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モノガタリはアイドルにお任せ!  作者: 美山幻夢
第二部 ライバル?バトル・アイドル!
36/50

【第三四話 王者の敗北宣言】


 病院の中は消毒の匂いと清潔な空気で、とても落ち着くし好きだ。

 あまりお世話になった事は無く、今回でもニ、三回目だけど「ただいま」て気分にさせてくれる。

 一種のリラックス効果があるのかな。


 麗葉さんに会う前に、何回か深呼吸をして気分を更に落ち着かせる。


「どうした? 緊張してるのか?」

「違いますぅ。病院の空気が好きなの。今のうちに沢山吸っておこうと思ってね」

「変わってるなぁ」


 やれやれ、とポーズを取る工藤さんは佐伯探偵事務所の所員の人だ。

 前回のスキャンダルも防いでくれたし、今回のスキャンダルも未然に防いでくれた恩人で、本当に感謝している。

 こうしていつも誰かに助けてもらってる私の人生って、果たして運が良いだけで済ませられるんだろうか。

 ロッキーに出会ってから、ロッキーをはじめ、いつも誰かに助けてもらってばかりだ。


 一昨日の工藤さんに助けてもらった出来事だって、ロッキーが居なければ私はアイドルから転落してたかもしれない。

 そう、あれはロッキーが居たから……。




「楽しーみね。ワターシの家にアイテムいっぱいあるですよ」


 どんなアイテムなの! それで私をオモチャのようにイジくるのね。

 あぁ……ますます興奮が——興奮が!


「はい、ストップ。君達、伊吹さんを何処に連れてくのかな?」


 後ろから声がしたので振り返ると、私達を制止したのは工藤さんだった。

 あの一件以来、会ってなかったけど、知的で整った顔立ちから飄々(ひょうひょう)とした態度まで何も変わってない。

 しかも肩にはロッキーを乗っけていた。


「何ですかー? あなたワターシ達の邪魔をするんでーすか?」


「犯罪を未然に防ぐだけさ。伊吹美優、君はいつも媚薬に侵されてばかりだな?」


 え……媚薬?


「な! ナニを言ってるんですかー? どこにそんな——」


 ケリーと呼ばれたブロンド美女が急におどおどしだす。え、そうなの?


「そっちの女性の服の襟元に着けてるんだろう。この香りは過去に嗅いだことがある。日本では危険ドラッグに指定されている一種の麻薬さ。抱きついた時に伊吹美優に嗅がせたんだろう?」


 え……え?


「お前、何者だ?」


 ハグしてきたブロンド美女が急に怖い声色で工藤さんを睨んでいる。


「しがない探偵さ。それよりどうする? 騒ぎにして君達を国外追放にも出来るが……このまま伊吹美優を解放するなら、見逃してやってもいいんだぞ?」


 空気がピリッとしてきた。さっきまでのピンクな雰囲気はどこへやら。


「ふん。いいだろう。今回はお前の勝ちだ」


 しばし考え込んでたハグしてきたブロンド美女は私から手を離す。それを見たケリーも手を離す。

 てか、まんま日本人の流暢(りゅうちょう)な日本語でびっくりさ。今までのは演技だったって事?


「じゃあ、またね。プリティー・ミユ。シーユーアゲェン」


 そう言って二人とも何処かへ行ってしまう。良かったんだか残念なんだか……て、いやいや。


『助かったな美優。工藤殿に感謝しておけ』


「うん。ありがとうロッキー。ありがとう工藤さん。怖い人たちだったんだね」


「まったく、君はトラブルを呼び込むのが上手すぎるんじゃないか?」


「あはは。でも工藤さん、どうしてここに?」


「僕の仕事の内容を忘れたか? 君の監視さ」


 そうだった。ゼノンに依頼されてるんだっけか。


『何か良くない気がしてな。工藤殿が近くに居ないか空から探しておったのだ。運良くそばに居たから助けを呼んだのだ』


「そうだったの。ありがとうロッキー」


「今日は盗聴器も仕掛けてないから声までは聞こえないし、遠くから見た雰囲気だけだと、危険かどうかは判別出来なかった。この鳥が僕の所に来なかったら、そのまま連れてかれてたぞ? 建物に入られたら事後処理しか出来なくなる」


