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【第1話】ジャック・ドレイク(1)

 そんな前世の記憶を十歳の誕生日パーティーに参加している最中に思い出した。


(そういや生まれたての赤ん坊では魂の強度が低いから、十歳になるまで前世の記憶を封印してたんだった)


 今の俺はジーク・モルガンの転生した姿。

 フランシス・ドレイクの三男、ジャック・ドレイクだ。

 だけど――。


「まさか転生した時代が、前世で死んだときから五千年も経過した時代だったなんてなー……」


 世はまさに宇宙世紀1180年。

 剣と魔法の世界だったはずのルミドガルド世界は、いまや人類の殆どが宇宙で暮らす宇宙開拓時代を迎えていた。


(人類が宇宙に進出してから、すでに千年以上が経過しているとか。どうしてこうなった)


 周囲を見渡すとメイドタイプの機械人形(オートマタ)がパーティに参加している者たちの世話をし、メインステージではホログラムで俺の誕生から今日までの成長映像が垂れ流されていた。


(なんかヤバイことになってそう……)


 なぜこんな時代に転生したのか?

 その原因はなんとなく想像できている。


「ステータス」


 魔力を籠めて小さく発した言葉に呼応して、目の前に小さなウィンドウが表示される。


(これが俺の今のレベル、と……レベル5は十歳としてはまぁまぁ高いレベルだ。一番大事なのはスキルなんだが……うまく引き継ぎできてるかな)


 ステータスウィンドウのスキル一覧を確認すると、


 分析(アナライズ)

 無限収納(インベントリ)

 『全てを識る者(アルヴィース)

 魔法の神髄

 錬金術の神髄

 精霊の愛し子

 女神に愛されし者

 神の使徒

 魔道具(マギクラフト)職人(マイスター)


 などなど。

 他にも剣聖やら大賢者やら大錬金術師やら、チートスキルがズラズラと並んでいた。


(よし、スキルの引き継ぎも成功してる。うーん、我ながらチートだなー。強くてニューゲーム十周目ぐらいのステータスだ)


 そんなチートスキルが並んでいるなか、ひっそりと表示された一つのスキルがあった。

 創世の女神ユーミルの加護『幸運』。

 効果は『ちょっぴり幸運になる』だ。


(こんな……こんなしょっぱい加護を与えるために転生魔法に干渉してきたのかよ、ユーミルのやつ……っ!)


 お陰で俺は宇宙世紀を生きるハメになってしまったよ!


(はぁ……どこかヌケてるユーミルらしいよホント)


