王様「魔王を倒したか。勇者よ、ならば死ね」
王城にて、
「魔王を倒したか。勇者よ、ならば死ね」
「………は?」
国王からいきなりそう告げられ、困惑する俺。
何故こうなったのだろうか。
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ある王国の侯爵家に生まれた俺、アレックスは17歳の頃、勇者として覚醒した。
俺が勇者として覚醒したことを知った王国は俺に世界規模で人間を脅かす存在である魔王の討伐を命じた。
正直断りたかったが悲しいかな、一応貴族として王命には逆らえない。
そうして俺ののんびりとした生活はいきなり幕を閉じた。
それから一年間、俺は王城で勇者として、戦闘力を上げる訓練に明け暮れていた。
「ハアッハアッ…」
「一応形にはなっただろう。」
「まだ教え足らぬがな」
疲労で正に虫の息の俺に師匠である騎士団長と王国お抱えの魔術使いはニヤニヤ笑みを浮かべてそう言った。
「いつか、絶対、に、ギャフン、と言わせてやる…!」
「お?まだまだ元気じゃないか。なら…まだいけるよな?」
「すみませんでした。」
俺は過去一番の速度でそう言った。これ以上やったら死んでしまう……!
「冗談だ冗談」
「それにしても気持ちが良くなる程に手のひらを返したな」
「この手のひら返しの速度には勝てそうにないな」
「「ハッハッハッ」」
うざい。とてつもなくうざい。
「そういえば後どれくらいで魔王討伐の旅に出るのですか?」
過ごした時間がこれまでに比べて濃密すぎたため、一年経つのが早く感じた。
「む?王から聞いてなかったのか?」
「はい」
俺は何故か王様から嫌われているようで連絡事項をたまに伝えてくれない時がある。それでいいのか王様。
「ならば教えてやる。それはな……」
「ゴクリ…」
わかりやすく溜めを作った師匠は、
「明日だ」
「…は?」
何を言っているんだろうかこの馬鹿は。明日?そんな訳ないだろう。
「またまた、冗談でしょう?師匠達のホラ吹きは今に始まったことじゃないのでアンジェリカ様にでも聞いてきますよ」
「あっ、ちょっ、」
やったぜ。今日の訓練はもうお終いだ!流石の師匠達でもこの国の王女であるアンジェリカ様の部屋に許可なく突撃するトチ狂った暴挙には出れまい!
「明日ですよ?」
「え」
不思議そうな顔をして首を傾げるアンジェリカ様。
均整な顔立ち、輝くような金髪と深い緑色のくりくりとした大きな目。まるで天使だ。ただ今はそれどころではない。
「嘘…ですよね?だって師匠師匠達と同じことを言ってますよ?」
「貴方にとって彼らはどう映っているのですか?本当の事ですよ」
少し呆れ混じりに言ったアンジェリカ様。
なん…だと……!?
まさか本当に明日から出発だとは思いもしなかった。
「なぜ…ですか?」
絞り出すような声で言うと
「魔王軍の侵略が活発になり、一部の地域では被害が甚大なものになっているからです。恐らく魔王側の戦力が整ったということでしょう。」
どうやらここ一ヶ月で洒落にならん状況になったらしい。
「勝てますかね俺」
とても不安な気持ちになっていると…
「勝てます。アレックス様なら絶対に」
そう断言したアンジェリカ様。何故断言できるのだろうか。アンジェリカ様は暇があったら俺の訓練を見に来るが訓練の時は毎回師匠達にボロ雑巾のように扱われているので頼もしい印象は一切どころかむしろ頼りなく感じると思うのだが…
「アレックス様は自分を過小評価しすぎています。ただ私が言っても簡単には信じられないと思いますが……気づいていますか?訓練の時、騎士団長様と魔術士様が途中から二人がかりで戦っているのは貴方が彼ら一人よりも上の実力があるからです。それに……」
とても気になるところで話を止めたアンジェリカ様は顔を仄かに赤く染めていた。話していて疲れてきただろうか。
しかしアンジェリカ様の話で勇気をもらえたのは確かだ。
「ありがとうございます。励ましてもらって。貴方にそう言ってもらえるだけで頑張れますよ。では失礼します。」
「本当のことなのですが…」
少し不服そうに頬を膨らましているアンジェリカ様に苦笑を返してアンジェリカ様の部屋を去った。
自室に戻って、
「それにしても明日なのか…」
覚悟はできている。俺は物語に出てくるような勇者ではないが守りたいものがこの世界にはある。しかしいきなり明日と言われると不安になってくるのだ。アンジェリカ様の手前、気丈に振る舞ってはいたがやはり怖い。死ぬこと自体はそこまで怖くはない。ただ何もできずに家族の皆やアンジェリカ様を失うことが怖いのだ。
「それでも…やるしかないよな」
そう自分に言い聞かせて眠った。
朝になって、王様への挨拶も済ました俺はいよいよ王城を発った。
勇者としての役割だが、魔王を討伐できる有効打を打てるのは俺しかいないのでこの状況を一気に打破するためにこのまま魔王のいる場所へと向かうことになる。問題はどこまで魔王に気取られないか、だがそれは師匠達が各地を侵略しているボス格の魔物を倒して師匠達を勇者と誤認させることでその問題は解決した。
「ぐっ!?」 ドサッ
そんなわけで楽々魔王の根城に侵入できた。
「俺本当に勇者なのかな?暗殺者じゃないよね?」
いくら警備が手薄とはいえ敵に見つからずに魔王の所まで行くのは不可能に近い。そして見つかったら面倒なのでこんな暗殺者の真似事みたいなことをして進まなくてはならない。
そうこうしているうちに魔王が座っている玉座の間まで来た。
「あれが魔王か」
魔王の第一印象は影、濃密な瘴気のせいで黒いシルエットの姿だった。暗殺は間違いなく出来ないので魔王の前へ歩いていく。
「何故ここに勇者がいる」
王国の作戦は成功したようだ。困惑しているように感じる。
「………」
俺は剣を抜き、無言で切りかかった。先手必勝!
