【第2話】ジャック・ドレイク(2)
独立に向けて中古で購入した小型宇宙船を船渠の片隅で整備していると、
「ご主人様ぁー! 昼食をお持ちしましたぁー!」
ランチボックスを持ったリリアが、いそいそと駆け寄ってきた。
「もうそんな時間か」
船を弄る手を止めて振り返ると、駆け寄ってきたリリアがランチボックスを机に置いて、いそいそと昼食の準備を始めていた。
「あの、今日はですね。料理長のデンゼルさんにお願いして、私がサンドイッチを作ってみました!」
「へぇ、リリアの手作りか」
「えへへ、あの、味はまだまだかもしれませんが、ご主人様への愛情だけはたくさん籠めましたから!」
「それは楽しみだ」
「はい!」
満面の笑みを浮かべて返事をしたリリアが、ランチボックスの中から昼食のサンドイッチを取り出す。
「おおっ、すごい。料理長にも引けをとらない、美味しそうなサンドイッチだ」
「料理長に一から教えて貰いましたから! 味は……まだちょっと自信はありませんけど」
照れつつも、褒められたことが嬉しいのかリリアが胸を張る。
そんな侍女の様子を微笑ましく思いながらサンドイッチを頬張った。
「どれどれ、あむっ……モグモグ、ゴクンッ、うん、すげぇ美味しい!」
「あ……! お口に合って良かったです♪」
「合う合う、この味、俺の好きな味だよ。ありがとうリリア」
「えへへ……」
感謝の言葉に頬を染めて照れるリリアを微笑ましく思いながら、机の上の設計図に視線を落とした。
「それはアルヴィースちゃんの設計図ですか?」
「うん。中古の艦船をそのまま使うのも不安だから、独立までに色々と手を加えようと思って」
「独立、いよいよ今年ですもんね」
「時間的な余裕はあまり無いんだけどね。それでもできることはしておきたい」
今、俺が行っているのは独立の時に搭乗する小型宇宙船の改造だ。
それもただの改造ではなく、魔法と錬金術と科学を融合させた独自の技術――俺はそれを『魔導科学』と名付けた――によって、だ。
「どこまで進んだのですか?」
「外装甲の強化とジェネレータの改造はそろそろ目処が立つから、次は乗組員代わりの機械人形改造がメインになるかな」
「そうなんですね。アルヴィースちゃんがどんな宇宙船になるのか、すごく楽しみです♪」
ワクワクとした瞳で船を見つめるリリアに、
「それで、リリアのほうはどう? 勉強は捗ってる?」
最近の様子を尋ねた。
「はい! ご主人様が作ってくださった新しい首輪のお陰で全然疲れなくなりました♪」
そう答えたリリアが、自らの首に填められた首輪を愛おしげに触った。
その首輪はリリアにせがまれて俺が作ったものだ。
(新しい首輪を作って欲しいと言われたときは驚いたけど……でもタイミング的には丁度良かったかな)
錬金術を駆使して奴隷の首輪を外したが、奴隷の首輪の解除は重大な違反行為だ。
バレればドレイク家は断絶。俺は死刑になるだろう。
その事実の隠蔽のためにリリアには今も首輪を付けてもらっているが、どうせなら有用なモノに改造してやろうと考えた。
「魔力による通信システムに生命維持機能。そんでもって周囲の魔素を魔力へと急速変換して装着者の魔力を回復する吸収機能。他にも色々仕込んだし、良い魔道具に仕上がった」
「はい! この首輪のお陰で魔法の練習が捗ってます♪」
「役に立ってて何よりだよ」
「私、ご主人様をお支えするために、もっともっと頑張りますから。だから独立のときは絶対絶対! 一緒に連れて行ってくださいね」
「もちろん。そのときはよろしく」
「はいっ♪ それじゃ、私はお昼のお仕事があるのでこれで失礼しますね。ご主人様も頑張ってください!」
「ああ。昼食、持ってきてくれてありがとう。頑張ってねリリア」
「もちろんです!」
にこやかに頷いたリリアは、空になったランチボックスを掴んで屋敷のほうへと駆け出していった。
その背中を見送ると嬉しい気持ちが溢れ出してきた。
「明るくなったなぁ、リリア」
昔は周囲の反応を気にしてオドオドとしてばかりだったけれど。
首輪が外れた頃から明るい笑顔を見せるようになった。
「奴隷の首輪、か。誕生と同時に異能者に装着されて一生外すことを許されない……まさに呪いの首輪だな」
労働力を確保するための奴隷制度というのならばまだ理解できる。
だが異能者を狙い撃ちにする今の奴隷制度は明らかにおかしい。
「苦労して世界平和を実現させたのになぁ……」
平和が永遠に続くとは考えてはいなかったけれど。
こんな未来に納得できるはずがない。
「自分たちと違うから抑圧し、強圧し、弾圧するのは間違っている」
それが気に入らないのであれば俺はどうすれば良いのか?
