第7話 襲撃の失敗
女性が襲われるシーンがあります。苦手な方は読み飛ばしてください。
マルグリットと会った二人の男たちは、急いで馬に跨り、東門へと向かった。
町中を爆走したため、通行人の何人かがあおりを食らって転倒していたが、気にもかけない。
門外へ出ると、馬車が駆け去ったと思われる轍が残っていた。
そちらの方向へ馬を走らせる。
間もなく、前に黒い地味な馬車を見つける。
(あれだな)
男たちは目線を合わせ、かすかに頷くと、さらにスピードを上げて馬車を追いあげた。
馬車の両脇を追い越しながら、懐からナイフを取り出し、御者の男の首めがけてナイフを投げた。
狙いを外さず、男の首を刺し貫き、御者の男は音もなくずり落ちた。
鞭打つ男がいなくなったため、次第に馬車につながれた馬はスピードを落とし、ついに馬車は停まった。
手下の男が馬車の扉を開けると、中からアリステルを引っ張り出し、両手をロープで縛り上げた。
その間黒い布の男は、御者の許へ行き、自分のナイフを引き抜き、血を拭き取り懐へしまった。
(悪いな。殺すつもりはなかったんだがな)
幼馴染のダリアは、人殺しだけはするなといつも口を酸っぱくして言ってくる。
しかし、すでに男は何人もの人間を殺していた。
もう人を殺すことにさしたる抵抗もなくなっている。
そうでもなければ、生き残って来れなかっただろう。
その時、仲間の男がアリステルからの反撃をまともに食らって、股間を押さえて悶絶する様を見た。
「うっ・・・・!」
その隙にアリステルが逃げ出そうと身をひるがえした。
黒い布の男は、舌打ちをし、アリステルの髪の毛をつかんで捕まえた。
「痛いっ!」
「なめた真似をしてくれたな」
アリステルの髪の毛をギリギリと引き上げると、何本かが抜けたようだ。
男は懐にしまったばかりのナイフを取り出し、自分がひねり上げているアリステルの髪を容赦なく切り取とした。
反動でアリステルは地面に転がり、髪はキラキラと光りながら辺りへ散らばった。
「次は髪ではすまないぞ」
そう脅しながら、男はアリステルの上にまたがり、アリステルの服を首元から一直線に下へ切り割いた。
「やめて!やめてっ!」
「うるせぇ、黙れ!」
男はアリステルの口を手で乱暴にふさぎ、反対の手でむき出しになった下着をはぎ取ろうとした。
(やせっぽっちで全然そそらねーな)
下着をずらし、胸が露わになろうかとしたその時、男は後頭部に強い衝撃を受けた。
「うっ…!」
うめき声を残して、男は意識を失った。
◆ ◆ ◆
たまたま通りがかったレオンとエイダンに取り押さえられた男たちは、御者の遺体と共に馬車に乗せられ、王都へ戻って来た。
警備隊に引き渡された男たちは、手荒い取り調べを受けた。
もともとこの二人は警備隊に目を付けられていた犯罪集団のトップとその手下だったため、警備隊は犯罪集団の壊滅を狙って、アジトへの一斉捜査を断行した。
トップの男は口を割らなかったが、手下の男は音を上げ、マルグリットの関与を供述した。
貴族が絡むと判明した途端、警備隊の動きが鈍った。
貴族は平民に危害を加えても罪には問われない。
しかし、事件の全容をつかむためには、ユーディコッツ子爵家へ出向かなければなるまい。
警備隊長と警備隊を管轄している軍部の上官が、書状によりユーディコッツ子爵へ事情を聞きたい旨を知らせた。
書状が届いたとき、ユーディコッツ子爵は激怒した。
「マギーを呼べ!」
家令は急いでマルグリットを呼びに行く。
「お呼びですか、お父様」
「お前は何をしている!!ガスター商会の馬車を襲わせたというのは本当なのか!」
「あら、どうして知っていますの?」
「どうして知っているだと?!犯人が捕まったからだ」
