【第13話】テラへ(2)
翌日――。
一日を準備に費やし、万全の準備を整えて第一ポートへと向かった。
大型艦艇用の第一ポートには様々な艦が停泊していた。
そもそも宇宙船にはいくつものサイズが存在する。
アルヴィース号程度の大きさを持つ小型宇宙船の『ボート』。
ボート型の宇宙船は長距離航海には向かず、通常は近傍の目的地に移動するときに使用するサイズの艦艇で、大きくても十人乗り程度。
自動車で言えば軽自動車のようなものだ。
その上がカッター型。二十人程度が搭乗する大型バンのようなもの。
シャトル型。日本的に言えば路線バスぐらいのイメージだ。
その上にブリッグ型という高速シャトルがあり、シップ型、ロングシップ型、ギャラック型、ガレオン型などが続く。
一般的な宇宙船は搭乗できる人数によって呼称が変化していく形だ。
次に輸送船。
特徴としては搭乗人数は少ないが積載量が多く、カーゴ型と呼ばれる小型輸送船から、コンテナ艦やタンカー型と呼称される大型輸送船まで様々なタイプが存在する。
そして今回。
ガンバン一家からのぶんどり品は、そういった一般的な宇宙船のカテゴリには入らならい。
所有権を移譲される予定の駆逐艦は、銀河連邦に所属する国が防衛や戦闘に使う、ごく一般的な量産タイプの軍用駆逐艦だ。
軍用艦は一般的な艦に比べて遥かに大型で、軍用艦として一番小さなサイズの駆逐艦でも搭乗人数は三百人以上が普通だ。
他にも巡洋艦、高速巡洋艦、戦艦などがあり、一番大型の艦は空母では、搭乗人数は二千五百人にも上る。
リリアたちを連れて訪問した第一ポートは、カリーンステーションで唯一の大型艦艇専用の港で、ガンバン一家からの鹵獲品である駆逐艦の他にも、様々な大型艦艇が巨体を横たえていた。
「ああ、ジャックさん! お待ちしておりました!」
ギルドからの連絡があり、指定された場所へ赴いた俺たちを、ギルド職員のピカミィさんが歓迎してくれた。
「すみません、お待たせしました!」
「いえいえ、私もつい先ほど到着したばかりですから! あ、こちらは銀河連邦からギルドに出向してくださっている奴隷管理官のジリーさんです」
「ジリー・デイツと言います」
「後ほど、こちらのジリーさんには奴隷の首輪の所有権書き換えを行ってもらう予定になっています」
「そうですか。よろしくお願いします」
「ええ。それが私の仕事ですので。……しかしジャックさんも大変ですな。ゴミを押しつけられて」
「どういうことです?」
「だってそうでしょう? 奴隷なんてものは人に似ているだけの亜人。主人が居なければ生きていくことさえできない弱者。宇宙世紀となったこの時代に字も読めず、学もなく、主人の慈悲に縋り付くことでしか生きられないのですから、奴隷などゴミと言う他ない。違いますか?」
「さあ。そういうことはあまり考えたことはありませんね」
「なんだ。聡明という噂を聞いておりましたが、所詮は傭兵でしたか」
ジリーは呆れた口調で言い捨てながら肩を竦めた。
「いやこれは失礼。銀河連邦の職員は常日頃からこのどうしようもない社会を何とかしたいと考える進歩的知識人の集まりですので、ついつい、相手の知識レベルを高く見積もってしまいがちでね。ふふっ、ご安心を。これ以上、あなたに難しい話はしませんから」
「そうしてもらえると嬉しいです」
微笑を浮かべて言ったのは、大人の対応というやつだ。
当然、嬉しいから微笑みを浮かべた訳じゃない。
こういう輩と議論しても生産的な結果には繋がらないのを、俺は知っているからだ。
(こういうバカはまともに相手をしないに限る――)
どうやらそれはピカミィさんも同様らしく、怒りでこめかみをピクピクと震わせながらも、表面上は穏やかな微笑を浮かべて無言を貫いていた。
大人っていうのは大変なのだ。
