表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/71

【第14話】テラへ(3)

 それから数日、俺たちは奴隷たちのステータスの確認や、俺たちの秘密を口に出すことができなくなる魔法『秘匿の制約』を奴隷たちに施すなど、足場を固める作業を進めた。


「奴隷たちを組織的に動かすためにもリーダーが必要だな」

「だねー。だれか良い子が居るかなー?」

「ん。奴隷たちのステータスをリストにした。それから選ぶ」


 そう言うとマーニが艦長席のモニターにデータを転送してくれた。


「ありがとう。どれどれ……」


 リストに表示されているのは、名前やレベル、ステータスやスキル、そして種族だ。


「なかなか種族のバラエティに富んだ面々だな」

 人間は言うに及ばず、大鬼族、小鬼族、アールヴ、黒アールヴ、獣人、蜥蜴人――。


「銀河連邦準拠の種族名だと、俺が知る種族の名前じゃないな」


 俺が知っている呼称は、オーガ、ゴブリン、エルフ、ダークエルフ、獣人、ドラゴニュートだ。

 それが微妙にねじ曲げられているのが気になる。


「本質が歪んでいるってことか? それとも――」


 世界の『理』がおかしくなっているということなのか。


「……」


 頭に浮かんだ疑問に思索を深めていると、


「ジャック様ー、良い子はいたー?」

 ソールが待ちきれないとでも言うように確認してきた。


「あ、ああ。何人か、良さそうなやつが居たよ」


 言いながら、俺はリストの中からいくつか選んでメインモニターに表示させる。


「まずオーガの女性。これは格納庫で俺に突っかかってきた、ガタイの良かった女性のことだ」


【個体名】ガンド

【種 族】オーガ族

【年 齢】29歳

【生命力】430

【魔 力】50

【筋 力】77

【敏 捷】21

【耐久力】93

【知 力】17

【判断力】21

【幸運値】14

【スキル】近接戦闘LV3、身体強化LV3、不屈、統率LV2

【補 足】拘束具によってスキル封印中


「統率レベルが2っていうのがいいねー」

「ああ。奴隷たちのリーダーを任せるにはもってこいだ」

「筋力と耐久力の数値が高く、近接戦闘のレベルも高い。これなら空間騎兵を任せるにはもってこい」

「だな。戦闘部隊の小隊長を任せるつもりで考えてる」

「ん。それが良い」


 メインモニターに表示されたステータスを見て、リリアが不思議そうに声を漏らした。


「ふぁぁ、分析魔法(アナライズ)ってすごいですねぇ……こうやって皆さんの強さが数値で表示されるなんて」

「そうだよ。ステータスの生命力と魔力の平均数値は300。能力の平均値は50前後。スキルレベルは最高が10になってる。ちなみに俺の今のステータスはこんな感じ」


【個体名】ジャック・ドレイク

【種 族】人間

【年 齢】15歳

【生命力】630

【魔 力】990000

【筋 力】53

【敏 捷】89

【耐久力】50

【知 力】∞

【判断力】77

【幸運値】255(+α)

