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【第6話】旅立ち(2)

 カリーンまではおよそ三日の道のりだ。

 航行の間、俺たちは船内設備のチェックや機材の微調整に精を出す。

 だがそれも二日で全てが完了し、カリーン到着までの時間にぽっかりと穴が空いてしまった。


(艦の運航はAIに任せているから、やることがないんだよなー)


 船長室――と言っても小型宇宙船であるアルヴィース号の部屋は狭い――でベッドに寝っ転がりながら、ぼんやりと暇を持て余していると、


『あの、ご主人様。リリアです』


 インターホンからリリアの声が聞こえてきた。


「開いてるよ。入って」

『は、はいっ!』


 返事と共にドアが開き、メイド服姿のリリアが入室してきた。


「なにかあった?」

「あ、いえ、その……あの……」


 モジモジと身を捩るリリアに首を傾げながら、


「とりあえず座って。お茶でも淹れるよ」

 俺は備え付けのポットから紅茶を注いだ。


「あ、そんなの私がやります!」

「良いから良いから」

「あぅ……」


 恐縮するリリアを椅子に座らせて紅茶を注いだカップを渡す。


「それで……どうかした?」

「あの、えっと……」

「……?」

「あの! 私! ご主人様と! セックスしに来ました!」

「ブーッ! な、な、何を突然っ!?」


 唐突過ぎて飲んでた紅茶を噴き出しちゃったじゃないか!


「突然じゃないです! 私、私……ご主人様の側仕えになってから、ずっとずっとご主人様とセックスしたいと思ってました!」


 顔を真っ赤にしながら、リリアはトンデモナイことを口走った。


「ま、待って待って。リリア、言ってる意味、自分で分かってるっ!?」

「わ、分かってます! だ、大丈夫です! 私、冷静ですから!」


 鼻息荒く答えたリリアは、


「その……やっぱり、亜人奴隷の私ではご主人様のお情けを頂くことは無理でしょうか……?」

 一転、ショボンとした顔で項垂れた。


「亜人とか奴隷とか。そんなの全然関係無いよ。だって俺にとってリリアはリリアだから」

「じゃあ、あの……私はご主人様とセックスしたいですっ!」

「……」


 リリアの言葉を受けて、俺は考え込んでしまった。


(そのリリアの気持ちは、本当にリリア自身で決めたこと? マーニたちに影響されているんじゃないか?)


 ソールやマーニたちの使命――それは俺が童貞を捨てられるように環境を整えることだと二人は言っていた。

 そんな二人に唆されているんじゃないか? という疑念を持ったまま、リリアと関係を持つのはどうなんだ? という思いがある。


(俺だってリリアのことが好きだ。綺麗で、良く気が付いて、優しくて、俺のことを第一に考えてくれる。俺に幸福をくれる最高の女の子だ)


 だからこそ、リリアと結ばれたいとは思うけれど。

 そこにソールたちの影響があったとすれば、リリアの告白を素直に受け止めることができなくなってしまう。


(……でも、本当にそれで良いのか?)


 事実として、今、俺の目の前で顔を真っ赤にして思いを伝えてくれている女の子がいるんだ。

 裏がなんだ、影響がどうだと言う前に、俺は真っ正面からその思いを誠実に受け止めるべきなんじゃないか?


(……よし)


