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【第5話】旅立ち(1)

 そして――いよいよ旅立ちの日がやってきた。

 リリアに物資の最終チェックを任せ、俺はソールたちと共に操船室で出航準備に勤しむ。


統合管制AIマスターコントローラーの自己診断プログラム精査完了。エレメントリキッド注入準備完了。エレメントジェネレータ稼働スタンバイ」

「船内エアシステムの正常動作を確認。それと火器官制と魔法管制システムオールグリーンだよー」

「よし。リリアに任せている物資の最終チェックが終わり次第、出航するからそのつもりで」

「了解」

「ジャック様ー、出航前にご両親に挨拶とかしなくて良いのー?」

「晩餐会で別れの挨拶はしたから大丈夫。父上からも母上からも激励の言葉はもらったんだ。それで充分だよ」

「ふーん。案外、淡泊なんだねー」

「二人とも湿っぽいのは好きじゃないしな。それに未練がましくしていたらそれこそ二人に怒られる」

「でもパパさんはジャック様が出航したあと号泣しそうだけどー?」

「それは……多分そうなるだろうなぁ」


 激情家の父上のことだ。

 見送るまでは平気な顔をしているが、後で母上の胸に抱かれながら号泣することだろう。


「ジャック様はパパウエのそういう可愛い一面を見倣うべき」

「えー……可愛いっていうのかそれ?」


 大の男がめそめそ泣いてるんだぞ?


「息子の門出を祝って涙を堪えて見送るってカッコイイパパさんじゃん」

「で、後で女の胸で泣く。これがギャップ萌えというやつ」

「童貞ジャック様にはわかんないかなー、この可愛さが」

「いや分からんわ。あと童貞童貞うっさいわ」


 童貞の何が悪いって言うんだ。


「まぁそれも出航したら少しは変わると期待したい」

「だねー。出航したらいよいよリリアとズッコンバッコンだし!」

「言い方よ」


 それはその――確かに楽しみにしている一面もあるにはあるけど!


「っていうか、独立して早々にそういうことをするの、ガッツいているように見られて嫌なんだけど」

「はぁ……これだから童貞は」


 心底呆れたといったマーニの溜息が童貞の胸に刺さる。


「だってさー。きっとリリアもドキドキしながら、ジャック様とエッチするのを楽しみにしてるはずだよー?」

「そんな女心に気付かず、がっつくのが恥ずかしいとか。ハッ」

「鼻で笑うな」

「これが笑わずにいられようか。男なら自分から抱くぞと宣言するぐらいの格好良さを見せて欲しい」

「カッコイイのかそれ……?」

「とにかく! 出航して落ち着いたら、ジャック様はリリアのこと、ちゃんと抱いてあげるんだよ!」

「余計なお世話だ、……ったく」


 ソールたちのお節介を聞き流し、俺は出航準備のために各種機関のチェックに集中する。


(だけど……男として格好良くしろっていう二人の言葉は、聞かないとならない忠告だよな……)


 ウジウジしていても何も始まらないのだ。


(独立してからリリアを抱くというのは、二年も前に決心したことじゃないか。覚悟を決めろ、ジャック・ドレイク……!)