【スキル】大量につき別枠表示

【補 足】称号多数、神の加護複数所持


「こ、これがジャック様のステータス……! すごいです!」

「ふふふっ。これでも前世に比べてまだまだ低い数値なんだけどね」

「チート自慢カッコ悪い」

「そうだよー。それにジャック様、全盛期にはほど遠くてヨワヨワじゃんかー。こんなんじゃソールには勝てないよー?」

「ぐぬっ……仕方ないだろ! まだ十五歳だぞ俺?」


 元とは言え、女神と比べないでくれ。


「まぁこれからに期待」

「だねー。せめてソールとガチンコで戦えるようになってくれないと、本気で訓練できないしー」

「いやいやソールにもマーニにも必要ないだろ? 訓練なんて」

「でも訓練しないと運動不足になるしー。ソール太っちゃうよぉー」

「仕方ない。ジャック様とのエッチに精を出して運動不足を解消する」

「あ、それ、良い考えだねー! ガチンコじゃなくてチンコで勝負かー! という訳でジャック様、今晩エッチしよーねー♪」

「勝手に決めるな勝手に。そんな暇あるか」

「ブーブー」

「仕方ない。ジャック様とエッチするためにさっさと仕事を終わらせて、言い逃れできないようにする。お姉ちゃんも手伝って」

「分かったよぅ……」


 不満を零すソールに苦笑しながら、他にピックアップした奴隷たちのステータスを表示する。


「あとはブリッジ要員だけど――」

「駆逐艦の運航には最低でも十人の艦橋スタッフが必要。マーニたちの他にあと七人は欲しいところ」

「七人……は厳しいな。見所のありそうな子は三人ほどだった」

「むぅ。もうしばらくはマーニたちが頑張るしかない」

「苦労を掛けるな」

「ん。仕方ないから平気」

「んで、ジャック様ー。誰か良い子いたのー?」

「通常の艦では役に立ちそうにないが、魔導科学で改造した新生アルヴィース号に必要そうな能力の持ち主なら居たよ」


 ソールに答えを返し、いくつかのステータスをハイライトした。


【個体名】エル

【種 族】エルフ族

【年 齢】120歳

【生命力】48

【魔 力】37

【筋 力】11

【敏 捷】28

【耐久力】11

【知 力】29

【判断力】24

【幸運値】27

【スキル】高速思考LV2、高速詠唱LV1、魔力操作LV1

【補 足】拘束具によってスキル封印中


【個体名】ドナ

【種 族】人間

【年 齢】16歳

【生命力】75

【魔 力】11

【筋 力】11

【敏 捷】11

【耐久力】10

【知 力】37

【判断力】39

【幸運値】11

【スキル】高速思考LV1、精神耐性LV3

【補 足】拘束具によってスキル封印中


【個体名】ミミ

【種 族】猫人族

【年 齢】19歳

【生命力】64

【魔 力】21

【筋 力】28

【敏 捷】44

【耐久力】27

【知 力】17

【判断力】21

【幸運値】75

【スキル】探知LV2、魔力操作LV1、身体強化LV1

【補 足】拘束具によってスキル封印中


「首輪のせいでまだスキルは封印中だけど、ブリッジ要員として即戦力になりそうなのはこの三人だな」

「ん……ステータスを見れば鍛え甲斐のある子たちなのが分かる」

「だけど全員女の子なんだねー? ジャック様のエッチー」

「い、いや、別に他意は無いぞ? 対応するスキルを持っている子が少なかっただけで、たまたまだからな?」


 ホントだぞ?


