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【第15話】世界を革命する力(1)

 四人の奴隷に事情を説明して協力を要請したことで、他の奴隷たちも俺のことをそれなりに認めてくれるようになった。

 生活班、衛生班、糧食班、整備班などなど、ステータスに合った班に分かれてもらい、それぞれに必要な教育と訓練を施す。

 それと同時に駆逐艦の魔改造を行いながら、資金稼ぎのために初代アルヴィース号を駆ってギルドの依頼をこなしていく。

 正直、目が回るほどの忙しさだ。

 最初は一ヶ月後にはテラへ向かう予定で居たのだが、それはさすがに見積もりが甘すぎた。

 結局、更に二ヶ月、同じような日々が続き――駆逐艦を手に入れてから三ヶ月が経過した頃、ようやく出港の目処がつくに到った俺たちは、カリーンステーションを出港した。

 宇宙を駆るのは、艦首に天秤と交叉する剣の艦首旗が描かれた艦。

 新生アルヴィース号だ――。




「総員に告げる。本艦はこれよりソル星系第一宙域本星『テラ』に進路を向ける。各員の奮励努力を願う」


 艦長席に備え付けられたマイクを通し、新生アルヴィース号の乗員たちに向けて宣言する。


「ソル星系第七辺境宙域からいくつもの宙域を突破する長旅となる。だが安心して欲しい。各宙域に到着する都度、休息の時間を取る。諸君らに疲れが溜まらないように留意するつもりだ」


 ソル星系は第一から第四宙域が銀河連邦直轄であり、『古き貴き家門(ハイ・ファミリア)』と呼ばれる貴族たちが統治している宙域だ。

 中央宙域と呼ぶこともあり、第五宙域から辺境宙域と呼称される宇宙の辺境とは一線を画す宙域となっている。

 第七辺境宙域からソル星系第一宙域を目指すには、まずは第六辺境宙域、第五辺境宙域を長駆する必要がある。


「辺境宙域は治安が良いとは言いづらい宙域だ。途中で海賊との交戦も発生してしまうだろう。だが安心して欲しい。このアルヴィース号には襲い来る敵に対して万全な備えを持っている。諸君らはブリッジの指示に従って訓練通りに行動してくれ」


 チラッとソールを見ると、親指を立てて準備完了を告げていた。


「さて。本艦は世の中に出してはならない多数の秘密を抱えている。その内の一つを諸君らに披露するとしよう。各員、作業の手を止めて近くのモニターに注目するように」


 指示が浸透するまでしばらくの間、無言で待つ。

 その間にもマーニたちがワープの準備を進めていた。


「わ、ワープって……駆逐艦にはそんな装置、搭載できないはずニャ」

「そうだよね。どうするつもりなんだろう?」


 首を傾げるエルとミミの横で、考え込んでいたドナが何かに気付いたようにマーニを見た。


「もしかして、魔法でワープするってことでしょうか……?」

「ん。転移魔法」

「転移魔法……そんなものがあるんですね。すごい……!」

「ジャック様はなんでもできるすごい人。みんな忠誠を尽くすと良い」

「そうですね……ここ三ヶ月でご主人様のお人柄はそれなりに理解はできました。まだ理解できないことも多いですが」

「ん。まぁゆっくり理解していけばいい」

「ええ。そうさせてもらいます」

「とはいえ、仕事はしっかりする。ドナ、転移座標の割り出し。やり方は教えたはず」

「はい。なんとかやってみます……!」


 マーニの指示を受けてドナが管制卓にかじりつく。

 その横ではソールがエルに指示を出していた。


「ほらほら、早くマギインターフェースを出して出してー」

「ううっ、ちょっと待ってくださいよぅ!」


 ソールに急かされて、エルは焦りながら管制卓を操作する。


「マ、マギインターフェース展開完了しました!」

「じゃあ次は通常動力であるエレメントジェネ-レータにマナジェネレータを接続して起動だよ、ほら早く早くー」

「ううっ、次から次へと、そんなに矢継ぎ早に言われたってすぐには対応できませんよぉ!」

「マナジェネレータの起動はアルヴィース号のキモだから、スムーズに移行できるようにすることー。ほら練習練習ー!」

「ううっ、分かってますよぉ!」


 ソールは次々に指示を出しながら、焦った様子を見せるエルを楽しげに見守っていた。


「情報を刷り込み(インストール)されたからって、それは『知識として知っている』だけの状態なんだから、情報を理解し、経験しなくちゃスキルは身につかないよー。『知っている』と『できる』には大きな差があるんだからどんどん経験を積んでいかないとー。ほらがんばれがんばれー!」