そんなことは決まっている。
「最終目標は奴隷制度撤廃と世界平和。その目標を達成するためにもまずは力が必要だ」
秘密裏に奴隷を集めて一大勢力を創り上げる。
それと同時に仲間集めや資金集め、そしてその力を背景に敵対勢力に対して圧力と対話を行うっていうのが基本路線だろう。
力が無ければ、平和なんて実現できるはずがないのだ。
「金、人、物、あとは戦う力が必要って訳だ。先は長いけど……まぁ何とか頑張るさ」
今のままではきっと創世の女神ユーミルも悲しんでいるはずだ。
気のいいあの女神の悲しんでいる顔は見たくない。
「……よし。今、自分にできることをする。それが今の俺の仕事だな」
サンドイッチの欠片を口に放り込むと同時に、気持ちを切り替えて改造作業に取りかかった。
「さて」
安く手に入れた二体の機械人形だけど、どう改造していこうか。
「機械人形は疑似人格AIを搭載した有能な労働力ではあるんだけど。思考の柔軟性に欠けるのが欠点なんだよなー」
命令されたこと。インプットされていること。
そういった明確に正解のある行動の処理については問題はないが、曖昧な命令に対しての反応は鈍くなる。
その点を魔導科学で改善するつもりなのだが――。
「……ここは精霊召喚に頼ろうか」
精霊を宿した『自我を持つ魔道具』を錬金術で作る要領で機械人形のAIに精霊を宿せば欠点を克服できるのではないか?
それが俺の考えた機械人形の改造法だ。
「召喚した下級精霊のレベルを霊素で底上げすれば対応できるかな。うん、まずは一度やってみよう」
床に魔方陣を描き、その上に二体の機械人形を乗せて詠唱する。
「『全てを識る者』の業を継ぎしジャック・ドレイクが命じる! 我が求めに従い、彼の物へ宿れ!」
召喚を終えると同時に魔方陣が光を放ち――やがて一つの光球が出現して機械人形の周囲をふよふよと浮遊し始めた。
「よし。召喚成功!」
あとは召喚した精霊を機械人形のAIに宿せば――。
『あっれー? もしかしてジーク様ぁ?』
「へっ?」
『なになに、私のこと忘れちゃったのー? 私だよー、わーたーしー!』
光球は馴れ馴れしい言葉を発しながらスススッと近付いてきた。
「わたし……誰だ? 七大精霊王以外に精霊の友人は居ないぞ?」
『えー! もしかして分かってくれないのーっ!? むーっ。昔はあれだけ仲良くしてたのにぃ!』
不満そうに文句を垂れる精霊が光球の状態からゆっくりと人型へと変化していく。
俺と同い年ぐらいの背格好の少女へと変化した光球は、燦々と輝く金の髪を靡かせながら俺の顔を覗き込んできた。
『へへー、これで分かるでしょ?』
「どうよと言われても。光ってるだけで…全然分からないけど?」
『ええーっ! なんでよどうしてよ人でなしろくでなしー! あんなに私と愛し合っていたのにーっ!』
「いや俺、前世では死ぬまで童貞だったから人と愛し合った経験なんて無いんだけど?」
あ、言ってて自分で落ち込んできた。
百年も生きていて誰かと特別な仲になれなかったって、コミュ障どころか人格的にどこか問題があるとしか思えない。
何が悪かったんだろうなぁ、俺――。
『え、童貞? プークスクスッ! もー、そんなのソールに言ってくれたらいくらでも相手をしてあげたのにー!』
「んっ? ソール? ソールって……おまえ、もしかして創世の女神ユーミルの妹の、太陽の女神ソールっ!?」
太陽の女神『ソール』。
創世の女神ユーミルの妹で、ジーク・モルガン時代の俺の旅を支えてくれた仲間の一人だ。
『へへー、そうだよー♪ 驚いた?』
「驚いたっていうか……そもそも俺が行使したのは下級精霊を召喚する初歩的な召喚魔法なのに、どうして女神が召喚されてくるんだ!?」
『暇を持て余してあちこち散歩しているときに、懐かしい霊素の波動を感じたから、その流れを追いかけてきただけだよー?』
「霊素……ああー、なるほど。召喚した精霊のレベルの底上げをするために魔力の代わりに霊素を使ったからか」
霊素は魔素と同じく万物より発生して世界に充満する力の源のことだ。
但し、霊素は魔素と違って自由に扱える者が少ない。
女神の他は英雄や勇者、賢者などの特殊称号を持った者でなければ使うことのできない特別な力、それが霊素だ。
霊素は神の力の根源でもある。
『霊素を扱える子がいなくなってもう何千年も経ってるからね。気になるのは仕方ないでしょ?』