「これは面接が必要」

「だねー。抜け駆けしてジャック様に迫ろうとする危険分子は排除しておかないとー! ねー、リリア」

「はい! えっ、あっ、えっと……ち、違うんです、これは、その」


 ソールに勢いよく返事をしたリリアが、慌てたように言い訳する。


「ははっ、大丈夫。別に誤解はしてないよ。とにかく面接はマーニたちに任せるから選別と教育をお願い」

「ん。マーニたちに任せる」

「あとは……奴隷の首輪の件だけど。今、リストアップした四人には先行して教えようと思う」

「……マーニはあまり賛成はできない」

「ソールも同じくー。正確に理解できるか怪しいしー」

「それはそうなんだけど。だけど奴隷とは何か、奴隷の首輪とは何かを教えておかなければ奴隷たちに未来はない」


 できるだけの手助けはする。

 だけどこの世界で生きていくためには、自分たちの足で立ち上がり、地面を蹴って前に進まなければならない。


「理解できないからといって、そのままにしておく訳にもいかないだろ」

「それは分かる。……ん。マーニは判断をジャック様に任せる」

「仕方ない、かー。いいよ。ソールもマーニと同じにするよー」

「すまんな」

「何かあった場合はマーニたちがフォローする」

「だね。好きにしていいよ、ジャック様ー」

「ありがとう」


 賛成できないからといって強行に反対する訳じゃなく、あくまで俺の考えを尊重してくれる二人に心からの感謝を覚える。


「そんな訳でリリア」

「あ、はいっ!」


 突然、自分の名前を呼ばれて驚いたのか、リリアが目を丸く見開きながら俺に応えた。


「リリアには奴隷たちの世話役をお願いしたい……やってくれるかな」

「お世話役、ですか? ええと……それって一体、何をすれば……」

「別に難しいことじゃないよ。奴隷たちに寄り添い、質問があれば答え、困ったことがあれば相談に乗る。そんな風に触れ合ってくれるだけでいい」

「なるほど……。私にどこまでできるか分かりませんけど、ご主人様のお願いですから、私、精いっぱい頑張ります!」

「よろしく頼むよ。奴隷たちには今、自分たちと同じ目線に立ってくれる人が必要だろうから」


 形式上とは言え、リリアは今も俺の奴隷という扱いだ。

 奴隷のリリアが俺と奴隷との間を繋いでくれれば、奴隷たちもある程度は安心できるだろう――そういう狙いがあった。


「何かあればマーニたちがフォローするから安心する」

「そうだよー。がんばれリリアー!」

「はいっ!」




 軍用の駆逐艦には様々なスペースが存在する。

 大人数が同時に食事を取れる大食堂。

 医療室に工作室などの実務を行うスペースもあれば、トレーニングできる訓練施設なんかも存在する。

 搭乗員のメンタルケアを目的とした公園スペースでは、ホログラムによって森林公園然とした景色が楽しめるようにもなっており、充実した搭乗生活を送ることができる。

 そんな充実した施設の中の一つ――士官たちが集い、作戦を議論するための作戦会議室に幾人かの奴隷を呼び出して対峙していた。




「改めて名乗る。俺の名はジャック・ドレイク。ソル系第七辺境宙域惑星ドラムを本拠地とする貴族、フランシス・ドレイクの三男坊だ。もっとも今は独立して、ただのジャック・ドレイクでしかないけどな」

「ひぇ……き、貴族……っ!?」


 リリアと同じような尖った耳を持ち、給料のことを質問してきた少女――エルフのエルが貴族と聞いて怯えたように声を震わせた。


「俺自身は貴族の三男坊ってだけだし、家を継ぐつもりはないから、そこまで偉い存在じゃないぞ?」

「でも貴族、なんですよね……?」

「それはまぁそうだけど。だけど安心してくれ。身分をかさに掛けてどうこうするつもりは無いから」

「フンッ……そんな言葉、信用できるか……」


 ガタイの良い女性――オーガ族のガンドが俺の言葉を聞いてふてぶてしい表情で吐き捨てた。


「まぁそうだよな。口だけじゃ信じて貰えないから行動で示すしかない」


 ガンドに肩を竦めて応えながら横に立っているリリアたちを紹介した。


「この子たちは俺の奴隷であり仲間だ。この子はリリア」

「リリアです! えっと、皆さんのお世話役を仰せつかりました! 頑張りますのでよろしくお願いします!」

「で、こっちがソール」

「よろよろー!」

「最後に、こっちの子がマーニ」

「ん」

「三人は俺のメイド兼ブリッジ要員として働いて貰っている」

「へっ、つまりあんたのお気に入りって訳か」

「そうだ。この子たちは俺の大切な人たちだからいじめるなよ?」

「ふんっ……」


 ガンドは鼻で笑ってそっぽを向いた。


「なかなか反抗的な態度だなガンド」

「ああん? てめぇ、なんでアタイの名を知ってんだぁ?」

「おまえだけじゃないぞ。エル、ドナ、ミミ。おまえたちのことは全部調べさせてもらった」

「ひぃ……っ!」

「ううっ、怖いニャ……貴族に調べられるなんてロクなことがないニャ」


 エルの隣で、猫人族特有のネコミミをヘタッと伏せながら、ミミがブルブルと身を震わせた。

 そんな中、一人の少女が口を開いた。


「……どうしてわざわざ調べたんですか? 私たちのような奴隷は使い捨ての道具でしかないのに」


 真っ直ぐな瞳で俺をジッと見つめる少女の名はドナ。

 他の亜人たちと違って、この子は普通の人間だ。

 ドナは周囲の空気に飲まれることもなく、淡々とした口調で質問を繰り出してきた。


「もしかして私たちに何かをさせるつもりですか?」

「聡いね。そう、俺はおまえたちに仕事を任せたい」

「仕事だぁ? そんなの命令すりゃ良いじゃねーか。アタイたちは奴隷で、アンタは主人なんだ。このクソッタレの首輪がある限り、アタイたちはアンタには逆らえないんだからよぉ!」