「え?あの者たちは捕まったのですか?」
「そう言っているだろう!なぜガスター商会の馬車を襲わせたのだ?それにジェイコブ君はどうしたのだ?病気などと言って、監禁しているのではないかと疑われているぞ」
「ジェイコブが不貞を働いたからですわ。相手の女をつぶしてやりましたの」
「不貞だと!?それは本当か?」
「本当ですわ」
子爵はしばし黙り込んで、状況を飲み込んだ。
ジェイコブが原因を作っている。
今回の被害者はガスター商会で雇われている御者の男。
襲われたという家庭教師の娘は幸い未遂で助けられている。
マルグリットが不敬として断罪したということであれば、大きな瑕疵はない。
少しほっとして、マルグリットを諭した。
「だったら婚約はなかったことにしなさい。しかし、御者を殺したのはやり過ぎだ。少しは慰謝料を払ってやらねばならないだろう」
「ジェイの不貞の慰謝料と相殺すればよろしくてよ」
「ふむ。それはそうだな。それで、ジェイコブ君は?」
「先日言った通り、体調が悪いので応接室で臥せっていますわ」
「もう婚約を破棄するのだから、放り出せばよい」
「そんな薄情なことはできませんわ。回復したら追い出します」
「そうか。不義理な恋人にまで優しいのだな、お前は」
「ええ」
子爵は、書状の返事を書き、家令に王宮の軍部へ届けさせるよう指示を出した。
その後まもなく、警備隊に捜査の打ち切りを知らせる連絡が来た。
この度の事件は平民のジェイコブが不貞を働いたことへの正当な報復であったと。
その知らせは、被害者であるガスター商会にも、すぐにもたらされた。
「そんな、では息子は、ジェイコブの身柄はどうなります!まだ子爵邸に閉じ込められているのですよ?」
エイリク・ガスターは食い下がったが、警備隊長は残念そうに首を振るだけだった。
いまだ帰宅しないジェイコブの身が心配だった。
警備隊の捜査が中断されて、ユーディコッツ家からジェイコブを救い出すことも難しくなった。
「馬車に乗っていた女の子はどうなったのでしょうか。消息がわからないのですが」
「さぁ、聞いていないな。しかし、暴行未遂だと聞いた。無事だったのだろうと思いますよ」
「そうですか・・・。ありがとうございました」
知らせの警備兵が帰ると、ガスター商会の面々が集まって来て、口々に意見を述べた。
「お貴族様が相手では、手も足も出ないよ」
「そうだなぁ。しかし、婚約者なのだから、まさか命までは取られまい」
「案外、ジェイコブ坊ちゃんも楽しく捕まっているかもしれませんぜ」
「ちがいねぇ」
「しかし、アリス先生のことは心配だよなぁ。奥様のご実家へ向かったのだろうか」
「それならいいんだがな…」
皆の胸に、一抹の不安がよぎる。
馬車もなく、御者もいなくなってしまった状態で、アリステルが一人で旅を続けることは不可能だろう。
街道で放り出されたとしたら、どうなってしまうか。
「それにしても、なぜマルグリット様がこんなことを…」
そのつぶやきに、エイリクは重々しく答えた。
「ジェイコブが悪いんだ。あいつがしっかりしていればこんなことにならなかったんだ」
「はぁ、そうですか?それにしても恐ろしい。貴族のお嬢様は人を人とも思っていないんですね」
「ふむ…」
エイリクにしても、やはりマルグリットを恐ろしいと思う気持ちはあった。
ジェイコブがアリステルに目移りしたのが原因とはいえ、人死にを出すような話ではなかったはずだ。
商会の発展のために、マルグリットとの縁談を積極的に推し進めてきたが、こうなってみるとやはり貴族との縁組はリスクが高かったのではないかと思えてくる。
(ジェイコブが無事に帰ってきたら、相談しよう)
とにかく無事を祈ることしかできなかった。