 呆れはするものの、女神ユーミルらしい優しい気遣いに心の中が温かくもなった。


「おお、ジャック! 我が愛しの三男坊よ! 十歳の誕生日おめでとうだ!元気に育ってくれて父は心の底から嬉しいぞぉぉぉぉぉ!」


 そんな声と共に力強い腕に抱き締められる。


「あ、あははっ、ち、父上! 痛い、痛いですよ!」

「ガハハッ、すまんすまん! 久しぶりに会えたからついつい嬉しさが爆発してしまったわ!」

「もう。俺はまだ子供なんですから、少しは加減してください」

「ガハハッ! 悪かった悪かった! あまり傍に居てやれないから、こんなときぐらい父の愛を伝えてやりたくてな!」

「大丈夫です。ちゃんと伝わっていますよ」

「うむ。そうかそうか。ならば重畳(ちょうじょう)だ! ガハハッ!」


 隻眼で髭面、顔にも身体にもいくつもの戦傷が残り、圧のある佇まいを纏う初老の男。

 この男こそ宇宙船一隻で無法者たちと渡り合って武功を積み重ね、やがて大海賊団を立ち上げた男、今世の父フランシス・ドレイク子爵だ。

 ドレイク子爵家はソル系第七辺境宙域に存在する惑星『ダラム』の衛星の一つを根拠地とする宇宙海賊。

 『ダラム』を支配する貴族『リンドン伯爵家』と縁を持ち、私掠船免状を発行されている公的な宇宙海賊でもある。

 父上であるフランシス・ドレイクはそのドレイク一家を率いる頭領として『ダラム』周辺宙域の治安維持の仕事に就いているのだ。


「そう言えば父上。先日の出撃で違法武器商人の船団を摘発したとか」

「うむ。複数の傭兵団を護衛につけていてダラム本星の警備隊では手が出せなくてな。我らにお鉢が回ってきた仕事だが……まぁそれはまたおいおい話してやろう」

「はい! 父上の武功ばなし、楽しみにしています!」

「うむうむ! 楽しみにしておけ! ガハハッ!」


 久しぶりに息子と話せて嬉しいのだろうか、なかなか解放してくれない姿に業を煮やしたのか、


「お父様。そろそろわたくしたち兄姉にもジャックをお祝いさせてくださいまし」


 燃えるような赤い髪を靡かせながら呆れ口調で抗議した長女・グレース姉上が、父の背後から顔を見せた。


「おおっ、グレースか。すまんすまん。何せ一ヶ月ぶりにジャックの顔を見たからな。愛情が爆発してしまったわ」

「全く。お父様の過保護にも拍車が掛かっていますわね」

「なんだグレース? ヤキモチかぁ? ガハハッ! 心配するな。我が子たちへの愛情は平等公平に注ぐつもりだぞ! なんだったら今日は久しぶりに一緒に風呂にでも――」

「お・父・様?」


 デリカシーのない物言いに、姉上は眉をピクピクさせながら険のある声で父上を威圧した。


「娘とはいえ、わたくしはもう立派な淑女(レディ)ですのよ? そのような海賊流の話題はご遠慮願いたいものですわ」

「そんなぁ、グレース、パパは寂しいぞぉ……っ!」

「ああ、もう面倒臭い……!」

「ははっ、父上は叩き上げの海賊だから。貴族位をもらっているからといって本質が変わるものじゃないよ」

「アーサー兄上!」

「やあジャック。十歳のお誕生日おめでとう」

「ありがとうございますアーサー兄上!」


 長兄であるアーサー兄上のお祝いの言葉を皮切りに、兄姉たちが一斉に駆け寄ってきてくれた。


「おめでとう、ジャック」

「ハリー兄さん、ありがとう!」

「ジャックおめー」

「エラ姉さんもありがとう!」

「ちょっと! わたくしが一番先にジャックのお祝いをしようと思っていましたのに――!」


 そう言って父上から離れて駆け寄ってきたグレース姉上が、俺のことを優しく抱き締めてくれた。


「ジャック。お誕生日おめでとうございます、ですわ」

「グレース姉上、ありがとうございます!」


 髪をくしゃくしゃと撫で付けられながら姉上に感謝の言葉を返す俺の姿に、父上は遠くで満足そうにうんうんと頷いていた。

 そんな中、一人の女性が幼い少女を抱きながら近付いてきた。

 女性は今世の俺の母親、エミリー・ドレイク。

 そして母さんに抱きかかえられているのは、血の繋がった妹のシャーロット・ドレイク。

 まだ四歳の女の子だ。


「ジャック。十歳のお誕生日おめでとう」

「にーちゃ、おめと!」

「母上、それにシャーロット。お祝いありがとう……!」


 血の繋がった肉親のお祝いに感極まっている俺を、腹違いの兄姉たちが優しく見守ってくれていた。

 そんな光景を嬉しそうに眺めていた父上が、


「うむうむ。兄弟姉妹仲良しで、俺は本当に幸せ者だなぁ……!」


 目を潤ませながら俺たち兄姉を抱き締めた。


 ――その光景をつまらなそうに眺めている者も居る。

 父上の第一夫人オリヴィアと第二夫人エヴァの二人だ。

 犬猿の仲の二人は、平民出身の俺の母上のことが気に入らず、その息子と娘である俺とシャーロットのことも敵視していた。


(腹違いの兄上、姉上たちとは仲が良いっていうのが唯一の救いだな)