「うう、言われなくても頑張ってますよぅ! えと、マナジェネレータ接続完了しました! はぁ、はぁ、どうです! やりましたよソールさん!」

「あははっ、うんうん、良くできましたー!」


 やりきった顔のエルを褒めてあげていたソールが、椅子越しに俺のほうを振り返った。


「魔力転換、準備完了だよジャック様ー!」

「了解。俺が魔法を発動するまでしばらく待機しておいて」

「ほーい!」

「さて……リリアのほうはどう?」

「は、はい! ミミさん、周辺の状況はどうなってますか?」

「ニャー……ニャー……ええと、周辺に機影なし! なのニャ!」

「ロングレンジはどうですか?」

「ニャ? 遠距離探査はやってないニャ……」

「じゃあすぐにしてください」

「了解ニャ!」

「アルヴィース号の秘密を守るために、観測員は常にレーダーの確認が必要になります。近距離、遠距離問わず、常に索敵して周囲の状況をご主人様に正確に伝えるのが私たちの役目です。がんばりましょうね!」

「がんばるニャ! ええと、遠距離レーダーにも機影が無いことを確認したニャ!」

「とても早い報告、ありがとうございますミミさん!」

「ニャー! ミミ、頑張ったニャ♪」


 リリアに褒められて、ミミは嬉しそうに喉を鳴らした。


「ご主人様。転移に障害無し、です!」

「了解。ありがとうリリア」


 各所からの報告を受け、俺はマギインターフェースに手を置いた。


「俺のほうは準備完了だ。マーニ、カウントダウン」

「ん。転移魔法発動まで、10、9、8、7――」


 マーニの淡々とした声がブリッジに響く。


「3、2、1……0――」

「転移!」


 魔法の発動と共にマギインターフェースに魔法陣が描かれ、それと同じ図柄の魔法陣が新生アルヴィース号を包み込んだ。

 一瞬、ブリッジから見える宇宙が白く光り――すぐに光が収まると、窓の外には何の変哲もない宇宙空間が広がっていた。


「状況報告」


 俺の指示に従ってクルーが管制卓を操作する。


「現在位置判明。ソル星系第六辺境宙域第三惑星圏。惑星ギルム近傍への到着を確認」

「周辺宙域に艦影なし、です!」

「マナジェネレーターの正常稼働を確認ー。新生アルヴィース号でも無事、転移魔法の発動が確認できたねー」

「ああ。艦の全長が少しネックだったがなんとか成功したようだ。魔力変換効率はどうだ?」

「誤差の範囲だよー」

「よし。とりあえずは新生アルヴィース号の改造は成功ってことかな」

「あとは戦闘面を確認したほうが良い」

「それはそうだが……良さげなところってあるかな?」

「ギルムは第三惑星圏の本星。治安は良い。第五宙域方面に移動すればホロリスステーションがある。適度に治安が悪いから稼ぐにはうってつけ」

「じゃあ艦首をホロリスステーションへ。そこでしばらく資金稼ぎと乗組員の慣熟訓練を行おう」

「了解ー! アルヴィース号、通常航行にてホロリスへ出発ー! ……ってほらほらみんなー。なにボーゼンとしてるのー? 行くよー」

「え、あっ、だ、だって……」

「こ、これがワープって言うのニャッ!? 一瞬過ぎて何がなんだか分からないのニャ!」

「そう、ですね……まさかこんなに簡単に転移してしまうなんて。魔法、凄すぎます……」


 初めて見た魔法の凄まじい効果に、新人ブリッジクルーたちが茫然としていた。


「くふふっ、まだまだこんなものじゃない」

「ひ、ひぃ! これ以上、まだ何かあるのぉ!?」


 マーニがニヤリとした笑みを見て、エルが怯えて身を震わせる。


「まー、あとは戦闘用の装備がいくつかと、生活系でいくつかってところかなー」

「ん。でもそれはおいおい。楽しみにする」

「楽しみ……ですか。なんだか度肝を抜かれて素直に楽しめないような気もしてしまいますが」

「ううっ、何が起こるのか怖すぎて考えたくないニャー……」

「ふふっ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。だってアルヴィース号はご主人様の(ふね)なんですから♪」

