【第8話】旅立ち(4)
傭兵ギルドでの説明を受けた俺たちは身の丈にあった依頼を受けたあと、アルヴィース号が停留している第九ポートへ向かっていた。
「カリーン星域A9ポイントに出没する未登録艦船の調査か。これぐらいなら俺たちにもできそうだな」
「ん。身の丈にあった良い依頼」
「えー。ソールはもっと派手にドンパチしたかったんだけどなー」
「それは仕方ないですよソールさん。アルヴィースちゃんは小さなお船なんですから」
「んー、でもアルヴィース号の力なら、違法者なんて物の数じゃないと思うんだけどなー」
「確かにそうなんだけどな。ギルドに登録したばかりの今、派手に依頼をこなして周囲に目を付けられるのは避けたい」
アルヴィース号は俺の編み出した魔導科学の粋が詰まった、オーバーテクノロジー満載の船なのだ。
「いつかは目立つことになるとは思うけど。今のところはまだ地道にやっていきたいんだ」
「ジャック様正解。お姉ちゃん不正解」
「ブーブー」
「あ、あはは……」
ソールの不平に苦笑していたリリアが、
「それよりジャック様。次はどちらに?」
次の目的地を尋ねてきた。
「ああ、次は食料品店に行って、その後はパーツ屋を巡って――」
ソールたちに今後の予定を話していた、そのとき――。
「げへへへっ、ガキのくせに、そそる奴隷を連れて歩いてるじゃねーか」
「そっちの奴隷どもを置いていってもらおうかぁ?」
下卑た笑いを浮かべながら声を掛けてきた四人の無頼漢が、武装を誇示するように見せびらかしながら行く手を遮った。
「なんだあんたら」
腰にぶら下げた護身用の光子剣に手を添えて、無頼漢たちを牽制しながら『分析』を使った。
(ガンバン一家……)
(ギルドに入る前に見つけた不審者たちだねー。左右に二人ずつ、距離を詰めてきてるよー)
(貴族を標的にしている海賊。つまりジャック様が狙い。どうする?)
(手を出してきたら反撃するからそのつもりで。但し魔法は無しだ)
(りょーかいでぇ~す!)
(ん。リリアはマーニに任せる)
(頼む)
「おいおい、なんだぁ? 俺様たちを前にして、ブルッてメイドに泣きついてんのかぁ?」
「ぎゃははっ! 軟弱な貴族のお坊ちゃんにはお似合いだぜ!」
ゲタゲタと笑う無頼漢たちの態度をスルーし、俺は真面目な口調で忠告してやった。
「忠告する。俺は傭兵ギルドに登録している傭兵だ。傭兵には自衛のための武器の使用が法的に許可されている。それを知った上で俺たちの行方を阻んでいるというのなら、それ相応に対応させてもらうぞ?」
「対応させてもらうぞぉぉ? ギャハッ! なにを格好つけんてんだぁ、このお坊ちゃんはよぉ!」
「ナマイキな口を利くクソガキにはおしおきが必要だなぁ? なぁそうだろう兄弟よぉ!」
「全くだ! 俺たちにナマイキな口を利いた迷惑料として、メイドどもは俺たちが可愛がってやらぁ!」
そう言うと無頼漢の一人がリリアに向かって手を伸ばした。
だが――。
「ぎゃあああっ!」
その男は断末魔にも似た悲鳴を上げて地べたに倒れ込んだ。
「俺の手が! 俺の手がぁぁぁぁ!」
俺の抜き放った光子剣の一閃によって手首から先がなくなってしまった男の叫びを無視し、
「忠告はした。だがお前たちはその忠告を無視した。よって傭兵として掛かる火の粉は払わせてもらう」
腰溜めに光子剣を構えてマーニとソールに目配せすると、二人はメイド服のスカートを翻して短機関銃を取り出し、戦闘態勢を整えた。
なにその銃の取り出し方。カッコよすぎ。
「こちらはこれ以上の戦闘は望んではいない。立ち去るというのなら見逃してやるが、どうする?」
「て、てめぇ! このまま引き下がると思ってんのか!」
「おい、てめぇら全員で囲めぇぇぇ!」
リーダーらしき男の声に反応し、俺たちの左右に伏せていた無頼漢たちが武器を手にして姿を見せた。
「クソガキがぁ! おいおまえら、殺っちまいな!」
「おう!」
リーダーの指示に従って引き金を引く無頼漢たち。
レーザー光線が独特の音をたてて発射されると、周囲で見学していた野次馬たちが悲鳴をあげて逃げ出していく。
「んもー、ジャック様が煽るからー」
「俺が煽った訳じゃないぞ。傭兵として当然の警告をしたまでだ」
