第3話 ユーディコッツ子爵邸
アリステルよりも自分を優先させたことで少し溜飲が下がったが、怒りと嫉妬が胸中に渦巻いている。
王都ではやりのカフェに入り、ケーキセットを注文した。
注文した品を待っている間、ジェイコブは何かを言いかけてはやめ、結局黙っていた。
そんなジェイコブを見ていてマルグリットはいつも以上に苛つき、手持ちの扇子でジェイコブを打ちのめしたい衝動を何度も抑えた。
結局、ケーキが来ても黙々と食べ、何も話をせずに時間が過ぎた。
「それじゃ、俺はこれで帰るから」
会計を済ませたジェイコブがそう言うと、マルグリットは意地悪な顔をさらにゆがめて言った。
「何をおっしゃっているの。こんなんじゃ何の埋め合わせにもならないわ。どうぞ、我が家にいらしてください」
有無を言わせず、子爵家の馬車にジェイコブを乗せ出発する。
「突然お邪魔するわけにはいかないよ」
「大丈夫よ。今日は父も母もおりませんから」
「そんな、なおさらお邪魔できないよ。家の方がいないときに」
「あら、あなたは婚約者ですもの。何も問題ないわ」
「外聞が悪いだろ」
「外聞も何も関係ありませんわ。あなた、本当に埋め合わせをする気があって?他の女にうつつをぬかして、わたくしを馬鹿にしているの?」
「だから、他の女って妹だろ?」
マルグリットは冷たい目でジェイコブを見た。
ジェイコブは後ろめたさから視線をそらした。
「妹さんの家庭教師をされてるっていう、あの人、なんという方だったかしら」
ジェイコブはぎくりとしたが、表情には出さないように気を付けた。
「アリステル先生だ」
「そうそう、アリステルさんね。あの方のこと、どう思いまして?」
「どうって?別にどうも思わないけど」
「そう?わたくしは、とてもきれいな方だなって思いましたわ」
「ああ、きれいな人だな。でもまだ子供だ」
「あら、女はすぐに大人になりますのよ。あなたもああいう人が好きなのかしらね?」
「何を言ってるんだよ。オレがマルグリット一筋なのは知っているだろう?アリステル先生がどんなにきれいでも、マルグリットの方がずっと美しいよ」
マルグリットは意地悪そうに笑った。
「あらそう。じゃあ、二度とアリステルさんに会わないでね」
「・・・それは無理だよ。家にいるんだから」
「会わないでって言ってるの!!」
「落ち着けよ。どうせ一週間もしたらナバランドへ行くんだ。会わなくなるよ」
馬車がユーディコッツ家に到着し停まった。
ジェイコブはすぐに馬車を降り、マルグリットに手を差し伸べる。
子爵邸に入ると家令が出迎え、応接室を準備してくれたがマルグリットはそれを拒否した。
「わたくしの部屋に行くからいいわ。お茶を部屋に用意してちょうだい。さ、ジェイコブ、こちらへ来て」
「部屋にお邪魔してよいのだろうか」
「わたくしがいいと言っているのです。黙って付いてらっしゃい」
仕方なくジェイコブはマルグリットに付いて行く。
何度かユーディコッツ家に来たことはあるが、いつもは応接間に通され、マルグリットの部屋には立ち入ったことがない。
階段を上り廊下を奥まで進んだところにある部屋の扉を開けた。
入るとマルグリットらしからぬブラウンと深いグリーンを基調とした落ち着いた部屋だった。
多額の借金があるとはいえ、さすがに貴族の家は質の良い材質を使った家具を置いている。
先ほどまでの気まずさも忘れ、ジェイコブはあまりキョロキョロしないように気を付けながらも、部屋の様子をやや興奮して観察した。
ガスター家は金があるので、家の内装も金をかけて整えているが、やはり貴族ならではの磨かれたセンスで整えられた部屋と言うのは一味違うように感じた。
こういった本物に触れることができる機会は、商売人として大事にしなくてはならないと父からも言われていた。
マルグリットはニィッと口角を上げ、優し気にジェイコブを呼んだ。
「こっちにいらして。この奥にも部屋があるのよ。ご覧になって」
「あ、いや。奥は寝室ではないのか?さすがにそれはまずいだろ」
「あら、なにかいやらしい気持ちでもあるのかしら。部屋に興味があるかと思っただけなのに」
「いやいや、そんないやらしい気持ちなどないよ。それなら、少し見させてもらおうかな」
「ええ、そうしてちょうだい。どうぞ」
マルグリットは奥へと続く扉を開けて、ジェイコブを部屋へ入れる。
奥の部屋も、深いグリーンの壁紙でマルグリットを感じさせる物がなかった。
寝具も品の良い落ち着いた色合いだ。
ジェイコブは意外に感じながらも、窓辺によって外の景色を見ようとした。
そのとき、違和感に気が付く。
(ん?窓が開かないようになっているのか?)
窓枠がはめ殺しになっているのだ。
そのときだった。
「がちゃん!」
大きな音が響いた。驚いて振り返ると、入って来た扉は閉められ、外から鍵を掛けるような音がした。
「えっ?」
しばし呆然としたが、慌てて扉へ取り付き、ノブを回す。
やはり鍵がかけられていて開かない。
「マルグリット!どういうことだ?マルグリット!」
扉の向こうから、マルグリットの高笑いが聞こえてきた。
「おほほほほ!しばらくそこで反省なさい。わたくしをないがしろにしたことを」
「ないがしろになんかしていない!」
「あなたはわたくしだけを愛して見つめていればよいのよ。他の女に目移りするからいけないのよ。大丈夫、食事はきちんと届けます。奥にお手洗いが付いているわ。なにも心配しなくていいのよ。ではのちほど」
「待ってくれ!こんなことしなくても、俺はマルグリットだけを愛していると言っているじゃないか!マルグリット?マルグリット!」
扉の向こうに、もうマルグリットはいないようだった。
「くそっ、まいったな・・・」
こうしてジェイコブの監禁生活が始まった。