。カールだって滑ったことがあるくせに。
厨房に飛び込むとお父さんが一人でパンを焼いていた。
「お父さん、ダンさんが怪我したって」
「ああ。聞いたのか。ちょっとな」
「悪いの?動かないの?折れたの?パン焼けないの?」
矢継ぎ早に問い詰める私を無言で凝視してくるから、居た堪れなくて口を閉ざした。無言の圧力に怒られているような気持ちになって、そわそわしてしまう。
だって。ダンさんも心配だけど、お店も、お父さんも心配だし。……私ができることないかなーって思ったんだもん。
大人しく黙って見上げると、お父さんは微苦笑してパン作りを再開した。
「学生の魔法が運悪く窓ガラスを割ってな、それに驚いたカフェの店員が悲鳴を上げて水をこぼして、その水に足を滑らせたダンが転んで手をついた時に捻挫したんだ」
「………………ダンさん、かっこわるい…」
なにそのドミノ倒し。ちょっと見てみたかったかも。
「今日は用事があったからダンに配達を任せたんだが、悪いことしたな」
いつもはお父さんが行ってる配達だから責任を感じてるのかもしれない。パンを作るのに手は大事だもんね。
「捻挫ってどっち?」
「左だ」
ダンさんの利き手は右だ。でも、片手が使えないのはかなり不便だと思う。パンを捏ねたり成形するときとか大変だよね。
「捻挫、ひどいの?」
「大体一ヶ月ぐらいで治るらしいぞ」
「じゃあ、治るまで私がダンさんの左手になるよ」
「できるか?」
「頑張る!」
いまこそ見習いの私の腕の見せどころだよ。
ここで成長した姿を見せれば、今以上にパン作りを手伝わせてくれるかもしれない。アピールタイム開始だ。
翌日、左手に包帯を巻いたダンさんに助手宣言をし、微苦笑と共に受け入れてもらった。
「私、頑張るからね!何でも言ってね!」
「あ〜、うん。ほどほどに頼むな」
なに言ってるの。全力で頑張るに決まってるじゃない。
不安そうなダンさんを安心させようと腕まくりして力こぶを見せてあげた。
パンを作る工程は計量から始まる。この計量はその日の天気や湿度などで変わるんだけど、それは経験もあるので私にはまだ難しい。言われた通りに計ればいいだけなんだけど、なにせ大量に作るのだから量が多い。
「うぎぎっ」
粉袋一袋だけでも二十五キロある。私の体重の半分以上の重さ。今まで持てたことはないけど、気合いに満ちた今なら持てると思ったのに、ちょっとしか動かない。
「無理なことすんなって」
ダンさんは捻挫してる手を添えて簡単に持ち上げてしまった。
筋トレしたら私も持てるようになるかな。ダンさんの太い腕と自分の腕を見比べて、先は長そうだとため息がでた。
「ロッテ。早く手伝ってくれ」
「はーいっ」
慌ててダンさんの後を追う。
計量したらこねて、発酵して、分割して、丸めて、休ませて、成形して、発酵して、焼くというのが基本的な流れ。
今から作るのはヘルメスパンと玉子サンドなので、まずはコッペパンから作る。
計量して材料を混ぜるんだけど、ミキサーっていう便利な魔道具があるんだよ。大きなボウルに蓋が付いたような道具なんだけど、蓋に泡立て器みたいなのが付いてて、それがぐるんぐるんって回るの。パンによってはここから更に手捏ねをしたりするんだよ。
お父さんが子供の時は全部手捏ねでやってて大変だったんだって。この量を手で捏ねるって驚きだよね。その代わり職人は五人ぐらいたみたい。私はこの時代に生まれて本当によかったと思う。
発酵させるのも、発酵器があるのでけっこう楽。これは私が生まれた年に買ったんだって。同い年だけど先輩だね。
昔の話を聞くと、魔道具って便利だなぁって本当に思う。それでも、うちの窯はいまだに昔のまま。開店当時からある年代物なの。なんで新しいのにしないのかって聞いたことがある。
「これはうちの店の誇りだ。それに、この窯で焼いたパンの味はロッテも知ってるだろう?」
そう言って誇らしげにうちの窯を見つめるお父さんはかっこよかった。
確かに。うちのパンは世界一美味しい。