 兄姉たちの温かなお祝いの言葉があれば、例え夫人たちに嫌われていようが別にいい。

 愛する両親と愛する兄姉たちを大切にしていこう――新しい人生を楽しく過ごすために。




 誕生日パーティもたけなわとなっと頃、


「十歳になったジャックに頼みたいことがある」


 そう言いながら父上はメイド服姿の少女を連れてきた。

 その女性はピンッと尖った耳を持ち、怯えた瞳で周囲を窺っていた。

 女性の首には特徴的な器具が装着されている。

 それは奴隷の証である首輪だ。


「『アールヴ』の奴隷ですか」


 アールヴとは亜人種に属し、人と共存している種族――とこの時代では言われている。


(だけど実際に見てみると……完全にエルフだよなぁ。数千年の間に名称が変化したのかな?)


 容姿端麗。特徴的なピンッと尖った耳。

 そして――。


分析(アナライズ)


 少女のステータスを見ると――。


【個体名】リリア

【種 族】ハイエルフ

【年 齢】190歳

【生命力】120

【魔 力】1300

【筋 力】12

【敏 捷】37

【耐久力】9

【知 力】48

【判断力】21

【幸運値】39

【スキル】拘束具によって封印中


(この子、ハイエルフなのか。それでこんなにも魔力が……)


 前世ではハイエルフはエルフの上位種として存在し、亜人というよりも妖精種に近い種族だった。

 滅多に人前には現れない種族で、前世ではハイエルフの長老と平和交渉をするために世界のあちこちを探し回ったものだ。

 そんな希少種族がどうして奴隷なんかに……。


「さっき話したが、先日から展開していた違法船団の摘発作戦で保護した子だ。身元が不明なこともあるが、どうやら過去の記憶を失っているようでな。我が家で保護することになった」

「なるほど。それはまた――」


 チラッと第一夫人、第二夫人の様子を確認すると、あからさまに嫌そうな表情で父上を睨み付けていた。


(相変わらず気位の高い人たちだなあ……)