 事後……余韻……て、違うか。

 何考えてんだ。まだ媚薬の効果があるんだ。きっとそうだ。


「本当にありがとうございました」


 匂いの件といい、ロッキーの事といい、やっぱり頭がキレる人ね。


「それが仕事だ。お礼を言われるものでもない。多少なりとも君のプライベートに踏み込んでるんだ。過剰な感謝は逆に僕が困る」


 優しいんだね……私が後々気に病まないように気遣ってくれてる。感謝しかないです。


「あ! ね、工藤さん。麗葉さんの容態って知ってる?」


 前にゼノンの所属タレントほぼ全員が監視対象だって言ってたから、それなら知ってるかもしれないと思った。


「木田麗葉か? 知ってるも何も僕が担当だし、救急車呼んだのも僕だ」


「それ本当⁉︎」


 こんな偶然ってあるの? これはもう運命的としか言いようがないじゃない。


「工藤さんにお願いがあるんだけど——」




 そうして工藤さんに、麗葉さんの入院してる病院まで教えてもらって、連れてきてもらったのが二日後の今日。


 助けてもらってばかりの私だけど、今回は助ける番だ。


 男の人と連絡を取り合うのは久々で、待ち合わせの時にはデートするみたいでソワソワしていた。

 それなのに工藤さんは事務的に淡々と現れるんだから、少しは女心を分かってほしいものよね。


 麗葉さんの居場所は極秘扱いで、入室を許可されている者以外は入れないようなので、工藤さんの付き添いという形で来ている。

 最初はいくら危機を共に乗り越えた仲の私でも教えてくれなかったけど、麗葉さんを救うという私の本気度を察してくれて許可してくれた。


 工藤さんは、私に不思議な能力がある事を知ってる数少ない人だから、信じるに足る何かがあると思ってるらしい。

 それに事故を防げなかったと気に病んでるような事も言ってたな。

 これは私が麗葉さんを救うと同時に工藤さんの心も救うことになる。


「彼女の病室はこの一番奥の個室だ。大変ナーバスになってるから、そっとしておけとカウンセリングで出ている。それでも君を行かせるのは、僕が君を信じてるからだ。あの時みたいな奇跡を期待しているよ」


「ありがとう工藤さん。信じくれて。工藤さんはここに居て? 二人きりになりたいの」


 ロッキーの時空を操る能力までも見せるわけにはいかないしね。


「分かった。朗報を待ってるよ」

「うん!」


 廊下を進み、一番奥の個室の前に来て名札を見るが、名札は空白のままだ。誰が居るのか目に触れないようにとの処置だろう。


 ——コンコン。ノックして部屋に入る。


「失礼しまーす……」


 広くもなく狭くもなく。殺風景だけど、病室なんだから当たり前か。

 窓際にベッドがあり、麗葉さん()()()人がそこに居た。

 ベッドを少しだけ角度を上げて起こしており、半分起き上がってて半分寝ている状態の患者さんは窓の外の方を向いていたし、何よりその顔にはミイラと勘違いする位に包帯が巻かれていたのだ。


 これじゃ麗葉さんかどうかなんて誰にも分からないじゃん。


「検温なら済ませたわ。そこに書いてあります」


 看護士さんと思ったのかな。窓の外から視線を離さずに発せられた声は間違いなく麗葉さんその人だった。


「麗葉さん、私です。伊吹美優です……」


 ピクっと体は反応したけど、顔と視線は外を向いたままだ。


「伊吹さん? 何しに来たの? こんな私を(さげす)みに来たの?」

「違うよ、麗葉さん。麗葉さんを救いに来たんだよ」


 こっちを向いた麗葉さんの顔は、思った以上に酷かった。



「いいか? 木田麗葉は交通事故で右足切断。右半身に重度の火傷を負っている。特に顔は元には戻らない程に焼け(ただ)れている。命が助かって良かったとか言うなよ? 君もアイドルなら、そこまでの重傷を負った芸能人がその後どうなるか容易に想像出来るだろ。死んだ方がマシと本気で思える事態なんだ。後は言わなくても分かるな?」