「ジリーさんのご高説はまたの機会にどこか遠くでして頂くとして。今日の本題をさっさと進めてしまいましょう!」
怒りや苛立ちを吐き出すように大声を出したピカミィさんが、携帯タブレットを差し出してきた。
「こちらが本日、ギルドからジャックさんに受け渡す物品のリストになります。確認後、サインもしくは印章の押印をお願いしますね」
「ええ。じゃあ確認させて頂きます」
手渡されたタブレットを確認した。
今回、俺に移譲されるのは、
駆逐艦一隻とそれに付随する各種燃料弾薬。
兵士が搭乗する空間機動用兵装四機。
エレメントダストで駆動する宇宙用偵察ドローンや工作ドローンなどが百二十機。
レアメタル三十トン。
これは三千万クレジットほどの価値を持つ。
他にも細々としたものがリスト化されているが、最大の関心事は最後に記載されている項目だ。
奴隷、二百七十七個。
”人”ではなく”個”。
まるで物資のように記載されたその数値を見て胸が痛くなる。
「……奴隷たちは今、どこに?」
「サインを頂いた後、すぐに所有権の変更ができるように、駆逐艦の格納庫に集まってもらっていますよ」
「そうですか。分かりました」
ピカミィさんの説明を受け、俺はすぐに携帯端末を指定された場所にかざしてデジタル印章を押した。
「こちらは全てOK、ということで」
「ええ。印章を確認しました。……へぇ、これがジャックさんの印章なんですねえ。カッコイイじゃないですか」
印章、とは個人識別証のようなもので、所属する家や組織、または個人を証明する『判子』のようなものだ。
公的組織に所属する際には必ず必要で、俺の印章も傭兵ギルドに登録した時点でデータベース化されている。
ちなみに俺の印章は『天秤の上で交叉する剣と杖』だ。
大賢者であり、大錬金術師として過ごしていた前世の紋様と同じ、個人的に思い入れの深い印章を使っている。
「それではこれにて引き渡しは完了です! 次は例のステーションの所有権放棄に対する謝礼ですが――」
「ええ。いくらになりました?」
「一千百万クレジット、という形になりました。その……あまり大きな金額にならず……。私の力が及ばず、申し訳ありません……」
「いえいえ。充分、大きな金額ですよ」
元々、一千万クレジット程度だろうなと予測していたのだ。
予想から百万クレジットオーバーしているのは、ピカミィさんが頑張ってくれたお陰だろう。
「俺のほうは特に問題ありません」
「ううっ、すみません……! ご納得頂けて良かったですぅぅ」
涙目になりながらピカミィさんは感謝の言葉を口にする。
いい人だな、ほんと。
「謝礼のほうは明日中には振り込まれると思いますので!」
「助かります」
「いえいえ、こちらこそですよ! と、いう訳で! 全ての事務処理が完了したので次は奴隷たちの引き渡しに移れればと!」
「了解です。よろしくお願いします」
「お願いされました! では駆逐艦の格納庫に向かいましょう!」
ピカミィさんの先導に従い、駆逐艦の格納庫に移動する。
駆逐艦とは言え、軍艦として使われている艦の格納庫はさすがに大きく、二百メートル四方の空間にはコンテナが積み上げられていた。
そんな格納庫の中央に一塊の集団があった。
人に似て、しかし人にあらず。
角が生えていたり、耳が長かったり、背が低かったりと様々な特徴を持つ亜人の奴隷たちがそこに居た。
「こちらにガンバン一家が所有していた奴隷全員を集めています」
ピカミィさんの報告に頷きながら奴隷たちに視線を向けると、三百人近くの奴隷たちが怯えた視線を俺に向けた。
絶望、恐怖、諦観――負の感情を湛えた瞳が、新しい主人である俺に期待などないように虚ろな瞳を向けてくる。
(ガンバンがどんな扱いをしていたか、良く分かるな……)