「ニャ? どういうことニャ?」

「ご主人様の艦なんですから、どんなことが起きたって不思議じゃないってことです♪」

「いや、そんなに嬉しそうに言われても……」

「慣れていない私たちには驚きの連続過ぎて」

「それも大丈夫です! きっとすぐに慣れますから♪」

「慣れるのかニャー……? ミミは不安ニャ……」




 ホロリスステーションに移動した俺たちは、そこを拠点として周囲の海賊たちを捕縛する依頼をこなす。

 最初は魔法について驚いてばかりだった乗組員たちも、説明と教育によって徐々に適応してくれた。

 それからたっぷり一ヶ月を資金稼ぎと訓練や教育、そしてアルヴィース号の改修に割いた後、俺たちは第五宙域に転移した。

 第五宙域でもやることは同じだ。

 資金稼ぎと訓練に教育、そしてアルヴィース号の改修に明け暮れた。

 こうして時間は光の矢のように早く過ぎ去って行き――気が付けばドレイク家の本拠地『マザードック』を出立してから半年が経過していた。

 だが時間を掛けた甲斐もあった。

 奴隷たちと過ごした時間も長くなって、俺はそれなりに主人として認められるようになった。

 奴隷たちもまた、アルヴィース号の乗組員としての自負を持つようになってくれていた。

 艦の整備も万全、装備も万端。乗組員の訓練や教育も上々。

 となれば、あとは目的地であるテラに向けて出航するだけだ。

 第五辺境宙域の本星『アイリス』で補給物資をしこたま積み込んだ俺たちは、いよいよ惑星テラに向けて第四惑星宙域へと艦首を向けた。

 だが――。

 第四惑星宙域への入域しようとしたそのとき。

 アルヴィース号は『古き貴き家門』の任務部隊に包囲されてしまった。



『これより先は銀河連邦直轄宙域に当たる。許可を持たぬものを通す訳にはいかぬ。すぐに艦首を巡らして後退しろ!』


 包囲する艦隊から高圧的な通信に、ブリッジで状況を窺っていたガンドが怒声を上げる。


「なんだぁこいつら! 何の権限でアタイらを退かそうとしてんだよ? おいご主人よぉ! 喧嘩売られてんぞ! やったろうじゃねーか!」

「いやいやなんでそんなに血の気多いのってオーガ族じゃ仕方ないか」

「ああん? 種族なんて関係あるかよ! 喧嘩を売られたんだから、買わなきゃ損だろうがよ!」


 好戦的な声を上げ、今にもブリッジを駆け出そうとするガンドに、


「そりゃアルヴィース号なら簡単に蹴散らすことはできるけどな。でも権力を笠に着て威張り散らすヤツを蹴散らしたところで、余計な面倒を背負うことになるだけだ。少しは落ち着け」