 惑星ドラムの支配者である『リンドン伯爵家』の娘として嫁入りした第一夫人オリヴィエと、ドラムの隣の惑星の実力者『ダドリー男爵』の娘である第二夫人エヴァ。

 両者とも身分にうるさい人で、視界に亜人奴隷の姿を入れるなど我慢ならないとでも言うようにそっぽ向いている。

 そんな夫人たち――つまり自分の嫁たちだ――の態度を無視して、父上は話を続けた。


「他の子供たちの側仕えにするには色々と反対があってな。どうしたものかと悩んでいるのだ。もしジャックが良ければ頼まれて欲しい」

「なるほど」


 二人の夫人の子供である兄姉たちと比べて、俺の母であるエミリーは平民出身だ。

 それを考えれば父上の判断も妥当だろう。


「もちろん、ボクで良ければ喜んで」

「そうか……助かるジャック! 頼んだ!」

「はい!」


 大きく頷いたあと、俺はアールヴの少女に歩み寄った。


「初めまして。俺の名前はジャック。ジャック・ドレイクだよ。まずは君の名前を教えてくれるかい?」

「……」


 差し出された手を握ろうともせず、女性は警戒するような眼差しで俺を観察していた。

 頬は痩せこけ、手足は痛々しいほど痩せ細った少女は、きっと奴隷として酷い扱いを受けていたのだろう。

 警戒するのも当然だ。


「大丈夫。安心して。君にひどいことはしない。約束するよ」

「う……あ……ほ、んとに……?」

「ああ、本当だ。君はこれから俺のメイドとしてこの家で生活することになる。ご飯もちゃんと食べられるし、勉強だって俺が教えてあげる。だからもう安心して良いよ」

「う、あ……あ……」


 俺の言葉を聞いた女性は、安心したのか目に涙を浮かべる。


「まずは名前を教えてくれる?」

「あ……リ、リア……」

「リリアって言うの?」

「……(コクッ)」

「そっか。リリアって言うのか。綺麗な名前だね!」

「う……あ……」

「改めて。俺はジャック・ドレイクだ」

「……」


 手を差し出すも警戒して握手してくれないリリアの手を強引に握り、


「これからよろしく!」


 リリアの手を両手で包み込むと、そこでようやくリリアはほんの少しだけ力を籠めて手を握り返してくれた――。




 それから三年が経過した――。




 コンコンッ――。


「ご主人様、失礼します」


 礼儀正しく入室の挨拶をしながらリリアがやってきた。


「お茶をお持ちしました」

「ありがとう。ふぅ……」


 開いていた本を閉じてソファーに移動すると、リリアが丁寧な手付きでカップに紅茶を注いでくれた。


(リリアがメイド修行を始めてから、もう三年かー……)


 十歳の誕生日を迎えたパーティの席上、父上に頼まれて側仕えとして採用したアールヴの奴隷少女。

 そんな出会いだったけれどリリアはとても一所懸命にメイド修行に励み、今では立派な側仕えとなってくれていた。


「メイド姿、板に付くようになったね」

「あ……その、ご主人様にそう言って貰えるの、嬉しい、です」


 頬を染め、特徴的な長い耳をピコピコと動かして照れるリリアの可愛い仕草が勉強のしすぎで沸騰した脳に染み渡る。

 あーかわいい。


「もう完全に熟練メイドって感じだなー」

「それは、あの、先輩たちがちゃんと教えてくれましたから……」

「そっか。他の侍女たちとも仲良くやれてるみたいだね。良かった」

「はい。奴隷の私に、皆さん優しくしてくれて……なんていうか、私、本当に幸せ者です……!」


 そう言ったリリアの表情は明るい。


(ウチに来る前はかなり酷い扱いを受けていたみたいだからなぁ)


 十歳の誕生日に初めて出会った頃のリリアを思い出すと感慨もひとしおだった。




 そもそも奴隷とは何か。

 前世の俺――ジーク・モルガンの時代にも奴隷制度は存在した。

 犯罪者を奴隷として扱う『犯罪奴隷』。

 食べるのに困って身を売る『借金奴隷』。

 戦争捕虜や貴族などが奴隷となった『特殊奴隷』。

 その使い道は様々だが、犯罪奴隷は苦役に投入され、借金奴隷は一般的な仕事を任され――と安価な労働力として社会に活用されていた。


 だが宇宙世紀となった今の時代に浸透している『奴隷制度』は、前世の奴隷制度とは根本的に大きく違っている。


(社会秩序を維持するため、その脅威となる者を生まれながらに奴隷に貶める制度。それが今の時代の『奴隷制度』だ)


 秩序の脅威とは何か?

 それは『異能者』と呼ばれる存在だ。

 異能者とは簡単に言えば超能力者のことで、生まれながらに不可思議な力を発揮する者たちの総称だ。

 無機物・有機物問わず、手を触れずにモノを動かす念動力(サイコキネシス)

 心と心で意思疎通する念話能力(テレパス)

 何もない空間に火の玉を発現させる発火能力(パイロキネシス)

 他にも様々な現象を起こす不可思議な超能力者たちを『異能者』として一括りにして差別するのがこの現代の一般常識だ。

 『異能者』が持つ力は科学の力をもってしても原理が解明できず、『秩序を乱す者』や『一般人に害を為す者』として忌み嫌われている。


(社会の秩序を守るために意味不明な力を持つ者を阻害し、差別して尊厳を奪う、か……エゲツないことをする)


 だがジーク・モルガンとしての記憶と知識がある俺には分かる。

 『異能者』とは、前世風に言うと『魔法使い』なのだ。

 魔力の扱いに慣れておらず、体内に蓄積した魔力が暴走することで現象を発現させてしまう者たちのことを、この時代では『異能者』と呼称しているだけなのだ。


(歴史書を紐解いてみてすぐに分かったことだけど。科学の発展と共に魔法文明が衰退し、いつしか『魔法』というものが御伽噺(おとぎばなし)の中でしか存在しなくなってるみたいなんだよなぁ……)


