【第68話】ドレイク一家の真骨頂
アルヴィース号より出撃したガンドたちは、後方から艦に肉薄しようとする討伐艦隊の前に立ちはだかっていた。
ガンドは通信機を操作し、公的通信網を使って迫り来る敵に向かって呼びかける。
「聞け! 誇りを奪われた奴隷たち! アタイの名はガンド! ジャック・ドレイクを主人とする元奴隷だ!」
戦域にいる全ての奴隷たちに届きますように――そんな祈りを籠めながらガンドは言葉を続ける。
「アタイのご主人は世界中の奴隷たちを解放し、自由に暮らせる世界を創ろうとクソッタレの貴族連中と戦ってくれている! だからおまえら! 誇りを持つならばその力をご主人に貸してくれ!」
ガンドは通信機を操作し、コックピットの中の映像を通信波に乗せて発信する。
「おまえらの首につけられたそのクソッタレの首輪ならもう大丈夫だ! 見ろ! アタイの首を! この首輪はもうアタイたちを苦しめることはないんだ! アタイたちは自由なんだ!」
叫ぶように訴えかけながらガンドは首輪を外してみせた。
「だからみんな! 今こそ立ち上がれ! 己の誇りを取り戻し、仲間の人生を取り戻すんだ! そのためにアタイたちに力を貸してくれ!」
ガンドの魂からの叫びが通信波に乗って戦場を駆け抜ける。
(頼む……少しでも多くの奴隷に届いてくれ……!)
訴えがどこまで届いたのか、ガンドには分からない。
公的通信網を使ったとしても、そのチャンネルを聞いていた奴隷兵たちがどれほど居るのか。
だがガンドは信じていた。
奴隷として蔑まれ、人生を台無しにされた者たちの不屈の闘志を。
自由を渇望し、公平を願う渇望を。
「敵勢力に変化なし。やっぱり姐さんの話は信じて貰えなかったんじゃないっすか?」
「いきなり首輪を外せるとか言われても、散々、痛い目に合わされた首輪を外したいなんてこと、なかなかできることじゃないっすからねー」
「うるせぇ。アタイは信じてる。勇気のあるやつが絶対に居るって」
「姐さんもいつのまにか夢見るご主人様に影響されたってことか。やれやれ乙女だねー姐さんも」
「うるせえってんだ。アタイはご主人に出会って、忘れていた誰かを信じるってことを思い出したんだ。それの何が悪い」
「悪くはないですけど。信じていても簡単に裏切られる。主人に、貴族に、仲間の奴隷に。世の中なんてそんなもんだったじゃないすか」
「その、そんなもんを変えていくんだよ。アタイたちで」
「そんなの出来るんっすかねぇ……」
「できる。アタイはそう信じてる」
「ハハッ! 姐さんも乙女っすなー」
「そんなんじゃねーよ」
ナルマとギニュの揶揄に反論していると、宇宙空間に小さな灯火が打ち上がった。
それは信号弾の光。
最初は一つだったその光は、二つ、三つと増えていき、やがて戦場のあちこちで同じような白色光が打ち上がった。
それはきっと――。
『こちら討伐艦隊旗艦『アレイオス』所属、奴隷部隊隊長ランド。我らはもはや首輪に従うものにあらず! 自由と公平を求めて貴君の下に参集する。共に戦おうぞ!』
「……! こちらガンド。おうよ。待ってたぜランドさんよぉ! 本当の敵はあの化け物だ! 今、アタイのご主人が戦ってる。アタイたちはその背中を護るために命を賭ける。アンタ、ついてこれるかい?」
『今は貴君に従おう!』
「上等だ! なら力を貸してもらうぜおまえら!」
『おう!』
戦場の各所から帰ってくる声。
その声を受け止めながら、ガンドは沸き立つ衝動に身を任せ、操縦桿を握った。
「いくぞおまえら! 自由を勝ち取るために!」
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「敵空間騎兵隊がぞくぞくとガンドさんの下に集結しています! どうやらガンドさんの説得が功を奏したようですね」
「ええ。でも敵艦にだって多くの奴隷がいるでしょう。航行と交戦の能力だけを奪うようにしないと。できますか? ドナさん」
「大丈夫です。きっとやってみせますよ、リリアさん」
「はい。一緒に頑張りましょう!」
「ええ!」
アルヴィース号の背後に迫る討伐艦隊の追撃を、リリアとドナの二人がドローンによって押し止めてくれている。
背中を任せられる仲間たちに感謝しながら、俺は女神たちと共に前方の敵――痴愚の魔王アザトースに全力攻撃を仕掛けていた。
だが敵は異世界の創世神だ。
どれほど力を持っていたとしても簡単に倒せる相手じゃない。
絶え間なく魔法を放ち、敵の生命力を削っていくが、相手はすぐに再生能力を発揮してダメージを回復させる。
ここからは俺たちと相手との根比べだ。
漆黒の宇宙を照らす数々の光。
炎や雷が派手に光を放ち、その光を受けながら氷や土で創られた巨大なミサイルがアザトースの肉体に突き刺さる。
痛みを感じているのか、アザトースは俺たちの攻撃が当たる度に触手をうねらせ、悲鳴にも似た叫びを周囲に撒き散らす。
「ぐっ……っ!」
「またきた……!」
「ううっ、気持ち悪いニャ……!」
「『快癒!』
アザトースの悲鳴を聞いた途端、脳味噌に手を突っ込まれてぐるぐると撹拌されるような感覚に襲われて苦悶する仲間たち。
その度にマーニは素早く回復魔法を発動し、仲間たちの正気を護る。
「これがSAN値が減るってことなのかね!」
俺や三女神、そして女神の加護を持つリリアには耐性があるが、他のクルーたちはそうはいかない。
特に外で戦っているガンドたちの正気を保つために、マーニは『快癒』を宙域全部をカバーするように使っている。
女神にとっても、それはかなりの負担だろう。
(攻守のバランスを保つためにも早めに決着を付けなければ……!)
