【第12話】テラへ(1)
【第三章】テラへ……
こうして――俺たちのGランク傭兵としての活動がいよいよ始まった。
最初に受けていた未登録船舶の調査は対象の船舶を見つけることができずに失敗してしまったが。
ピカミィさんの話では、その依頼に成功した傭兵は今まで居ないらしく、特に罰則を言い渡されることはなかった。
そんな依頼を出すなよ――と思わなくもないが、依頼主はそれでも懲りずに再度、ギルドに依頼しているらしい。
世の中には変な依頼があるものだ。
――と、そんな感想を抱きつつも俺たちは気を取り直して新しい依頼を順調にこなしていった。
ほどなくしてギルドに実力を認められ、俺たちは無事、Fランクへの昇進を果たした。
そんなある日のこと――。
「ジャック様。ピカミィから入電」
続けざまに依頼をこなしたあと、アルヴィース号のメンテナンスをしていた俺たちの下へ、ピカミィさんからの連絡が入った。
「メインモニターに回して」
「ん」
頷いたマーニが管制卓を操作して、通信をブリッジの中央にあるメインモニターに回してくれた。
『ジャックさん、こんにちわ! 今、お時間よろしいですか?』
「ええ、大丈夫ですよ。今日はどういったご用件で?」
『長らくお待たせしていましたが、ガンバン一家の駆逐艦と奴隷の引き渡しの準備が整ったので、そのご報告です!』
「おおっ、それは嬉しい報せですね」
『いやぁほんとお待たせしてすみませんでした。何やらギルドの上の方が引き渡しに難癖をつけてきたらしく……説得やら根回しやらで時間が掛かったみたいです』
「難癖、ですか?」
『ジャックさんがGランクと知って、そんな奴らにガンバンが負けるのはおかしい、とか何とか。私も詳しくは聞かされていないんですけどね』
「そうなんですね。でも連絡をくれたってことは、その辺りは解決したってことですか」
『はい! ギルドだけじゃなく、チャールス正規軍の中佐さんも証言してくださったので何とかなりました!』
「ああ、あの中佐さんが――」
廃棄ステーションで会話をした初老の男性のことを思いだす。
『中佐さん、ジャックさんのことを気に入ったみたいで。しきりにすごい手腕だと感心されていましたよ!』
「それは有り難いですねぇ」
ギルドのピカミィさんだけじゃなく、正規軍に知己ができるのは、今後のことを考えても歓迎すべきことだろう。
「俺たちからも協力に感謝する旨、伝えておきますよ」
『そうしてあげてください……という訳で! ジャックさん、明日の夕方、第一ポートまでご足労頂けますか?』
「第一ポートというと大型艦艇用の港ですね」
『そうです。そこで艦と奴隷の引き渡しをする予定です。あ、念のため、以前お渡しした証明書のデータをご持参くださいね!』
「了解しました。今日と明日は艦のメンテをしようと思っていたので丁度良かったです」
『艦のメンテナンスは傭兵の基本ですもんね。では明日の夕方、第一ポートでお待ちしております!』
元気いっぱいな声を残し、ピカミィさんからの通信が終了した。
「ギルドの上の方の横車か。何か気付かれたかな?」
「否。ないと思う」
「もしジャック様が何か知ってると確信してるなら、直接、何か仕掛けてくるだろうしねー」
「なら万が一を考えての干渉、って線が一番しっくりくるか」
「だねー。でもジャック様ー。お兄さんへの連絡、いつするつもりー?」
「それは駆逐艦を受け取ったあとかな。通信ユニットを魔改造してから連絡をつけようって考えてる」
「ん。マーニは賛成。盗聴防止は必須」
「面倒なことに巻き込まれるのは面倒だしねー」
「そういうこと。あとは……リリア。明日の夜はご馳走をたくさん作って欲しいんだけど頼めるかな」
「ご馳走ですか? それは大丈夫ですけど……もしかして新しい奴隷さんたちの分ですか?」
「ああ。まずは歓迎会をしないとね」
「分かりました。私、張り切って準備しますね!」
「リリア、ソールも手伝うよー!」
「あはっ、ありがとうございます!」