 女の子から向けられている好意を真っ正面から受け止められる、そんな男になるために――。




 やがて全ての準備が完了し、出航の時を迎えた。


「父上、母上、シャーロット! ジャック・ドレイク、これより人生という名の航海を始めます! 皆様、ご壮健に――!」


『ジャック! 我が愛しの三男坊よ! 無理はするなよ! 辛くなったらいつでも戻ってきて良いんだからなーっ!』

『ふふっ、貴方ったらもう……。ジャック。健康には気をつけて。健やかに過ごしてくださいね』

『お兄ちゃーんっ! 絶対、絶対! シャルのこと、忘れちゃイヤだからねーっ!』


 三者三様の見送りの言葉。

 その言葉に目頭が熱くなってくる。

 だけどここで涙を流して家族を心配させたくない。

 だから俺は湧き上がる感情をグッと堪えて頭を上げた。

 そんな俺の背中を、いつのまにか操縦室に戻ってきていたリリアが優しくさすってくれていた。

 その心遣いに感謝しながら、俺は真っ直ぐ前を向いた。


「ジャック・ドレイク、行って参ります!」


 その言葉を受けてソールたちが出港シーケンスを進行する。


「全ハッチの閉鎖を確認。船内エアシステムの正常動作を確認。各種システムオールグリーンだよー」

「牽引索解除。慣性航行に移行。エアロック通過後、エレメントジェネレータ稼働準備」

「エレメントリキッド注入確認。ジェネレータ稼働準備完了ー! いつでもいけるよジャック様ー!」

「よし。アルヴィース号、発進だ!」




 船体を固定していた牽引索が音をたてて外れ、船体がぐらりと揺らぐと、アルヴィース号は慣性に従ってエアロックに進入していく。

 やがてゆっくりとエアロックの扉が開いた。


「おおーっ……!」


 目の前に広がる果ての無い銀河の星々。

 視界いっぱいの星の海に向かってアルヴィース号は音も立てずに滑り出していく。

 その星の輝きは、まるで俺の独立を祝ってくれているかのように煌々と煌めいていた。


「綺麗……宇宙ってこんなに綺麗なんだ――」


 窓から見える光景に、リリアが感嘆の声を上げた。


「ああ、俺も初めて見る光景だ」

「あ……そうですよね。ご主人様は独立するまで外に出して貰えなかったですからね」

「まー、誘拐対策やらなんやらでね」


 惑星ダラムで大きな軍事力とそれなりの権力を持つドレイク家を嫌う敵対勢力は多い。

 そのためドレイク家の子供たちは、本拠地である小惑星『マザードック』から出ることなく育てられる。

 勉強は全て一流の家庭教師に教えられ、学校には通ったことがない。


「アーサー兄上は長男だから早々に社交界デビューしていたけど、俺はそういうのから逃げ回ってたしね。だから宇宙に出るのは初体験だ」

「そうですよね。私は奴隷としてあちこちたらい回しにされていましたから、何度か見たことがあるんですけど」


 窓の外を眺めるリリアの瞳はキラキラと輝いている。


「でも宇宙がこんなにも綺麗だなんて、思ってもいませんでした」

「そっか。これからは俺がリリアにずっと綺麗な宇宙を見せてあげるから、楽しみにしてて」

「はいっ!」


 もう二度と悲しい奴隷になんてしない――そんな決意を込めた俺の言葉を、リリアはしっかりと受け止めてくれた。


「エアロック通過確認。姿勢制御良好。エレメントジェネレータ正常稼働を確認」

「巡航速度安定ー。ジャック様ー、まずはどこに向かうつもりー?」

「そうだな。何はなくとも先立つものを調達したい」


 ドレイク家の家訓である独立は準備から始まる。

 最初に両親から託された百万クレジットの準備金をどう使うかが第一関門となっているのだ。

 一クレジット、日本円にして一円程度の価値基準だから、百万はそれなりに大金なのだが、独立準備金として考えるとそこまで多くはない。

 アーサー兄上はその百万クレジットを元手に起業し、貴族たちからの融資によって傭兵団を立ち上げた。

 ハリー兄さんも同様に百万クレジットを元手に起業し、今では辺境宙域でも有数の流通会社を経営している。

 エラ姉さんは、ハリー兄さんが立ち上げた起業に投資して資産を増やしてから独立した。

 そんなエラ姉さんの真似をして俺も独立準備金をハリー兄さんに投資。

 その見返りで独立の準備を完了させた、という感じだ。


「独立のために貯金をはたいたから、今は懐が寂しいんだよなぁ」

「なら、グレース姐さんみたいに一攫千金狙っちゃうー?」