「確かにそうだな。だが俺は指示はするが命令はしない」

「はぁ? 何言ってんだアンタ」


 呆れ顔で言い捨てるガンドに、俺は言葉を付け加えた。


「確かに命令すればおまえたちは逆らうことができない。だけど俺はおまえたちに楽をさせるつもりはない」

「なんだとぉ……!」

「命令に従うだけ。言われた通りにするだけ。それで本当に奴隷から脱却できると思ってるのか?」

「それは――」

「おまえたちが自分で考え、行動しなければ、本当の意味で奴隷からの脱却なんてできるはずがない。俺はそう考えている」

「なるほど。ご主人様は私たちに選択肢を与えてくれているんですね」


 俺が何を伝えたいのか――その意図を察したドナが得心がいったように頷いた。


「そうだ。できるなら自分の意志で選んで欲しい。自分で選んで拒否するのなら構わない。罰を与えることもしないと約束する」

「約束? ふんっ、そんなの信用できるかよ……と言いたいところだが、自分で選んで良いって言うならひとまず話は聞いてやる」


 腕を組んでふんぞり返ったガンドに苦笑しながら説明を再開した。


「まずはガンド。おまえには今後編成する予定の戦闘小隊のリーダーを任せたい」

「……はっ!? アタイがリーダーっ!?」

「そうだ。あと、奴隷たちのまとめ役も頼む。奴隷たちの要望をまとめて、世話役であるリリアと相談してくれ」

「なっ!? ちょ、待ちなよ! どうしてアタイがそんなこと――!」

「どうしてって、ガンドは元々、皆の上に立っていたんじゃないのか?」


 格納庫で一番最初に俺に噛みついてきたのはガンドだ。


「あれは自分が上に立つことによって奴隷たちの心を代弁しつつ、主人の不興を一心に被る覚悟があったからだろう?」

「……ふんっ」

「そういう者にこそリーダーは相応しい。だからガンド。おまえに任せたいんだ。……やってくれるか?」

「……アタイにとってあいつらは家族のようなものなんだ。アンタがアタイにリーダーを任せるって言うのならやってやる。もしアンタが無茶な命令をするのなら、どれだけ首輪に痛めつけられようが、その喉笛、噛みちぎってやるから覚悟しとけ」

「ああ、おまえの目で好きなだけ俺を確かめればいいさ」

「ふんっ……分かったよ」


 リーダー就任を承諾したガンドの隣では、エルたちが不安そうな表情を浮かべていた。

 一体、何をやらされるんだろう――そんな不安に苛まれているのが手に取るように分かる。


「エル、ドナ、ミミ。三人にはブリッジ要員を任せたい」

「ええっ!? そんなの、エルはやったことない……!」

「ミミだって同じニャ!」

「そう、ですね……私たちは今まで宇宙船の運用なんて教えられていませんから……」

「その点は大丈夫。艦のことはマーニたちが徹底的に教育する」

「教育、ですか……」

「そう。三人には艦運用のためのノウハウを一から教える。……と言っても普通に勉強するだけじゃ何年もかかるから裏技を使うけど」

「ひぃっ……う、ううう、裏技? それってきっといかがわしいことですよね……っ! ううっ、ママ、パパ、ごめんなさい。エルは貴族に穢されてしまうみたいです……!」

「い、いやいやそんなことしないよ? ホントだよ?」

「ひぃぃぃ!」


 安心させようと微笑みを浮かべたのが逆効果になったらしい。

 エルは恐怖に頬を引き攣らせて、ガンドの背中に隠れてしまった。


「おい、エルを怖がらせるんじゃねーよ!」

「怖がらせるつもりはなかったんだけどなぁ……」

「仕方ないよジャック様ー。今みたいなニチャーッとした笑いを見せられたら女の子なら誰だって怯えるってー」

「おい待て。ニチャッとなんてしてたかっ!?」


 爽やかに笑ったつもりなのだがっ!?


「ジャック様の微笑は時々気持ち悪くなる」

「えっ、ウソ、俺の笑顔、キモすぎ……?」

「気をつけたほうがいい」

「ううっ、分かったよ……」


 マーニとソールの二人にやり込められる俺の姿に、エルたちが信じられない光景を見たとでも言うように口をポカンと開けていた。


「……なぁ。その二人はアンタの奴隷なんだろ? 奴隷にそんな口を利かせてアンタは平気なのかよ?」

「え? 全然平気だけど。というかガンドも大概、口が悪かったけど、俺は咎めてないだろう?」

「それは……確かに」

「理不尽な罵倒なら俺だって怒るけど、今の会話なんて気心の知れた仲間とのただの会話だろ?」

「いやアタイにはそうは見えなかったんだが……まぁ良い。アンタがまともじゃないとだけ理解しとく」

「えー……」


 それって何かおかしくなーい?