「そうは言うがよぉ……ご主人が舐められてんだぞ? これが落ち着いていられるかよ」

「……ガンド」

「な、なんだよ?」

「ガンドに主人と認めてもらえて俺は嬉しい! 感動した!」

「バ、バカ言ってんじゃねーよ! べ、別にアンタを認めた訳じゃないんだからな! ただ、その、なんだ……言葉のアヤってやつだ!」

「うんうん、そうかそうか。それでも嬉しいぞガンド!」

「チッ……やりづれぇ……」


 満面の笑顔を浮かべる俺の姿に、苦々しげに舌打ちをしたガンドの横で、レーダーを確認していたリリアが報告の声をあげた。


「艦首旗を確認! 『古き貴き家門(ハイ・ファミリア)』の一つ『サジタリウス家』の領邦艦隊です!」


 リリアの報告がブリッジに響く。


「へぇ……こいつらが『古き貴き家門』の私兵か……」


 巡洋艦四、高速駆逐艦八。

 規模を考えれば領域守備を任務とする部隊だろう。


「『古き貴き家門』。宇宙世紀の初めから銀河連邦を影ながら支配する、十二家の総称。つまり実質的な宇宙の支配者とも言える」


 俺の独り言を補足するようにマーニが『古き貴き家門』についての情報を伝えてくれた。


「……ソール、こいつら嫌い。ねぇジャック様! 殺っちゃおうよ!」

「おまえもかソール。……ガンドじゃないんだから、もうちょっと落ち着いて発言しような」

「むー……」


 不満そうに唸ったソールは口を閉ざし、モニターに映る艦隊を睨み付けていた。

 その様子が少し気になるが、今はそれどころじゃない。


「……とにかく。今は『古き貴き家門』の連中とは事を構えたくない。ここは素直に従おう。ソール、後退してくれ」

「いや!」

「はっ? え?」

「絶対いや!」


 俺の指示を頑なに拒否するソールに困惑しながら、


「あー、じゃあエル。頼む」


 ソールに操艦を伝授されているエルに代わりを頼む。


「ふええっ!? あ、えーっと……りょ、了解です?」


 良いのかな? とでも言うようにソールの表情を窺っていたエルが、管制卓で指を踊らせてアルヴィース号を後退させた。


「サジタリウス戦隊、艦首動かず。どうやらアルヴィース号が退去するまで動かないつもりのようです」

「ありがとうリリア。……厳重過ぎる警戒に思えるな」

「許可のない者の侵入を拒むのは当然だと思いますが……」

「それはドナの言う通りなんだけど。うーん……そもそも許可なんてどうやって貰えば良いんだ? ドナ、分かる?」

「無茶を言わないでください。奴隷如きにそんなことが分かるはずないじゃないですか」


 肩を竦めるドナをフォローするように、マーニが疑問に答えてくれた。


「……第四惑星宙域からは銀河連邦が発行する通行許可証が必要。その通行許可証は一部の貴族と一部の民間業者にのみ発行されている」

「つまり通行許可証を持たない俺はテラには行けない……ってことか」

「正攻法では、そう」

「……なるほど」


 納得はしたが、新しい疑問が頭に浮かぶ。

『マーニはなぜ、その情報を今まで俺に教えてくれていなかったのか』という疑問だ。

 常に俺の欲する情報を集め、教えてくれていたマーニのその行動は、あまりにもマーニらしくない。


(俺に言えない『事情』に関係するってことか……?)


 そうであればこれ以上マーニに質問したところで、何も教えてはくれないだろう。


「……よし。正攻法で無理なら別の手を考えるまでだ」

「戦闘か! よっしゃ! アタイに任せな!」

「いやいや、そんな危ないことはしないってば」

「なんだよそれ! もっと本気になれよご主人よぉ!」

「血の気が多いなぁ……火の粉は払うけど喧嘩はしない。それが今のところ俺の基本方針なの。だから今回も戦闘は無し!」

「チッ。つまらん……」


 おい。

 今、つまらんって言ったか?


「つまるもつまらないもないっての。艦には三百人もの仲間が乗ってるんだからできる限り安全に、だ」

「わーったよ」

「よし。リリア」

「は、はいっ!」

「周辺に艦影の無い宙域を探してくれ」

「あ……もしかして?」

「ああ。転移魔法で一気にテラまで飛ぶつもり。長距離転移は初めての試みだけど、新生アルヴィース号はジェネレータも大型になってるし、多分大丈夫だろう」

「了解しました!」

「頼む。それじゃ各員、転移魔法に備えて準備してくれ。マーニとソールも今は協力してくれよ?」

「ん」

「……(コクッ)」


 手短に答えたマーニと、頷くだけのソール。

 全く。

 何を隠しているのか知らないが二人とも、らしくない。




 リリアの誘導に従って艦影のない宙域に移動し、乗組員たちは手慣れるようになった転移魔法の準備を進める。

 その間もマーニとソールは無言を貫き、ブリッジには重苦しい雰囲気が漂っていた。

 そんな中、順調に準備を整えた俺たちは、号令一下、アルヴィース号をテラへと転移させたのだが――。





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