「いやいや俺がグレース姉上の真似なんかしたら破産直行だぞ」

「確かに。あの人の豪運はかなりおかしい」

「だろ?」


 グレース姉上は準備金を全て公営ギャンブルである宇宙競艇につぎ込み、倍々レースで資産を増やした。

 しかも一回も外すことなく、百パーセントの的中率で、だ。


「ははっ、まぁあの人は女神……いやこの世界に愛されてる人だから」


 幼い頃からグレース姉上の豪運逸話は山ほどあるのだが……。

 それもいつか語る日があるかもしれないな。


「とにかく。兄姉たちと違って伝手も商才も豪運もないんだから。俺は地道にコツコツ稼いでいくよ」

「ふむ。なら提案」


 俺の言葉を受けてマーニが挙手する。


「何か良い案があるのか?」

「ダラム星系の隣。アントン星系とチャールス星系の国境付近に、カリーンという中継ステーションが存在する。そこに向かうべきと提案」

「カリーンって確か両星系の国境近くにある小規模ステーションか」

「ん。チャールスとアントンは時折、小競り合いを起こしている。そういう場所には裏の人間が集まりやすい」

「なるほど。そこで情報を仕入れるってことか」

「ついでにカリーンには傭兵ギルドの支部もあるからねー。周辺の違法者を狩れば資金稼ぎもできるよー」

「それは有り難いけど、俺はまだ傭兵ギルドに登録してないぞ?」

「その辺りは抜かりない。すでにマーニがやっておいた」

「え、マジか。助かる! マーニ、ありがとう!」

「ん。マーニはジャック様の役に立てて満足」


 俺に感謝されてマーニはムフーッと鼻息を荒くする。

 その横からリリアが不思議そうに質問してきた。


「あの、ご主人様。傭兵ギルドって何ですか?」

「傭兵ギルドっていうのは、宇宙船を使った戦闘行為を含めた業務に従事する者が登録する、互助組織みたいなものだよ」

 この時代、企業や国に所属する艦艇以外は、何らかの組織への登録が義務付けられている。

 アーサー兄上が経営する民間軍事会社も、所属する全ての艦船を『傭兵ギルド』に登録しているし、ハリー兄さんが経営している商社に所属する艦船は『商業ギルド』に登録済みだ。

 それともう一つ、マイナーではあるが活気のあるギルドが存在する。

 宇宙の果てを目指して辺境域を開拓する民間人たちが所属している『冒険者ギルド』だ。

 浪漫を求めて宇宙の海を征く民間人のことを『冒険者』と呼び、艦船持ちの冒険者たちは全て『冒険者ギルド』への登録を『銀河連邦法』によって義務づけられていた。

 内情は『傭兵ギルド』と殆ど変わらないが、辺境域で活動する場合は『冒険者ギルド』への登録は絶対にしなければならない。

 そしてギルドに所属している傭兵や冒険者は、違法者(アウトロー)を捕縛して官憲に引き渡すことで収入を得ていた。


「アルヴィース号は『ソル星系第七辺境宙域第一惑星圏本星ダラム所属、ドレイク子爵家の所有物』として登録済みなんだけど、独立した後じゃ、その登録を変更しなくちゃならないからね。できるだけ早く傭兵ギルドに登録しようとは思ってたんだ。で、忙しくてすっかり忘れてたのをマーニがやっておいてくれたって訳」

「なるほどぉ……さすがマーニさんですね」

「ふふふっ、ブイッ」


 感心するリリアに、マーニは誇らしげにピースをしてみせた。


「じゃあこれからカリーンっていうステーションに向かうのですか?」

「そうだね。カリーンなら傭兵としての仕事も多いだろうし。しばらくはカリーンで資金稼ぎと情報収集かな」

「その後はどうするー?」

「まずはテラに行こうと思う」


 ソル星系第一宙域本星『テラ』。

 それは人類発祥の地である惑星の名称だ。


「俺が五千年前にいた星だし。一度は実際に見ておきたいんだ」

「…………そう。テラに行ってどうする?」

「へっ? どうするって……」

「テラは今、大気汚染によって上陸不可能になってる死の星だよ? それでもジャック様はテラに向かうー?」


 ソールとマーニの二人が、珍しく真面目な表情で俺の返事を待つ。


「そうだな。例え上陸できなくても、一度はこの目で見ておきたいな」

「そう……了解した」


 言いながら、マーニは何やらソールに目配せをしたようだ。

 そんなマーニの目配せに、


「ん。分かってる」


 何やら真剣な表情でソールが答えていた。


(なんだろ? また『言えないこと』の一つ、なのか……?)