「あ、あのご主人様。説明を続けてあげたほうが――」

「あ、はは……それもそうだ。ありがとうリリア」


 本題からずれそうになった俺を窘めてくれたリリアに礼を言い、再びエルたちに向き直った。


「とにかく、だ。別に変なことはしないから安心してくれ。ただおまえたちの考え方が百八十度変わることになる」

「考え方が変わる……」


 俺の言葉を聞いたドナが、呟きを漏らしながら首を捻った。


「正確には考え方というよりも在り方と言うべきかな。まぁとにかく今までの常識がガラッと変わることになる。その覚悟は持っていてくれ」

「ひぃ、こ、怖い、です……っ!」

「ニャーッ! ミミはそんな覚悟持てないニャー!」

「だいじょう――あー、リリア、二人を安心させてやって」

「ふふっ、はい!」


 大丈夫と言おうとしたが、さっき笑い方がキモイと言われたばかりなので、リリアに頼んで二人を慰めてもらった。

 ニチャッと笑ってるつもりは無いんだけどなぁ……。


「で? 一体、アタイたちに何をするつもりだってんだ?」

「口で説明すると伝わりづらい。ここは実演で示そう。リリア、頼む」

「はい」


 エルたちを慰めていたリリアは俺の指示に頷くと、四人の前に人差し指を差し出した。


「良く見ておいてくださいね」


 リリアの言葉に誘導されるように、四人は人差し指を凝視する。

 そこでリリアは魔法を使った。

 人差し指にろうそくの火と同じ大きさの火が灯り、部屋の中を適温に維持するエアコンの風に当たって微かに揺れていた。

 生活魔法【灯火】。

 燃料に着火するときに使う、ごく初歩的な魔法だ。


「な……っ」

「ひえっ! ゆ、指に火がついて……ええっ!?」

「なんでニャッ!? どうしてニャッ!?」


 驚愕する三人をよそに、リリアの指先を見つめていたドナが、確かめるように呟いた。


「もしかして……あなたは発火能力者なのですか?」


 指先に火を灯す――そういったことができるのは異能者の中でも発火能力者と言われる存在しかいない。

 ドナはそれに思い至って質問したのだろう。


「ドナは物知りだな」

「……昔、発火能力を持っていた子を見たことがあるだけですが」

「そうか。その子とは今も一緒なのか?」

「いえ。発火能力を暴走させたときに射殺されました」

「……すまん」

「昔のことです。それよりもリリアさんは発火能力を使いこなす異能者なんですか?」


 ドナの質問にどう答えようか迷っているのか、リリアが助けを求めるように俺を見た。


「……次に移ってくれる?」

「はい」


 指示を受けたリリアは指先に灯った火を消すと、今度は指先に球形の水を生み出した。


「み、水ぅ!? 今度は水ぅ!?」

「なんでニャッ!? どうしてニャッ!?」

「どうなってんだこりゃ!?」


 火の次は水が現れたことで困惑の極みに落とされたドナ以外の三人が、茫然としたまま動きを止めた。


「発火能力以外に水を生み出す能力? でもそんな能力があるなんて、聞いたことがない――」


 目の前で起こる不思議な現象を解き明かそうと、ドナはリリアの指先を真剣な面持ちで観察していたのだが――。


「ダメですね。何がなんだか私には分かりません……」


 いくら考えても答えにたどり着けないのか、ドナは肩を竦めて考えることを諦めたようだ。

 その様子を見て、俺はリリアに最後の行動をお願いする。


「はい」


 小さく頷いたリリアがおもむろに首輪に指を掛け――ゆっくりと首輪を外した。


「首輪が外れた……っ!? どうして外せるんだよっ!?」

「うそっ、そんな、どうして……?」

「ニャーッ!? 首輪って外せるものなのニャッ!?」

「ミミ、落ち着いてください。首輪は簡単には外せないはずです」

「でもリリアは外してるニャッ!? もしかしてリリアは首輪を外せる人なのニャッ!?」

「いいえ。私が外した訳じゃないんです。これは――」


 そこで言葉を切ったリリアが、俺に視線を向けた。


「俺が外した。子供の頃にね」

「なんだとっ!?」

「そんな……一体どうやって……」

「答えは簡単。魔法だよ」


 ドナの疑問に答えながら指を鳴らすと、その音を合図にガンドたちの首輪が音を立てて外れ落ちた。


「……っ!?」

「ふぁっ!? うそっ、エルの首輪、外れちゃってる……!」

「ニャーッ!? ミミの首輪も外れてるニャッ!?」


