第4話 監禁生活
マルグリットは、衝動的にジェイコブを屋敷に閉じ込め、ようやく心に平安を取り戻した。
しかし、あの女を始末しなくては。
部屋に用意されたお茶を優雅に飲み、家令を呼び出す。
「婚約者がしばらく客間に滞在します。食事は私が持って行くから用意をしたら声をかけてちょうだいね」
「かしこまりました」
「それから、ダリヤを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
ダリヤは子爵家で働くメイドの一人である。
下町に暮らしていた平民で、子爵家で働けるほどの身許保証もなかったのだが、見目が良かったため子爵に気に入られ、メイドとして採用された女である。
他の使用人からは、見目が良いだけに嫉妬を買うのか、育ちが悪く下町の破落戸とも付き合いがある悪い女だと噂されていた。
「お嬢様、お呼びと伺いました」
「入りなさい」
マルグリットは人払いをすると、ダリヤを近くに来させた。
「あなた、下町に詳しいというのは本当なの?」
「え、ええ。下町に住んでましたから」
「メイドたちが言っていたわ。下町の荒くれた男たちと親しいと」
「誤解です。変な関係はありません!」
「では、知り合いはいないと?」
「い、いえ。もちろん知り合いはいますし、子供のころからの友達でグレてしまった者はいますけど、他のメイドたちが言っているようなやましい関係はないんです。信じてください」
ダリヤは友好関係を叱られると誤解して、必死に言い訳をする。
マルグリットは片手をスッと上げてダリヤを止める。
「あなたを責めているのではないの。力を貸して欲しいのよ」
「力を貸す・・・?はい、私にできることでしたら」
「あなたにしかできないわ。協力してくれたら、あなたをわたくし専属のメイドに昇格させることを約束するわ」
「本当ですか?!嬉しい!ぜひ協力させてください。何をすればいいのですか?」
「簡単なことよ。わたくしに、下町のあらくれた男を紹介してほしいの。少し汚れ仕事を頼みたいのよ」
「・・・お嬢様、私の友人を紹介しますが、殺しだけは勘弁してもらいたいのです」
「まぁ、ダリヤ。わたくしが殺しなどと野蛮なことを、依頼すると思って?」
「あ、失礼しました!違うのです。彼は悪いことをなんでもやっていますが、幼馴染として、人殺しだけはさせたくないと思っているのです。その気持ちを話してしまいました。お嬢様には大変な失礼を・・・!」
「ふふふ、いいわ。では明日、その彼に会えるように取り計らってちょうだい。期待しているわよ。これはお礼よ。あなたの自由に使ってちょうだい」
そう言って、マルグリットはダリヤに金貨を一枚握らせた。
ダリヤは滅多にお目にかかることのない金貨を手に入れ、興奮で目がくらんだ。
マルグリット付きのメイドになれば、このようにお礼をされる機会も増えるかもしれない。
ダリヤはそそくさと館を後にし、下町へと走った。
その日の夜、帰宅した両親にマルグリットは平然と嘘をついた。
「マギー、ジェイコブ君が来ているそうじゃないか」
「ええ。今日、ジェイを招いたら急に体調をくずしてしまわれたので、客間で休んでいただいていますわ」
「おお、そうか。あとで見舞いをするか」
「ダメよ、パパ。はやり病だったらどうするのです。わたくしのメイドが食事や着替えの世話をしますから、ご心配なく」
「そうか。元気になったら顔を見せるように言ってくれ」
「ええ、わかったわ」
その後、マルグリットはジェイコブの食事を持って客間を訪れた。
扉の外から声を掛ける。
「ジェイ、わたくしよ」
ジェイコブはマルグリットの声を聞いて、力なく寝台に腰かけていた身を起こし、扉のノブをガチャガチャと動かした。
「マルグリット、開けてくれ。オレが悪かったよ」
マルグリットはガチャガチャ鳴るノブに冷たい視線を送る。
「ジェイ、外には出さないわ。扉から離れてちょうだい」
「マルグリット!開けてくれ」
「・・・」
ジェイコブは扉を叩いたりノブをいじったり、まだ騒いでいる。
マルグリットはため息をついた。
「残念だわ、ジェイ。今日は食事はなしね。おとなしくできないうちは、食事はあげられないわ」
そう言って、マルグリットは食事を持ったまま出て行った。
「マルグリット?マルグリット!おい、マルグリット!」
ジェイコブは誰もいなくなった扉の向こうへしばらくマルグリットの名を呼び続けたが、どうやらもう彼女はいないとわかり、ぐったりと寝台に身を投げ出した。
幸い部屋にはトイレも手洗い場もあるため、腹が減っても水だけは飲むことができそうだ。
今日は空腹をごまかすしかなさそうだ。
「くそっ」
ジェイコブは昨日のマルグリットとのやり取りを何度も反芻した。
ダイヤモンドが欲しいと言われたときに、用意するとすぐに言ってやればよかったのか。
ルビーをけなされても、黙って笑っていればよかったのか。
晩餐もせずに帰れと言ったことが悪かったのか。
そのどれもすべてがマルグリットの癇に障ったのだが、ジェイコブにも譲れないことがある。
もし昨日をやり直すことになっても、同じことを繰り返すに違いない、とジェイコブは思うのだった。