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【第17話】世界を革命する力(3)

 アルヴィース号からテラ地表へと転移すると、大気に満ちた呪詛が容赦なく俺に襲いかかってくる。

 頭の中に響き渡る何者かの声。

 その声は俺の張った結界を突き抜けてくる、怨嗟と否定に満ちた人々の声だった。


「なるほど。人々の負の感情を触媒にして神を否定し続けているのか」


 多くの人々が生きていく中で、神を呪う言葉を発することは多い。

 例えばギャンブルに負けた時。

 例えば悲惨な目に遭った時。

 不幸な目に遭った時。

 なぜ自分が、こんな目に遭わなければならないのか。

 なぜ自分だけがこんなにも不幸なのか。

 神というものが居るのなら、全てそいつのせいじゃないのか。

 むかつく。腹が立つ。神なんて死んじまえ――!

 そんな怨嗟の声は、人の世界ではごくありふれた八つ当たりの言葉だ。

 そんな怨嗟の声を集めて触媒とし、神に『否定』を突きつける。

 それが『神の否定』という呪いの本質だった。


「ユーミルはこんな声をずっと……四千年以上、聞かされているってことか。むごいことをしやがる……」


 ユーミルほど人々を愛した女神はこの世界にはいない。

 それは俺自身、良く知っている。

 愛し、慈しみをもって見守っていた人々から突きつけられる、存在を否定する言葉。

 その言葉がどれだけユーミルを傷付けているか――想像しただけで胸の奥が壊れそうなほどの悲しみに包まれる。


「早く助けてやらないと――」


 改めてそう決意し、俺は目的の場所へと向かう。

 向かう場所は、俺の葬儀が行われた場所。

 中央聖教会の大聖堂だ。

 だが大聖堂のあった場所へと転移した俺を待っていたのは、原形を殆ど残していない石塊の散乱するただの遺跡だった。

「そりゃそうだ。あれから五千年も経過してるんだからな……」

 五千年経過した後で遺跡が残っていたこと自体、奇跡に近い。

 俺は石塊が散乱する遺跡の中央に立ち、探知魔法を使って周囲の状況を探った。


「あった――」


 遺跡の外れにあった涸れ井戸。

 その奥底から微かに感じ取れる、一際強い呪詛の気配。

 その気配を追って涸れ井戸の中へと侵入する。

 そこにあったのは、人一人がなんとか通れる程度の横穴だった。

 その横穴を進んでいくと、やがて古びた石の扉に行き当たった。


「……結界を張っていても身体中が痛くなる。どれだけ強力な呪いだよ」


 否定の言葉が常に頭の中に響き、前もって強い覚悟を持っていなければ、瞬時に心が破壊されてしまっただろう。

 それほどまでに強力な呪詛が石扉の先から漂ってきていた。


「待っていろよ、ユーミル……今、行くからな……!」


 改めて決意を口にし、覚悟を決めて石扉を押し開こうとしたとき。


「ん? なんだこれ……?」


 石扉の上にうっすらと描かれた図式に気付いた。


「封印の魔法陣か? それにしてはおかしな魔法陣だ……」


 魔法陣とは『理』の定めた公式を使って描かれた、設置型の魔法発動装置のようなものだ。

 通常、詠唱やイメージを媒介して使用する魔法と同じように、『理』の規定(プロトコル)に則り、公式に沿った図式を描いて魔法を発動させる。

 公式を無視する裏技的な描き方もあるが、基本的にはプログラム言語のような図を描いて『理』にアクセスし、魔法という事象を発生させる。

 だが今、目の前に描かれた魔法陣は、大賢者だった俺の知る公式を一切、使ってはいなかった。


「魔法陣としての(てい)をなしていないのに、封印という事象は発生している。なんだこれは……」


 それはまるで、数字を使っているのに言葉を発しているような――そんな『あり得なさ』を感じてしまう。


「……俺の知らない方法か。興味深くはあるが後回しだな」


 魔法陣に描かれた図式を見ると、いくつかの結節点となる部分が見え隠れしていた。


「この部分に干渉すれば事象は無効化できるはず……よし、できた」


 結節点となる部分を霊素によって削除すると、案の定、石扉を封印していた力は簡単に霧散した。


「よし、行こう――」


 覚悟を決めて力を籠めて石扉を押すと思いの外すんなりと扉は開いた。

 扉の中からは、まるで世界を侵食するようにじわじわと黒い靄が溢れ出してくる。

 この黒い靄は、呪詛が現実に干渉して現界してしまった姿なのだろう。

 溢れ出した黒い靄を掻き分けながら、俺は石扉の奥へと進んでいった。

 やがて――。


「見つけた――」


 蓋の空いた石棺に横たわる懐かしい女性の姿。

 女神ユーミル、その人の姿だった。

 ユーミルの身体は黒い靄に覆われ、顔の一部だけが表に出た状態だ。


「ユーミル……!」


 俺はすぐさま石棺に駆け寄り、横たわったユーミルを抱き締めようと手を伸ばす。

 だが――。

 伸ばした手にユーミルの感触が伝わってくることはなかった。


「ユーミルの存在が消えかかってる……!」


 自らを『己』と認識することができて初めて『自己』という存在感を得ることができる。

 『存在』という概念が『存在』するためには、『自己』という存在を自ら認識していなければならないのだ。

 今のユーミルの状態は『自己』を確立することができず、存在が朦朧となってしまっている状態だ。

 このまま放置していては、創世の女神ユーミルという『存在』は『自己』を確立できずに消失してしまうだろう。

 そうなってしまえば――。


「この世界の『理』はユーミルと共に緩やかに消失していく。それは世界の消失を意味するはず……。『古き貴き家門』は世界を消失させようとしているのか?」


 そんなことをする意味はなんだ?


「……いや、そんなのは後回しだ。今はユーミルを……!」


 頭の中に浮かんだ疑問を強引に打ち消し、俺はユーミルを救う手立てを考える。


「どこかにユーミルを呪縛している何かがあるはずだ。何かが――」


 必死になって探す内に、石棺の中に文字が刻まれているのを見つけた。

 強制力が含まれる魔法文字である古代ルーン文字と、ユーミルの名を合わせた呪いの二重(ふたえ)言葉。


 呪縛を意味するルーン文字『Nied』。

 そしてユーミルの名である『Ymir』。


 だがそれだけじゃない。


「書かれている言葉は『Rimy』。その存在が持つ『名』を反転させることで本質を反転させる呪い……ユーミルを縛っている呪いはこれか」


 この石棺に書かれている言葉は『NiedRimy』。


「ニィドリム……奴隷の首輪に書かれていた二重言葉と同じじゃないか」


 奴隷を虐げることで奴隷たちの怨嗟の声を集め、それを触媒として女神を呪縛して『神の否定』を突きつけていた――。


「クソッタレが! どうしてここまで酷いことができるんだ……!」


 奴隷たちは神を否定するために虐げられていたということなのか。

 その悪意に満ちた行いに反吐が出そうになるのを堪え、


「今、自由にしてやるからな。待ってろよ、ユーミル!」


 俺は体内の霊素(エーテル)を高めて、石棺に書かれた二重言葉を消去していった――。




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