どこにでもあった、どこにでもある、そう、これはそんな物語。
デイヴは流石にもう自分が長くない事を自覚した。
血が流れすぎている、意識がぼんやりとしてきた。寒い、寒いなぁ。
「くっそ、ソフィア、ソフィアはどこだ?・・・ソフィア」
薄れる意識の中で思い浮かぶのはソフィアの事、必ず帰ると約束した。
王都のはずれの鍛冶職人、田舎から出てきて、見習いから卒業してそろそろ中堅に差し掛かろうかと言う年齢、少しはギャンブルもするし、娼館だって行くし、飲み屋になじみの女もいる、どこにでもいるちょっとクズだけど、仕事は真面目な男がディブだった。
ディブに呼ばれて田舎から出てきたソフィア、大きな声でディブとケンカするし、買い物の目利きは誰にも負けない、田舎では力仕事は当たり前、強く頼もしい女だった。
ソフィアはディブと結婚するって思っていたし、ディブの方もあたりまえのようにソフィアと結婚すると思っていた。
16歳から30歳までの国境の庶民は全員徴収された。
実際最前線でドンパチするのは兵隊さんだろうし、戦争から帰って来たら結婚して賑やかな家庭を築くつもりだった。
隣国との戦争は半年で終わった。
あまたの血を流し、和解が成立し、隣国の姫君がこの国に嫁入りしてくることで和平となった。
ディブが死んだのは国境手前の森の中、功労をあげた仲間が水晶の首飾りを賜ったのを見て、ソフィアにプレゼントして良いところを見せたいと思ってしまったから敵を深追いしすぎた。
出る時に革ひもに通した小さな水晶のペンダントをかけられた。
ソフィアのたった一つの水晶、いらないと言ったがお守りだからと無理やり首にかけられた。
仲間たちには自慢した。
いらないのに無理やりかけてくるんだよ、と自慢した。
帰ったらたくさんの水晶をソフィアに見せてやりたいと思ったから。
そう、最後まで、自分は帰れるって思うのだ。
ソフィアはその時丁度針仕事をしていた。この機会に全部綺麗にしておどろかそうと、カーテンから何から縫い直していた。
ふと、ディブの声がして指を突く、人差し指にぷっくりと血がたまる。
ああ、私、わかってしまった。
あの人は帰ってこない。
両手を膝の上に置き大声で泣いた、泣く以外に出来る事はない。
それ以降ソフィアは泣かなかった。
ディブが死んだとて、獣に屠られたか逃げたか、戦死したとしても探すすべもなく『行方不明者』のリストに名前が足されただけ。
亡骸を探しに来る者はいない。
ソフィアはじっとリストを眺めて、ディブの名前を確認すると、よっこらしょっと荷物を担ぎ、修道院へ足を向ける。
ソフィアのお婆ちゃん出身の小さな修道院、ソフィアのお婆ちゃんには癒しの聖力があった。
ソフィアにも若干の聖力があるので断られることはないだろうと思ったからだ。
戦争もこの町も離れて静かな時に身を置きたかった。
ところがどっこい、修道院というものは中々賑やかで、早朝からヤギの乳しぼり洗濯に畑の収穫、料理も作って孤児の面倒を見て、怪我人の世話をする、その合間に神様に祈ったり勉強したりでやることが多すぎる。
読み書きや計算を勉強して、村の子たちに教えたりして、3年後に洗礼を受けて正式に修道女になった。
シッカリして押しも強かったので、5年後にはシスター代表となり、その数年後には聖力を見込まれて教会預かりとなった。
そしてそのまま聖女として教会の内外で働くこととなった。
どんな時でも微笑みを絶やさないソフィア、辛い仕事も逃げずにやりとげるソフィア、真面目でコツコツ、だが言うべきことは言うソフィアを慕うものは増えてきた。
ソフィアの豆とあかぎれまみれの固い手は柔らかくなり、そのうち細くなり皺だらけになるが、どうやったって働き者の手だ。
笑いをたたえた大きな目は、瞼が落ち、かなり見えなくなっていたが、相変わらず笑いをたたえている。
今後の国と国との発展のために、国境の森を清めて祈りをささげる事になった。
明日は式典だ、散歩をしてくると断って、馬車を降りて森へ入る。
ゆっくりと痕跡を辿る、やっとここまでこれた。
町は発展してもうすぐココにも大きな道路が広がっていくだろう、隣国とこの国は連邦国家となった、これからは平和な治世になるだろう。
痕跡が強くなってきている。
大きな楡の木のふもとにその痕跡があった。
ここで、逝ったのね。
湿った落ち葉をかき分けるとあの時の小さな水晶が出てきた。
ディブの最後の思いが流れ込んでくる。
ディブは、自分が死んだあとにソフィアの幸せなんてこれっぽっちも祈っていなかった。
死んじまったら可愛いソフィアを狙っている野郎に取られちまう!何としても帰るぞ、何としてもだ!俺は帰るんだ、どうか神様、俺を帰してくれ、ソフィア、ソフィア、ソフィア
そして、水晶の首飾りをソフィアにプレゼントして、ソフィアにキャー言われて、その膝で眠るという、優しい夢を見ながらディブは逝った。
渡した水晶には最後に見たい夢を見る加護をかけていた。
ディブの夢とソフィアの見る夢はいつだって同じだ。
「大聖女様、ソフィア様、どこですか?」従者が探しに来た。
「野営の準備ができました、どうされました?泣いているのですか?」
「ええ、そうね、泣いているのよ」
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