バラバラ殺人行き(確定)
各停ではありません、確定です
ボクには名前がない。正式には、奪われてしまった。
「お疲れさん、今まで有難う」
別れの合図はあまりにもあっさりとしていた。長い間放置されていたとはいえ、薄情ではないか。
しかし何度もサヨナラを告げてきたら、誰でも冷たくなるのは、或いは当たり前なのかも知れない。ボクだけが特別扱いされるわけにはいかないのだ。
ボクは殺される。バラバラ殺人だ。とても怖い。
逃げ出そうにもすでに心臓が抜かれてしまっているから、避けられぬ運命にある。
通いなれた道を引き摺られながら、ボクは過去に思いを馳せる。
たくさんの知り合いができた人生だった。
直接話したことはないけれど、みんなボクを頼りにしていた。大人たちとはいつも決まった時間に、同じ場所で待ち合わせをした。
子どもたちは大きくなると顔を見せなくなるけれど、たまに垢抜けた姿で現れたり、生涯の伴侶とともにやってくることもあった。
週末には多くの人々と出逢い、別れを繰り返した。
彼らは今何をしているだろう。
ボクがバラバラにされてしまうことなんて、きっと分からないんじゃないかな。
どうせボクの代わりなんてたくさんいるのだし。
涙を流そうにも、渇いた心が震えることはなく、音のない慟哭がボクの内部にこだましている。
雨の日も風の日も、雪で凍える夜だって、ボクは人々の拠り所であり続けた。白銀の太陽に融かされそうな暑さにも耐え、例え唾や吐瀉物にまみれようと、懸命に働いてきた。
それなのに。
背負ってきた思い出なんて、意味がないと悟った。
古くなって、身体が言うことを効かなくなれば、お払い箱さ。ああ、なんて残酷な人生だろうか。
何もバラバラにしなくたっていいじゃないか。
あんなに身を粉にしてきたのにな。粉骨砕身。文字通り最後はバラバラ。
人生の終着駅なんて、ボクにとっては言い得て妙だ。滑稽なくらいに的を射ている。
いつの間にか辺りは覚えのない、見知らぬ土地に変わっていた。
もうすぐボクは殺される。
殺害の手順もよく知っている。
初めに背中を灼熱のバーナーで炙られる。溶岩よろしくどろどろになった部分から、白い煙が立ち上る。
鋼鉄の爪や、シャベルで柔らかな背中を力いっぱいに剥ぎ取られる。ボクの背中は大きくて一息でできないから、何度も何度も執拗に切り裂かれる。
もはや痛みなど感じないくらいに、切り裂き魔同様、ボクの心は冷えきっているだろう。
そしてお次はお腹をちょん切られる。これも灼熱に当てられ、引き裂かれる。ほとばしる体液は、真っ赤になって空を飛び、やがて黒ずんで固まる。
骨まで透けたボクの中から、貴重な内臓だけを丁寧にむしりとっていく手際の良さと勘所には、ほとほと脱帽せざるを得ないに違いない。
亡骸を完膚なきまでに八つ裂きにして、殺害は幕を閉じる。
仲間たちから連日連夜聞いてきたことが、ありありと脳裏を埋めていく。
恐怖はない。怨みもない。
いつかは誰もが死んでしまうのだから。
誰かの役に立てた、ただそれだけで十分なのかも知れない。
やがて緑の生い茂る、山合に運ばれる。
「ここがボクの墓場か」
毎日人々の肌の温もりに触れてきたボクにとって、街を離れた山奥は馴染みの薄い場所だった。
広い平原にポツンと取り残されたボクは、ひたすら八つ裂きにされる日を待ち続けた。
日付を数えることをやめて、山の一部になりかけていたころ、突然大きな音がして、目の前にボクとそっくりの仲間が置き去りにされた。
「やあ、君もお払い箱になったんだね」
「そうです。あなたの身体には蔦が絡みついてますね。随分長いのですか」
ひとりぽっちではなくなったものの、依然としてバラバラに殺されることは変わらない。
しかしそれから三度目の満月を迎えても、音沙汰がない。
「一体どうしたのでしょうか。まさか孤独死させるつもりだとか」
目の前の彼は心配そうに呟いた。
「バラバラだろうが、放置されようが、もうボクらには関係のないことさ。遮るもののない平原で、朽ち果てるのを待つのも悪くはない」
ボクの言葉に彼は頷いて、一緒に星の瞬きの下で眠った。
「うわあ、すごーい。ねえ、見てみて!」
懐かしい子どものはしゃぎ声がする。とうとうボクは天国へと導かれたのだ。ついに楽しかった思い出を忘れることができなかったようだ。まだこの世に未練があったとは。
「本当だ。早速写真を撮ろう」
「パパも来てよー!そんなところにいないで」
ボクは目を疑った。どうして、
「たくさん人が来てますね」
目の前の彼の側には、親子連れや、カメラを持った人々で溢れ反っていた。
「これは一体?」
「昔のようには走れないですけれど、セカンドライフってことでしょうか」
山奥の平原にはそれから何名もの仲間たちが運ばれて集い、墓場だと思っていたところには、週末になるとたくさんの客が訪れた。
「近くで見ると凄い迫力だ。車輪も仔細に観察できるぞ」
「パンタグラフもボタンを押せば動くらしい」
「操縦席に一度は座ってみたかったんだ」
いつかまた気紛れで、突然バラバラにされてしまうかも知れない。
だけど今は折角与えられた二度目の人生を、観光客を楽しませる新たな役目を全うしようと思う。
ボクが本当の終点を迎える、その日まで。(了)
わたしたちは、決まった幅のレールを歩いています。譲り合い、押し合いへし合いしながら。
曲がりくねることもあるでしょう、脱線することだってある。
進んでいくスピードはそれぞれ違うけど、いつかは終点を迎える。
わたしの手を離れた文字はこうして読者の皆様の元へ届き、あなた方の胸の内で昇華されて初めて作品となります。
わたしは一人では何もできません。
この文章が生きられるのは、読者の皆様あってこそ、あなた方のお蔭です。
夏のホラーもこれで40作品となりました。
どうぞ引き続き宜しくお願い致します。




