第3話:から騒ぎ
ξ˚⊿˚)ξ <本日3話目。今日のところはここまでですのー。
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王立学園は古くより存在するのだが、今のような貴族の子女のための学び舎となったのは近年のことである。疫病と戦によってシャルマーニアの知識階級が不足し、各家において家庭教師や女家庭教師の取り合いが発生したため、急ぎ彼らのために整えられたのだ。
この取り組みはイスパーナ始め他国も関心を寄せており、今回マーガニスがシャルマーニアに来訪したのも、婚約者のアンジェリカ姫との親交を深めること以上に、学園の視察という目的があるとされている。
――そしてその視察の中で事件は起きたのである。
実際に授業に参加し、講師たちと意見を交わし、学園の設備を見学し、と精力的に視察を行っていたマーガニスの足がふと止まった。
視線の先には数歳歳下、15歳前後であろう学園の男子生徒たち。
校内のカフェテリアで談笑している。そして彼らの中心にいるのは桃色の髪を長く伸ばし、ショコラ・ブラウンのドレスを纏った美姫。手にしたカフェラテにふうふうと息を吹きかけている。
カップを持つ白絹の手袋は刺繍により肌の色を透かし、立てられた小指の先、爪が桜色に染まっているのが分かる。
マーガニスの視線は、足元は縫い止められたかのようだ。
マーガニスに気づいた男子生徒たちが立ち上がり、紳士の礼を取る。
彼らの礼を無意識で返礼すると、ふらふらと火に誘われる蛾のようにマーガニスはそちらへと向かった。
身長が低く、またカフェラテに集中していたためかマーガニスに気づくのが遅れていたのだろう、少し慌てた様子でカップを置いて立ち上がり桃色の髪が揺れる。
「ご機嫌よう、マーガニス・ド・イスパーナ殿下。ボクはアドリアン・シャンパルティエ。お見知り置きを」
そう言ってスカートを摘み、脚を交差させて深く腰を落として頭を下げた。
見本のような淑女の礼であった。
「あー、アドリアン……アドリエンヌ?」
マーガニスが聞き返す。この令嬢が男性名のアドリアンの筈がないと思い込んで聞き違えたかと思ったのだ。
「はい、そのように呼ばれています」
アドリアンは立ち上がると少し高い位置にあるマーガニスの顔を見上げ、花綻ぶように微笑んで答えた。
アドリアンは真実を答えたつもりである。アドリアンは家族にも友にもそのように呼ばれているのだから。
だが、当然の如くマーガニスはアドリアンが女性であると誤解した。
「そ、そうか。知ってると思うがマーガニス。イスパーナの王子だ」
――これは惚れたな。
と周囲の者たちが確信するには充分なほどマーガニスの顔が赤くなった。
「美しき姫よ。ここで何を?」
「先ほどまで彼らと図書館で試験に向けて学習していたのです。今はそれも終えて休息をとっておりました」
「ふむ、あまり男どもに囲まれて話すのはいかがなものか?」
「ご心配いただきありがとうございます。ですがみな良き同学の友です」
「なるほどお優しい。だがその美しさはもっと高貴なものの為にあるべきではないか?」
この学舎に通うのは全てが貴族の令息、令嬢である。つまりここで言うもっと高貴なものとは、王族のことだ。
マーガニスがおもむろに片膝をつき、左腕を胸に当て、右手を差し出す。
「アドリエンヌ……突然の申し出ではあるが私の国へと来てはいただけないだろうか」
――おい、アドリアンがついに王族を落としたぞ。
――さすがだな。
――ああ、さすがは桜の姫。
ひそひそと男たちが話す。
ちなみにここにいる全員、学園の初年度にアドリアンに告白して撃沈した経歴を持つ。
今でも年に両手では数え切れないほどの熱烈な愛の告白を受けているのだ。無論、全て男性からである。見慣れた光景と言えた。
アドリアンは眉根を寄せて手を頰にそえた。
「王子のお言葉は光栄ですが……ボクは伯爵家を継がねばなりません」
「女伯爵ということか?」
「ええ、伯爵です」
マーガニスはシャルマーニア語に熟達していなかったため、ここにも齟齬が生まれた。sの音の有無が通じなかったのだ。
「それに婚約者もおりますし」
その時アドリアンが浮かべた、はにかんだ微笑みに周囲で見ていたものも皆、心を撃ち抜かれた。
その笑みは婚約者への心からの愛を感じさせるもの。単なる政略結婚などではない深い繋がりを笑み1つで表現して見せたのだ。
そしてそれを至近の正面から受けたマーガニスは撃沈した。