第2話:シャルマーニアの二貴人
王立学園のエントランス、瀟洒な門を通り、朝の木漏れ日が爽やかなプラタナスの並木道を抜け、並木が切れると正面には女神像を模った噴水。
その噴水の前には歌劇の1シーンのように右手を天に掲げ、太陽をその手中におさめているかのように立つ者の姿。
栗色の髪は太陽の光を浴びて金に輝き、噴水の跳ねる水の煌めきはその者の姿を神々しく演出している。
オリヴィエ・ティエールだ。
靴の踵を打ち鳴らして半回転。正面を向くと手を差し伸べて言った。
「おはようアドリエンヌ、今日も可憐だね!」
「ご機嫌よう、オリヴィエ。今日も素敵ですよ」
挨拶を受けたアドリアン・シャンパルティエはスカートを摘んで足を引きながら軽く頭を下げた。そしてオリーヴの手を取る。
「確かに。もちろん今日もボクは素敵だとも」
王立学園におけるいつもの朝の光景と言えよう。
2人は腕を組んで学舎へと歩く。
アドリアンは男性であるが女性もののドレスを身に纏っている。ショコラ・ブラウンのドレスは、着る者によっては地味にも見えてしまう色合いだが、桃色の髪と相まって甘やかな印象。全体を覆う精緻な刺繍には翡翠色の差し色。さらに金糸が縫い込まれているのはオリーヴの髪の色を表現しているか。
小柄で肩幅も狭いとは言え男性。だが胸元にはフリルがあしらわれていること、コルセットでウェストが絞られていること、パニエでスカートを膨らませていることで、そのシルエットは女性的な曲線を作り上げている。
そしてもう1つアドリアンの身に纏うものは、最高位調香師がアドリアンのために調合した桜を基調とした複合花香調の香水である。
これぞアドリエンヌ。その姿を見、その香りを嗅いだ男は妖精の女王の訪を得たかのように夢心地となるのであった。
「ボクは世界の誰より美しく気高く強い!だが世界で最も可憐な者の称号だけはボクの隣の君に譲ろうではないか!」
「ふふ、ありがとう、世界で一番凛々しい人」
オリーヴは女性であるが男性ものの装束を身に纏っている。全体としては白と金が基調の衣装は、着る者によっては悪趣味にもなってしまうが、紫の瞳、緑や青の寒色系の宝飾品によって引き締まった印象。また胸元の飾り布などにアドリアンの髪色である桃色を使ってさらに華やかである。
背は高めであるが女性。だが短いマントの取り付けられた肩の金モールが撫で肩を隠し、下半身は詰め物のある膝丈のズボンで女性的な曲線が隠されている。
そしてもう1つオリーヴが身につけているのは、その腰に提げられた細身の剣、象牙の白い鞘に金の金具。柄も黄金でその柄頭には水晶。
これぞオリヴィエ。その姿を見、その紫の視線に射抜かれた女は女神に寵愛された少年を目の当たりにしたかのように動けなくなるのであった。
「ああ、世界で最も可憐な君の隣にボクが立ったら、この月の民たるボクの輝きは太陽にも優ってしまうのではないか?」
オリーヴは自らの肩を抱き、天を仰ぐポーズを取った。
お気に入りのポーズだ。学園に通っていれば1日に3度は見る。
アドリアンはにこにことそのポーズを見守り、少し経ってから袖を引く。
「さあ、今日は授業の前に講堂ですよ。急がないと」
「ん、そうだな可憐なる桜花の姫、アドリエンヌ。今日は何であったろうか」
「あれです、イスパーナの王子様が留学に来るのでその挨拶ですね」
この大陸に未曾有の疫病が蔓延し、それが神の奇跡と疫学という学問の出現により抑えられたのがほんの10年ほど前までのこと。そして弱小の国家が瓦解し、難民と国家の併合、戦により大陸は多いに荒れた。
アドリアンとオリーヴの住まうシャルマーニア国と隣の大国イスパーナも武力衝突が続き、講和がなったのはつい最近のことだ。
その講和の一貫としてイスパーナの姫がシャルマーニアの王子に、シャルマーニアの姫がイスパーナに嫁ぐという婚姻外交がなされ、親交を深めるためにイスパーナの王子がこちらへと来ているのであった。
講堂にて。壇上に登った学長が何やらもぞもぞと話した後、拍手に迎えられて一人の青年が壇上へと上がる。
「シャルマーニア王立学院の諸君。初めまして。マーガニス・ド・イスパーナだ。……」
ド・イスパーナ。かの国で現王の直系親族であり、かつ王位継承権を持つ者だけが名乗ることのできる名字。マーガニス王子は王の孫、王太子の次男にあたり、王位継承権7位を有している。王が代替わりすれば王位継承権2位だ。
シャルマーニアのアンジェリカ姫の嫁ぎ先として申し分ない。
着ている衣装の作りはほとんど両国間で差はなく、一般的なシャルマーニアの王侯貴族と変わらないものを身に纏っている。もちろん王子らしくその衣装は最上のものであろうが。
顔立ちは多少異なり、少しシャルマーニアの国民たちよりも彫りが深く角張った印象を受ける。南方の血を引く民族の出身らしき少し色の濃い肌。だが美丈夫と言って良いだろう。年齢が18と学園の中でも最も年嵩の生徒たちくらいの年齢ということもあろうが、身長も高く、従軍経験もあるという引き締まった体躯をしていた。
女生徒たちから感嘆の溜息があがる。
「……この学園での諸君らと共に学ぶ期間はそう長くはないが、実りある時間にしたいと思う。気さくに声をかけてくれたまえ」
彼はそう言って挨拶を締めた。