ざっと見たところ、男性は少なめで、奴隷の八割が女性の奴隷だ。
「性別が偏ってるみたいですけど……」
「あー……男性の奴隷は戦場で盾として使われたり、激戦の中で真っ先に斬り込む役をさせられるので、生存率は低くなってしまうんですよ……」
「なるほど。それで女性が多いんですね」
「そうですね。生き残っているという意味では女性が多いです。ですが生き残ったからと言って、安心できるかと言われると――」
「まぁ……そうですよね」
戦闘で役に立たないからと、最低限の食事しか与えられず、性のはけ口として乱暴に扱われる――それが女性の奴隷のもっとも一般的な使い方だ。
戦闘で早々に死を強要される男と違い、女性は自殺もできず、強制的に生かされて地獄が続く。
どちらがマシか、なんて誰にも分かるはずがないのだ。
「ではそろそろ手続きをしても?」
「ええ、頼みます」
「はい、頼まれました。ではジリーさん」
「ええ」
ピカミィさんに促されたジリーが、片手で持っていたアタッシュケースを開けた。
「あれは?」
「さぁ? 私も良くは知りませんね……」
興味深げな俺たちの視線に気付いたのか、ジリーは得意げな顔でアタッシュケースの中身を説明し始めた。
「ふふふっ、あなた方一般人が知らないのも無理はありません。これは奴隷の首輪にアクセスできる特別な装置でしてね。銀河連邦でも限られた者しか使用できない奴隷管理の機材なのですよ」
そう言うとジリーはアタッシュケースに一体となった端末を操作した。
「所有権の書き換えはすぐに終わりますが、最後に主人となる者の声紋が必要でしてね。まずはこちらを」
ジリーが差し出してきた一枚の紙を受け取った。
「こちらは銀河連邦法を遵守する宣誓文です。この宣誓文を読み上げてもらい、その声紋を首輪に記録します」
「宣誓、ですか」
「なあに、大したことは書かれていません。何があっても首輪を外さない、奴隷に反抗させない。主人として奴隷を躾けるなど、ごく当然の宣誓です。形式ですよ、形式」
「……なるほど」
ジリーの説明を聞いて湯が沸き立ちそうなほどの怒りを覚える。
だが、思わず口を突いてでそうになった激怒の言葉をグッと飲み込み、渡された紙に目を通した。
紙に書かれているのは、ジリーの言う通り、何の変哲もない宣誓の文章に見えたが――。
(これって二重言葉じゃないかっ!?)
二重言葉とは一つの文章に二つの意味を持たせる特殊な文体のことで、前世では神官が女神に奉納する祝詞に使用していた。
人が読める文字で、神に伝わる発音を表し、神へ感謝を捧げる言葉を書く――それが神官の仕事の一つだった。
二重言葉は、神殿に勤める神官の中でもエリートにしか教授されない特殊な書き方だ。
そしてその二重言葉で書かれた宣誓文は、共通語として誰もが普通に読める内容の他に、もう一つ全く違う意味を含んでいた。
(隷属の象徴ニィドリムの名に於いて我に隷属せよ、って書かれているな。これは宣誓というより呪詛に近いんじゃないか……?)
いくら魔法の存在が消失してしまったとは言え、人は多かれ少なかれ魔力を持っている。
魔力を持った存在がこの構文を読み上げれば、多少なりとも呪詛が影響力を持つようになってしまうだろう。
(奴隷制度のカラクリが少し見えてきたが、ニィドリムってなんだ?)
そんな神の名は俺の記憶にはないし、魔法や呪詛でもそんな固有名詞は聞いたことがない。
(何かあるのか……)
気にはなるが、今、考えたところで答えは出ないだろう。
その名を記憶の片隅に追いやりながら、俺は改めて制約の文章が書かれた紙に視線を落とした。
正直、この宣誓文をそのまま読み上げたくはない。
(ソール。すまん。認識阻害の魔法でジリーの聴覚を誤魔化してくれ)
(ほえ? 別に良いけど、どうかしたー?)