お父さんのおじいちゃんのおじいちゃんの頃から、ずっとずっとこの店と一緒に働いてくれてたこの窯のおかげでもあるんだね。
私も早くパンを焼けるようになるといいな。
という、回想は横に置いて、パン作りをしていこう。
一次発酵を終えたら、ガス抜きをする。酵母から出た炭酸ガスを抜くんだけど、これがけっこう楽しい。もちもちの柔らかな生地を手で軽く押すとプシュッとガスが抜ける。楽しいからって強く押しちゃダメなんだよ。昔ギュッて押しちゃって怒られたなぁ。
ガス抜きが終わったら分量毎に分割して形を作る。ここからは私の出番。
「大丈夫かい?」
「大丈夫!任せて」
ダンさんが片手で器用に分割したパンを台の上で丸く伸ばして、手前と奥から三分の一になるように折りたたんでいく。それを更に半分に折って閉じ目をしっかりと摘んで閉じる。あとはころんと転がして形を整えたらトレイの上に置いていく。同じように、均一になるように、丁寧に素早くやっていく。
出来が良くないところはダンさんが指摘してくれたり、右手で直してくれたりと補佐をしてくれる。
半分ぐらい終わったあたりから腕が疲れてきた。
「代わろうか?」
「大丈夫。まだできる」
大変だけど、疲れてきたけど、でも、だけど、楽しいっ!!私、パンを作ってる。
ダンさんが助言してくれるから、手直しする数も減ってきた。自分でも上手く形作れてるのが分かる。
楽しい。楽しいっ。
夢中で作って、出来上がったパンをまた発酵器に入れる。発酵が終われば牛乳を刷毛で薄く塗って窯で焼く。
窯入れは、ダンさんは無理だし、もちろん私だって無理なのでお父さんが焼いてくれる。
焼いてる間は片付けをしたり、新しいパンの準備をしたりと忙しい。
コッペパン、美味しく焼けてるかな。
コッペパンって、油で揚げて砂糖をまぶしたパンがあったよね。砂糖以外にもココアとシナモンと、キナコとかあった気がする。キナコってなんだろう。キノコじゃないよね?
今度作ってみようかな。でも、油使うのは怒られそう。お母さんに相談してみようかな。あ、いやいや、その前にメロンパンだ。
うぅ、作りたいパンが多すぎる。
「コッペパン焼けたぞ」
お父さんが窯からパンを出してくれる。続々と出てくる美しい焼き色のパンたちを見て感動で胸が震えた。
私が作ったんだよ。ほぼ全部作ったんだよ。
感動している私の前でお父さんがポイポイと数個取り上げていく。
「お父さん?」
三個、四個………、無言で選別されたパンは全部で八個もあった。
「見てみろ」
手招きされて、避けられたパンを改めて見る。形が歪なものや、割れているものがある。その中に一つだけ綺麗なパンがあったから「これは?」って自信満々に指摘したら「短い」と即答された。よく見れば、他のパンよりも指の第二関節分ほど短い。
「でも、八個だけなのはすごいよ」
ダンさんがフォローしてくれたけど、ダンさんが手直ししてくれた結果がこれだから、一人だったら半分ぐらいダメだったかもしれない。
「私、明日も頑張るんだからっ」
握り拳を作ってやる気を見せる。
明日は手直しも不良品も出さないように頑張るぞ。
「今日はまだ終わってないぞ」
「ロッテのタフなとこは親方似ですねぇ」
やる気に溢れる私の後ろでお父さんとダンさんは笑いながら次の作業に取り掛かっていた。
いけない。コッペパンに切れ目を入れて具材を入れなきゃ。仕上げは何度も経験してるから大丈夫。発酵の間に作っておいた焼きそばと玉子マヨを挟んで完成させていく。ここでは一個だけ失敗したけど、あとは完璧だった。
その後もダンさんを手伝いながらパン作りに勤しんだ私の一日は慌ただしく過ぎていった。
翌日、筋肉痛で動きのおかしくなった私は、ヘマをしてお父さんにもお母さんにも怒られることになる。
役立たずな私はお母さんと交代し、一日中店番をする羽目となった。
手っ取り早く筋肉と体力をつける方法ってないかな。
お読みくださりありがとうございます。
ほぼコッペパンの作り方で終わってしまいました。
乙女ゲームはどこだ……。
次話は書き直すので、来週の投稿に間に合いません。
ごめんなさい。