 なぜそこまで魔法文明が衰退したのか。

 その理由は書物には記されていなかった。


(だけど魔力の素である魔素は大気中に存在している)


 それは俺自身が『分析』の魔法を使えたことからも分かるし、使った魔力もきっちり回復しているのだ。


(つまり魔法を使う方法が完全に失われている、ということなんだけど……)


 俺の横で給仕をしてくれているリリアを見つめる。


「あ、あの……ご主人様。私の顔に何かついていますか?」

「ああ、いや。リリアは今日も綺麗だなって見惚れてただけだよ」

「……っ!?」


 俺の言葉に驚いたのか、リリアは顔を真っ赤にして耳をピコピコと動かす。

 その可愛い仕草を眺めながら俺は考えを巡らせていた。


(そもそも、異能者たちはなぜ魔法を使えないのか? 習っていないからという大前提もあるんだろうけど……)


 習わずとも魔力を感じるセンスがあれば、魔法を使えた者は前世でも数多く居た。

 だから魔法を上手く使えないのには他の理由があるはずだ。


(一番怪しいのは、やっぱり首輪だな)


 リリアのステータスを分析(アナライズ)したときも『拘束具によりスキル封印中』と表示されていた。

 首輪が何かの効果を発動させて異能者の力を制限しているのだろう。


(だったらその首輪を無効化すれば異能者たちは魔法を使えるようになるはずなんだけど)


 うーん、と唸り声を漏らしながら、横に居るリリアに声を掛けた。


「ねぇリリア。一つお願いがあるんだけど」

「はい、何でしょう? ご主人様のお願いなら、私は何だって全力で叶えて差し上げます……!」

「ははっ、大袈裟だなぁ。……でもありがとう。そう言って貰えて凄く嬉しいよ」

「はい! なんたって私はジャック様のメイドですから……っ! それでジャック様のお願いって……?」

「うん……あのさ。その首輪、調べさせて貰えないかな」

「え……っ!?」


 俺の言葉が予想外だったのかリリアは首を隠しながらズッと後退(あとじさ)った。


「ダメ、かな?」

「あ、あの、どうして……?」

「あー、うん。その首輪、どうにかして外せないか、調べたくてさ」

「……(フルフルッ)」

「やっぱりイヤ?」

「……イヤ、ではありません。でもジャック様でもこの首輪は外せないと思います」


 そう言ったリリアの表情に浮かんでいるのは絶望と諦観だった。


「この首輪は私が生まれたときからずっと装着されているものなんです。だからきっと外せません……」

「そうかもしれない。でも俺は諦めたくはないんだ」

「それでもやっぱりダメです……。万が一、首輪が外れてしまったら、ご主人様が罰せられてしまいます!」


 リリアの言葉は事実だ。

 奴隷に装着されている首輪は異能者が生まれると同時に装着される。

 それはこの銀河で生きている者たちは必ず従わなければならない絶対の法律『銀河連邦法』に定められており、どんな理由があっても所定の手続きを踏まなければ首輪を外すことは認められていない。

 異能者の首輪を外した者は銀河系に存在する国家の八割が所属している『銀河連邦』と呼ばれる最上位組織の命により処刑される。

 それがこの時代の常識なのだ。

 だけど。


「見た目をそのままにしておけば、きっとバレないって」

「それは……」

「本音を言うとさ。外したいって気持ちも大きいんだけどそれ以上に首輪を無力化したいんだ」


 首輪を外すのが法律に違反するなら、外さずに首輪の機能を無力化すれば良いだけだ。


(まぁ詭弁なのは重々承知してるけど)

