【第16話】世界を革命する力(2)
「なんだよこれ……」
メインモニターに映る惑星『テラ』の姿。
本来ならば大地と海、緑と青に染まった美しい姿をしているはずのテラは、全土を黒い靄に包まれた暗黒の惑星となっていた。
「あれが汚染物質だっていうのか?」
メインモニターを通して見ても唖然としてしまうほどのどす黒い靄。
その靄を見て首を捻る俺に、マーニが淡々と説明してくれた。
「そう。テラは汚染されて上陸が禁止されている死の星。それがこの時代の常識」
「それは……そうですね。私たち奴隷でもそれは知っています」
「その情報はどこから?」
「え? それは……そのときの主人であったり、奴隷商人たちから教えられましたが……」
俺の質問が予想外だったのか、ドナは困惑しながら答えた。
「つまり自分の目で見た訳じゃないってことだよな」
「それはそうです。奴隷がテラに上陸することなどありませんし、テラに来たのも初めてのことですから」
ドナの言葉は真実だろう。
自由を持たない奴隷たちが、自らの意志でテラに来ることなど有り得るはずがない。
だけど――。
「……ジャック様。考えるよりも”見る”ほうが早いよ。エル、マナジェネレータを起動して」
「え、あ、えっと……」
艦長ではないソールの指示に従って良いのかと迷うエルに、
「ソールの指示に従って」
俺は頷きを返して許可を出した。
「了解です。えっと……はい、マナジェネレータ起動しました」
「ジャック様、分析魔法を使うから、その目でしっかり見ておいて」
「分かった」
「分析」
ソールがマギインターフェースを分析魔法を発動させると、艦のメインモニターに黒い靄の分析結果が表示された。
『惑星テラ』
人類発祥の惑星。
惑星全体が『神の否定』により侵食されている。
「神の否定だってっ!? 原初の呪詛じゃないかっ!?」
神の否定。
それは原初にして最強の呪いだ。
人類を生み、育て、支えた女神の存在を否定する呪詛。
女神の存在を根底に据えた『理』で成り立つこの世界において、世界の成り立ちそのものを否定する凶悪な呪詛だ。
呪詛の存在に気付いて声を上げた俺に、マーニとソールの二人が口々に説明を始めた。
「そう。この世界を否定するのと同じ意味を持つ『神の否定』。それは四千年前に一部の者によってテラ全土にばら撒かれた」
「一部の者?」
「ん……『古き貴き家門』の先祖たち」
「なるほど。なんとなく胡散臭さは感じていたが……『古き貴き家門』の先祖がしたってのか」
「この呪詛によって呪縛されたユーミルお姉様は、創世の女神という存在を封印された。人類は世界の『理』の礎を意味消失させてしまったんだよ」
「その後から今までの四千五百年の間に、人類は信仰を忘却し世界の『理』を歪めていった」
「ソールたちの他にも居た、多くの女神が消滅してしまったんだ……」
「ジャック様。今ならまだギリギリ間に合う」
「でも……でも! ソールたちからジャック様にお願いすることは禁止されているんだ。だから……だからジャック様……っ!」
「皆まで言わなくて良い……! 分かった。分かっているから!」
涙声で言外に助けを求める二人に頷きを返す。
「ユーミルを助ける。それはヒトである俺にしかできないことだ」
女神であるマーニたちにとって、神の否定が渦巻く惑星でユーミルを探すことはできない。
ここまで大きくなってしまった呪詛だ。
呪詛に触れた途端、自身の存在が否定されて、ソールたちの存在はこの世界から消滅することになるだろう。
信仰の薄れたこの世界で、二人が存在を維持できていたことは奇跡に近かったはずだ。
「よくぞ俺の下に来てくれたな。二人が受肉できて本当に良かった……」
「ん。ジャック様が居てくれなければあと百年も保たなかったと思う」
「ジャック様が転生してくれて本当に良かったよぉー……!」
女神であるソールたちの願いはある種の神託だ。
『理』を基礎としたこの世界では大きな強制力を持つ。
だがソールたちはユーミルから俺に神託を出して行動を強制しないようにと言われていた。
だから今までずっと沈黙を貫いてきたのだろう。
だが、今、テラの状況を理解し、俺自身が自分で行動することに決めた以上、ソールたちの言葉は神託としての意味を成さなくなる。
つまり俺が、俺自身の意志で行動することができる、ということだ。
「今までよく頑張ったな。気付いてやれなくてすまなかった」
「ん。でも大丈夫。ジャック様はちゃんと気付いてくれた」
「うん。さすが――」
「お人好しのジャック・ドレイクってか?」
「クスクスッ……そうだねー!」
「ふふっ……確かにそう」
泣き笑いの表情を浮かべる二人の傍で、リリア以外のクルーが唖然とした表情を浮かべていた。
「ええとー……女神様って何のこと?」
「なんだかよく分からない話で盛り上がってるニャー……」
「どうなってんだこりゃ?」
「さあ……?」
困惑した様子を見せるクルーたちに、リリアは笑顔を浮かべながら状況を説明してくれた。
「ふふっ、大丈夫ですよ。ご主人様とマーニさん、ソールさんにとって、大切なことが解決しようとしてるってことです」
「なる、ほど? でも大切なことってなに?」
エルの疑問にリリアは片目を閉じて答える。