「そういうことか。それはともかく。久しぶりだな、ソール」
『ん♪ お久しぶりぶりー♪ ジーク様、元気してたー?』
「お陰様でね。あと今の俺はジークじゃない。ジャック・ドレイクだ。俺のことはジャックって呼んでくれると嬉しい」
『ほーい。ところでジャック様。どうして霊素を使った精霊召喚なんかしようとしてたの? 何かするつもりだった?』
「ああ、それは――」
ドレイク家の家訓である独立の事。
そのための準備の事を掻い摘まんで説明すると、ソールと名乗った少女型の光は興味深そうに身を乗り出してきた。
『なるほどねー。あ、じゃあさ、じゃあさ! ソールがこの機械人形に宿るっていうのはどうかな?』
「へっ? ソールが? それは俺としては願ってもないことだけど……本当に良いのか?」
『もちろんだよー!』
「いや簡単に言うけど、女神としての仕事があるはずだろ?」
『うーん、そうなんだけどさー。……この時代、信仰心が薄くなってて女神の仕事、今は殆どないんだよねー』
「女神の仕事が無い? んっ? どういうこと?」
世界とは女神の定めた『理』を土台にして成立しているだけの、本来は不安定な事象の集合体だ。
その無形の事象の集合体が『理』という共通ルールの下で現実化している――それがこの世界の本質なのだ。
人が生きるためには酸素が必要。
食事を摂ることでエネルギーが発生して身体が動く。
魔素を変換して魔力とすることで魔法を行使できる。
――そういった大小様々な現象全てが『理』というルールがあるからこそ成立し、事象として顕在できる。
『理』とは世界が顕在するための『規定』なのだ。
その世界の『理』を設定するのが『創世の女神』の役目であり、『理』を維持するのが女神たちの仕事のはず――。
「ソール。今の状況を一から説明してくれるか?」
『うーん……やだ』
「はっ? どうしてっ!?」
『だって女神であるソールが説明しちゃうとそれが神託になっちゃうでしょ? お姉様からジーク様……じゃなくて今はジャック様だけど、ジャック様を女神の都合に巻き込むの、禁止されちゃってるんだよー』
「禁止? どうして?」
『ジャック様が第二の人生を穏やかに、幸せに暮らせるようにするためだって。そう決めていないとつい頼っちゃうから……って』
「ユーミルがそんなことを――。分かったよ。じゃあもう聞かない」
『ん。そうしてくれるとソールも助かるー』
「そうするよ。それじゃソール。早速で悪いんだけど、機械人形に憑依してくれるか?」
『りょーかいでぇ~す!』
陽気に答えたソールは光球の状態に戻ると、そのまま機械人形の胸の中へと消えていった。
『んんー……ねぇねぇジャック様ー。この身体、ソールの好きな感じに弄ってもいーい?』
「それは構わないけど。あんまり派手なことはするなよ?」
『りょーかいでぇ~す!』
陽気に。
だけどどこか軽い返事をすると、ソールは霊素を高めて機械人形を改造し始める。
ソールの周囲に集まって高まり始めた霊素の量は、例えるなら生命創造のときに使用するような膨大な量だった。
「お、おい。そんなに大量の霊素を使って一体ナニをどう弄るつもりだ!? 俺、派手にするなって言ったよな!」
『あははー、大丈夫大丈夫ー♪』
「ホントだな? 信じるぞっ!? 女神様の言うことなんだから俺、無条件に信じちゃうからな!? 絶対に絶対に無茶なことするなよ!?」
『あははっ、りょーかいでぇ~す!』
どこまで本気か分からない軽いノリで返事をしたソールは、やがて集めた霊素を使って憑依している機械人形に改造を施した。
そして――。
「完成でーす♪」
言いながら、ソールはペロッと舌を出してポーズを取った。
目の前には長い金髪をポニーテールに束ねた美少女が、元気いっぱいな様子で動き回っていた。
「完成でーす、じゃないよ! なんだよそれ! 口動いてんぞ! 肌プルプルになってんぞ! そんな機械人形が居てたまるか! ってか完全に受肉してるじゃないかーっ!」
「えへへ、やっぱり肉体がないとしっくりこないなーって♪」
「そんな軽いノリで生命創造すんなーっ! っていうか君は女神であって人じゃないでしょうが!」
「それはそうだけどー、折角、現世で生きるのなら肉体は欲しいしー。それにソール、太陽の女神だしー? これでも生命創造は得意中の得意だし?」