「でも……」

「リリア……ダメ?」


 リリアの情に訴えるように精いっぱいに可愛く振る舞ってみせると、


「ううっ、そんな顔するの、ジャック様、ズルいです……」


 リリアは観念したのか、肩をがっくりと落として呟いた。


「あ、じゃあ?」

「はい……あの、お見苦しいかもしれませんが、どうぞ、です……」


 リリアは跪くと俺に首元を差し出してくれた。


「ありがとうリリア。触るよ?」

「んっ……」


 恐怖からか、それとも羞恥なのか。

 頬を赤く染めながら、リリアが小さく吐息を漏らした。


分析(アナライズ)


 分析(アナライズ)を使って首輪の構造解析を進める。


(これはまた……)


 分析スキルによって脳内に首輪の構造が浮かんでくる。

 構造は想像していたよりもずっとシンプルな作りだった。


(装着者の魔力の動きを感知し、発動阻害と同時に高圧電流によって懲罰を与えるって仕組みか)


 奴隷に懲罰を施し、その尊厳を踏みにじるような機能を確認して表情が厳しくなるのを止めることができない。


(それに主人の音声に反応しても同様のことができるようになってる。高圧電流は魔素を魔力に変換して発生させているみたいだな)


 だが――。


(『この時代にそぐわない』機能が三つ。一つは魔力を感知するセンサー。もう一つは魔素を魔力に変換する機能。最後の一つはスキルを封印する魔法の付与。この科学の時代になぜそんな機能が残ってるんだ?)


 宇宙開拓時代となった今では、魔法は御伽噺の中にだけ存在する荒唐無稽な『想像上の力』でしかないはずだ。

 魔素に到っては『無い』ものと同じような存在で、その存在を認識すらされていないのは教科書を見れば明白だ。

 それなのに奴隷の首輪には魔力を感知するセンサーが存在し、魔素を魔力に変換して蓄積しておく機能が存在するのだ。

 そしてこの時代に存在するはずがないのに付与されている封印魔法。


(奴隷制度と首輪の機能――きな臭いな)