 頭の中を駆け巡る様々な感情をねじ伏せ、俺はリリアの顔を正面から見つめた。


「本当に良いの?」

「あ……はいっ!」


 羞恥に顔を赤くしながら、それでも俺の目を真っ直ぐに見返し、潤んだ瞳で俺の行動を待つ。

 そんなリリアの姿に、胸の中が愛おしさでいっぱいになる。

 その愛おしさに素直に従う。

 それが今、俺が取るべき行動だ。


「これから先、俺もリリアも大変な目に遭うこともあるかもしれない。だけど俺はきっとリリアを守るよ」

「私も……私もご主人様を守ります! ご主人様のために頑張るし、ご主人様のために生きます! だから、だから私を……ご主人様のモノにしてください……っ!」


 感極まったのか、リリアは涙声で言いながら、俺に抱きつく。

 その身体を抱き締めながら、


「抱くぞ?」

 そう宣言してリリアをベッドに押し倒した。


「はい……抱いてください、ご主人様……♪」




 こうして――俺とリリアは結ばれた。

 感想としては、


「なんか温かくてヌルッとしてて全身を抱きしめられる感覚で――とにかく幸せな気持ちに包まれていたことしか覚えてない……」


 百三十何年に渡って守られてきた俺の童貞は、好きな女性に捧げることができた――最高の童貞喪失体験だった。

 もちろんそれだけじゃない。

 リリアと繋がったことで、改めて自分の中に浮かんだ決意があった。

 リリアを守りたい。

 リリアを笑顔にしたい。

 リリアを宇宙一幸せにしたい。

 そんな気持ちが溢れ出していたのだが――。


「これだから童貞喪失した直後の元童貞は」


 夕食時、なぜか出された赤飯を食していると、マーニが鼻を鳴らして嘲笑った。


「な、なんだよ。好きな人と結ばれた後でそう思うのは当然だろ」

「あぅ、好きな人――」


 俺の言葉に頬を赤らめて俯いたリリアを見て、言った俺自身も恥ずかしくて顔を赤くなってしまう。


「あーはいはい、ラブラブしぃラブラブしぃ~」


 妬むような口調で煽るソールの横で、再びマーニが、


「フッ、入れ込みすぎですねこの元童貞」


 同じような言葉で再び俺を罵倒した。


「なんだよ! 何が悪いんだよ!」

「いや別に悪いとは言ってないけどー?」

「一発ヤッただけで老後の計画まで考えてそうで滑稽」

「ぐぬっ……」


 確かに! 考えて! いたけれども!


「ぶっちゃけ重いんだよねジャック様ー。そんなだからソールたちに元童貞って嘲笑(ちょうしょう)されるんだよ?」

「嘲笑してたのっ!?」


 ただ揶揄(からか)われているだけだと思ってたよ俺は!


「まぁリリアは嬉しそうだから別に良いんだけどさー。あんまり将来のこととか考えすぎないほうが良いよー?」

「したあとで子孫の事まで考えてそうで怖い」

「そんな将来のことまでがっつり考えてる訳じゃないからなっ!?」

「でも?」

「……ちょっとは考えたけど」

「うわっ、怖っ! ジャック様、怖っ!」

「い、いや冗談! 考えてない! 考えてないからガチで怯えないで!」

「やれやれ。ジャック様がこんなになるまで放置されていただなんて。……やっぱりマーニたちもお姉様に遠慮せずに手を出していれば良かった」

「ほんとだよねー。ジャック様、拗らせすぎー」

「ぐぬっ……」


 百年以上の付き合いのある女神二人に言われたら反論もできない。


「と、とにかくだ! これでおまえらの使命とやらの障害はなくなったんだろ! もういい加減、俺を弄るのはやめてくれよ!」

「もう次のセックス相手を所望とか元童貞怖い」

「ほんとだよー。今はもっとちゃんとリリアを可愛がってあげなきゃー」

「ああ、もう! ああ言えばこう言う――っ!」

「あ、あの! 私は大丈夫、ですから!」


 二人のツッコミにどう言い返そうかと考えていた時、突然、リリアが大きな声を上げた。


「私は大丈夫ですから。だからご主人様は私のことは気にせず、たくさんの女性と仲を深めて下さい……!」

「リリア? どうしたんだよ、急にそんなこと――」

「急じゃないです……私、昔から、ご主人様はきっと大きなことを成し遂げる方だって信じてました」


 真面目な表情のリリアが俺を真っ直ぐに見つめながら言葉を続ける。


「ご主人様の側仕えになってから、ずっとずっと、私はご主人様のことだけを見つめてきました。だからご主人様のことならなんでも分かるんです。ご主人様はきっとすごいことを成し遂げて皆を幸せにしてくれるって」