「ッ!?」 ザシュ!
勇者がまさか不意打ちをするとは思わなかったのだろう。致命傷まではいかないがそれでもこちらが有利になったことは変わりないだろう。
実際のところ魔王と俺の戦闘能力にあまり差はない。
正面から戦うのは愚策、だったら不意打ちしかないよね!
そのまま後ろに下がって体制を立て直そうとする魔王を追撃し続けた。古い文献によれば魔王は再生能力があると記述されていたためだ。
「と、どめ…だ!」 ザシュ!
「ぉぉぉおぉぉおぉ……」
魔王の身体が消えていく。魔王の身体は瘴気の集合体のようなものだったのだろう。
「ハアッハアッ…」
ギリギリの戦いだった。終始俺が押していたとはいえ体力がもう限界に近かった。とはいえこれで世界は平和になるのだろう。達成感を噛み締めながら俺は王国へと凱旋した。
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「魔王を倒したか、勇者よ。ならば死ね」
「………は?」
やはり意味がわからない。王様に死を望まれることをしただろうか?多分してない。というかここはよくぞ魔王を倒してくれた、とかそういう労いの言葉とかをかけてくれるのではないだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってください。なぜですか!?」
「我が愛娘の心を奪った不埒者めが。これまでは勇者だから我慢していたが魔王を打ち倒したのならもう我慢しなくて良いだろう。故に死ね」
「愛娘?アンジェリカ様のことですよね。どういうことですか!?」
王様の隣で立っている師匠達に助けを求めようとして見ると……ニヤニヤしてやがる。絶対何か吹き込んだな!
「おい、説明しろ」
王様は俺の師匠である騎士団長にそういうと
「えー勇者アレックスはこの王国ただ一人の王女であるアンジェリカ様と恋仲にある…との情報が」
「は!?」
どういうことだ!?俺とアンジェリカ様が恋仲?最高じゃないか。それはそれとして誰だその情報流したやつ。血祭りに上げてやる!(理不尽)
バンッ!
「お父様!」
そう言いながら入ってきたのは他でもない、アンジェリカ様だった。
「アンジェリカ!?何故入ってきたのだ!」
「お父様。何故私はアレックス様が帰ってきたというのにここにいてはならないのでしょう。私はアレックス様と恋仲だというのに!」
え!?まさか恋仲っていう噂流したのアンジェリカ様!?前言撤回、結婚しましょう。
「勇者ぁぁぁ!!!」
王様は俺に射殺すような殺気を向けた。なんだこれ!?師匠や魔王の殺気よりも怖い!
「ということでアレックス様、私の部屋へ行きましょう」
貴女の父親が後ろで乱心しているのですが……
アンジェリカ様の誘いを俺が断れるはずもなく俺は玉座の間を去った。
「さて、アンジェリカ様?どういうことか説明してください」
「…すみませんでした。実は…」
俺はアンジェリカ様から何故恋仲という関係である、という噂を流したのか聞いた。
アンジェリカ様はある時、王妃様から婚約を勧められたことを聞いた。それまではあの王様が全ての婚約を断っていたが、アンジェリカ様が行き遅れることを危惧した王妃様が婚約を勧めたらしい。ただアンジェリカ様自身はまだ結婚が考えられない、という理由で一番距離が近かった俺と恋仲であると偽ったのだ。
「そういうことでしたか…では噂を撤廃――」
「絶対にしません!」
「えぇ…しかし恋情を抱いていない人と恋仲というのは辛いのではないですか?」
フラれた時のような悲しい気持ちになっていると
「抱いています!」
「え?」
「貴方の事が、アレックス様の事が好きなんです!」
半ばヤケクソ気味にアンジェリカ様は言った。
え?好きなの?俺のことが?
「でも結婚は考えられないって言ってましたよね」
「それは別問題です。その時に考えればいいのです」
ドヤ顔でそう言い切るアンジェリカ様。この人知性溢れる人だと思っていたのに恋愛面は頭が弱いのかな?
「それで…どうなのですか?」
一転して顔を真っ赤に染めながらアンジェリカ様は言った。
「分かりましたよ。私も貴女のことが好き…ですし」
「ふぇ!?」
可愛い。やはりアンジェリカ様は天使だった。
「じゃあ、よろしくお願い…しますね?」
「は、はい…よろしくお願いします」
どちらとも顔を赤く染めて晴れて俺達は本当に恋人になれた。
「ところで…もしかして王様が俺のことを嫌っていたり、魔王討伐後に殺害予告されたのって…これが原因ですよね?」
「………」
「顔を背けないでください!」
「ごめんなさいー!」