「あ、あの……どうかなさいましたか? ご主人様……」


 難しい表情を浮かべていたからなのか、リリアが不安そうに声を震わせながら俺の顔を覗き込んできた。


「あ、ああ。ごめん。大丈夫。なんでもないよ」

「そう、ですか。あの……やっぱりご主人様にも無理ですよね。首輪を外すことなんて……」

「え? ああ、それは簡単だよ。ほら」


 カチッと音を立て、リリアの首輪は簡単に外れた。

 タネは簡単。

 錬金魔法で機能を無力化して構造を変化させた。ただそれだけだ。


「え……えええっ!? ウソ……っ!? 首輪が……!」

「うん、外れたね。どう? 首輪のない感覚は。リリアは初めてでしょ? 少しはスッキリした?」

「う、ううっ……」


 首の周りを撫でていたリリアが俯きながら嗚咽を漏らし、


「ご主人様……っ!」


 感極まった声をあげながら抱きついてきた。


「おぼっ!?」


 ハイエルフにしては豊かな乳房――恐らくCカップぐらいだ――に顔を埋めながら、リリアの背中をポンポンと叩く。


「これでリリアは自由だよ。でもボクとしてはこれからもずっと、リリアが傍に居てくれると嬉しいな」

「……(コクコクッ!)」


 涙を堪えながら激しく頷いたリリアは、


「私、これからずっとずっと、死ぬまでご主人様に誠心誠意お仕えします! 私の全てをご主人様に捧げます……っ!」


 湧き上がる激しい感情を吐露し、リリアは俺を抱き締める。

 その激情を受け止めながら、俺はリリアが落ち着くまでずっと背中をさすってあげた――。




「少しは落ち着いた?」

「はい……」


 止まらなかった涙がようやく止まり、リリアはくしゃくしゃになった顔を恥ずかしそうに両手で隠していた。


「そこまで喜んで貰えると頑張った甲斐があるよ」

「あぅ……取り乱してしまってごめんなさい」

「気にしないで。ずっと外れないと思っていた枷が外れたんだから。感情が爆発しちゃうのも仕方ないよね」

「ううっ、恥ずかしいです……」


 耳をショボンと垂れさせながらリリアは羞恥に身を捩る。


「ともかく。リリアのお陰で目処がたったよ」

「メド、ですか?」

「そっ。独立した後の目処」

「あ……ご主人様もあと二年で独立されるのでしたね」

「うん。ドレイク家の家訓だからね」


 ドレイク家家訓。

 『十五歳で家を出て独立すること』。

 これは他の兄姉たちも同様で、すでにアーサー兄上とグレース姉上、ハリー兄さんが実家を出て独立している。


「今年はエラ姉さんが旅立つ年で、その次は俺……って訳だ」

「あ、あの、ご主人様。そのときは私も連れて行って下さい!」

「もちろん。だってリリアは俺の側仕えだからね」

「はいっ! 私、ご主人様の為ならなんだってします。なんだってできますから!」

「ん? 今、何でもって言ったよね?」

「言いました。なんでもします……っ! あの、私、おっぱいはそれなりにありますので……!」


 そう言ってメイド服を脱ごうとするリリアを慌てて制止した。


「ち、違う違う! そういう意味で言ったんじゃないって!」

「え……違うんですか……?」

「いやいや、なんでそんなに残念そうなの」

「だって、私……」

「と、とにかく! そういうのじゃなくてさ。リリアにはやってもらいたいことがあるんだ」

「ヤルんですか? 分かりました。やっぱり服を――」

「だーかーらー! そういうエッチなことは、今は良いんだってば!」

「今はっ!? ということはいつかは……っ!」

「あー、もう! とにかく一旦、そこから離れようよ、ねっ? リリア」

「あぅ……すみません」


 頭の中がピンク色に染まってしまったリリアを、何とか宥めすかして言葉を続ける。


「リリアにやってもらいたいことの説明をする前にさ。リリアに一つ、俺の秘密を教えるよ」

「ご主人様の秘密、ですか?」

「うん。でも誰にも言わないで欲しい。二人だけの秘密だよ」

「二人だけの……。はいっ! 私、絶対誰にも言わないってご主人様に誓います!」

「ありがとう。秘密っていうのはね――」


 リリアの前に指先を突き出し、


灯火(トーチ)