「とはいえ、まさかこんな場所で銃を乱射してくるとは予想外。ジャック様、さっさと処理する」
「分かってるよ!」
左右に素早く動いて照準をブレさせながら、無頼漢たちとの距離を詰めて光子剣で一閃した。
「ぎゃあ!」
「くそっ、ちょこまか動きやがって……!」
「ぶっ殺してやらぁ!」
威勢良く怒鳴り、引き金を引く無頼漢たちに肉薄し、時には腕を、時には武器を光子剣で斬り裂いて無力化していく。
(転生してから初めて剣聖スキルを使っているけど……うん、我ながらうまく使いこなせているな)
戦闘が日常茶飯事だった前世とは違い、今世で剣を振るったのは訓練の時ぐらいだ。
(実戦で身体が動くか心配だったけど……これなら大丈夫そうだ)
肉体の使い方を確かめながら戦闘を行い――ものの数分で俺たちは無頼漢を無力化するに到った。
「ジャック様、かっくいー♪」
「ん。全盛期にはほど遠いけど良い動きだった」
「そうか? なら良かった」
元女神のメイドの賞賛を受けながら、無力化した無頼漢たちを適当に縛り上げていく。
「……ふっ、ふわぁぁぁ、な、なんだか分からない内にご主人様たちが勝っちゃいました……」
事態について行けなかったのか、リリアが茫然とした様子で呟く。
「リリア、大丈夫? 怪我はない?」
「え、あ、はい! 私は全然大丈夫です。ご主人様たちは――」
「雑魚に負けるソールちゃんではないのであったー♪」
「ん。マーニも大丈夫」
「良かった……」
普段と変わらぬやりとりに安心したのか、リリアはホッと胸をなで下ろしていた。
「ジャック様ー。こいつらどうするー?」
「騒ぎを聞きつけて警備隊も駆けつけてくるだろ。引き渡すよ」
「ん。それが正解。でもその後が問題」
「そうだな」
「その後、ですか?」
状況がいまいち飲み込めないのかリリアが首を傾げる。
「ああ。こいつらはどうやらガンバン一家の連中のようなんだ」
「ガンバン……あっ、ギルドで受付のお姉さんが言っていた?」
「そう。貴族を攫って身代金を要求する誘拐犯。そしてこの襲撃のターゲットは間違いなく俺だ。つまり――」
「つまり?」
「あははっ、リリアには分かんないかー」
「仕方ない。リリアは純粋な良い子」
「えっ? えっ? あぅぅ、察しが悪くてごめんなさい……」
「謝るようなことじゃないって。つまり、ステーションで俺を誘拐できないのなら次は宇宙で仕掛けてくるだろうな、ってこと」
「そうなんですかっ!?」
「ああ。まず間違いなく、宇宙に出たら仕掛けてくるだろうね」
「あぅ……じゃあ私たちはもうステーションから出られないんです?」
「そんなことないよー。ジャック様の宇宙船はサイキョーだしね!」
「ん。返り討ちにすれば良いだけ。……ジャック様もそのつもりで、依頼を受けていない時の対応を確認していた」
「あ……あれはそういうことだったんですね。さすがご主人様です!」
「は、ははっ、ありがと」
ストレートに褒められると、くすぐったいというかむず痒いと言うか。
「とにかく。こいつらを警備隊に突き出したら、食糧の買い出しやら予備パーツの調達なんかは後回しにして、一度、艦に戻ろう」
それから――。
拘束した無頼漢を警備隊に突き出し、ギルドへの報告などを済ませたあと、俺たちはアルヴィース号へ戻ってきていた。
「そんでジャック様ー。対応はどうするのー?」
アルヴィース号の発進準備をしながら、ソールが方針を尋ねてくる。
「んー、どうするかなー。そのまま反撃して撃退するのが無難だろうけど。……思うところがあってなー。迷ってる」
「思うところとは?」
首を傾げたマーニに、俺は考えていることを口にした。
「貴族相手に荒稼ぎするガンバン一家。その手下も下劣な品性のやつらばかりだったろ? こういう手合いなら根城でも色々と下劣なことをしてるだろうなーって思ってさ」
「あ、なるほどー」
「え? ソールさん、ご主人様の仰りたいことが分かるんですか?」
「まあねー♪ ジャック様、相手の拠点を落として、奴隷たちを解放してあげたいって考えてるでしょー?」
「まあね」
そう。
ギルドの情報ではガンバン一家はカリーン周辺に拠点を持っていると推測されていた。
その拠点でガンバン一家は何をしているのか?