 想像もしていなかった事態に混乱する三人をよそに、ドナは外れた首輪をジッと見ながら呟きを漏らした。


「魔法……? もしかして超能力じゃない……?」

「うん。いいね。やっぱりドナは聡い。マーニに任せてもっと鍛えてもらおうことにしよう」

「ん。マーニに任せる」

「これはどういうことですか……?」


 軽口を交わす俺たちの様子に戸惑いながら、ドナは動揺を必死に抑えながら質問してきた。


「異能者と呼ばれる存在はその能力を危険視され、生まれながらに首輪の装着を強制される。その首輪は異能者の超能力を封じ、主人に逆らえば高圧電流によって懲罰が施される。……でもそんなのは全部ウソなのさ」

「う、そ……だとっ!?」

「そうだ。異能者は超能力者のことじゃない。魔法使いのことなんだ。その証拠を見せよう。……マーニ、頼む」

「ん」


 頷いたマーニは、四人の中からエルを選ぶと何やら耳打ちをした。

 訝しげな表情を浮かべたエルだったが、何度かマーニに耳打ちされた後、リリアと同じように人差し指を突き出した。


「灯火!」


 呪文と共にエルの指先に火が灯った。


「なにっ!?」

「ニャーッ!? エルちゃん、どうしてなのニャーッ!?」


 驚きの声をあげたガンドとミミの声に気を良くしたのか、エルは自慢げな笑みを浮かべる。


「ふふーんっ、エルだってこれぐらいできるんですよーだ! えへへ!」


 嬉しそうに笑いながら、火の灯った指先で空中に絵を描いた。


(うん。エルは魔力操作のスキル持ちだから、教えればすぐにできると思ってたけど……予感は的中したな)

「あははっ、すごーい! たのしーい!」


 弾んだ声でクルクルと周っていたエルはやがて――


「ううっ、目が回るぅぅぅぅ……」


 ヘロヘロ声を漏らしながら、パタンッと床に倒れ込んだ。


「お、おい、大丈夫かエルっ!?」

「アウアウー……もうらめぇ……」

「な、何がどうなって……」

「心配しなくても良い。ただの魔力切れだ」

「ま、魔力だぁ?」

「魔法使いが魔法を使うときに使うエネルギーのことを魔力と言うんだ。今のエルはその魔力が切れた状態だ。まぁ呼吸していれば時間と共に回復していくから大きな心配はないよ」

「……はぁ。アタイには何がなんだか……」


 目の前で起こっている状況に頭が付いてこれないのだろう。

 ガンドはガシガシと乱暴に頭を掻きながら溜息を吐く。

 そんなガンドとは違い、ずっと黙って周囲を観察していたドナが、考えがまとまったのか口を開いた。


「……なんとなくアナタの考えていることが分かりました。でも奴隷たちを解放し、魔法?の力を集めて一体何をするつもりです? もしかして人類に戦争を仕掛けるつもりなんですか?」

「戦争? そんなのしないけど」

「えっ……?」

「戦争なんて金も掛かるし人も死ぬ。そんなの悲しいだろ?」

「でも、じゃあなぜ奴隷の解放なんてことを目的にしているのです?」

「生まれながらに奴隷として扱われる者が居る。その事実が許せないから、その現実をぶち壊したい。ただそれだけだよ」

「それをしてアナタに何の得が……?」

「得? 得は無いかな? いや、あるか。俺が納得できるって得が」

「そんなことで?」

「詳しくは言えないが、俺にとっては大切なことなんでね」


 五千年前、一生を賭して世界を平和にしたのに、五千年後の世界に理不尽が満ちているなんて。

 俺は何のために百年以上の年月を費やして頑張っていたのか。

 ガッガリする気持ちはある。

 だけどそれ以上にクソッタレな現実が目の前にあるから、そのクソッタレな現実を変えたいと、俺はそう思っているだけだ。


「無理やり奴隷たちを解放しようとは思っていない。ただ理不尽なことがまかり通る世界はクソだ。だから俺は努力が報われる世界に近づけたい。そう思っているだけ」

「努力が報われる世界――そんな世界、本当に訪れるのでしょうか?」

「分からない。でも分からないこそ、実現に向けて努力する。そのために俺に力を貸して欲しいんだ」


 そう言って四人――一人は気を失っているが――に改めて向き合い、俺は奴隷たちの意志を確認した。


「どうだろう? 力を貸してくれるか?」


 俺の問い掛けに最初に答えたのはガンドだった。


「……正直、今の話がどこまで本当なのかバカなアタイには分からない。だけどアンタが悪いヤツじゃないってのだけはなんとなく分かった。アタイは仲間たちが大事にされるのであれば何だってやってやる。だから……今はアンタに従ってやるよ」