 溢れ出そうとする感情を抑え込むように、リリアは深呼吸をした後、再び口を開いた。


「みんなを幸せにしてくれるご主人様だから。だからきっと、ご主人様を幸せにする人も、一人じゃなくて、たくさん居るだろうなって」


 ついっ、と伏せた瞳に小さな煌めきが見える。

 それは悲しみの涙なのか。それとも――。


「だから私、平気です! ご主人様を一人占めはしたくない。ご主人様を慕うみんなと一緒に、ご主人様を愛したい。……それが私の幸せなんです。だからご主人様。私のことなんて気にせず、たくさんの人たちを愛してあげてください……!」


 一気に捲し立てたリリアは、だが全てを伝えたという満足感があるからだろうか、すっきりとした表情で笑顔を浮かべていた。


「あーあ。ジャック様がごちゃごちゃ言ってるから、リリアにこんなこと言わせちゃってー。やっぱり元童貞は頼りないなぁ」

「お、俺のせいなのっ!?」

「……そうに決まっている。本当にこれだから元童貞は。でもリリア。ナイス宣言」

「え、えへへ……私、ご主人様のことが大好きですから。ご主人様の枷にはなりたくないなって考えたら、今、言わなくちゃって――」

「あなたの覚悟とジャック様への深い愛に、マーニは素直に感服」


 そう言うと、ソールとマーニが両脇からリリアを抱き締めた。


「リリアの勇気ある宣言のお陰でソールたちも頑張れるよー。ありがとうね、リリアー!」

「ええ。これで私たちも使命を果たせます。いいえ、使命だけじゃなく、前世からの夢を叶えることができます」

「はい……私、頑張りました。でも次はソールさんたちの番です。私、応援してますから、頑張ってくださいね……!」

「おー!」

「ん」


 リリアの言葉に頷きを返した二人が、グルッと頭を巡らせて俺を見る。


「な、なんだよ……?」

「なんでもない。とりあえずジャック様はさっさと食事を終える」

「えっ? 今、食べ始めたところなんだけど」

「それでもさっさと食べてよねー!」

「わ、分かったよ。ったく、なんでそんなに急かすんだか……」


 ソールたちに急かされながら、赤飯を口に掻き込む。


「それにしても今日のお夕飯は不思議ですね。お米がこんなに美味しいとは思わなかったですし、それに赤い色がついてて……」

「これは赤飯という。米には小豆の色が付着している」

「正確には餅米とゆでた小豆を煮汁と一緒に炊くから、ご飯が赤くなってるんだけどな」

「ジャック様の懐かしの料理なんだよねー?」

「ん、まぁお祝い事とかに炊く、縁起物のようなものかな」

「お祝い事? あ……」


 なぜお祝い事を? という疑問の答えに行き当たり、リリアは顔を真っ赤に染めた。

 うーん、そういう仕草、ほんと可愛いなぁ――。


「ニヤニヤジャック様キモーイ!」

「キモイってなんだキモイって。その単語はほんと、簡単に人の心を傷付ける言葉なんだから注意して使ってくれよ? 俺のハートはガラスだぞ?」

「そんなことを言っているから、お姉ちゃんにキモがられる」

「ぐぬっ……」


 くそぅ、やっぱりこの二人には口では敵わない!


「あの、マーニさん! もし良ければ、お赤飯の作り方、私に教えて頂けませんか?」

「別に構わない。今度、レシピをまとめておく」

「ありがとうございますっ! えへへっ、じゃあ今度、お祝い事があったときは、私がお赤飯を作りますね!」

「ううっ、リリア、ほんとにいいこだー……!」

「ふふっ、そのときは任せる」

「はいっ!」


 三人が仲良くしている様子を見ていると、思わず笑みが漏れてしまう。


(みんな俺にとって大切な仲間だ。その仲間たちが仲良くしているのを見ると、しみじみと幸せを感じるなぁ……)

「まーたニヤニヤしてるよー。ジャック様、そのクセ、直さないとほんと気持ち悪いよー?」

「う、うるさいな。仲間たちの仲良しなところを見て幸せを感じて、何か悪いことでもあるのかよ!」

「そんなことはない。そんなことはないが……ジャック様はごちゃごちゃ言ってないでさっさとご飯を食べ終える」

「わ、分かったよ……!」


 ううっ、やっぱりこの二人には口では敵わない――!