「ご主人様が説明なさらないということは、私たちはまだ知らなくても良いことなんでしょう。私たちに必要だと思ったら、きっとご主人様が説明してくれますよ」
「んー……なら待ってて良いかー」
「まぁそうだニャー。ミミたちは指示に従うだけニャ」
「そうですね」
「でもよぉ。何か釈然としないんだよなぁ……」
「ちゃんと後で説明するよ。だからガンド。それにみんな。今は俺に力を貸してくれると嬉しい」
「そりゃまあ……アタイにできることはしてやるけどよ」
「それで充分だ」
ガンドの言葉に感謝を返して俺は艦長席から立ち上がった。
「リリア。全乗組員に通達する。マイクを頼む」
「はいっ!」
リリアは管制卓を操作して、全艦放送の準備を整えてくれた。
「全乗組員に告げる。艦長のジャック・ドレイクである。本艦はこれよりテラの静止軌道上に待機する。各員、不測の事態に備え、警戒態勢を維持して欲しい」
そこで一度口を閉じ、乗組員たちに言葉が浸透するのを待つ。
「艦長である俺、ジャック・ドレイクは所用があるため、単身、テラに上陸するつもりだ。その間の指揮はマーニとソール、二人の筆頭奴隷に託すつもりで居るから彼女たちの指示に従うように。これは俺からの命令である」
「お、おいっ ご主人、本気で一人で――」
驚き、何かを言おうとするガンドを目顔で制し、俺は言葉を続けた。
「恐らくではあるが、本艦は大艦隊からの攻撃に曝されることになるだろう。だが安心して欲しい。諸君らも知っての通り、このアルヴィース号は、どれほどの大艦隊の攻撃であろうと跳ね返す鉄壁の防御を誇る。だが……敵と認定されてしまった場合、乗組員の皆は困難な立場に追いやられるだろう。艦を降りるのであれば後ほど、各セクションのリーダーに上申するように。慰労金を渡した後、快く見送るつもりだ」
一気に捲し立て、俺は全艦放送を締めくくった――。
「おいご主人、どういうつもりだよ! 一人で行くなんて、アタイは聞いてないぞ!」
「言ってないからな」
「ふざけんな! そういうこと言ってじゃねえよ!」
「分かってるよ。だけどテラは今、呪詛に充ち満ちている。普通の者がテラに上陸すれば数分で死に到ることになる」
「な……。というか、なんだよジュソって。毒ガスか何かなのか?」
「呪詛っていうのは、人に影響する呪いのことだ」
「呪いだぁ? そんな胡散臭いもん、アタイに効くはずがねえ!」
「言い張るのは自由だが、呪詛はそんな簡単なものじゃないんだよ」
「呪詛、とはもしかして魔法の一種なのですか?」
ガンドの横で俺の説明を聞いていたドナが確認するように尋ねてきた。
「そうだ。魔法よりも強制的で、強力で、対処のしようがないもの。それが呪詛だ」
「でも対処できないならアナタ……ご主人様だって同じじゃないの?」
「そうニャ! そんな中に一人で行くなんて無謀過ぎるニャ!」
「俺は普通じゃないから大丈夫だよ」
「そうは言ってもよぉ……!」
「心配してくれてありがとう。だけど本当に俺は大丈夫だから」
「……チッ」
どれだけ心配しても決定を覆さない俺を見て、ガンドは忌々しそうに舌打ちを零した。
「とにかく俺は大丈夫だから安心してくれ。それより心配なのは静止軌道上に置いていくアルヴィース号のほうだ」
「ん。多分、『古き貴き家門』の艦隊が押し寄せてくる」
「はっ? つまりなんだ。アタイたちは『古き貴き家門』たちに喧嘩を売ることになるってことかい?」
「結果的にはそうなるだろうねー」
「はー……なんだよそれ!」
声を荒げて拳を掌にぶつけたガンドが、
「カカカッ! 面白そうじゃねーか!」
豪快に笑い声を上げた。
「うんうん。あいつら偉そうだからエル嫌いなんだよねー」
「ミミの一族の仇でもあるニャ! 喧嘩上等なのニャ!」
テンションが上がる一同を横目に、何かを考え込んでいたドナが顔を上げて俺を見つめてきた。
「やっぱり戦争する気なのですか?」
「……今はなんとも言えない。だけどテラに居るはずの友人の状態によっては力を振るうことを躊躇するつもりはない」
「そうですか。……分かりました」
「良いのか?」
「良いか悪いかと言われれば、悪いということになるでしょうが。私はどちらでも構いません。……ご主人様についていけば、知らないことを知ることができる。私にとってはそちらの方が大切ですから」
「そうか。なら保証しよう。俺たちについてくれば、自分の中の常識と、世界の常識がひっくり返るところを見学できるぞ」
「ふふっ、それは楽しみですね」
ドナが笑ったところで、俺は改めてブリッジクルーたちを見る。
「みんなマーニとソールの指揮の下、俺が戻るまで何とか耐えて欲しい」
「まぁやってやるさ」
「できるだけ頑張る!」
「ミミも何とか頑張るニャ!」
「やりましょう」
口々に答えたくれたクルーたちに頷きを返したあと、俺は沈黙を保っていたリリアに向き直った。
「そんな訳だから……行ってくるよリリア」
「はい。いってらっしゃいませご主人様」
何も聞かず、微笑みを浮かべたリリアが見送りの言葉を掛けてくれた。
多くは聞かず、多くを言わず。
俺を信頼して見送ってくれるリリアに感謝しながら、俺は必要なことをマーニたちに尋ねた。
「それで、ユーミルが封印されている場所に心当たりはあるのか?」
「ジャック様も良く知ってる場所」
「ジャック様のお葬式があった場所。中央聖教会大聖堂の遺跡だよ」