 簡単な魔法を使ってみせた。

 指先に小さな火が灯り、周囲を淡く照らす。


「えっ!? 火が……何もない指先に火が灯ってる……っ!?」

「うん。これが俺の秘密。他にも色々あるよ」


 そう言って、前世では生活魔法と呼ばれていた魔法をリリアに使って見せたのだが――。


「だ、ダメですよご主人様!」


 慌てた様子で俺を抱き締めるとリリアはキョロキョロと周囲を見渡し、誰にも見られていないことを確認すると、ホゥ、と安堵の息を零した。


「ご主人様が異能者だったなんて……で、でも大丈夫ですよっ。リリアが命に代えてもご主人様を守って差し上げますから!」


 そう言ってリリアはギュッと抱き締めてくれた。

 先ほどよりも一段と強く激しく、頬に感じるおっぱいの柔らかさに、


「それは嬉しいんだけど、あの、リリア。さすがにちょっと恥ずかしいから離してくれると嬉しいな……」


 前世では――というか前々世でも――死ぬまで童貞だった俺には刺激が強すぎて、顔が赤くなるのを止めることができなかった。


「あぅ、ご、ごめんなさいです……」

「あ、あはは、こっちこそなんかごめん」


 魅惑のおっぱいプレスから解放されて思わず謝罪を口にしてしまうが、言いたいのはそういうことじゃない。


「とにかく、落ち着いて聞いて欲しいんだけどさ。実はこれ。超能力じゃないんだ。これはね。魔法なんだ」

「ま、ほう……? 魔法って御伽噺とかに出てくるアレですか?」

「そう。……信じられない?」

「いえ! ご主人様が仰ることですから! 私はただ信じるだけです!」

「ははっ、ありがとう。つまり俺は魔法が使えるんだよ」

「魔法……ご主人様は魔法使いだったのですね」

「んー、そうなんだけど正確には少し違う、かな」

「違う?」

「そう。魔法使いは俺だけじゃない。リリアもだ」

「ええっ!?」

「首輪の封印を解かれた今、君も俺と同じ魔法使いなんだ。首輪を外してから体調に変化があるんじゃない?」

「あ……はい。あの、実はさっきから身体の奥が熱くなってきていて」

「力が溢れてくる感じでしょ?」

「……(コクッ)」

「それが魔力だ」

「魔力……」


 不思議そうな表情を浮かべてリリアは自分の身体を確認する。


「首輪が反応するのを恐れて無意識に抑圧していた魔力が、首輪が外れたことで溢れ出しているんだ。特にリリアは魔力量が多いから自分でも力を感じ取れると思う。ほら、自分の身体の内部に意識を集中してみて」

「集中、ですか。えっと……」


 キュッと目を閉じたリリアは両手を胸の上に置いた。


「あ……身体の中で、何かが動いているような……?」

「うん、それがリリアの持つ魔力だよ。でもさすがだなぁ。もう体内の魔力を感じ取ることができるんだ」


 人は本来、誰もが多かれ少なかれ魔力を備えている。

 だが体内魔力を感知することができるのは、魔力に対してある程度以上の感受性を持つ者だけだ。

 魔力を感知でき、操作することができるようになって初めて、魔法使いになれる資質があることが証明される。


(この短時間で魔力を感知できるとは。さすがはハイエルフ。魔力感知のセンスが高い)


 前々世では魔力なんてない世界――日本人だった俺は、ユーミルに異世界転移させられた後、一年ほど魔力感知の特訓をしてようやく魔力を感知できるようになった。

 リリアとのセンスの差にちょっぴりへこむ。


「あの、ご主人様、どうかされました……?」

「いや、ははっ、ちょっと昔を思いでしてね……」


 遠い目をする俺を見て不思議そうに首を傾げていたリリアが、


「あ、あの、ご主人様。この身体の中にある魔力? というのは、一体何なのですか?」


 説明を求めて尋ねてきた。


「魔力は万物が持つ力の一つ。生命力と対になっている力――と言ってもピンとこないと思うから簡単に言うと、魔法を使うためのエネルギーだね」

「エネルギー、ですか……」

「そう。魔法を行使するためのエネルギー。魔力が無ければ魔法は使えないんだ」

「それじゃ、もしかして私も?」

「俺と同じように魔法が使えるよ。でもそのためには魔法を覚えないといけない。俺がリリアにして欲しいのはその勉強のことだ」

「勉強……私にできるかな……」

「不安?」

「私は生まれたときから奴隷で、勉強なんてメイドになってから始めたばかりで――」

「でも字はだいぶ読めるようになったんでしょ?」

「……(コクッ)」

「それなら大丈夫。俺がしっかり教えてあげるからね」

「ご主人様が教えてくださるんですか……っ!?」

「もちろん」


 魔法が存在しないこの時代で、魔法を教えられる者は俺しかいない。


「じゃあ、あの、わ、私、一所懸命、頑張ります……っ!」


 決意の光を瞳に浮かべ、リリアは俺の要請に頷いてくれた。


「ありがとう。じゃあこれから毎日、俺と一緒に魔法の勉強しよう!」

「はいっ!」




 こうして――。

 リリアに魔法の基礎から徹底的に教え込む日々が始まった。

 リリアの仕事の合間を縫って『魔法とは何か?』『詠唱とは何か?』『魔力とは?』などなど、魔法の基礎的なものを教え込んでいく。

 最初は戸惑いの強かったリリアも、一緒に勉強するうちにコツを掴んでいき――一年後にはそれなりの魔法を使いこなせるようになっていた。

 そんなある日――。



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