「じゃあ食糧の買い出しなんかは二人に任せる。ソール、リリアのことは頼んだぞ?」
「りょーかいでぇ~す!」
「マーニは俺の手伝いを頼む。通信ユニットの魔改造のために色々と準備しておきたい」
「ん。マーニに任せる」
「頼むよ」
今日の予定が決まったことで皆は慌ただしく行動を開始した。
食糧の買い出しに向かうリリアたちを送り出したあと――。
ブリッジに残った俺とマーニは、通信ユニットの防諜能力や出力をアップするための設計に取り組んでいた。
「通信ユニットとアルヴィース号の統合管理AIをリンクさせて、ファイアウォールを強化して――」
「でもやり過ぎると送受信に支障が出る。重力波への干渉を防ぐ方向で考えたほうがいい」
「となると――」
アイデアを交換しながら、受信に特殊な装置が必要とされない改造案をピックアップしていく。
やがて――。
「ん。基本アーキテクチャはこれで良いと思う」
「なら早速、ソフトウェアの準備に取りかかろうか。マーニ、手伝って」
「ん」
手短に会話をしながら、俺たちは通信ユニットを動かす運用プログラムに手を加えていく。
その最中――。
「ジャック様。テラにはいつ向かう?」
モニターとにらめっこしていたマーニが不意に口を開いた。
「テラへ? そうだな……すぐに行きたい気持ちはあるけど、今はやらなければならないことが多いからなぁ」
新しく手に入れた艦の改造。
それに新しく仲間になる奴隷たちの教育と訓練。
足場をしっかりと固めなければ、長距離航行は厳しい。
「小型と違って、駆逐艦ほどの大型艦艇になると運用するだけで人出が必要になる。いくら統合管理AIが殆どやってくれるとは言え、新しい奴隷たちにも最低限の訓練は施してやらないと」
「そう。……」
「何かあるのか?」
「え?」
「マーニもソールも、妙にテラに拘っているように思えたからさ。……女神が人類発祥の惑星を気にするのは当然かもしれないけど。少し不自然に思えたから質問してみた」
「……」
「やっぱりまだ言えない?」
「ん。……でも」
言葉を続けようとしたマーニの表情には明らかに迷いが浮かんでいた。
「いや、無理に聞き出すつもりはないから、言いたくなければ言わないで良いんだぞ?」
「ん……」
「でもいつか言える時が来たら教えてくれ。俺は全力で二人の力になる。その準備は整ってるぞ」
「ん。ありがとう。……ふふっ」
「なんだよ? 急に笑って」
「相変わらず、ジャック様はお人好し」
「あー、それ、この前、ソールも言いたそうにしてたな」
「お姉ちゃんが?」
「ああ。ガンバン一家と戦う前に今の話をちょろっとした時にな。相変わらずだって言いたげに苦笑してたよ」
「ん。まぁ相変わらずだと思っているのは本当のことだから」
「そんなにお人好しかなぁ? 自覚無いんだけど」
「ジャック様はそれでいい。……それがいい」
「そうか? ならまぁ良いか」
「ん……♪」
クスクスッと笑ったマーニが、
「それよりジャック様。今、マーニと二人きり」
「うん? まぁそうだけど、どうかしたのか?」
「……はぁ。やっぱりダメだこの元童貞」
「い、いきなり罵倒されたっ!?」
「女が二人きりだと知らせているのに、何を耳の遠い鈍感系主人公を気取っているのだか」
「え? はっ? ……ああっ!」
二人きりだから甘えたいとか、そういうことを言いたかったのか!
「やっと察した。ジャック様は鈍感すぎ」
「い、いやいや慣れてないだけ! そう! まだまだ俺は女性の扱いに慣れていないだけだから!」
「はぁ……察してもらえないと女は傷つく。ジャック様、覚えておく」
「わ、分かった。ちゃんと覚えておく」
「ん。……」
小さく頷くと、マーニは作業の手を止めて、俺に向かって両腕を広げてみせた。
そんなマーニに近付き、小さな身体をそっと抱き締める。
「このままベッドまでエスコートして欲しい……」
耳元で囁くマーニの言葉に無言で頷いた俺は、その小さな身体をお姫様抱っこして艦長室へと向かった――。