(後で説明する)
(ん、分かったー)
小さく頷いたソールがモゴモゴと口を動かすと、魔法が発動してジリーを包み込んだ。
「えー、俺は俺なりに奴隷と向き合って奴隷を幸せにしたいと思います」
「んえっ!?」
俺の宣誓を聞いて、隣にいたピカミィさんが驚きに目を丸くしながら突拍子のない声を上げた。
だが――。
「ふふっ、はい。OKです。正確に声紋を記録しました。これでこのゴミどもはジャックさんのものですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「これも仕事なので。ではピカミィさん、私はこれで失礼しますよ」
「えあっ!? あ、ええと、はい?」
どうなってるんだ? とでも言うように首を傾げるピカミィさんを、怪訝な表情で見つめ返し、
「なんです? 私の仕事に何か問題でも?」
ジリーは苛立った口調で問い質した。
「えっ、あっ、い、いいえ、全然大丈夫です! ええもう、完璧でしたよ!さすがジリーさんですね! お疲れ様でした!」
「ふむ。まぁ当然でしょう。私は銀河連邦に所属するエリート職員ですからね。ではこれで失礼しますよ。こう見えて私はとても忙しいので」
ピカミィさんのお世辞に気をよくしたのだろうか。
ジリーは鼻をクンと上向かせ、肩で風を切るように立ち去っていった。
「ええと……今のは何なんですかぁ? ジャックさんがいきなり変なことを言いだして、私、びっくりしちゃいましたよぉ」
「ははっ、普通に宣誓しただけですよ? ちょっと文章をアレンジしたかもしれませんけど」
「アレンジって、そんな問題じゃないと思いますけどぉ……」
眉をハの字に垂れさせて、困った顔で肩を落としたピカミィさんだったが、すぐに立ち直って顔をあげた。
「まあ、私には良く分かりませんでしたけど、個人的にジャックさんの宣誓はイエスでしたね!」
親指を上げてそう言ったピカミィさんは、満面の笑顔を浮かべていた。
ほんと、いい人だ、ピカミィさんは。
「それで、今後についてなのですが……第一ポートの使用許可はギルドのほうで取っていますが、使用料については明日よりジャックさんのご負担になりますのでご注意くださいね」
「了解しました。マーニ、手配しておいて」
「ん」
俺の指示に答えたマーニが、港の使用手続きを進めるために携帯端末を操作した。
「おおー手際が良いですねー。……マーニさん、ギルドに就職しません? 今ならもれなくお仕事たくさんついてきますよ?」
「その台詞で人は勧誘できないと思う。それにマーニはジャック様のモノ。勧誘は拒否する」
「うう、ですよねー。はぁ~……どこかに事務作業に通じたハイスペックな新人は居ませんかねぇ~」
勧誘を断られてがっくりと肩を落としたピカミィさんだったが、すぐに顔をあげて立ち直った。
「まぁ人生、そんなに簡単にはいかないですね! ジャックさんを見倣って私は私なりに頑張るしかないかー!」
「ははっ、応援してますよ」
「ううっ、ありがとうございますジャックさん! 私、頑張ります! そうと決まればギルドに戻って書類整理に精を出そうと思います! それではこれにて失礼しますねー!」
元気いっぱいに声を上げたピカミィさんは、書類や端末が入った鞄を担ぐと走り去っていった。
「元気だなぁ……」
「あははっ、やっぱりピカミィさん、良い人ですね」
「ん。なかなか癒やされる」
「だねー。ソールもピカミィは好きかなー」
お仕事のためにギルドに戻ったピカミィさんを見送った後、俺は改めて奴隷たちに向き直った。
「――」
怯えの見えるいくつもの瞳が俺に向けられた。
奴隷たちは痩せ細り、あちこち怪我をしている者も居る。
「リリア。まずは傷付いている者の手当を。ソールはメシの準備。マーニは備品を配ってやってくれ」
「はいっ! それでは怪我をしている方は私の方に来て下さーい!」
「ご飯はあとでみんなで食べるから、もうちょっと待っててー。先にマーニから服とか下着を貰ってねー」
「ん。服、下着を配る。ひとまず一人三着ずつある。全員分あるから喧嘩しないように」
俺の指示を受けて仲間たちが動き始めてくれたのだが――。
「――」
奴隷たちは微動だにせず、どうすれば良いのか分からないとでも言うように茫然とした表情を浮かべていた。
「おーい、みんなちゃんと理解してるかー? 怪我をしているやつが居ればリリア……この子のところへ」
リリアを指で指しながら言うと、奴隷の幾人かがのろのろとした動作で動き始めた。
「怪我をしていないやつは、この子……マーニから服を受け取るように。それが終わったらみんなでメシを食おう」
「――っ!?」
俺の言葉を聞いた奴隷たちの間に、ザワッとした空気が流れるのが伝わってきた。
その雰囲気に気付かないふりをしながら言葉を続ける。
「みんなが腹一杯になるぐらいは用意しているから安心しろ。今は言われた通りに動いてくれ」
そう言うと、奴隷たちはようやく行動を始めてくれた。
(主人の言葉にしか従わない、か。やれやれ……今までどんな扱いをされていたんだか)
同情も憐憫もある。
それは否定できない。
だがそれ以上に俺の心の中を占めるのは、ある種の怒りだった。
(どうしてこんな世界になっちまったんだ……!)