 事前に工藤さんに言われた言葉を思い出した。私が麗葉さんなら、とっくに自殺しててもおかしくない程だ。

 それなのに今、麗葉さんは毅然としている。とんでもない精神力だよ。やっぱりこの人には勝てないな。


「伊吹さんが私を救うですって?」

「はい。私にしか出来ないやり方で……」

「パタソン、あなたが言ってた力の事?」


 ベッド横のサイドボックスの上には、麗葉さんが身につけていたペンダントがあった。


『おそらくそうでしょうね。伊吹さんがそれを自ら言い出したって事は、ご経験がおありなのでしょう』


「過去の事象、間違いを間違いじゃなくさせる力の事を言ってるのよね? 伊吹さんは使った事あるの?」


 麗葉さんの口調はすごく静かで穏やかだった。


「あります。一度だけ……」


 自分がロッキーと出会った事から、トゥインクルのオーディションに行かなかった過去を書き換えて、今がある事を全部話し出す。

 その間も麗葉さんは静かに聞いてくれていた。


「なるほどね。その一回だけって事ね。つまり伊吹さんが、シャイニングが売れてるのは実力だって事ね。売れるべくして売れてるって訳ね」


 何が言いたいんだろう。


「伊吹さん、私はね? パタソンの能力をフルに使って上り詰めてきたの。私とパタソンは三時間前までなら遡って過去を書き換える事が出来るようなのね。それこそもう何十回と自分の都合の良いように過去を書き換えてきたわ」


「そうだったんですか……」


『麗葉の精神力は過去、私が出会った人間の中でも一番の精神力よ』


「アイドルになって八年。売れてやるんだ! ってそれしか頭に無かった。売れたいっていう欲望に(まみ)れてたのよ。その為には誰にも負ける事は許されなかった。トップアイドルになる為に勝ち続けなければならなかった。パタソンの持つ力は私にそれを可能にしてくれたのよ」


『その欲望が精神力の強さになってたの。欲望は意志の力を強くするからね』


 パタソンは人間の精神力をエネルギー源にしてるってロッキーは言ってたっけ。

 麗葉さんはトップアイドルになるという欲望が人一倍強かったのね。たぶん私よりも強く。


「でも私はあなたに負けたのよ。あなたがあのパフォーマンスをした時から、負けは決まってたのよ」


「そんな——」


「ステージ上では、そう思わなかった。何バカな事やってるんだろうって思ってた。でも楽屋でテレビを見て、あなたを可愛いって思った。最後の瞬間、画面に映ってた誰よりも、あなただけ輝いて見えた。ショックだった。今まで自分が一番だと自負してた。また、そうであるように必死に努力はしてきた。トゥインクルになった時も、その後も、今までそんな風に可愛いって思った子は居なかった。あなたが初めてよ」


 そう言って麗葉さんが私を見つめる瞳は少し潤んでるけど、とてもとても優しい光に溢れていた。


「今までの私だったらパタソンの力を使って、あのパフォーマンスを違う結果に書き換えてたと思う。けれど私はそうしなかった。したくなかった。あなたのあのパフォーマンスを無かったことにしたくなかった」


「麗葉さん……」


「自分勝手な欲望で、自分勝手な都合で過去を歪曲しまくったから天罰が下ったのよ」


「そんな事ないです」

「伊吹さんは免許持ってる?」

「一応、持ってます」


「そう。気分が不安定な時に運転しちゃダメよ? 周りが見えなくなって、私みたいに取り返しのつかない事故を起こすから。分かった?」


「はい。分かりました」


「気が付いたら夜が明けてて、このベッドに居たの。敗者は敗者らしく、このまま身を引くわ。あなたに出会えて良かった。これからは伊吹美優のいちファンとして応援してるから、頑張ってね」


 ぐるぐる巻きの包帯で隠れていても、麗葉さんのその笑顔はすごく魅力的で、世の中のどんな女の子よりも素敵で綺麗で可愛かった。


 完全に悟りを開いたような心境の麗葉さんになんて答えたらいいか分からず、しばし沈黙が二人の間に流れていた……。


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