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【第55話】血塗れの聖女


 その頃、アンジェリカ旗艦『アルフォンス』では――。



「軽空母『ドーラ』率いる別働隊、奇襲に成功! 所属する艦全てが目標に向けて吶喊を開始!」

「ウルハ・イツトセ准尉より入電! 『我、奇襲に成功せり! 露払いはお任せあれ! 我らが聖女のご光臨をお待ちしております』とのこと!」


 通信士からの報告を受け、アルフォンスのブリッジクルーたちが歓声を上げた。

 その様子を見つめていたアンジェリカが、艦長席から立ち上がるとブリッジに指令を出した。


「今が好機! 『アルフォンス』最大戦速! 敵艦との距離を詰めよ!」

「アイ・アイマム!」


 アンジェリカの勇ましい号令を受けたブリッジクルーが、艦長の指示を実行するために慌ただしく動く。


「空間騎兵隊、出撃準備! 指揮は私が執る!」

「ま、待って下さいアンジェリカ様! 御自ら敵艦に乗り込まれると言うのですかっ!」

「その通りよ。仇敵ジャック・ドレイクを自らの手で討つ。そのために私はここまで来たのだから」

「し、しかし危険です!」

「百も承知しているわ。だけどお願い。私の我が儘を許して」


 自らの手で仇敵を討つという興奮がありながらも、アンジェリカの瞳は落ち着いた色を湛え、諫言してきた忠実な部下を真っ直ぐに見つめていた。

 その瞳を見て部下は言葉を失う。

 アンジェリカの覚悟が伝わってきたからだ。


「……分かりました。ですがアンジェリカ様。くれぐれも無茶はなさいませんように……!」

「それは約束はできないけれど。でも、私はきっと本懐を遂げて戻ってきます。だから背中は任せるわよ」

「はいっ!」


 部下が返事するのとほぼ同時にアルフォンスの艦体が大きく揺れた。


「何事か!」

「敵のドローン艦による攻撃! アルフォンス、左舷小破!」

「ダメージコントロールは!」

「指示してます! 現在のところ負傷者の報告なし!」

「報告! 次弾、来ます!」

「総員対ショック防御!」


 観測士からの報告にアンジェリカはすぐさま指示を出した。

 だがドローンの攻撃はアルフォンスには届かなかった。

 三隻の駆逐艦がアルフォンスを庇うように攻撃を遮ったのだ。


「着弾なし! 僚艦の『ヤンシーロ』『ズハ』『フィマーリ』が盾になってくれています!」

『おうよ! アルフォンスは我らがお守り致しますぞ!』

『アンジェリカ様は我らに構わず、本懐を遂げてください!』

『我らが聖女に栄光あれ!』


 アルフォンスの盾となり、艦体を損傷させた駆逐艦の艦長たちから次々と通信が届いた。


「その忠誠、確かに受け取った! 『アルフォンス』は疾く猛進せよ!」

「アイ・アイマム!」


 次々と浴びせられるドローンからの攻撃を、自らの艦体を盾にして防ぐ駆逐艦たち。

 着弾した攻撃は艦体を貫き、爆発を巻き起こす。

 宇宙空間に咲く花のように炎を吹き上がり――だが一瞬にして爆発は沈静化し、宇宙に静寂が続く。

 次々と吹き上がり、消えていく炎が映るモニターを、アンジェリカは俯くことなく真っ直ぐな眼差しで見つめていた。


「目標との相対距離、二〇〇を切りました!」

「空間騎兵隊、出撃準備完了! いつでも出せます!」


 ブリッジを飛び交う報告の数々に指示を出しながら、アンジェリカは腰に吊した杖剣を無意識のうちに触っていた。


「駆逐艦『ヤンシーロ』大破!」

「乗員はどうした!」

「乗員の半数の脱出を確認しています!」

「後続に回収を急がせて!」

「アイ・アイマム!」


 メインモニターに映る戦場の光景。

 宇宙空間を斬り裂くように、圧倒的な速度で迎撃をくぐり抜けながら、たった一閃で駆逐艦に穴を開ける敵のドローンを忌々しげに見つめながら、アンジェリカは艦長席から降り立った。


「軽空母『ドーラ』、敵艦と接触します!」


 観測士の報告とほぼ同時に、メインモニター内で敵艦の三倍はあろうサイズの軽空母が衝突し――軽空母の動きが止まった。


「『ドーラ』、敵艦のバリアに阻まれて動きを止めました!」

「行け!」

「行け『ドーラ』、やっちまえ!」

「バリアなんてぶち破って!」

「行けーーーーーっ!」


 『アルフォンス』のブリッジクルーたちが固唾を飲んでモニターを見守るなか、声援を受けた軽空母『ドーラ』がゆっくりと動き始め――。

 次の瞬間、敵艦が展開していたバリアが消失すると同時に、軽空母は慣性に従って敵艦と衝突した。


「行ったーーーーーっ!」

「やった!」

「行け『ドーラ』、賊なんてみんなまとめてぶっ殺しちまえ!」


 歓声を上げるブリッジクルー。

 その歓声を聞きながら、アンジェリカは声を上げた。


「私も出ます! あとは任せる!」

「はっ! アンジェリカ様、ご武運を!」

「ええ」


 アンジェリカは歓声に沸くブリッジから出て行った。

 心の中に湧き上がるどす黒い悦びを感じながら――。



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