初恋を綴った日記を、夫が読んでしまったようです〜まぁ、多分、大丈夫でしょう(苦笑い)〜
最後までお読みいただければ幸いです。
闇の月、第5週、水の女神の日
今日も殿下の麗しさは格別であられます。
輝く御髪は陽の光を反射し、我らが大御神のよう。
優しく細められた瞳には慈愛の女神が宿り、その奥には大いなる情熱が燻っておられます。
殿下が麗しいのは、その御形のみではございません。殿下は今日、道に迷った下級文官を助けておられました。その下級文官はわたくしから見れば醜悪でしたが、殿下は顔を顰めることなく、実にそつなく道をお示しになりました。
わたくしはこの国の民であることを誇りに思います。
なぜなら殿下の民なのですから。
水の月、第2週、月の女神の日
今日死んでもわたくしに悔いはございません。今日は殿下のお言葉をいただきました。
そもそもわたくしは王族の居住区に入れる身分ではありません。しかし、仕事の都合で特別な許可を受け、宮殿の奥に殿上したのですが、その時、殿下の御尊顔を拝したのです。わたくしはすぐに目を伏せましたが、殿下はわたくしを咎めることなく、労いの言葉をかけてくださりました。
一生忘れないであろうそのお言葉をここに記します。
「そなたの活躍は我が耳にも届いている。次の宣旨で昇進させようと思っている。心しておれ。」
わたくしが昇進できるとすれば次は殿上です。
わたくしはもっと殿下のお役に立ちます。殿下がわたくしを知ってくださるのでしたら、わたくしは何でもできます!
光の月、第3週、木の神の日
宣旨が召され、わたくしは昇進しました。殿下付きの近衛兵です。殿下の日々の生活、護衛任務、殿下が出陣される戦場への出陣などがこれからのわたくしの仕事です。
とても素晴らしいことです。
しかし陛下は、わたくしに結婚しろとおっしゃいます。殿下のおそばに未婚の女性を置いておくわけにはいかない、と。
もちろんその通りです。なのに...なぜでしょう。
結婚に対して積極的にはなれません。不敬を恐れず言うならば気乗りしません。
光の月、第4週、土の神の日
あぁ!何と恐れ多いことでしょう。わたくしはこの日記にのみ打ち明けます...罪深いことです。
殿下に、恋をしています。
死して償うべき罪です.........。
1臣下が主人に懸想するなど...。
殿下はわたくしに信頼をお示しくださり、わたくしに気軽に話してくださいます。優しく、気さくで、洒落た人です。
そうです、そうです。殿下は本当は「僕」と自分のことをおっしゃいます。言葉遣いも優しい人だと知りました!
どうしてわたくしは女なのか。
男であれば殿下との恋に身を焦がすこともなかったでしょう。
光の月、第4週、月の女神の日
殿下は誰に対してもお優しく、あまねく寵愛をお与えになります。殿下のご婚約者候補の方にもです。
わたくしは殿下の好みの茶葉を知っております。
わたくしは殿下が好まれる話題を知っております。
わたくしは殿下の...。浅ましい嫉妬です。
明日。殿下に一つおねがいをしてみようと思います。
ーーわたくしは、わたくしの心に忠実になってみようと思います。そのために死んでも、仕方のないことです。
死を持ってこの罪を償うつもりです。
「ねえ、リリア。これ、なーんだ?」
わたくしの愛しい夫が意地悪な顔で尋ねてきます。
「え...?それはっ...!?」
わたくしは思わず椅子を蹴って立ち上がってしまいました。いけません、淑女失格です。
「お読みになったのですか!?」
「読んじゃった。」
夫の顔を見ることができませんでした。
あの、苦い初恋の記憶の日記はわたくし自身への戒めとして置いておいたものです。夫に読ませるつもりはありませんでした。
「リーリーアー?」
ビクッと肩をすくませたわたくしを夫は抱きしめます。
「君がこんなにも僕を愛していたなんて、ね?」
嬉しそうに顔を緩ませた夫はその後、低い声で囁きます。
「死ぬ覚悟なんて持っちゃいけないよ。君は僕のものなんだから...。」
殿下はわたくしを抱え上げて寝室に移動します。
ーーだからいやだったのです。こんな日記がバレたら、殿下にデロデロに甘やかされながら、抱き潰されるに決まっています。
あの日記の次の日、わたくしはまず、殿下の近衛を外れることを願い出ました。
「殿下、お暇をいただきたく存じます。」
「なぜ?」
突然暇を願い出た臣下に対して、不機嫌そうに殿下が問い返します。わたくしは内心震え上がりながら答えました。
「里に下がり、そろそろ身を固めようと思います。身を固めたのち、もし機会を頂ければ、また、殿下にお仕えしたく思います。」
本当は違うことを言うつもりだったのですが、口をついたことは妙案に思えました。
適当な男と結ばれれば、殿下のことも初恋で終わるだろう、と考えていたのです。
「へぇ...。却下。」
あまりにも平然と却下なさるので、わたくしはあのとき自分の耳を疑いました。暇を願い出て却下されるなど、宮中ではほとんどありえません。
「あぁ、近衛自体はそろそろやめさせようと思っていたよ。だから許可する。しかし里下がりは認めない。」
冷たすぎる声に、わたくしは自分が流刑に処されると理解しました。誰かにはめられたのでしょうが、策略も実力のうちです。諦めて流されるしかないでしょう。
けれど殿下は全く異なることをおっしゃいました。
「今、僕は正妃を選んでいる。君は、身分は低いが功績は十分だ。君を正妃にする。」
そうやってわたくしはかつての同僚騎士によって殿下の宮に押し込められ、幸せな日々が始まったのです。
お読みいただきありがとうございます。
橘みかんと申します。
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(物語終了後の会話)
「結局、何をお願いするつもりだったの?」
「陛下の、側妃か愛妾にしていただけるように願い出るつもりでした。」
「里に下がって結婚なんて言い出さなかったら、もっと穏便に君を娶ったのに...!」
「陛下がわたくしになさることで、わたくしが拒むことなど一つもございません、っ!ん〜!」