相争う人たちを根気よく説得し、皆が手を取り合える環境を構築し、世界の平和を実現した五千年前。
もちろん平和が永遠に続くなんてことを信じてはいなかった。
だが今の時代はあまりにもおかしなことが多すぎる。
まるで常識が崩れ去ってしまったような――根本からルールが変わってしまったかのような感じがしてならない。
(誰がこんな風に世界をねじ曲げたんだ……?)
何か切っ掛けがあったのではないか――そう考えたところで、五千年前の世界から転生した俺に分かることなど教科書に記載されている事柄だけ。
『歴史』として記されているその事柄の真偽を確かめる術は、今のところ俺にはないのだ。
「もどかしいな……」
こんな狂った時代をぶち壊して、自分が正しいと思う世界に組み替えてやりたい――そんな気持ちが溢れ出してくるのを止めることができない。
そんなのただの妄想でしかない。
それは分かっている。
分かっているけれど、そんな妄想に囚われてしまうほど、頭も腹も煮えくり返るのを止めることができない。
だが――。
怒りに表情が厳しくなった俺を遠巻きに見つめ、ビクビクと震える奴隷たちの姿を見て、俺は我に返った。
「ふぅ……ダメだダメだ。考えすぎちゃダメだ」
今、目の前にある事柄を一つ一つ解決するんだ。
昔からやってきたことじゃないか。
(早急に何かを変えようとしたところ、変わるものなんてないんだ。時間を掛けてやっていかないと)
改めてそう思い直しながら、奴隷たちのお世話をしてくれている仲間たちを手伝いに向かった――。
怪我をしている者には薬と手当を。
それ以外の者には清潔で綺麗な服を。
手配していた物資を手渡し――皆で食事を終えた頃には、時計は深夜を示していた。
「みんな、少し俺の話を聞いてくれ」
食事を終え、ぼんやりとその場に座り込んだ奴隷たちに、自身の考えを伝えるために声を掛けた。
「おまえたちは今日から俺の所有する奴隷となる。そんなおまえたちに俺がしてやれることを伝えたい」
こいつは何を言い出すのだ? と猜疑の瞳を向ける奴隷たちの視線を受け止めながら、俺はゆっくりと言葉を続けた。
「俺がしてやれることは多くはない。まずは仕事だ。俺はこの駆逐艦に乗ってテラへと向かうつもりだ。おまえたちには艦の運航の手伝いをしてもらいたい。しかし分からないことも多いだろう。だが安心して欲しい。俺と、俺の仲間たちが艦の運航についての必要な知識と技術を教える」
教えるという単語に反応し、奴隷の間に困惑した雰囲気が生まれた。
それも仕方のないことだ。
生まれながらに奴隷として扱われ、教育など受けたことのない者たちが殆どなのだ。
何をどうすれば良いのか、困惑するのは当然のことだろう。
その困惑を受け止めながら俺は言葉を続けた。
「基本的な就労時間だが、皆には一日八時間の労働を義務づけることになる。八時間、三交代制で艦の運航を行うから、そのつもりでいてくれ」
八時間という具体的な時間が指定されたことで、奴隷たちのざわめきが大きくなる。
そのざわめきを制止しながら、俺は更に説明を続けていく。
「月の給料は一人五万クレジット。能力によって上積みがあるが、今はこれが精いっぱいだ。すまんがしばらくは納得してくれ。もちろんしっかり稼げるようになればみんなに還元するつもりだ」
「あ、あの……」
ざわつきが止まらなくなった奴隷たちの中から、一人の少女――長い耳を持つエルフの少女――が前に進み出てきて、掠れた声をあげた。
「ん? どうした? 質問か?」
「……(コクッ)」
おずおずと頷いた奴隷の少女が、疑問の言葉を口に出した。
「きゅうりょう、って何ですか……?」
「給料ってのは皆の働きに報いるお金のことだよ。自分で稼いだお金は自由に使って良い」
「きゅうりょう……でも、私たちは奴隷で……」