「拠点があるならある程度のインフラを整えておく必要がある。だけどあんな下劣な奴らがインフラの維持なんて面倒な事をやると思うか?」
「おもわなーい!」
「ん。奴隷たちにやらせてる可能性が高いと思う」
「だろ? だから拠点を抑えて奴隷たちを助けてやりたい」
「でもご主人様……例えガンバンさんをやっつけたとしても、奴隷を解放するなんてこと、できないと思います……」
この時代、異能者として生まれてしまった者たちは、生まれながらにして奴隷として扱われ、その身分は死ぬまで固定される。
その原因の一つに、奴隷たちが装着している首輪がある。
この首輪は、宇宙に存在する国家の八割が所属する『銀河連邦』が定める法によって、許可無く外すことを禁止されているのだ。
誰にも知られずに奴隷を解放するなんてことは、今の時代、普通では絶対に不可能だ。
――と、リリアはそう言いたいのだろう。
だが――
「そうでもないんだよ」
「ええっ!? 何か方法があるんですか?」
「ある。傭兵ギルドに所属している傭兵の特権でもあるんだが、拘束した違法者の所有物は全て、違法者を拘束した傭兵に所有権が移るんだ」
「宇宙空間で違法者を拘束した場合は船と積み荷の全てが。拠点を制圧した場合は、その拠点ごと所有権が傭兵に移る。命を的に稼ぐ傭兵たちを唆す、良い餌だとマーニは思う」
「言い方よ」
「でも事実」
「まぁその通りだけど。つまり俺がガンバン一家の拠点を制圧した場合、その拠点にある艦にしろ、奴隷にしろ、全ての物は俺が所有者となる」
「あ……じゃあご主人様が、奴隷たちの新しいご主人様になるってことなんですね」
「そうだ。そうすればみんなをリリアと同じように扱うこともできる」
奴隷にされている異能者たちは、皆が皆、前世で言うところの魔法使いなのだ。
奴隷ではなく部下として。家人として遇し、俺の力になって貰いたい――そんな思惑があった。
「もちろんいくつかの制限は付くことになると思うけど」
「制限、ですか?」
「リリアと同じように首輪もどきを装着してもらった上で、俺の秘密を口外しないように制約をつけるつもり」
異能者とは魔法使いのことだ、という事実。
そして魔導科学や俺の秘密など。
口外されるとマズイことなどは『秘匿の制約』という魔法を使って、口に出せないようにする必要がある。
「とりあえず方針はそれで行こうか。自分たちを餌にガンバン一家を釣り上げて適当に相手をした後、根城に戻る奴らを追跡する――」
「そして時機を見て根城を制圧する。ん。理解」
俺の方針を理解したマーニが、すぐに準備に取りかかる。
「じゃあ作戦参謀はマーニに任せるとして、ソールはアルヴィース号の舵取りを頼む」
「りょーかいでぇ~す!」
「あの、ご主人様、私は――」
「リリアはレーダーをお願い。……できる?」
「はい! 大丈夫です!」
「じゃあ頼むよ」
「お任せください!」
力強く頷くリリアを見て、
(リリアも成長したなぁ……)
思わず、そんな感想が頭に浮かんだ。
(ソールとマーニ、二人に宇宙船の扱いや魔法について叩き込まれていたのは知っていたけど……頼りになる)
オドオドとしていた昔の面影は今や無く、頼もしささえ感じられた。
「ジャック様、出港準備完了」
「よし。アルヴィース号、発進!」