今はジリジリと相手の生命力を削れているが、それは攻撃と回復のバランスが取れているからに過ぎない。
このバランスが崩れれば、一気に形勢を逆転されるだろう。
だが俺たちの攻撃は総火力としては充分だが、一つ一つの最大火力が足りていないのが現状だ。
小惑星並の大きさの相手に対して、深く鋭くダメージは与えているが、惑星の地表を抉るような決定的な一撃を与えることができていない。
その状況を突破しない限り、痴愚の魔王アザトースを仕留めることはできないだろう。
「あと一手、何か無いのか……っ!」
全力で魔法を使いながら思考を巡らしているのだが、その一手に対しての閃きが浮かばなかった。
だが――そんな俺の焦燥を見透かすように通信が入った。
頼もしく。
力強く。
そして聞き慣れた声が。
『我が愛しの三男坊よ! パパが手伝いにきてやったぞ! ガハハッ!』
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「父上!」
メインモニターに映る提督服に身を包んだ父の勇姿に、俺は思わず年相応の声を出してしまう。
『うむ! 愛しのパパの参上だ! 大歓迎せい我が息子よ!』
「歓迎しますよ! でもまだ俺を息子と言ってくださるのですね……」
『ガハハッ! 何を当然のことを。例え前世があったとしても、今世は我が愛しの息子に違いない。貴様は今までも、これからも。ドレイク家の愛すべき三男坊よ!』
「ありがとう……ございます……!」
痴愚の魔王との戦いに臨む前、ドレイク家の秘匿回線を通じて家族に俺の正体を明かした。
前世の記憶があること。
前世で行ってきた数々のこと。
魔法のこと。奴隷のこと。
俺がこの世界に転生して知り得た過去との違い。
全てを父上に伝えたのだ。
正直なところ、気味悪がられるか、否定されると思っていた。
だが父上はいつもと同じように笑い飛ばしてくれた。
それがどれほど嬉しかったか――。
『で、ジャックよ。あの痴愚の魔王とか言う化け物を倒せば、この戦は終わるということで合っているか?』
「そうですね。ひとまずは」
『ふむ。ならば化け物程度さっさとぶちのめした上で、家族総出で辺境へと旅立とうではないか!』
「え……父上も、ですか?」
『なんだ。父は行ってはいかんのか……?」
ショボンッとしょぼくれた声を出す父上の姿に、俺は思わず破顔した。
「いいえ。是非。一緒に辺境で一旗揚げましょう!」
『うむ! ならば早速、伯爵には爵位の返上を上奏しておこう。『マザードック』の者たちにも出立の準備をさせておく。では参るぞ!』
「え……ち、父上、参るってどこへ……?」
『決まっておろう! 相手を確実に倒すために肉薄するのは戦術の基本。我が愛馬を駆って化け物の素っ首叩き落としてくれよう!』
『閣下。あの化け物に首は見当たりませんぞ』
『ものの例えよ。ガハハッ!』
父上の豪快な笑い声の後、アルヴィース号の傍をドレイク一家の旗艦『ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク』が通過していく。
「ふぁぁ、でっかーい……」
「アルヴィース号の何十倍もあるニャ……」
「実際に見ると圧巻ですね、これは」
STBDの勇姿に口をポカンと開けて圧倒されるクルーたち。
そんなクルーたちの後ろでマーニが声を上げた。
「ジャック様、パパ上を止めたほうが良いと思う……!」
「だね。さすがに神様相手に脳筋戦法は通じないよ!」
「それは分かっているけど、ああなったら父上は止まらないんだよ」
『ガハハッ、心配せずとも良い! それよりもジャックよ。そちらの艦を少し離しておけ。主砲を撃つ!」
「了解。エル!」
「う、うんっ!」
『よし。ならば我が愛しの息子ジャックよ。父が今からドレイク家の戦いの流儀を見せてやるからよーく見ておけ!』
父上の言葉と共にSTBDがアザトースに向けて加速を始めた――。