「うん。立場的にはそうだね。だけど少なくとも俺は、みんなのことをただの奴隷として扱うつもりはないよ」
「なら……ならあんたはアタイたちをどう扱うつもりなんだ!」
少女の後ろから現れたのは、ガタイの良い女奴隷だった。
そのガタイの良い奴隷は警戒するような視線を俺に向けていた。
「そうだな……端的に言えば仲間。俺はおまえたちを仲間だと思ってる」
そう言った俺の言葉は、だが奴隷たちには響かないようだった。
「とは言え、そんな言葉がおまえたちにとって価値のないことだというのは分かっている。だって人はウソを付くんだから。そうだろう?」
「そうだ……! アタイたちは今まで何度も口先だけの綺麗事を聞いてきた。何度も騙されてきた! 何が仲間だ! どうせおまえもアタイたちを奴隷として使い捨てにするつもりだろうが!」
「そうだそうだ! そんな言葉が信じられるか!」
奴隷たちの不信の叫びが浴びせられる。
うん、いい傾向だ。
内心を抑えず、自らが欲する言葉を口にできるのなら、この奴隷たちはきっと成長していけるだろう。
「そうだ! だから俺の言葉なんて信じなくていい!」
「はぁ……?」
「人はウソを付く。人は騙す。それが分かっているからおまえたちは俺の言葉は信じられないんだろう。そんなの当然。それで良いんだ。だからこそ、おまえたちは俺の背中を見ろ。俺の行動を見ろ。俺を信じられるかどうかをおまえたちがその目で見て判断しろ」
一人一人の奴隷たちと目を合わせながら言葉を続ける。
「俺の行動が。俺の姿勢が。信じられないと判断したのならば申し出てくれ。そのときは幾ばくかの慰労金を渡して送り出してやる。だけどもし、俺を信用してくれるのなら、その力を俺に貸して欲しい」
「力を貸す? あんたはアタイたち奴隷の力を集めて、いったい何をするつもりだってんだ?」
「俺の夢は……全ての奴隷の解放だ」
「何言ってんだ、そんなことできるわけが――」
「難しいのは分かっている。戦う力もなく、金もない今の俺にできることなど高が知れているだろう。でも、だからって足を止めていては何かを為す事なんぞできはしない。違うか?」
「それは――」
ガタイの良い女奴隷は、俺の問い掛けに答えられずに俯いた。
「まずは一歩、踏み出す。そのためにおまえたちの力が必要だ。だから俺を信じることができたなら、その時は俺に力を貸せ」
俺の言葉を聞いて奴隷たちは黙り込み、格納庫が沈黙に包まれた。
(すぐに賛同を得られるとは思っていないから、今はこれで良い)
奴隷として生き続けていく中で失ってしまった矜持。
まずはそういった『人』としての誇りを取り戻し、教育を施し、成功体験を積ませることが必要なのだ。
「とにかく、だ。俺が与えられるものは、仕事、給金、教育、そしてある程度の自由。対しておまえたちに求めるのは、勤労、勉強、協力、そして秘密の厳守だ」
「秘密の厳守だぁ? アタイたちを悪事に荷担させようってのか……!」
「悪事を働くつもりはない。でも俺には秘密にしなくちゃならないことが多くてな。秘密の厳守は絶対だ。これは強制させてもらう」
「ちっ……」
「まぁ他の条件はそれなりに好条件を揃えているつもりだが、多少の不便は我慢してくれ」
魔導科学のことが奴隷たちの口から広がるのはまずいし、それ以上に魔導科学を知ってしまった奴隷たちを守るためにも、秘密の厳守は必要なことなのだ。
「ひとまず以上だ。部屋の割り振りをするから、今日はその部屋でゆっくりと休め。ただし明日からはしっかり働いて貰うからそのつもりで。リリア、ソール、あとは頼んでもいいか?」
「はいっ! お任せくださいご主人様!」
「りょーかいでぇ~す!」
「マーニは俺と一緒にブリッジへ。まずはアルヴィース号の統合管理AIの移植から始めよう」
「ん。マーニに任せる」
「よし。一ヶ月後には出港できるように、皆で力を合わせて頑張ろう!」