「ありがとうガンド。よろしく頼む」

「ちっ……調子狂うぜ……」


 ブツクサと文句を言うガンドの横で、ドナがガンドの言葉を引き継ぐように答えてくれた。


「私もガンドさんと同じです。これからどうなるのか私には分かりませんがアナタを信じてみようと思います」

「ありがとうドナ。ドナはマーニの下についてくれ」

「はい。どこまでできるか分かりませんが、やれるだけやります……!」

「頼む。……ミミはどうだ?」

「ニャー……み、ミミもさっきの話、良く分からなかったニャ。でも、みんながやるっていうなら、ミミもちゃんとやるニャ!」

「本当にそれで良いのか? 流されるんじゃなくて、自分の意志で決めなければ後悔するかもしれないぞ?」

「それは……分かってるニャ。でもミミはちゃんと自分で流れに任せるって決めたのニャ!」

「そ、そうか。後ろ向きな気がするけど、ミミが自分で決めたのなら何も文句はないよ。じゃあリリア。ミミのことを頼むね」

「はいっ! よろしくですよ、ミミさん!」

「よろしくお願いするですニャ!」

「で、最後は失神しているエルだけど。確認は意識が戻ってからで――」

「もう、戻ってるから、大丈夫……話、全部聞いてたし」

「そうか。……大丈夫か?」

「ん、なんとか。……」


 気怠そうに身体を起こしたエルは、まだ怯えの残る視線を俺に向けた。


「エルもあなたに従おうと思います」

「良いのか?」

「うん。もっと魔法を使ってみたいし。それに……あなたの考えが良いなって思えたから」

「そうか。……ありがとうエル。あと、怖がらせてすまなかった」

「それは……まだちょっと怖いけど。でも、慣れると思う……」


 頬を引き攣らせて愛想笑いをするエルに若干へこんでしまうが、気にしても仕方がない。


「じゃあエルはソールに色々と教えてもらってくれ。ソール、頼むぞ」

「りょーかいでぇ~す! よろしくね、エル!」

「は、はい! よろしくです!」

「よし。これで準備は整った。あとは勉強の方法だけど……マーニ、ソール、皆に刷り込みをお願いできるか?」

「ほーい。情報の刷り込み(インストール)をすれば良いんだよね? それぐらいなら身体の負担も少ないだろうし簡単だよー」

「ん。並列化と違って情報の刷り込みは簡単。但しすごく頭が痛くなるから覚悟するように」

「どういうことだよ? 分かるように説明しろよ」

「あははっ、やれば分かるから却下だよー!」

「みんな手を繋ぐ。早く」

「ちっ、分かったよ……」


 マーニの迫力に押し切られたのか、渋々といった表情でガンドは少女たちと手を繋いだ。

 マーニを基点として繋いだ手で円ができる。

 しっかりと円になっていることを確認したマーニが、


情報注入(インストール)


 ニヤリと笑いながら手短に魔法を詠唱した。その途端、


「ぐぎゃあああああっ!」

「ひぎぃぃぃぃ!」

「うニャーーーーーッ!」

「ギギギッ……!」


 会議室の中に、断末魔にも似た悲鳴が木霊した――。




 暗闇しかない世界。

 延々と。延々と暗闇の中を漂って、自分自身の存在が溶けていく。

 なぜ?

 どうして?

 答えを見つけようとしても見つからず、いつしか思考が停止する。

 崩壊が続き、肉体は八割方消失してしまった。

 痛みがあったはずなのに、その痛みも消え失せて――。

 自我が崩れ去っていく。

 自分が消え去っていく。

 ああ。

 私は死ぬのか。

 ××も死ぬのか……。

 でも私にはもう何もできない。

 何もないのだから。

 でも。

 でも、ただ一つ。

 ただ一つだけ、気に掛かることがあった。

 無くなる自我のなかで、その記憶にしがみつく。

「ジ……ク……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