 二人の様子が気になるものの、今までのこともある。

 尋ねたところで『言えない』と言われてしまえば、それ以上の追求はできない。


(二人が言ってくれるまで待つしかない、か……)

「それよりさー、目的地が決まったのなら、転移魔法のテスト、しておいた方が良いと思うんだけどー」

「ああ、そのつもりだ。小型宇宙船のアルヴィース号に搭載しているマナジェネレータの魔力じゃ長距離転移は厳しいだろうけど、カリーンなら近からず遠すぎずで丁度良い距離だしな」

「ん、了解。ならリリア。あなたも管制席に座って手伝う。艦の運用については一通り教えたはず」

「あ……はいっ! すぐにっ!」


 マーニに促され、リリアが空いた席に座って制御卓を操作する。


「リリア、いける?」

「大丈夫です。私だって、ソールさんとマーニさんに色々と教わりましたから……! ご主人様のお役に立てます!」

「分かった。じゃあ任せるよ」

「はいっ!」


 管制卓(コンソール)にかじりついたリリアの横で、マーニたちが複数のディスプレイに表示されるデータを確認しながら進捗を報告する。


「カリーンの空間座標割り出し完了。統合管制AIマスターコントローラーとマギインターフェースの接続を確認」

「動力をエレメントジェネレータからマナジェネレータに移行。……マナジェネレータ正常稼働を確認したよー」

「魔力充填を確認。ジャック様、転移魔法発動の準備を」

「了解」


 マーニの指示に従い、管制卓に備え付けてある魔法行使用のマギインターフェースに手を置いた。

 このインターフェースは魔法を行使するときにAIと連動して座標や出力を調整する装置だ。


「転移魔法構築」


 体内の魔力を高めて転移魔法を発動させると、マギインターフェースに転移魔法の魔法陣が浮き上がり、それと同時に同じ魔法陣がアルヴィース号の周囲に出現する。


「魔法発動を確認。AIとのリンク正常。空間座標チェック……OK。転移魔法発動準備完了」

転移(ワープ)!」

 俺の声と共に転移魔法が発動し――アルヴィース号は瞬く間に数十光年を跳躍した。

「ワープ完了。空間座標確認――現在地判明。ソル系第七辺境宙域第四惑星圏アントン近傍への到着を確認」

「ふぅ。無事、転移は成功したな」

「ん。位置ずれは誤差の範囲。魔導科学すごい」

「科学と魔法の融合なんて、ソール考えたこともなかったよー」

「ふぁぁ、すごいです。一瞬でアントンの近くに到着しちゃいました! これが魔法の力……!」

「リリア、呆けてないで周辺宙域の確認」

「あ、はいっ! えっと……レーダーに艦影なし! です!」

「ありがとうリリア。これでテストは無事完了だ」

「でも転移先に誰かいた場合を考えると、ちょっと使いにくいかなー」

「魔導科学はまだ知られる訳にはいかない、この時代には過ぎた技術。ほいほい使うのは考え物」

「確かになぁ……」


 魔導科学――魔法と科学を融合させた俺独自の技術だが、科学のみが進んだこの時代にあって異端で異質……というよりも異常な代物だ。

 はっきり言って今の人類にとっては『過ぎた技術』だろう。

 もしこの技術を悪用すれば――。


「って、それも今更か」


 俺自身が魔導科学によって得たアドバンテージを利用して、自分の願望を達成しようと考えているのだから。


「とにかくテストは無事に終了した。他の艤装もおいおいテストしていくとして、今はカリーンに向かおう」

「りょーかいでぇ~す! マナジェネレータ接続解除。エレメントジェネレータ再稼働を確認。通常航行でカリーンにしゅっぱーつ!」




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