「そういうこと言ってるんじゃないよ! というか、ドレイク家の侍女は厳しい身辺調査をしてから雇ってるメイドばかりなんだから、突然、新しい子が入ったって、どう説明すりゃ良いのさ!」
「んー、そこらへんはほら、ジャック様が何とかしてくれるよねー♪」
「俺に丸投げとか、無茶言うなよぉ……」
公的な海賊稼業を営んでいる関係上、ドレイク家の家人は皆、しっかりとした身辺調査を行い、思想的にも背景的にもクリアになった者しか雇っていない。
機械人形ならいざ知らず、受肉してしまったソールの存在が露呈すれば、一悶着起こるのは確実だ。
「はぁ……どうしようかな」
目の前でのほほんとしているソールの姿にイラッとしながら対処法を考えていた、そのとき。
『緊急事態発生! 緊急事態発生! 屋敷内にID不明者を発見! 外部からの侵入者と見られる! 各員速やかに捜索、これを捕縛せよ!』
けたたましく鳴り響く警報音と共に、執事長のドーベルの声が船渠内に鳴り響いた。
「マズイ、もうバレた!」
ドレイク家の家人は常日頃からIDを身に着けており、そのIDを持っていない者は問答無用で捕縛もしくは射殺される。
「ほえー……あははっ! なんだか面白くなってきましたよー!」
「なに笑ってんだよ! ぜんっぜん笑えないからな!」
「でもでもこういうのって昔を思い出さないー?」
「昔ってなに!? いつのこと!?」
「ほら、邪神トワルとの交渉に向かった時、黄泉を進んでいるうちに邪神の軍勢に追い詰められてたときみたいなー」
「あー、あのときは大変だったなー……ってそういうこと言ってる場合じゃないでしょーが!」
船渠にいる整備スタッフたちの騒ぎが聞こえてきて、ソールの思い出話を強引に打ち切った。
「と、とにかくここから離れるぞ! 来て!」
「ほーい♪」
ノー天気な声を聞き捨て、ソールの手を引いて船渠から脱出する。
(どこへ逃げれば安全なんだよ!?)
ドレイク家の家人は定期的に防犯訓練を受けているし、家人の半数は何らかのスペシャリストだ。
ぶっちゃけ『ダラム』本星の正規軍よりも練度が高く、兵としての質が最上級と言っても過言ではない。
そんな一騎当千のプロ兵士たちの目を盗みながらソールを連れて逃げきることが、果たして俺に可能なのか――。
(絶対無理ぃぃぃぃ……!)
絶望過ぎる現状に涙目になるが、それでもこのままソールを放置してしまえば大惨事になることは分かりきっている。
何とか無事に逃げ切らないと。
「あ、ジャック様ジャック様ー。ソール良いこと思いついたよ!」
「却下!」
「えーっ! 話も聞かずに却下はひどーい!」
「分かった、じゃあ聞くから試しに言ってみて」
「あのね、追っ手をソールの力で焼き殺せば逃げ切ることができるんじゃないかな? あとでソールの力で復活させてあげるからきっと大丈夫だよ。ソール生命創造は得意だし」
「却下に決まってることを楽しげに言うなーっ!」
「ぶーぶー! 良いアイデアだと思ったなのにー!」
「っていうか女神が簡単に人を殺すな!」
「ソールは生きとし生けるものに対して平等に慈悲深いよ?」
「死は救い、を地で行くな……っ! もっとあがけよ!」
「だってー……」
唇を尖らせるソールの様子に、思わず溜息が出る。
(そういやこの子は昔っからぶっ飛んだ性格をしてたなぁ)
前世でのことが思い出される。
思い出されるが、今はそんなことを考えている場合じゃないんだって!
「とにかく今は追っ手の目を眩ませて俺の部屋に向かうぞ。部屋ならなんとか言い訳ができる……かもしれない!」
なぜIDの無い者を引き入れたのかとか、めっちゃくちゃ怒られるのは確定だけどな!
「ほら、行くぞソール!」
「んー……? あれー?」
「なんだよ、今度はどうしたのっ!?」
「今、懐かしい感じがしたんだけどー……すぐに消えちゃったー」
「はぁ? 何それ。懐かしい感じってどんなの?」
「それが、一瞬だったからあまり分からなくてー。あははっ、まぁ気にすることないかー♪」
「ったくこの子はいつもいつでもノー天気で、ほんとにもう……っ!」
ノー天気でマイペースなソールに手を焼きながら、周囲の状況を冷静に観察して抜け道を探す。
物陰に隠れて庭を走り、廊下を駆け抜け、室内に滑り込み――細心の注意を払った逃避行は自室に到着したことで何とか無事、終わりを迎えた。