 それから――。

 急かされて夕食を食べ終えた俺は二人に両脇を抱えられ、船長室まで連行された。

 そこで何が繰り広げられたかというと――。


「ううっ、腰が痛い……」


 ミレニアム童貞を喪失した直後、なぜに俺は初スリーピー喪失を経験せにゃならんのか。

「まさか二人同時とは思わなかった――」

 溜息を吐く俺の横では、なぜか顔をツヤツヤさせて元気いっぱいのソールとマーニが鼻歌混じりに管制席に座っていた。


「せめて何か言ってから襲いかかってくれよ。こっちにだって心の準備ってものがあるんだからさ」

「文句言うとか、元童貞のくせにナマイキだぞー、ジャック様ー」

「俺だってこんなこと言いたくないわ! けど、リリアと結ばれた直後に二人となんて、こんなの安っぽいハーレム小説みたいじゃないか!」

「ほお。ジャック様は自分がハーレムの主と言いたいと?」

「え? 違うの?」

「やれやれだよー。ほーんと元童貞はすーぐに頭の中がピンクに染まるんだからー。厄介すぎー」

「うぐっ……なんだよ。俺、別に間違ったこと言ってないだろ?」


 複数の女性と関係を持つ男のことを、俗にハーレムの主とか言うんじゃないのかよ。


「そもそも、マーニたちを所有していると思っていること自体、元童貞の勘違いでしかない」

「そうそう。上から目線で言われても困るって言うかー」

「なんだよ? どういうことだよ?」

「ジャック様は察しが悪すぎ」

「そーそー! ジャック様、逆だよー、逆ー!」

「逆? 何が?」

「ジャック様がリリアやマーニたちのハーレムの主なんじゃなくて、逆」

「逆……?」

「つーまーりー。リリアやソールたちがジャック様に所有されてるんじゃなくて、ジャック様がリリアやソールたちに所有されてるってこと!」

「ん。つまりジャック様はマーニたちの共有ブツということ」

「だから逆って言ったんだよー?」

「なる……ほど?」


 つまり俺はハーレム小説の主人公じゃなくて、美少女たちに飼われる耽美系小説の登場人物だった?


「なんだよそれ! どうして俺が共有されなくちゃならないんだよ!」

「その認識が必要だから」

「そーそー。将来の危機を回避するためにもね!」

「将来の危機? なにそれ? どういうこと?」

「今後、ジャック様が活躍すれば、その力を慕って女の子がどんどん集まってくるようになる。そのとき、ジャック様がハーレムの主だった場合、確実に起こる問題がある」

「問題? そんなのあるのか?」

「誰がジャック様に一番愛されているか、女たちで競争が起きる可能性があるってことだよー」

「そう。主に気に入られているかどうかの競争が始まる。その競争は一つ間違えばハーレムが崩壊する危険を孕んでいる」

「だから、ジャック様がハーレムの主なんじゃなくて、ジャック様をみんなで共有するって認識が必要なんだよ」

「そうすれば誰が一番かを競うことはなくなる。……誰かのモノならば欲しくなるが、自分のモノなら守りたくなるのが女の性」

「おい、さらっと全世界の女性に喧嘩売るな」

「そのつもりはない。でも歴史を見れば分かること」

「もちろん、変なことになりそうな女の子はリリアと協力して排除していくつもりだけどねー♪」

「怖いこと言うなぁ……」

「それもこれもジャック様の幸せには必要なこと。ジャック様を慕う女の子たちでジャック様を共有する。するとどうなるか」

「どうなるんだ?」

「共有物だから大切にしようってなるんだよ」

「ほんとかよ……」


 とは言ったものの、女性と特別な関係になったのは前々世から数えて百数十年経過した昨日が初めてのことなのだから反論しようがない。


「はぁ……分かった、というか俺には良く分からんことが分かったから、もう全部任せる」

「ん。それが賢明」

「うんうん、ソールたちにお任せだよー!」


 自分たちの方針が受け入れられたからか、ソールたちは機嫌がよさそうに笑顔を見せた。





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